第20話
森を抜けると、そこには夕暮れに染まる集落が目に入った。
遠目から分かる、木造りの建物群――風車がゆったりと回っている。その周りに広がっているのは、綿花畑、だろうか。もう日暮れだからか、外に出ている人が少ない。
「日没前に辿り着きましたね」
「少し休憩でゆっくりし過ぎたけど、間に合ってよかったな」
レオンはそう答えながら、綿花畑の間の小道を馬で進んでいく。穏やかな風がどこからか吹き、綿花たちを柔らかく揺らしている。
燃えるような日差しの中、近づいてきた集落の門を見やる。
「ここが……アシュタル村か」
「はい、ひとまず護衛お疲れ様です。レオンさん」
「ま、カグヤにも手伝ってもらったけどな」
(――に、しても)
ふと道中のことを振り返る。今日は妙に魔獣が出てくる頻度が多かった。
バウマンの街からアシュタル村までは森の中とはいえ一応、道ができており、人の往来もある。だからこそ、魔獣はその道に出没することはあまりないのだが――。
「おや、旅人さんですか?」
声を掛けられて思考を引き戻す。門から一人の青年が姿を見せていた。レオンが先に馬から降り、カグヤに手を差し伸べる。
彼女はその手を取って着地すると、青年に向かって軽く一礼した。
「今回、アシュタル村からの依頼を引き受けた、カグヤ・ユグドラと申します」
「その護衛の、レオン・ケンフォードです」
「ああ、冒険者さんでしたか。お待ちしておりました」
青年は安堵したような笑みを見せると、胸に手を当てながら微笑んだ。
「自分はラルゴ――アシュタル村のラルゴと申します。村にご案内しますね。あ、手綱を」
「ああ、お任せします」
手綱を渡すと、青年は馬を曳きながら先導して歩き出した。
レオンはカグヤと共に青年の後ろを歩きながら、辺りを見渡してみる。
木々の建物が立ち並ぶ、どこか穏やかな村だ。至る所に水路が引かれ、水車がついている小屋も少なくはない。水車の回る音に目を細める。
建物の壁には、いろとりどりの布がかかっている。夕日に色鮮やかに映るそれを見やると、ラルゴが振り返りながら説明する。
「アシュタル特産の、織物です。丈夫でしなやか――彩りも美しいので、貴族も御用達にするほどです。綺麗な水と、澄んだ空気でしか織り成せないものですよ」
「なるほど――だから、こんなに水車や水路が……」
感心しながら眺める。夕焼けの中ではためく布が、どこか眩しく感じるほどだ。小川に掛かった橋を渡りながら、ふとその水面に視線を向ける。
水際の部分は乾いた土が露出していた。その少し上には草が生えているのだが。
(――これが例の調査任務に関連してくるのかな)
視線をカグヤに戻す。彼女は物珍しそうに村の風景を眺めていたが、レオンの視線に気づいて振り返った。
「そういえば、レオンさんはここに来るのは初めてなのですか?」
「ああ、近くまで来たことはあるが、訊ねるのは初めてだな。あまり用事がなくて」
「はは、逆を言えば織物以外、見所はないところですよ。ああ、強いて言えば、小さな温泉くらいはありますが」
そこで言葉を切ると、ラルゴはレオンの方を振り返って笑いかけた。
「どうです? カグヤさんに何か贈り物の一つでも買い求められては? 特別なお相手に差し上げるにはぴったりですよ」
「生憎、俺たちはそういう仲ではないので。お言葉ですが」
レオンが苦笑交じりに答えると、ラルゴは少し意外そうに目を丸くした。
「そうですか? 冒険者さん同士とは思えないほど、仲睦まじく感じましたが」
「あっ、そう見えました……?」
カグヤが嬉しそうに声を弾ませ、ラルゴは調子よく笑いながら頷いて見せる。
「もちろんです。特別な関係でないにしても、長年連れ添った仲間のような」
「レオンさん、私たちが相棒同士に見えるんですって」
「さりげなく事実を言い換えるなよ、カグヤ……」
苦笑いをこぼしながら、レオンは肩を竦めてラルゴに言葉を返す。
「背中を任せる仲間ですから。それなりに息は合いますよ」
「なるほど、そういう感じっすか……あ、お待たせしました。お二方」
何故かしたり顔で頷いていたラルゴだったが、建物の前で足を止めると丁寧に一礼しながらその建物を手で示す。
「こちらがこの村の宿です。馬は裏に繋いでおきますんで、中に入っていて下さい。女将がすぐに案内しますんで」
「分かりました。ラルゴさん。さ、入りましょう、レオンさん」
「ああ――っと、カグヤ、荷物持つぞ」
「ふふ、ありがとうございます。レオンさん」
馬から荷物を手に取るレオンに、カグヤは楽しそうに目を細める。そのまま、二人で宿の中に入っていくのを、ラルゴはどこか生暖かい眼差しで見守っていた。
◇
「今回は依頼をお引き受けくださり、ありがとうございます」
宿の部屋で一息つくと、レオンとカグヤの元にすぐ訪問者があった。
依頼主である、このアシュタル村の村長だ。初老の男性である彼は愛想のいい笑みを見せながら、胸に手を当てて自己紹介する。
