第35話
「――こちらまで来るのは、初めてですね」
陽が徐々に傾きつつある時間帯、レオンたちは鉱山道に足を踏み入れていた。
所々に生えている低木。露出した岩肌を眺め、カグヤがつぶやく。レオンはそうか、と軽く頷きながら辺りを見渡す。
「この広い大地の下には、霊脈が至る所に走っている。ゴウル鉱山もその例外ではないのだけど……その霊脈が、浅いところにあるんだ」
霊脈は、いわば魔力の流れだ。
人間は魔力を扱う術、すなわち魔術を体得しているからこそ、その影響は受けない。だが、動物や植物はそれの影響を受けて身体が変化してしまう。
それが魔獣の正体なのだが、霊脈が干渉するのは、それだけではない。
「霊脈の影響を受けて、このあたりは魔石が算出されやすいんだ」
「魔力を帯びた石、魔石ですね。市井でよく見かけます」
「ああ、魔石は魔力を十分に扱えない人にとっては、貴重な資源だからな」
魔石は魔力を充填したバッテリーの役割にもなる。アレスタが護符などに使っているインクも、いわば魔石の一種だ。
いろいろと応用が利き、市井の日々の暮らしを支えている。
(だから、ここで魔石の流通が滞るのは、バウマン以外の街でも死活問題になるからな)
騎士団としても、早く解決したかったのだろう。かかる期待を自覚し、レオンは軽く気合を入れ直していると、ふと隣のシュリの様子が目に入る。
「ん? シュリ、どうかしたのか?」
彼女は珍しく少し落ち着きがなく、ぴりぴりとしている。視線は辺りに向けられ、何か警戒心を強めているようだ。
(そこまで魔獣の気配は、まだ感じないけど……)
念のためレオンは腰のホルスターに手を伸ばすと、シュリは苦笑いを浮かべて首を振る。
「ごめん、レオン。別になんでもなくて。ただ、この地形は慣れないの」
「ああ、気持ちがすごく分かる」
レオンは頷きながら視線を左右に向けた。
その左右に広がっているのは、そびえ立つ岩の壁。その所々には凹んだ岩棚があり、そこでは草木が茂っている。その茂みにはよく、魔獣が潜んでいるのだ。
つまり、普段よりも警戒する範囲を広げなければならない。シュリがぴりぴりするのも納得だ。同じ意見に安心したのか、シュリは柔らかく微笑みを返す。
「ふん、臆病なことこの上ないですね」
そこに冷たい声が横から響き渡った。ぴしり、と凍り付く空気に、レオンは思わずやれやれとため息をこぼす。
「あら、カグヤは奇襲が怖くないの? それは蛮勇じゃない?」
「お気遣いなく。私は誰かさんとは違って用心深いので、魔術で常に索敵しています」
「そんなあやふやなものを頼りにしている時点で、たかが知れるわね」
たちまち繰り広げられる舌戦。こうなると、しばらくは収まらない。
それに挟まれたレオンは半ばあきらめながら、二人を左右に連れて鉱山道を進んでいく。岩棚に充分に警戒しながら、魔獣の気配を探る。
(……に、しても静かだな)
この二人の殺気に当てられて遠巻きにしているにしても、大人しすぎる気がする。特に鉱山道は強い魔獣も多い。そのあたりが出てきてもおかしくはないが――。
その思考を打ち切るように、不意にぞわり、と背筋を悪寒が走った。
思わず腰の拳銃に手をやりながら気配を窺う。
レオンの警戒に、シュリとカグヤも反応した。口論を止めると、示し合わせたように左右を警戒する。シュリは息を詰めながら押し殺した声で訊ねる。
「……レオン、何か感じたの?」
「……ああ、視線のような何か。狙われている、か?」
あやふやな感覚を手繰り寄せようとする。だが、それよりも早く、カグヤがゆっくりと口を開いた。
「相変わらずの直感ですね。レオンさん」
「……いたか、カグヤ」
「ええ、潜んでいますよ。あちらこちらに」
