第32話
レオンが回復してから十日ほど経ったある日。
彼はいつものようにアレスタの鍛冶屋に立ち寄ると、アレスタは片眼鏡をつけて、カウンターの上で何かを弄っていた。彼はすぐにレオンに気づくと、片眼鏡を外しながら髭面ににやりと笑みを浮かべる。
「お、来たな。色男」
「急になんだ? アレスタ」
レオンがカウンターに歩み寄り、ホルスターから銃を抜く。いつものように弾倉を抜き、スライドオープンさせて差し出す。
アレスタは弄っていた金属片を脇に置き、銃を受け取ってメンテナンスを始める。
お互い、もうすでに勝手が分かっている仲だ。アレスタは整備道具を取り出しながら、視線を上げてレオンを見やる。
「バウマンの街でちょっとした噂だ。あのユグドラ姉妹が、最近大人しい、と」
「……そうか? 顔を合わせるなり、口喧嘩が絶えないけど」
「でも裏を返すと、口喧嘩だけだろう?」
その指摘に、ふと思い返す。そういえば、ここ最近は二人が激突しているところを見ていない気がする。二人の仲が険悪なのは変わりがないが――。
「それに気づいた街の人々の視線が、お前に向くわけだ。あの姉妹とここ最近、一緒にいるお前さんにな。そうなれば、自然とそういう噂になる。『あの銃撃士は、姉妹を誑し込んだのではないか……』みたいな」
「おいおい、不名誉だな……」
だが、考えてみると街を歩いているだけで、妙な視線を向けられていた気がする。気のせいだと思っていたのだが、そういった背景があったとは。
レオンは深くため息をつきながら、ここ数日のことを思い返す。
恐らく、きっかけはレオンが病に倒れたときのこと。そこで二人に対して、一応の筋を通した。その言葉の通り、ここ数日は二人に誘われた依頼をこなしていた。
シュリとカグヤ、二人が持ち込んだ依頼を二件ずつ。
それを通じ、さらに二人とは呼吸を合わせつつあった。
「……不本意だが、二人との接し方も分かってきたからな」
「そういや、街中でお前さんが喧嘩の仲裁をしていたのを見た、という奴もいたな」
「あー、屋台での時か」
三日前の真新しい記憶のことだ。外を散歩していると、シュリとカグヤが言い争っているところに出くわしたのだ。シュリが串焼きを食べているところを、カグヤが「太りますよ」とバカにしたのが事の発端だったらしい。
屋台の人が縋るような目つきで見てきたので、仕方なしに仲裁したのだ。
「ちなみに、どうやって捌いた?」
「別に? 二人に串焼きを奢って少し話をしただけだけど」
物を食べている間は、二人も言い争いができない。その間に話題を逸らしたのだ。咄嗟のことだったので、自分の昔語りをしたのだが、それを二人は食い入るように聞いていた。
(……やっぱり、二人は魔境の魔獣に興味があったのか……?)
レオンは内心で首を傾げていたが、アレスタは納得したように深く頷く。
「なるほど、レオン坊にしかできない手腕だな」
「大したことはしたつもりはないけどな……それより」
レオンは話題を変えようと視線をカウンターに向ける。その隅には、入店するまでアレスタが弄っていた金属片がある。
「一体、何を作っているんだ?」
「ん、ああ、これか。お前が寄越した魔獣の殻があっただろう? その加工が進んでいるんだが、その破片で何か作れないかと思ってな」
アレスタはそう言いながらその金属片を見せてくれる。表面には細かく緻密な模様が書き刻まれている。魔法陣のようではあるが――。
「魔道具か。よくこんな細かいものを作れるな」
「はは、銃に比べればこれくらい容易いものよ」
「そんなものかね――ちなみに何の効果があるんだ?」
「一応、結界の術式を試しに書いてある。この鉄の強度なら、かなり強力な魔術でも耐えられそうだったからな」
アレスタはそう言いながら机の中をごそごそと探り、何かを取り出した。手にしたのは同じような札――だが、それには端に穴が空けられ、チェーンがつけられている。
「折角だから、ほら、これを持っていけ。試供品だ」
「お、いいのか?」
「ああ、護身用を兼ねてな。肌につけておけば、自身に脅威が迫ったときに自動的に作動する――はずだ」
「……はずだ、って。すげぇあやふやだな」
「試したことがねえんだ。仕方ないだろう」
肩を竦めたアレスタはその鉄の札を投げ渡してくる。それをレオンは片手で掴むと、苦笑をこぼしながらそれを首から提げた。
「ま、それもそうだな。だからこその試供品か」
「そういうことだ。使用感を教えてくれよ」
「生きて帰れたら、だけどな」
この護符が作動するときがあるとすれば、危機的状況だろう。その言葉にアレスタは苦笑を返して、違いねえ、と頷き返す。
その一方で、手元でしっかり仕事をこなしている。淀みない手つきでクリーニングされた部品を的確に彼は組み立てていき、最後に遊底を引いてから引き金を絞る。かちり、と小気味いい空撃ちの音を確かめてから、レオンに銃を差し出した。
「待たせたな。相変わらず丁寧に使っているのが分かるぜ。ただ、マガジンを落とす癖だけはどうにかしとけよ」
「急いでいるときは仕方ないだろ……ほら、返す」
レオンとアレスタは銃を交換しながら、苦笑いをこぼし合う。それからアレスタはカウンターの中に手を突っ込んで軽い口調で訊ねる。
「今回は何箱だ?」
「三で頼むよ」
「了解だ。だが、今回から値上がりするぜ」
「あー、なるほど、了解」
とうとう、ゴウル鉱山道での影響がアレスタの鍛冶屋でも出たらしい。彼が書きつけた請求書を見やり、少しだけため息をこぼした。
「……大分、値が張るな」
「ま、普通ならこの値段で四箱買えるからな。悪いな、レオン」
「いや、アレスタが悪いんじゃない」
そう言いながら財布を取り出して代金を支払う。アレスタはすまなそうに眉を寄せ、付け足すように続ける。
「詫びと言ってはなんだが、お前の持ち込んだ、ユニコーンと魔獣の殻……もうすぐ、加工ができそうだぜ。次のクエストが終わったら立ち寄ってくれ」
「ああ、ありがとう。アレスタ」
その後、レオンはアレスタと軽い雑談をしてから店を出た。穏やかな陽光が注いでくるが、懐具合は少しよろしくない。
(……この頃、結構、弾使っているからな)
手ごわい相手なら、それなりに銃弾を使う。それに純粋に相手にする魔獣の数も増えているのだ。最近、ケルドの森での魔獣の遭遇頻度が上がっている。
無論、遅れをとるはずはないが、多く弾を使って出費が増えている。
(今後のことも考えると、弾代の高騰は厳しいな……)
ゴウル鉱山道の一件を誰か早く解決してくれないか、と他力本願なことを考えつつ、レオンは帰り道につく。
まさか、その一件に自分が巻き込まれるとは、今のレオンは考えだにしていなかった。




