第21話
「――姉とは昔は仲が悪くなかったんです」
そう切り出したのは、カグヤとひとしきり村を巡り終えてからだった。
宅配の依頼をこなす、狩人たちから話を聞くなど、仕事を終えた後の時間――そこで小川の傍で腰を下ろし、カグヤはぽつぽつと語り出す。
レオンはその傍に腰を下ろし、静かに耳を傾けていた。
「昔、実は私は病弱で、何度も熱を出していました。そのとき、姉はいつでも傍にいてくれたんです。『大丈夫、あたしが何とかするから』って言って、困ったことがあれば何でも解決してきました。大体、力技で、ですけど」
(……シュリらしいな)
彼女の快活で、竹を割ったような性格は幼い頃からずっとのようだ。レオンが軽く頷いていると、カグヤは膝を抱えながら小さくため息をこぼす。
「両親が死んだ後も、姉はますます精力的に動きました。姉として私の面倒を見ないと、という自負があったのでしょうね」
そこはシュリも語ってくれたところだった。親の代わりに冒険者として出稼ぎするようになった、と。カグヤはどこか遠い目をしながら続ける。
「二人の生活費のみならず、あの人は学費まで稼いでくれました。きっと、私が魔術の勉強をしたい、と言ったことを覚えていたんでしょうね。そのために来る日も、来る日もどこかへ出かけて行って――大怪我まで負うこともあって」
「お、大怪我?」
「はい、しかも一回や二回ではなく、何度もですよ、全く」
唇を尖らせたカグヤはまたしても深いため息をこぼし、足元の小石を拾い上げる。それを小川の方に放り投げながら口を開いた。
「そんなことをまでして、面倒を見てもらいたいとは思いません。だけど、あの人は笑って言うんです。『遠慮しなくてもいいのよ』って――遠慮なんかじゃないのに」
だが、確かにシュリなら言いそうな話だ。彼女は魔獣討伐のために山の中を駆けずり回ることくらい平気でしそうなのだから。
「だから、私は奨学金制度を利用して学院に進学しました。あの姉とは違って私は体力がありません。だからそれを別の手段で補う必要がありました」
「――それが、魔術」
「はい。どうにも体力がなかった分、私には魔力に恵まれたようで」
彼女はそう言いながら掌をかざし、魔力を放つ。ふわりと光の残滓となって舞う魔力の粒子を束の間、レオンとカグヤは眺め続ける。
それが風に溶けて消えたところで、レオンは視線をカグヤに戻した。
「一つ訊いていいか?」
「はい、どうぞ」
「カグヤが冒険者になった理由は? 学院の首席を卒業しているなら、他にもいろいろな職につけると思うんだが」
冒険者は言ってしまえば、傭兵稼業だ。
仕事があるときはあるし、ないときはない。安定感がなく、また命の危険すらある仕事なのだ。シュリも言っていたが、それならもっと安定した仕事に就いた方が良かっただろうが。
カグヤはその言葉に苦笑をこぼし、目を細めながら告げた。
「いろんな人から言われました。魔術機関から勧誘されていましたし。でも――どれも手っ取り早くお金を稼げるような仕事ではなかったので」
「お金?」
「はい、だって癪じゃないですか。あの姉に稼ぎで負けるんですよ」
「……それは、まぁ」
シュリがどれだけ稼いでいるかは分からないが、A級冒険者はトップランカーだ。一回の仕事で半年はのんびりできるほどの稼ぎを出す者もいる。
加えて、彼女自身、アグレッシブに立ち回り、依頼をこなしていたようだ。
不安定な反面、仕事をこなせばこなせるほど稼げるのが冒険者の魅力でもある。
彼女は拗ねたように唇を尖らせ、膝を抱え込みながら続けた。
「大人げないとは思います。それでも、あの姉を見返したいのです。それにあの人以上に稼げれば、私をもう子供扱いできないはずですし」
カグヤは視線を逸らしながら、ぼそ、と言葉を続ける。
「少しは頼ってくれるように、なるかもしれませんから」
「――なるほど、そうだったのか」
レオンは一つ頷きながら目を細める。内心で苦笑を浮かべながら。
(全く――なんだかんだで似た二人なんだな)
負けず嫌いなところ。頑張り屋なところ。
そして、なんだかんだで互いのことを気遣っているところも。
今はすれ違っているだけで、一度互いのことが気持ちが分かればきっと歩み寄ることができる――とは、思うのだが。
「レオンさん、まさかとは思いますが、姉との仲を取り持とうと考えていませんか」
気づけばカグヤが険しい眼差しをレオンに向けていた。どこか威嚇するような獣の目つきにレオンは表情を強張らせ、視線を逸らした。
「ま、まさか……少しだけ考えたけど」
「絶っ対に、やめてください。あの人に弱みなど見せたくありません。正面から正々堂々と、もう子供ではないことを突き付けてやるんですから」
カグヤは目尻を吊り上げながら荒々しい口調で言う。それにレオンは観念して軽く手を挙げて言葉を返した。
「分かった。もうそんなことは考えない」
「なら、いいのですが。もし少しでも考えたら責任を取ってもらいますから」
「それは相棒になれ、ということ?」
「ご明察です。ふふ、ただレオンさんが私のパートナーになってくれるなら、少しくらいは妥協してもいいかもしれませんね」
「はは……そうなると、俺が大変な目に遭う気がするな」
シュリのことだから『卑怯な手段でレオンを篭絡した!』とか言い出して、カグヤとまた喧嘩を始めかねない。そうなれば、カグヤが歩み寄っても焼け石に水――。
むしろ、話がこじれかねない。
レオンは引きつり笑いを浮かべながら首を振って告げる。
「相棒の件はもう少し考えさせてくれ。お互いのためにもな」
「……分かりました。でも、私ってそんなに頼りないでしょうか」
「それこそ、まさか、だよ」
不安そうに瞳を震わせるカグヤに、レオンは軽く笑い飛ばした。
「むしろ、俺が役不足だと感じているくらいなんだからな」
「そんなことはないと思いますけどね」
カグヤは小さく苦笑をこぼしてから、よっ、と掛け声を上げて立ち上がった。レオンも立ち上がりながら空を見やる――もう日が沈み、辺りは暗くなり始めていた。
「長話をしてしまいましたね。帰りましょうか」
「そうだな。カグヤ――っと、その前に一つ」
「はい? なんでしょうか」
くるりと振り返ったカグヤはぱちくりと瞬きしながら首を傾げた。その表情を見つめながらレオンは目を細めて穏やかに告げる。
「カグヤは充分、大人の女性だと思う。子供っぽいとか、気にする必要はないぞ」
その言葉にカグヤはぴたりと固まり、その目が徐々に見開かれていく。それから息を呑むと、慌てて顔を背けてしまう。
「く、口説く気ですか。レオンさん。あまり軟派なのはオススメしませんっ」
「悪い、ただ言っておくべきだと思ってな」
カグヤからはどこか自信がなさそうな雰囲気が感じられたのだ。だからこそ、レオンは認めてあげたかった――もっと自信を持って欲しいと。
レオンは肩を竦めていると、カグヤは恨めしそうな目で見ながら小さくぼやく。
「私が貴方を口説いているのに……ずるいお人です。本当に」
「はは、悪い悪い」
「なら、責任を取ってください」
「それについては、持ち帰って検討するよ」
レオンとカグヤは軽口を叩き合いながら、宿への道を辿る。その彼女の頬はほのかに朱に染まっていたが、心から楽しそうに綻んでいた。




