第36話
先陣を切ったのはシュリだった。
滑るように地を駆け、前に踏み込む。その目の前に立ちはだかるのは、グランド・ベア――少し前、シュリとレオン、二人がかりで仕留めた大物だ。
唸り声と共に、黒い毛皮の魔物は四足で駆ける。その猪突を前にシュリは駆けながら、わずかに半身を逸らす。
拓けた射線を、レオンは見逃さない。瞬時に引き金を引き、銃撃が迸った。
シュリの横を通り抜け、銃撃がグランド・ベアの顔に直撃。傷を負わないものの、その衝撃にわずかにグランド・ベアは怯む。
その隙に、シュリは一気に踏み込んでいた。
視界の死角を突くように斜め下へ滑り込むと同時に、彼女は鍔を鳴らす。
瞬間、振り抜いた刃が、真下からグランド・ベアを斬り上げた。血飛沫が、道の中央で撒き散らされる。誰もが手こずる大型の魔物を、一刀で沈めた。
だが、魔獣たちは怯まない。血煙の中に佇むシュリに向け、シャドウウルフが殺到する。それを見やり、シュリは目を細めながら口角を吊り上げる。
直後、返された刃が真横一文字に振り抜かれ、突っ込んできた魔獣を引き裂く。血花を咲かせながらもその刃は止まらず、次の斬撃へとつながる。
逆袈裟斬り、唐竹割、そこからの燕返し――。
荒々しくも洗練された剣舞に、魔獣たちがたまらず浮足立つ。その間にカグヤは呪文を唱え続けている。眩い光を放つ水晶に照らされたカグヤの声が辺りに響き渡る。
「集え、集え、氷刃よ――我が意のままに、その姿を形取れ――」
その光に反応し、真上から甲高い奇声と共にブラッドクロウが急降下してくる。棒立ちのカグヤに向かい、鋭い鉤爪が振り下ろされ――。
「させねえよ」
銃声と共に、ぱっと中空で羽が飛び散り、ブラッドクロウが吹き飛んだ。レオンは冷静に次から次へと狙いを定めては引き金を引く。
研ぎ澄まされた銃撃は、一発たりとも外さず、的確に敵たちを通さない。
そのけたたましい銃声に、魔物たちが怯めば――。
「はああああぁぁっ!」
その瞬間には、シュリの修羅の剣舞が、血花を咲かせる。
レオンが作り出した隙を逃さず、カグヤの傍に引き下がってシュリは白刃を閃かせる。それに触れた魔獣は一つ残らず、血飛沫を上げて崩れ倒れる。
その間にレオンは前に出ると、銃撃で牽制を加え、魔獣の連携を阻む。
その波状攻撃に、魔獣の攻勢は押しとどめられる。
(なら――あとは、こちらの番だな)
レオンは後ろに跳んで退がる。直後、カグヤがひときわ大きな詠唱を響かせる。
「――輪廻の理に集いし数多の氷刃よ! 氷獄となりて、全ての命を奪い去れ!」
カグヤが杖を振り上げる。水晶が放つ煌めきが、無数の氷と化し、光り輝きながら廻り集う。それを前へ突き出すように、彼女は杖を振り下ろした。
「ターキム・アイストームッ!」
瞬間、解き放たれた蒼い煌めきが宙を駆ける。弾雨のような氷の刃が前方にひしめく魔獣の群れに叩き込まれ、直後、断末魔の叫びが鉱山道に木霊する。
血飛沫にまみれ、魔獣たちが地面でのたうち回る。恐慌をきたした魔獣が地面を跳ねまわり、茂みに隠れて魔術をやり過ごそうとする。
だが、それを追いかけるように蒼い刃は弧を描く。そのまま、的確に茂みの魔獣を貫き、断末魔の悲鳴を奏でる。
自動追尾の、氷の魔術弾――それに狙われた魔獣は、ひとたまりもない。
(だが――大型の魔獣相手には、効き目が薄い、かッ!)