「私はダン。この村の長をさせていただいております――いやはや、まさかA級の冒険者様にお出でいただけるとは思いませんでした」
「改めて、カグヤ・ユグドラです。A級ですが、まだ若輩者ですので」
「レオン・ケンフォードです。C級で、今回はカグヤの付き添いです」
二人が自己紹介すると、村長は頷きながら申し訳なさそうに眉を寄せた。
「その――今回の報酬は申し訳ないですが、一人分しか用意しておらず……」
「大丈夫です。今回、レオンさんは私が雇った人員ですので。もちろん、宿泊費も私持ちです」
「いえ、宿泊費は不要です。お気になさらないでください」
軽く手を振って村長は告げると、目を細めながら顎髭を撫でつけた。
「その分、きちんとお仕事をしていただければと思います」
「もちろんです。依頼は水源の調査、でしたね」
「はい、外の小川はもう見ましたかな?」
「ええ、途中で拝見しました」
カグヤの言葉にレオンは先ほど見た小川を思い出す。
草の生えている位置からかなり下がった場所に水位があり、水位が下がっていたのが一目で理解できた。しかも痕跡から見て、かなり急激な変化だ。
「こちらのレオンさんの分析だと、つい最近の変化だと思われますが」
「ご明察です。水位が減り始めたのは一か月前。雨が少なかったのでそのせいかと思われましたが、徐々に水量が減り続けていまして。この調子だと、織物で使う水どころか、我々の生活用水まで不足する可能性が」
そう言う村長の表情には不安が滲み出ている。カグヤは頷き、真剣な表情で訊ねる。
「他に変わったことはありましたか?」
「そう、ですな――強いて言うなら、魔獣の動きが最近は大人しいことでしょうか」
(……大人しい?)
思わず眉を寄せる。道中で感じた印象とは全く異なる。カグヤもそれに違和感を覚えたのか、少しだけ身を乗り出した。
「道中、かなり魔獣が出ました。大人しいとは思えませんが――」
「そうでしたか。いや、我々の村の周りは最近、魔獣が出ないのです。畑も荒らされないことから、農夫たちからしてみれば大助かりなのですが」
村長が嘘を言っている雰囲気はなく、困惑を滲ませている。カグヤとレオンは視線を交わし合っていると、村長は少し考えてから一つ頷いた。
「詳しいことは我らの村の狩人に聞いてみていただけると。彼らなら異変を感じているかもしれません」
「そうさせていただきます。ひとまず明日から調査に乗り出します」
「どうぞよろしくお願いいたします。この宿ではゆっくり休んでください。無論、レオンさんの分のお代もいただきませんので」
頭を下げた村長はそう告げ、部屋から立ち去って行った。それを見送ってからカグヤは一息つき、レオンの方に視線を向ける。
「――ということで、明日から本格的な調査任務になりそうです。その前に今日中に済ませておきたいこともあるので、私は少し出かけてきます。レオンさんは休んでいただいても大丈夫ですよ」
(……ああ、そういえば届け物の依頼とかも請け負っていたんだな)
それに引き渡しや、薬草など見つけられればその採集もやるつもりなのだろう。レオンは一つ頷きながら微笑んだ。
「なら、俺も付き合うよ。カグヤ」
「……いいんですか? 村の中なら護衛は必要ないですし、ゆっくり休まれても。この村には温泉もあるらしいですし」
遠慮がちに告げるカグヤに、レオンは軽く肩を竦めながら告げる。
「仕事は手を抜くつもりはないんだ。それに、相棒候補のことを知っておきたいし」
「……あ……っ」
その言葉にカグヤはほんの少し嬉しそうに表情を緩め、しみじみと告げる。
「……本当に前向きに考えてくれているんですね」
「そりゃあな。これだけ積極的にアプローチしてくれているし」
この道中でもカグヤの優秀さは充分伝わってきている。詰めが甘い部分もあるが、それはレオンが補えばいいところだ。
(危なっかしいところを感じるのは、シュリと同じか――)
ふと思い出しながら目を細めていると、カグヤの目つきが不意に剣呑になった。
「……レオンさん、何か変なことを考えていませんか? 例えば、姉のこととか」
「ま、まさか」
表情を思わず引きつらせる。それを見てカグヤは半眼になりながら吐息をこぼした。
「……まぁ、構いませんけど、できれば私といるときはあまり姉のことは考えないでください。比べられるだけでも腹立たしいことです」
「随分と嫌っているんだな」
「……嫌い、というわけではないんですけど。気に食わないんですよ」
その言葉選びからわずかな葛藤が感じられた。カグヤはため息をついてからしばらく無言の後に、レオンに視線を向けた。
「仕事がてら、少し外を歩きましょうか――そこで話します」
「――聞いてもいいのか?」
「レオンさんには、お話しした方がいいと思いますから」
カグヤはそう告げながら腰を上げる。レオンは一拍遅れて立ち上がり、彼女と共に部屋の外へと歩き出した。




