第23話
カグヤ視点
無数の魔獣が迫ってきている。
そんな状況にも関わらず、カグヤは冷静だった。意識を集中させ、魔力を巡らせながら魔法陣を呼び出す魔術を一つずつ詠唱していく。
「凍れ、凍れ、大気よ――集え、集え、絶氷よ――」
その意識の外で響き渡るのは、絶え間ない銃声だ。
目の前に立つレオン。彼は拳銃を構え、飛び掛かってくるザリガニ型の魔獣を次々に撃ち落としている。至る所から飛び掛かってくるにも関わらず、彼は銃弾を外さない。
だが、弾数には限りがある。いずれ弾切れになりかねない――。
大丈夫だろうか、と一瞬だけ不安が過ぎった瞬間、レオンの手が鋭く動く。
一瞬の攻撃の切れ間の瞬間に、彼は手首を返して拳銃の弾倉を抜き飛ばした。その直後にはもう片方の手が弾倉を叩き込んでいる。
あまりにも早い再装填に、カグヤは目を丸くする。
(――心配は、無用でしたね)
彼は今まで雇ってきた前衛とは違う。技術も心構えも何もかも。
あまりにも頼もしい姿にカグヤは落ち着いて詠唱を続けられる。
「絶対たる氷獄となりて、白銀の煌めきと共に、全ての熱を奪い去れ――」
詠唱と共に魔法陣が次々と浮かび上がっては組み合わさり、脈打つ光となる。それを構えながら狙いを定めた瞬間、不意にカグヤの横で泥がぼこりと盛り上がった。
そこから光る、赤い目――それに息が詰まりそうになる。
だが、カグヤは正面から狙いを逸らさない。
(ここで一発食らってでも、ぶっ放す――!)
そうしないと、レオンもカグヤもここでザリガニの群れに食らいつくされる。頭で冷静に判断し、一気に魔力を解き放った。
「凍てつけ――パルマ・フォルストッ!」
瞬間、杖の先端から白い冷気が迸り、辺りを瞬時に凍らせていく。それと同時にカグヤを狙うザリガニが泥の中から飛び出した。その大きな鋏が近づくのをカグヤは目の端で捉え。
その間に割り込むように、レオンの身体が飛び込んできた。
「――っ!」
金属がぶつかり合うような激しい衝突音。直後、レオンの脚が一閃され、ザリガニが叩き落とされる。弾き飛ばされたザリガニは冷気に包まれ、瞬く間に凍てつく。
気づけば、泉の周囲は白い氷に包み込まれていた。
カグヤは全てのザリガニが凍死しているのを確認し、レオンを振り返った。
「レオンさんっ、大丈夫ですか――!」
「……ああ、何とかな」
振り返った彼は苦笑しながら懐から何かを取り出した。
「カグヤのおかげで、だな」
彼が手にしたのは一枚の紙切れ――それが効力を発揮した後なのだろう、ぼろぼろになって崩れ落ちるところだった。
カグヤが渡した呪符。それを見てカグヤが安堵の吐息をこぼした。
「なるほど、それのおかげで」
「ああ、本当に助かったよ――この魔術といい」
レオンは視線を泉に向ける。魔術の効果によって辺り一面は凍てつき、泉の表面にも氷が張っている。それを見て彼は感嘆の声を続ける。
「まさか、泉全体を凍らせるとはな」
「さすがに深いところまでは無理ですが――まぁ、これくらいなら」
今回は範囲を絞る代わりに、泥の深い位置までは凍らせられるように魔力に指向性を持たせた。さすがに魔獣とはいえど、ザリガニ。
凍った泥に閉じ込められれば、凍死するか、窒息死するしかない。
「しかし、こんな黒いザリガニ、初めて見ました」
「俺もだ。恐らくこの泉から水草がなくなったのは、こいつらが原因だろうが」
レオンは魔獣の凍死体に近寄り、ザリガニの鋏を持ち上げた。
「それで水草を切断したり、魚を食べたりしたわけですか」
「ああ、見たところ、かなり数がいそうだ。この区画だけで百近くの個体――それだけいれば、水草を食い尽くして余りある。下手をすれば、飢えたザリガニたちが川を下っていくことすらあり得ただろうな」
何気なく告げられた言葉にカグヤはぞっとする。
弾丸すら効かない殻を持つザリガニが大挙としてアシュタル村に押し寄せる――そんな状況を許してしまえば、あの村の平穏が一瞬で崩れてしまう。
期せずして、二人は村の危機を救ってしまったようだ。
レオンはこつこつとザリガニの殻を叩きながら眉を寄せて続ける。
「何とか一網打尽にはできたが、まだ疑問が残るな」
「はい、何故、この魔獣がここに棲息しているのか――元から棲息していた可能性は考えられますが、それならば大量発生した理由が気になります」
「ああ、それともう一つ――何故、水量が減ったのか」
レオンの指摘に、そういえば、とカグヤは目をぱちくりさせる。
元々の異変はそれだったが、ザリガニ魔獣の大量発生との因果関係は不明だ。水が大きく減ったのには何かしらの他の理由があるはず。
カグヤは少し考えてからポーションを取り出しながら告げる。
「……ひとまず地形を探ってみますね。もしかしたらこのザリガニが地形を変えて、そこから水が抜けている可能性もありますし」
「確かにな。あり得そうなのはその線か」
ポーションを飲み、魔力を回復させてからカグヤは魔法陣を編む。索敵を織り交ぜつつ、地形を探るために魔力波を放つ。
(泉はそこそこ深いですね――岩もかなりあるようですが)
水の流れを確認すると、流れ出る方向は基本的に一方向――つまり、アシュタル村側の小川だけだ。カグヤは眉を寄せながら丹念に探る。
一方でレオンはザリガニの死体の腹を裂き、中身を検分していた。
「――しかし、一体、こいつら来たとすればどこから? 個体の年代もほぼ同じだから、恐らくここで生まれたのだろうけど……」
「だとすれば、これらを生んだ存在がどこかに……?」
レオンの言葉にカグヤは何気なく答え――思わず息を呑んだ。振り返れば、レオンも目を見開きながら表情を引きつらせる。
「充分、あり得る――が、それはつまり……」
彼が言葉を紡いだ瞬間、不意に地面が小刻みに揺れ始めた。カグヤは素早く魔力で辺りを探知し、震源地を確かめる。泉の底で何かが動いている。
巨大な岩だと思っていた何か――それが水面に向かってきているのだ。
その底から泡が立ち上り、波打つ水面。
「でかいのが浮上してきます、レオンさん!」
「よし、逃げるぞ!」
カグヤの声にレオンの判断は迅速だった。カグヤとしても同意だ。二人は素早く泉から離れて森の中に引き返す。
瞬間、水面を突き破るように激しい水音を立てて何かが突き出た。
黒い柱のような何か――いや、違う。
「――鋏……っ!」
カグヤが口にした瞬間、泉が波打ち、その底から這い出るように巨体が姿を現した。
黒光りする表面の殻、おぞましいほど巨大な鋏、そして敵意に光る赤い目――。
あまりにも巨大なザリガニ魔獣が、姿を現していた。




