第29話
その後、レオンはアレスタと素材の加工について相談し、彼の店で小道具を買い足してから外に出る。軽く吹いている風に、少しだけレオンは身を縮める
。
(……おかしいな、そこまで寒くはないはずだけど)
なんだか、風が妙に寒く感じてしまう。鼻が、またむずむずしそうだ。
(……少し、気が抜けたかな)
考えてみれば、ここ数日、オーガやグランド・ベア、異形のザリカニと激戦が続いていた。それに姉妹喧嘩に巻き込まれ続けた心労が出てきたようだ。
それから束の間の解放に気が緩んだのか、身体の芯からだるさが込み上げてくる。
(――少し、休むか……)
レオンはふらりと道端の岩に腰かける――今日はぽかぽかと温かい陽光が降り注いでいるのに、どこか肌寒い。参ったな、と苦笑いを浮かべて息を整える。
かなり身体に疲れが来ていたようだ。
(今日は早めに休んで、しばらくは依頼も休止だな――)
収入が途絶えることになるが、蓄えはまだある。焦らなくていいはずだ。
ただ、一度座ってしまうと立つ気になれず、ぼんやりと行き交う人を眺めて――。
ふと、冷たい感触が頬に走った。
思わずびっくりして顔を上げると、そこには悪戯っぽい笑みを浮かべたカグヤの姿があった。片手には、素焼きのコップが握られている。
「こんにちは。レオンさん――こんなところでぼっとして、どうしたんですか?」
はい、これ、ジュースです、と彼女は差し出してくれるコップをありがたく受け取る。氷が浮かんだ、冷たい絞り立てジュースを口にしながら笑う。
「少し、休んでいてね。あまり、体調がよくないんだ」
「あ――もしかして、この前の……」
心当たりがあったのか、口ごもるカグヤ。苦笑いを浮かべて首を振る。
「いや、単に自分の体調管理が、甘かっただけだよ」
「だけど……さすがに、申し訳ない、というか……」
「気にするな――それより、今日はクエストじゃないのか?」
「今日は、買い物と、ギルドで情報を少し集めていて」
「買い物か……そういえば、いつもの法衣じゃないんだな」
今一度、彼女の姿を見直す。杖こそ手にしているものの、今日は法衣ではなく、可愛らしい服に身を包んでいる。
少しフリルがあしらわれた白いブラウスに、それを引き立てる、漆黒のコルセット。
そのコルセットと一体化した、黒のミニスカートから覗く、しなやかな足は膝まである紺色の靴下に包まれている。
「ふふ、気づいてくれましたか。さすがはレオンさん――どうですか?」
「うん、似合っているよ。かわいい」
少しだけ幼い雰囲気はあるが、かわいらしい彼女にはよく似合っている。法衣だと分からない、彼女のスタイルの良さも引き立てられているのが分かる。
だが、同時に分かるのは、その服の質の良さだ。
「こういうのを聞くのは無粋かもしれないが、結構、値段がするんじゃないのか?」
「まあ、それなりにしますけどね。レオンさんに褒めてもらえたから、安く思えます」
「そんなものかね。お嬢さん」
「そんなものなのですよ。レオンさん」
くすくすと笑い合う二人。ひとしきり雑談を終えると、ふと、カグヤはわずかに顔つきを変える。どこか緊張した、真剣な面持ちへと。
「それで……レオンさん、温泉で言った私の申し出、考えてくれましたか?」
温泉でのこと。そういえば、カグヤは何か言いかけていた。
途中でシュリが乱入してきたが、あれは恐らく――。
「俺とパートナー……パーティー契約を、結びたい、ってこと、だよな?」
再確認の意味で訊ねると、彼女はこくん、と小さく頷き、固唾を呑むようにじっと見つめてくる。
それに対して、レオンは慎重に言葉を紡ぐ。
「――まあ、やぶさかでは、ないんだが……な」
カグヤは優秀なA級冒険者。それは、この前の護衛任務で分かっていることだ。
むしろ、こちらから一緒にパーティーを組むことを申し出たいぐらいである。
(けど、もう一人誘われている相手のことを考えると……)
「あら、レオン、奇遇ね」
不意に、澄んだ声が響き渡り、視線を上げた。そこには、思い浮かべた少女の顔が合った。吊り目を細め、革袋を担いで快活に笑ってみせる。
「ああ、シュリ――」
「なんですか。姉さま。今、レオンさんは私とお話ししているのですよ? 邪魔しないで下さい」
瞬間、殺気が立ち上った。横にいたはずのカグヤが立ち上がり、凍りつくほど冷たい声を発する。だが、シュリは涼しい顔でそれを受け流した。
「それは悪かったわね。カグヤ。なら、同席させてもらってもいいでしょう?」
「何が、なら、なんですか。不愉快ですね」
「奇遇ね――あたしも、貴女の顔を見て不愉快よ」
「なら、とっと消えて下さい」
「あたしはレオンと話したいのよ。貴女が消えなさい」
「――やはり脳みそまで筋肉なら、実力行使でしか分からないようですね」
「だ、誰が脳筋よ。へりくつ女――武力行使で、分からせてあげるわ」
たちまち、二人が殺気立ち、武器に手をかけ始める。通りかかった人は、またかよ、とばかりに苦笑しながら立ち止まり、遠巻きに見守り始める。
それどころか、災害を避けるかのように、店じまいまで始める人もいる。
(天災扱いか……まあ、自業自得、なんだが……)
どうにかなだめようとレオンは手を挙げながら、立ち上がり――。
ふと、足元がぐらりと揺れた。頭も、定まらない――どこか、ぼっとする。
「あ、くっ――」
思わず地面に膝をつく。それを引き金に、どっと身体の芯から熱が込み上げ、意識がだんだん薄れていく。倒れそうになるのを、誰かが両脇から支えた。
「レオンっ、どうしたの!?」
「レオンさん、大丈夫ですか!?」
二人の狼狽えた声を聞きながらも、答えることができず――彼の意識は、闇の中に呑まれていった。




