第38話
(……お)
カグヤが切り株に座って何か作業をしているのを見つけたのは、水浴びを終えて就寝する前のひと時だった。
焚火の傍の切り株。片眼鏡をかけた彼女は集中した面持ちで手元の小さな何かに刃物を這わせている。その真剣な顔つきに簡単に声を掛けるのは憚れる。
と、視線に気づいたのか、ふとカグヤは少しだけ視線を上げる。
「あ、レオンさん。少し待ってくださいね……」
彼女は手元に視線を戻し、小刻みに刃を動かす。それからふぅ、と一息こぼすと片眼鏡を外してにこりと微笑んだ。
彼女は切り株を少し横にずれ、座る場所を空けてくれる。レオンはその隣に腰を下ろしながら笑いかけた。
「やぁ、カグヤ」
「こんばんは。レオンさんも水浴びが終わったようですね」
「ああ、さっぱりした。カグヤは何をやっていたんだ?」
「小道具の作成ですよ。ほら」
彼女は手の中の魔石を見せてくれる。その表面には事細かく魔法陣が刻まれている。その幾何学模様を見つめ、思わず吐息をこぼす。
「アレスタもそうだが、よくこんなものを描けるな」
「確か、アレスタさんはレオンさんの行きつけのお店でしたか。レオンさんの道具を見る限り、腕が良さそうですね」
「ああ、頼りにしているよ――もちろん、カグヤも」
「ふふ、ありがとうございます」
彼女はそう言いながら魔石を大事そうにしまって続ける。
「その人はどう作っているかは分かりませんが、私は要領よく描ける方ではありません。なので、コツコツとこういう時間に作るんです。今日の戦いで一枚、護符を使ってしまいましたし」
そういえば、とオーガとの戦いを思い出す。そのとき、彼女は護符を媒介にして魔術を発動していた。
「あのときは詠唱をしなかったな。護符が魔法陣の代わりになったのか?」
「そういうことです。ただ、魔石と違って紙には魔力を蓄えることができないので、自前で供給する必要がありますが」
「なるほど。で、予備をこうやって作っていると」
「そういうことです。備えあれば憂いなし、ですから」
どこか自慢げに彼女はそう言うと、ふと思いついたようにレオンを見る。
「そうだ。折角だからレオンさん、弾をいくつか分けていただけますか?」
「銃弾? 別に構わないけど……」
レオンは腰のポーチから予備の弾倉を取り出し、その中から銃弾を取り出す。魔石よりも小さい指先ほどの銃弾頭。それをカグヤは受け取って眺める。
それから一つ頷くと、彼女は法衣の袖に手を差し込む。
「お返しにこれを差し上げます。レオンさん」
その言葉と共に差し出されたものを見やり、軽く眉を寄せる。
「空薬莢……か?」
それは円筒状の魔石だった。受け取って外側を眺めると、事細かく紋様が描かれている。こくん、とカグヤは頷いて説明する。
「それから着想を得ました。古代人の銃はこの薬莢に火薬を入れることで、撃発して銃弾を飛ばしていたそうですよね?」
「ああ、そうなるな……ってことは、これは」
「はい。名づけるなら魔導薬莢。これに弾頭を嵌め込むことで、準備は完了です。いわゆる雷管の部分を指で強く弾くと撃発し、弾を撃てます。つまり、単発式の超小型魔導銃、と考えることもできます」
「なるほど……いざ、というときの備えには使えそうだな」
銃が手元にないときの切り札になりそうだ。狙いをつけるのは難しそうだが、護身用として考えるのなら申し分ない。
「ただ、強い衝撃は与えないように布で包んでおくことをオススメします。それに単発式なので、一発きりの道具になります……すみません、まだ試作段階でして」
カグヤは一つ吐息をこぼすと、小さな声で付け足す。
「もしかしたら、これが明日、必要になるかもしれませんので」