その言葉と共に、どこからか湧きあがるように魔獣の気配が膨れ上がる。先ほどまで感じなかったのに、続々と。
カグヤは舌打ち交じりに杖を構えてぐるりと見渡す。
「霊脈の魔力に隠れて息を潜めていました……これは妙ですね」
「ええ、意見が被るのは気に入らないけど、あたしも同意。不自然すぎるわね」
前方、左右にまで湧き出てくる魔獣の姿に、シュリとカグヤは警戒心を強める。
その理由は分かる。魔獣はある程度、知性があるため、待ち伏せや相手の値踏みなどは行う。だが、霊脈の魔力に紛れて息を潜める、など高度な真似はしない。
(しかも、数が多い。百以上はいる上に、種族もばらばらだ)
見渡しただけで、シャドウウルフ、ブラッドクロウ、ポイズンフェネック、ウッドモンキー……かつて、ユキに見せてもらった報告書と合致する。
その湧き出た魔獣たちは茂みから顔を覗かせつつも、すぐに襲い掛かって来ない。
まるで、襲撃の足並みを揃えようとしているかのように。
(……まるで、誰かに指揮されているみたいだ)
「に、してもどこから湧いてきたのよ……!」
「無駄口は結構です。バカ姉。今は迎撃を」
「分かっているわよ、アホカグヤ。全く口数が減らない」
こんなときでも二人は剣呑なやり取りをする。一周回って頼もしく思えてくる。レオンが苦笑いを浮かべていると、異常を察知した後衛が駆けつけてきた。
「レオン殿、これは一体……!」
「魔獣です。俺たちも連携して対応しましょう」
騎士団の部隊長は辺りを見渡し、表情を引き締めて頷く。
「よし、陣形を組んで戦おう。騎士団は左右を受け持つ」
「なら、そちらの冒険者のパーティーは後方を警戒しながら、適宜、遊撃をお願いします。そして、俺たちは――」
レオンは視線を前方に向ける。そこにはずん、ずんと地面を鳴らしながら正面から歩いてくる巨影があった。漆黒の剛毛をまとった、巨熊。さらには二足歩行で歩いてくる大柄の鬼までいる。
「グランド・ベア……! 相手にとって不足ないわね……!」
「ジャイアント・オーガ! またこいつですか……!」
シュリとカグヤは、それぞれ因縁の相手を前に戦意を奮い立たせる。その二人の間にレオンは進み出ながら、ホルスターから拳銃を引き抜く。
その背に、心配するような騎士の声が投げかけられる。
「大丈夫か? さすがにその規模の魔獣を三人で相手するのは……」
「心配いらないわよ。騎士殿。あたしだけならともかく、愚妹もいるし」
「ええ、些か不本意ですが、有象無象よりはまだ使えるバカ姉がいるので」
(……おや?)
言っているこそ辛辣だが、姉妹は珍しく共闘を前提に気迫を漲らせている。意外な思いで二人を見比べると、彼女たちは視線を逸らしながら憮然とした口調で言う。
「あたしだって、無茶はしないわ。使えるものは使う」
「私も、同じです。精々、利用してやりますから」
「ええ、利用しなさい。貴女の背中なんて、片手間で守ってやるから」
「言いましたね? 敵を近づけたら承知しませんよ」
二人は言い合いながら、迫ってくる魔獣に向かって殺気を高ぶらせてくる。その頼もしい二人の構えに、思わずレオンは笑みをこぼした。
「なら、俺は精々、フォローしよう……やるか」
「ええ、頼りにしているわ」
「はい、お任せしますね」
鍔を鳴らす。スライドを引く。杖を振り上げる――。
三者が陣形を組み、構えを取った瞬間、不意にジャイアント・オーガが棍棒を振り上げ、咆哮を轟かせた。迫力ある鬨の声に、地面がびりびり揺れる。
それを合図に、四方から魔獣が一気に飛び出してくる。迎撃のために、三人は頷き合って共に駆け出す。
今、三人の初めての共闘が為ろうとしていた。




