第37話
辺りが夜の帳に包まれる頃、レオンたちはケルドの森にいた。
正確にはゴウル鉱山道とケルドの森の境目。そこで野営のキャンプを築いていた。さすがに夜に行動するのは危ないので、今晩はここで野宿だ。
レオンはようやく腰を落ち着け、一息つくことができる――。
「まぁ、そんなわけないよな」
倒木に腰掛けたレオンの両脇。彼を挟み込むように、金髪姉妹が座り、火花を散らしていた。
「また、姉さまも一緒なんですかっ! もう見飽きました!」
「それはこっちの台詞よ、カグヤ! 私はレオンと一緒にご飯が食べたいだけなのよ!」
「私が先に一緒にいたんです! 姉さまのあんぽんたんっ!」
「早いもの順とか子供かしら! カグヤのガキンチョ!」
(――しかも、朝からずっと罵倒し通しているから、語彙力が低下している……)
まるで子供の悪口だ。ため息をこぼしながら、レオンは汁物に口をつける。
ちなみに、メニューはグランド・ベアの熊の手汁だ。狩り倒した大型の魔獣の、いいところばかりをふんだんに使った、滅多に食えないメニューである。
「しかし、まさかあそこで魔獣の奇襲か……」
魔獣の肉がふんだんに盛り込まれた汁を飲む。シュリとカグヤは唸り声をあげてお互いに睨み合っていたが、さすがに気になるのか、口論を中断してレオンに視線を向ける。
「ええ、まるで私たちを待ち構えていたようでした」
「なんだか統率が取れていたわよね」
「ああ、それに鉱山に近づけさせたくないような動きにも見えた」
今回の襲撃は、不自然なことがあり過ぎた。何か作為すら感じるような魔獣の動きに、きな臭さを感じる。
(A級二人がいても、この案件は手こずるだろうな、これは……)
ややこしい依頼に手を出してしまったかもしれない。
レオンは複雑な気分で食事を続けていると、ふとカグヤが視線を彼に投げかけてくる。
「レオンさん、少しいいですか」
「ん、なんだ?」
「この道中、魔獣の痕跡はありましたか?」
「いや、全くだ。俺が見落としていなければ」
当然だが、行軍の最中、周囲には絶えず気を配り、魔獣の気配を感じ取ろうとしていた。だが、あの直前まで魔獣の息遣いすら感じられなかった。
足跡、食事の跡、糞や尿、毛の痕跡――それすらも、全くない。
だからこそ、ゴウル鉱山道での奇襲に気づくのが一瞬遅れたのだ。
「……あたしも見ていたけど、直前まで何も感じなかったわね」
「不本意ながら、私もです。探知魔術を常に張っていたにも関わらず」
不可解だ。狩人のレオンの勘、剣士のシュリの直感、魔術師のカグヤの索敵。それを全て掻い潜って包囲を完成させたことになる。
不気味さを共有した瞬間、たちまち三人の間の空気が重くなる。それを察し、シュリは明るい口調で軽く言い放つ。
「そんなわけないわよ、まさか地面から生えてきたわけでもなし」
「確かにそういうのがいたら、人類はとっくに滅んでいるよな」
「そうよ、何とかなるわ。気にしないことよ。レオン」
調子を合わせて二人で笑い合う。無理にでも笑ったおかげか、少しだけ空気が軽くなる。シュリは軽く笑いながら、未だに考え込んでいるカグヤに声をかける。
「考えすぎるのは悪い癖よ、カグヤ」
その言葉にカグヤはわずかにむっとしたように唇を引き結ぶ。だが、視線を逸らすと何か物憂げに考え込んでいる。
それに拍子抜けしたように、シュリはあれ、と首を傾げる。
(……いつもなら、売り言葉に買い言葉が飛び出すんだが……)
カグヤなら『考えなしの脳筋に言われたくないです』とか即座に言葉を返しそうだが、今の彼女は何か思い至ったように真剣に思考を巡らせている。
そして、視線を上げると、仏頂面でシュリに声をかける。
