第24話
カグヤ視点
「――っ!」
カグヤは瞬時に懐にあった呪符を引き抜いていた。それらに魔力を込め、一気に巨大魔獣に向けて解き放つ。無数の紫電が中空を迸り、魔獣を攻撃する。
ギギギギ、と鈍い声を響かせ、魔獣の動きが止まる――だが、それだけだ。
(やはり火力が足りない――!)
カグヤは歯噛みしながら踵を返し、森の中に飛び込む。その傍をレオンが駆けながら背後を見やり、表情を引きつらせていた。
「まさか、あんな化け物がいたとは――」
「恐らくあれが水位減少の原因でしょうか」
「断定はできないが、何かしら関わりがあるだろ――っ、後ろだっ!」
レオンの声にカグヤは咄嗟に横に跳ぶ。直後、背後から何かが駆け抜け、木の幹に直撃した。木が砕け散ると同時に、水が飛び散る。その光景にカグヤは目を見開いた。
「何だ、今のは――っ!」
「多分、高圧力で水を撃ち出したのかと……っ!」
まさか魔獣がそんな芸当をしてくるとは。
背後からはめきめきと木をへし折り、地鳴りを響かせる音が聞こえている。レオンとカグヤがそこから逃げるように駆け続け――再び殺気。
直後、水弾が後ろから連続して放たれた。
「――っ、くっ!」
カグヤは木を盾にしながらその攻撃を躱し――不意にその足がぶつかった。
(しまった――!)
躓いた衝撃で体勢を崩してしまう。走った勢いのまま身体が泳ぎ、目の前に木の幹が迫ってくる。ぶつかる、と身を固くした瞬間、真横から身体が掬い上げられた。
「よ――っと」
間近な位置から聞こえるレオンの声。カグヤは視線を上げれば、いつの間にか彼がカグヤの身体を横抱きにし、森の中を軽々と疾駆していた。
思わず目を見開くと、彼は苦笑を浮かべながらカグヤをちらりと見た。
「悪いな、緊急事態だから」
「い、いえ――」
礼を言おうと口を開くが、次の瞬間にはレオンの表情が鋭く引き締まった。
「掴まっていろ……っ!」
その言葉と共にレオンは地を蹴って加速した。その激しい揺れに、カグヤは咄嗟に彼の肩を掴むようにして耐えていると、再び殺気が迸る。
直後、木々の中を駆け抜ける水弾の嵐――だが、レオンはそれを軽やかに避ける。
カグヤを抱きかかえているとは思えないほど身軽に動き回り、水弾を全て避け切りながらレオンは走り抜ける。
(――なんて動き……すごい……!)
カグヤが目を見開いていると、レオンはカグヤを見て小さく笑った。
「デリカシーがない発言かもしれないが、カグヤは軽すぎるな」
「か、軽すぎ、ですか?」
「ああ、まぁ、今は助かるんだが」
しばらく駆け続けた彼は足を止めると、カグヤを地面に下ろした。いつの間にか木々をなぎ倒す音は遠くなり、水弾も届かなくなっていた。
「図体はでかいし、足も遅い。助かったな」
「とはいえ、野放しにはできませんね」
カグヤの言葉にレオンは神妙な顔で頷いた。
あれがザリガニの母体だとすれば、放っておけばまたあのザリガニが増えることになる。そうなれば水質悪化はもちろん、アシュタル村に被害が及ぶことになる。
「とはいえ、俺たちだけであれを退治するのは至難の業だぞ」
(……確かに)
外殻は銃弾どころか、刃も効きそうにない。氷魔術は相性がいいものの、生半可な攻撃では動きを止めることすら難しい。
普通に考えれば一度、撤退して立て直すべきだ。
増援を加えれば、間違いなく倒せる相手なのだから。
(――だけど)
あの姉――シュリなら、どうするか。
それを意識した瞬間、カグヤの意思がはっきりと定まった。
「レオンさん、一度だけ試してみませんか」
その言葉にレオンは目を細め、確信めいた口調で訊ねる。
「策が、あるんだな?」
「はい、最高火力の魔術をぶつけます」
「パルマ・フォレスト以上の?」
「もちろん。ただ、大規模な魔術です。いわゆる儀式魔術となります。準備には急いでも十分以上は――無論、それでも倒せるかは分かりません」
どうしますか――カグヤはそう告げようとしたところで、レオンは力強く告げた。
「よし、やってみよう。カグヤ」
「……いい、のですか? 無謀かもしれませんが」
「大丈夫だ。俺はカグヤを信じている」
カグヤの問いにレオンは即答し、不敵な笑みを浮かべながら告げる。
「今、この瞬間、俺はカグヤの相棒だ。カグヤができるとなら、俺はそれに応えるまでだ」
気負いもなく、自然に放たれた言葉。
だけど、それには揺るぎない覚悟を感じさせる。
その笑みにカグヤは一瞬だけ目を奪われていると、彼は表情を苦笑に切り替えて続ける。
「それに、いずれにせよ、ここで足止めが必要だろう――あの化け物は真っ直ぐ川を下ってきているんだからな」
レオンは視線を森の奥に向ける。そこからはめきめきと木々をへし折りながら地面を踏み鳴らす音が響き渡っている。カグヤは釣られて苦笑を浮かべて頷いた。
「やりましょう。レオンさん――私は術式をこの先で構築します。ですので」
「俺は足止め、か。上等。地形を使えば難しくはない」
そう告げたレオンの表情は引き締まり、頼もしく感じられる。二人は視線を交わして頷き合うと、素早く分かれて動き出す。
その背後からはめきめきと木々をへし折る音が近づきつつあった。




