第31話
「――ごちそうさま」
レオンはおかゆを食べて一息つくと、シュリとカグヤはほっとしたように笑みを見せてくれた。その表情がそっくりで思わず笑み零れてしまう。
もう、外は日が暮れている――二人は、ずっと看病してくれていたらしい。
目を覚ました彼に、温めたおかゆを用意してくれた。何から何まで甲斐甲斐しい看病に頭が上がらない。
「もう、寝ていなくていいの? レオン」
「ああ、少しましになった。二人とも、感謝している」
もう大分身体は軽い。まだ気怠さが残っているが、頭はすっきりしている。レオンの額に手を当てたカグヤは、ん、と軽く頷くと、剣呑な眼差しをシュリに向ける。
「だ、そうですよ。姉さん。もう遅いですし、帰られては?」
「貴女とレオンを二人っきりにはさせないわよ。あたしも、ここに泊まるわ」
「なら、俺が家に帰るのが一番平和――」
「やめなさい」
「やめてください」
二人の言葉が重なった。嫌そうに視線を逸らし合い、シュリが口を開く。
「そんな病気の貴方を、一人にさせるわけ、ないでしょう?」
「今日は甘える、ってさっき言質を取りましたしね。徹底的に、甘えて下さい」
「――悪いな。二人とも」
「いいのよ――デザート、食べる? リンゴ、剥いてくるわよ」
シュリは微笑んで席を立つ。エプロン姿の彼女が、台所に立つのを見つめながら、レオンは思わずつぶやく。
「シュリが飯を作ってくれたんだな……」
「――やっぱり、女の子は、ごはんが作れた方がいい、ですかね?」
カグヤが何故か意気消沈する。レオンは苦笑い交じりに肩を竦めた。
「作れるか作れないかなら、作れた方がいいが――俺と行動するときは、問題ないぞ? 俺が飯作れるから。適材適所ってやつだな」
「あまりカグヤを甘やかさない方がいいわよー? レオン」
聞こえているのか、振り返ってシュリが声をかける。いーっと、カグヤはそれに舌を突き出して反抗する。こうすると、仲のいい姉妹なんだが……。
「なんで、あんなに喧嘩するかなあ」
「それは、カグヤが減らず口叩くから」
「それは、姉さまが意地悪だから」
二人はほとんど同時に答え、そしてまた睨み合う。どう、どうと手で制していると、シュリはお皿を持ってレオンの傍に戻ってくる。
「はい、レオン、リンゴよ。どうぞ」
「ああ、ありがとう」
一切れいただく。しゃくり、と淡い食感と甘さが口で広がる――いいリンゴだ。ついつい、手が伸びてしまう。そうしながら、睨み合っている二人に苦笑いを向けた。
「まあ、喧嘩はさておいて――二人とも、ありがとう」
「困ったときはお互い様よ」
「はいです。いつでも頼って下さい」
二人は視線を戻すと、レオンに笑みを見せる。そのそっくりの笑顔を見つめながら、彼は深く吐息をこぼす。
「ん……本当に助かった。一人で体調を崩していたら、辛かったからな」
「不幸中の幸いですね。そういえば、レオンさん……一人暮らし、なんですか?」
ふとさりげない口調でカグヤが訊ねてくる。だが、カグヤの目つきはすっと細められている。シュリも気になっている様子でちら、とレオンの顔を見やる。
「……もちろん、そうだが? 山から下りて来てから、ずっと一人だ」
「山……そういえば、貴方、元々狩人だっけ」
思い出したようにシュリはつぶやく。ん、とレオンは頷きながら続ける。
「魔境にほど近い、山岳地帯の集落だよ。集落は代々、魔獣狩りで生計を立てていてね。そこで銃の扱いは叩き込まれたんだ」
「道理で、やたら銃撃が上手いと思いました」
「魔境近くで銃だけで生き延びれば、それは強くなるわよね……」
「ま、実際そうだな。年に一人か二人は、魔獣に喰い殺される集落だよ」
軽い冗談のつもりでレオンは告げるが、シュリとカグヤは感心したような眼差しを注いでくる。少しくすぐったく思いながら視線を逸らす。
「ま、そうしているうちに外の世界に興味が出て来てね。こうして、冒険者に転進してやってきたわけだ」
「へぇ……初めて貴方の故郷の話を聞いたわね」
「ええ、私も……私たちのことは知っているのに、ずるいですよ」