「……まぁ、確かに。考えすぎは一理あります。もっと単純に考えるべきかもしれませんでした。まさか、この姉から気づかされるとは……」
そう言いながらカグヤは思考を巡らせるように視線を泳がせ、やがてゆっくりとレオンの隣から腰を上げる。
「……少し騎士の方と話してきます」
「何か、思いついたのか?」
「ええ、それによっては明日の作戦も変わるかもしれません。では」
カグヤはぺこりと一礼すると、そそくさと立ち去ってしまう。その様子をどこかぽかんとした様子でシュリは見守っていた。
「……あの子が殊勝なことを言うの、初めてね」
「……とはいうけど、意外とカグヤは素直なところはあるぞ? 強がってばかりじゃなくて、自分の弱点も自覚している子だし」
「ううん、にわかに信じられないわね……意外だわ」
小さくつぶやくシュリだったが、その目つきはどこか嬉しそうだ。レオンはそれを微笑ましく思いながら軽い口調で続ける。
「もちろん、プライドの高いところもあるけど、それが頼もしいときがある。実際、彼女の魔術は強大なのは知っているだろう?」
「悔しいけど、実際そうよね。今回も魔獣の半分以上は、あの子の魔術だし」
シュリは認めるように軽く頷き、少しだけ遠い目をして近くの焚火を見つめる。
「……あの子も、成長しているのね。甘えているだけの駄々っ子じゃなくて」
「当たり前だよな。古代人の格言で『男子三日合わざれば刮目して見よ』という言葉があるくらいだし。まぁ、カグヤは女の子だけど」
「そうね……実感させられたわ」
彼女はぽつりとつぶやくと、視線をレオンに向けて目を細める。
「昔はね、カグヤはすごく甘えん坊だったのよ。いつも姉さま、姉さまって呼び慕ってくれて。だから……あの子のこと、嫌いじゃないの。折角、魔術師になったのなら、治癒魔術師でも目指して安全なところで暮らせばいいのに……って常々、思っているわ」
こぼれ出た言葉は、彼女の素直な気持ちだった。
レオンはぼんやりとその言葉を聞きながら思う。
(やっぱり、シュリは面倒見のいいお姉ちゃんなんだな……)
カグヤのことを真剣に考えて、そのためにどうしたらいいのか必死に考えている。だけど、真っ直ぐ過ぎるがために、それを相手に押し付けがちなのだ。
カグヤは、素直になれない一面もある。押し付けられれば、反発もする。
そこで、行き違いが起こっているだけで――二人は、本当は想い合っているのだ。
(なら、大丈夫だ。きっと)
レオンは目を細めながらシュリに手を伸ばし、頭に手を置く。シュリは少しだけ目を上げるが、拒まずに微笑みと共に頭を傾げる。
「急にどうしたの?」
「いや、なんとなくシュリの頭を撫でたくなった」
指通りのいい髪の毛をそっと撫でながら、レオンは言葉を続ける。
「カグヤのことをちゃんと考えてあげれば、大丈夫だ。シュリ。いつかきっと、シュリもカグヤも納得いく結果に落ち着くさ」
「……本当に?」
「ああ、妥協はいらない。けど時々、カグヤにも花を持たせてやればいい」
「花を持たせるの? なんだか、上手く行きそうにないけど……」
「上手く行かないときは俺をまた巻き込んでくれ。なんたって相棒候補、だろう?」
レオンが笑いかけると、シュリは嬉しそうに目を細める。そしてそのまま、そっと距離を詰めるとレオンの肩に寄りかかるように頭を預けてくる。
「……貴方がこの街にいてくれたことに、感謝するわ」
「それはどうも」
「私の相棒になってくれれば、もっと感謝するわよ?」
「それは、またの機会だな」
「相変わらず、ガードが堅いわねぇ……」
拗ねたような口ぶりだけど、その蜂蜜色の瞳は嬉しそうに揺れていて。
しばらくの間、シュリはレオンの肩に甘えるように寄りかかっていた。




