第40話
ドラゴン。それは、従来の魔獣の区分に当てはまらない、もはや災害というべき存在。魔境でも滅多にお目に掛からない凶悪な魔獣だ。
百年に一度、現れるかどうかという存在。同じ魔獣ですら、その存在に恐怖して、避けて通るほどだ。そんな存在が、レオンたちの目の前にいる――。
百戦錬磨のシュリとカグヤもまた、それに動揺を隠せなかった。
「なん、で、こんな化け物、が……」
「魔法陣で、隠して、いたのは、こんな……まさか……」
その動揺する三人を前にし、ドラゴンの瞳がぎょろりと向けられる。
その迸った殺気にレオンは我に返った。銃口を突き出し、引き金を引く。甲高い銃声が洞窟の中にやけに大きく轟く。レオンはそれと共に踵を返しながら叫ぶ。
「シュリ! カグヤ! 呆けるな! 逃げるぞ!」
その鋭い声に我に返った二人は、すぐさま踵を返す。その背を追いかけるように楽しそうな声が響き渡る。
「逃がすと思うか? さぁ、楽しい狩りの時間を始めようぜ!」
それと共に弾かれたように魔獣たちの唸り声が木霊する。背後から一気に迫ってくる獣の気配にレオンは舌打ちをこぼして振り返る。
振り返りざま、引き金を引く。放たれた銃弾が、先頭のシャドウウルフを射貫く。だが、その後ろから雲霞の如く押し寄せてくる軍勢――。
「レオンさん!」
カグヤの鋭い声に反射的にレオンは射線を開ける。そこを掠めるように蒼い閃光が迸った。それが魔獣に炸裂し、白く凍結。
だが、それもわずかな時間稼ぎにしかならない。
(せめて、洞窟まで戻ることができれば……っ!)
狭い空間に逃げられれば、ドラゴンだけでも凌ぐことができる。待っている騎士たちと連携し、狭い通路の中で迎撃ができる。
だが、魔獣たちの連携がそれを許さない。回り込むようにブラッドクロウの群れが進路をふさぎ、背後からはシャドウウルフが突撃してくる。
迫り来る爪や牙をレオンは躱しながら銃弾を叩き込む。そのまま、背後に迫ってきた敵を振り返りざま射貫く。その手の中で銃の動きが止まる。
(しまった、弾切れ……っ!)
致命的な隙が生まれる。そこへ飛び掛かるシャドウウルフの爪を何とか身を反らして避けた瞬間、鋭い剣閃が横から迸る。
血飛沫と共に弾け飛ぶシャドウウルフ。その間にレオンは弾倉を入れ替え、助けてくれたシュリと背中を合わせた。
「助かった! シュリ!」
「礼は後でいいわ! 今は逃げる!」
シュリは迫ってきた魔獣を斬り捨てながら獰猛に吼える。レオンは頷きながら頭上から迫るブラッドクロウを撃ち抜く。
カグヤもまた、援護するように護符をばらまき、氷の刃を放ち続ける。
卓越したシュリの剣技とカグヤの魔術は迫り来る魔獣を退け、近づけさせない。だが、魔獣は怯むことなく迫ってくる。
(このままだと、じり貧……っ!)
カグヤは魔獣の猛攻に詠唱する暇ができず、魔石と護符に頼って立ち回っている。だが、それも数に限りがある。長くは持たないだろう。
シュリも剣で次々と敵を斬り捨てているが、その息が荒くなっている。
レオンも小道具は残り一個、銃弾も残り少ない。このままだと、全滅は免れられない。
それを覚悟したのか、不意にカグヤが袖から大量の護符を引き抜く。怜悧な目つきに決然とした光を湛えて叫ぶ。
「ここは、私が引き受けます! レオンさんは逃げて下さい!」
その指先から次々と放たれる護符。先を顧みない全力の魔術行使で、凄まじい吹雪がカグヤを中心に吹き荒れる。それに魔獣たちが足止めされる――。
だが、レオンとシュリは逃げない。その場に踏みとどまり、剣と銃で魔獣の猛攻を捌いていく。レオンの銃撃で怯んだグランド・ベアをシュリは斬り捨てながら吼える。
「何を言っているの! レオン、あのバカ妹を連れて逃げなさい! ここは私が引き受けるわ!」
「姉さま、生意気言わないで下さい! 私がここで――ッ!」
二人の必死の叫びが木霊し、剣閃と魔術がさらに迸る。
それは血気迫る、後先考えない猛攻。二人は大きく動き回り、敵を引きつけようとする。その立ち回りにレオンは歯噛みする。
(まずい、合わせきれない……っ!)
歯車が徐々にずれるように、二人の動きにレオンが追いつかなくなっていく。レオンの援護が間に合わず、二人の背後に隙が生まれ始める。
その隙を縫うように、魔獣の攻勢が一気に高まる。それを逆に押し込もうとシュリが鋭く舞うように剣を薙ぎ払い。
その刃が、砕け散った。
「え――」
泳いだ無防備の身体。それを見逃すはずもなく、魔獣の爪や牙が押し寄せる。
「姉さまッ!」
その光景に集中を乱したカグヤ。杖に浮かんだ魔法陣が歪み、放たれるはずの魔術が消滅する。そこにも魔獣が一気に襲い掛かる。
その二人の危機にレオンの身体が動いていた。
シュリを庇うようにその腕を掴んで引き寄せる。そのまま、流れるように銃口をカグヤへ向けた。引き金を引き、カグヤの背後にいたブラッドクロウを射貫く。
そして、その無防備なレオンの背中に衝撃が迸った。
背中が、焼けるように熱い。頭に突き抜けるような痛みが迸る。
背から胸に突き抜けるような激痛に息を詰めながら、それでもレオンは身体を動かす。驚きに目を見開いたシュリの背を突き飛ばし、カグヤの方向へ。
カグヤは慌てて姉の身体を受け止める。その彼女の背後から迫る影。
だが、それは敵ではない。騎士たちが、駆けつけてくれたのだ。
騎士たちはシュリとカグヤを確保すると、レオンに視線を向ける。だが、そのときにはレオンはすでに踵を返していた。
振り返りざま、真後ろまで迫っていた敵を撃ち抜いた。それと同時に、遊底が止まる。正真正銘の、弾切れ。予備の弾倉はもうない。
だが、彼は逃げることなく、四方から迫る魔獣の群れに向き合う。
(頼むぞ。俺の身体……)
背中の痛みが、全身の神経を蝕む。脂汗が滲み出て、震えが込み上げる。
だが、それを押し殺すように弾切れの銃を握りしめる。
ここで倒れれば、騎士たちの方へ魔獣が押し寄せる。そうなれば、シュリとカグヤが危ない――二人を護るためにも、ここで倒れるわけにはいかない。
(弾がなくても……囮くらいには、なるだろうからな……)
「レオンさん!」
「レオン!」
遠ざかっていく二人の声。その代わり近づいてくるのは魔獣の群れだ。飛び掛かったりせず、レオンに狙いを定めて周りを取り囲む。
その獰猛な殺気に、レオンは力なく笑った。
「はは……俺の肉は、美味くねえぞ……?」
だんだんと視界が暗くなってくる。痛みさえも、感じなくなってきた。
朦朧としてきた意識の中、不意にあの男の声が響き渡る。
「食いはしねえさ……言っただろ? お前を素材にする、ってよ」
その声を聞き遂げると同時に――レオンの意識は、闇の中に呑まれていった。