「はは、悪い。話す機会がなくてな」
レオンは苦笑いを返すと、カグヤはこほんと咳払いをする。
「まぁ、いいです……私の相棒になれば、いつでも聞く機会はありますから」
「誰が貴方の相棒よ。あたしの相棒になってもらうに決まっているでしょ」
ぴしり、と穏やかだった部屋の空気に亀裂が走る。二人からゆらりと殺気が立ち上り、お互いを敵のように睨みつける。
「は? 何をふざけたことを。レオンさんのサポートは、魔術師である私にこそ、必要なものです。魔道具も私なら作って差し上げられます」
「ふざけているのはそっちよ。彼の銃撃を生かすのなら、剣士であるあたしの傍が一番よ。近距離と遠距離で連携取った方がいいに決まっているでしょうが」
「野蛮極まりない考え方ですね。それだから戦術が一辺倒なんです」
「貴方こそ考えすぎるから毎回、懐を突かれるんでしょうが……!」
だんだんと膨張する殺気。その間にいるレオンとしてはひりひりと胃が痛んでくる。思わず冷汗を滲ませながら声を上げる。
「……すまん、二人とも。それくらいにしてくれ……身体に悪い」
「あ……ごめん。レオン」
「ごめんなさい……」
いつもなら「レオン(さん)は黙っていて」と一蹴されるところだが、病人のレオンを気遣い、二人はしゅんとなる。その様子に少し苦笑してしまう。
(……ほんと、二人は悪い子ではないんだな……)
そんな二人にだんだん惹かれている自分がいるのに、レオンは少しだけ自覚してしまう。その気持ちごまかすように、一つ咳払いして二人に向き直る。
「なら、話を詰めておくか。パーティー契約について」
二人の視線が一斉にレオンに注がれる。思いのほか、縋るほどに強い視線に気圧される。
期待と不安が入り交じった視線と共に、シュリとカグヤは身を乗り出す。
「あたしを、相棒に選んでくれるの?」
「いいえ、私、ですよね……?」
「あ――いや……」
その勢いに思わず言葉を詰まらせ、思わず内心でため息をこぼす。
(あわよくば、三人一緒にパーティーを組もうと言いたかったが……)
半ば予期していたことだが、そう簡単にはいかないようだ。レオンは二人の視線から逃げるように顔を背けて声を絞り出す。
「……すまん、相棒は選べない」
その言葉に、二人は落胆の吐息をこぼす。それがいたたまれなくなり、レオンは二人の顔を順番に見つめて言葉を続ける。
「だけど、クエストは誘ってくれれば、一緒にやるから。報酬もパーティーと同じ、山分けのレートで構わない」
その上でわずかに悩んだが、はっきりとした声でさらに付け足した。
「二人の誘いが被ったときは――そのときは、俺が選ぶ。どっちを優先するか」
そこの筋を通さないのは、ここまで熱心に誘ってくれた二人に失礼だ。だから、そこだけはきっちり線引きをする。
その言葉からレオンの葛藤と決意を感じ取ったのか、二人は揃って仕方なさそうな笑みを浮かべた。
「仕方ないかな。今日は、それで満足してあげる」
「仕方ありませんね。レオンさんは、優柔不断なんですから」
どこか安心したような口調で言うと、カグヤがふと思いついたように口角を吊り上げる。
「じゃあ、レオンさん、早速ですけど、治ったら一件、クエストやりませんか」
「あっ、ずるいわよ、カグヤ!」
「ずるくありませんよ。受けてくれるかは、最終的にレオンさんが決めますから。でも、報酬はかなり弾みますよ?」
「う、うううっ、あ、あたしもっ、あたしもクエスト受注してくる!」
「おい、今からは止してくれよ……」
苦笑い交じりに声をかけながら、少しだるい身体をベッドに落ち着ける――それだけで、二人は口を噤み、そっと微笑みかけてくれる。そのそっくりの表情を見ながら、少しだけ思う。
(やっぱり、二人は姉妹なんだな……表情も似ていて……でも、性格が違う)
それで相争ってしまうけれど、いつか、二人が仲良くなれて。
三人一緒のパーティーを組めればいいな、と心の中でぼんやりと思いながら。
「寝て構いませんよ。レオンさん」
「ゆっくり、今は休んで。レオン」
二人の優しい声に促され、レオンは静かに目を閉じた。