「オオオオオオオオオオ!」
残ったジャイアント・オーガが、その身体に無数の氷刃を突き立てながら咆吼する。さすがに頑強な肌は貫き通せていない。
怒りに燃えた目が、ぎろり、とレオンたちに向けられる。その殺気を前に、シュリとカグヤは一瞬だけレオンを見やる。その視線の意を、レオンは汲み取る。
(時間を稼げ、か……! 上等ッ!)
レオンは地を蹴って二人の前へ。同時に、オーガも地を蹴って駆ける。激しく地を揺らしながら、咆吼と共に棍棒を振り上げる。
その濃厚な殺気を一心に受けながらも、レオンは臆することなく二人の前で右手に銃を構える。そして、左手で素早く腰に下げた小瓶を引き抜いた。
からん、と手の中で瓶の中の魔石が揺れる。それを感じながら、前方に投擲。
オーガの眼前に舞う小瓶。間髪入れず、それを銃弾で射貫く。
直後、轟、と音を立てて瓶が爆ぜた。巻き上がった炎が、魔獣の顔を包み込む。
(アレスタ特製の、爆薬だ……!)
炎で傷をつけられるとは思っていない。だが、視界を奪うには十分だ。
「さすが、レオンさん……!」
称賛の声と共に、カグヤは腕を一閃させる。彼女の指先から真っ直ぐ放たれたのは、呪符。それが真っ直ぐにオーガの足元に落ちる。
カグヤが鋭く杖で地面を打つ。それを合図に、その呪符から一気に冷気が迸った。
閃いた白い煌めきが一瞬で地面を染め上げ、オーガの足を巻き込んで凍結させる。それに足を取られ、オーガが体勢を前のめりに崩す。
そして、その隙を彼女は見逃さない。
白刃が、迸った。
いっそ、静けさが訪れたようだった。
氷の帳で動きが止められた魔獣。その頭がずるりと滑るように地面に落ちる。どさり、と重たく湿った音がやけに大きく響き渡る。
そのオーガの傍で残心のまま止まっていたシュリは、ゆっくりと吐息をつきながら刃を一振りして鞘に納める。
「……終わったわね」
「ああ、そうみたいだな」
周りを見渡せば、そこは魔獣の死骸ばかり。辛うじて生きている魔獣も氷で翼や足を貫かれてもはや瀕死だ。後ろを振り返ると、騎士や冒険者たちが肩で息をついている。
彼らも奮戦したのだろう。レオンたちの周りと同じくらい、魔獣の死骸が散らばっている。
「かなり敵が多かったけど……悪くない連携だったわね」
「ええ、レオンさんを主軸に組み立てた、連携――即席にしては上手く行ったかと」
カグヤは同意しながら、ぱんぱんとマントを叩いて一息。シュリも返り血を拭いながら、のんびりと伸びをする。
(なんというか、二人ともあっさりしているな……)
難敵を倒したというのに、まるで朝食を済ませただけのような雰囲気だ。
レオンは思わず苦笑いを浮かべると、その傍にカグヤが歩み寄り、にこりと微笑んでくる。
「私の魔術は、どうでしたか? レオンさん」
「ああ、最高だったぞ」
「ふふっ、ですよね。レオンさんを援護できるのは、私だけです」
勝ち誇った笑みを浮かべるカグヤに、シュリはかちんと来たように目を尖らせる。
「何を抜かしているのよ。私が護ってあげたくせに」
「なら、もう少し優雅に戦ってください。返り血がこっちにまで。汚い姉さま」
「な、なにをぉ……!」
シュリとカグヤは殺気丸出しで睨み合う。剣呑な二人にレオンは苦笑いを浮かべる。ここまでくると、ここまで来ると一周回って頼もしい。
茜色に染まりつつあり空の下、二人の大人げない声が響き渡っていた。