「……そういえば、さっき何か気づいていたな。カグヤ」
先ほど、三人で食事をしていたところを思い出す。彼女はシュリの言葉で何かに感づき、騎士に何かを伝えに行った。カグヤは軽く頷いて目を細める。
「はい。ですが、ここで中途半端に説明するよりも明日、騎士の方から伺った方がいいと思います」
「そうか、じゃあ楽しみにしておくよ」
レオンは布で魔導薬莢を包み込み、丁寧に懐に収める。カグヤはレオンから受け取った銃弾を法衣の袖にしまいながら、くすりと笑みをこぼした。
「どうですか? レオンさん。こんな便利な魔術師を傍に置く気はありませんか?」
「懲りないな、カグヤ。こんなときでも勧誘か」
「ええ、あの姉がいない、いい機会ですし……それとも、レオンさん」
そこで言葉を切ると、彼女は自信なさそうに瞳を揺らして小声で続ける。
「……姉さまの方が、やはり魅力的、ですか?」
「ん……そんなことはない。ただ、俺の中でまだ心が決まっていないんだ」
(というよりも、どちらかを選んだらきっと後悔するからな)
今の状態で、シュリとカグヤ、どちらかを相棒に選ぶということはつまり、どちらかを選ばないということになる。その答えにはレオン自身、納得がいかない。
だから、彼は相棒を選べない。己が納得できる結論が見えるまで。
「二人には待たせて悪いとは思ってはいるけど」
「……いえ、レオンさんが真剣に考えているのが分かります」
カグヤは控えめに小さく笑みをこぼす。だが、その瞳にはまだ寂しさが拭え切れない。まるで、一人ぼっちで取り残された子供のようで。
さっきの、シュリとそっくりの表情で。
気が付くと、彼女の頭に手を伸ばしていた。
シュリと同じ金髪を梳くように撫でると、カグヤは少しだけ心地よさそうに目を細める。だがレオンの視線に気づくと、彼女は拗ねたように唇を尖らせる。
「……子ども扱い、ですか?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
レオンは彼女の小さな頭を丁寧に撫でながら苦笑いをこぼす。
カグヤは頑張り屋さんだ。恐らくシュリに追いつこうとして必死に頑張ってきたのだろう。彼女の見せる知性の端々からそれが感じられる。
(もう、十分すぎるくらい、頑張っているのにな)
彼は目を細めながら悟るようにゆっくり言葉を続ける。
「カグヤは、大人なのは十分分かるよ。魅力だけで言えば、シュリよりも大人びていてかわいらしい女性だと思う」
「…………」
カグヤは視線を逸らしたまま、黙り込んでしまう。だが、撫でる手を退けようとしない。レオンは丁寧に彼女の頭を撫でながら言葉を続ける。
「だから、もう少し誰かに甘えてもいいと思うぞ。いい大人、というのは、自分の手に負えないと思ったら、素直に頼るものだ。困ったら俺で良ければ、甘えてもいいからな」
その言葉にカグヤは視線を伏せさせる。その頬を少し染めながら、小さくつぶやく。
「レオンさん、よくそんな恥ずかしいことを言えますね」
「……まぁな。でも、嘘は言っていないぞ」
「う……それは、その。ありがとうございます……」
カグヤは恥ずかしそうに視線を泳がせる。レオンも少し気まずくなって視線を逸らす。しばらく二人は黙り込んでいたが、やがて肩にこつんと軽く何かがぶつかってくる。
「……なら……今は、レオンさんに甘えていいですか?」
「ん……ああ」
彼女の頭に手を載せ、優しく髪の毛を撫で続ける。カグヤが居心地良さそうに吐息をこぼし、レオンに寄りかかってくる。
その二人を穏やかな焚火と、散りばめられた星空が照らし出す。
やがてカグヤが落ち着いた寝息を立てるまで、レオンはただ穏やかに頭を撫で続けていた。




