第2話
シュリ視点
その日、シュリ・ユグドラは後悔していた。
(くぅ、ソロで魔物を相手にしたのが、裏目に出たわね……)
少女の周りを取り囲み、唸り声を上げる数体の魔獣――シャドウウルフ。漆黒の毛並みを逆立て、目の前の獲物を前にして、涎を垂らさんばかりの勢いで唸りを上げる。
それらを見て、シュリは剣を構えながらじり、と一歩後ずさった。
シャドウウルフ――彼らは確かに手ごわい。集団で執拗に追いかけ、その鋭い牙と爪で周到に獲物を狩る獣だ。彼らに葬られた冒険者も少なくない。
だが、シュリからしてみれば、雑魚も同然だ。そもそも、この森に棲まう魔獣のほとんどは彼女の敵ではない――彼女が、満身創痍でなければ。
(……迂闊、だったわね……)
シュリは痛む身体を動かし、震える吐息をこぼす。その身を覆う鎧は傷だらけの上に、血まみれ。息も切れ切れであり、剣を構える足もおぼつかない。目も、霞みかけている。
彼女をそこまで追い詰めたのは、森の最奥に巣食っていたオーガだった。
固い皮膚に覆われた巨体に似合わない俊敏さ、そして、岩をも砕く剛力――三人がかりでも討伐が困難とされる相手に、彼女はたった一人で立ち向かう。
そして、それをきっちりと討ち取った頃には、体力を消耗しきっていて――。
それを待ち構えるかのように、魔獣の群れが襲いかかってきたのだ。
何度も襲い掛かってくる魔獣を退け、懸命に駆け抜いた先で、このシャドウウルフの待ち伏せ。瞬く間に逃げ場を失い、巨木を背にして剣を構えることしかできない。
(せめて仲間が、一人でもいれば、こんなとき、助かるのに――)
意識も、朦朧としてきた。もう、ダメかもしれない。
それでも、魔物に一太刀喰らわせようと、気力を振り絞った、瞬間。
弾かれたように、シャドウウルフが跳ねて倒れた。
え、と目を見開く。一拍遅れて、甲高い破裂音が耳に届いた。
続く破裂音。悲鳴と共に、血を噴いて崩れ倒れるシャドウウルフ。魔物たちは浮足立ち、包囲がわずかに崩れる。その隙を、シュリは逃さなかった。
「はあああッ!」
繰り出す斬撃。銀閃が、魔獣の分厚い毛皮を引き裂く。返す刃で、もう一匹。我に返った狼がシュリに向かって飛び掛かる。
だが、その爪は届くことがなく、横から殴られたように首から血を噴いて吹き飛ぶ。
疲弊したシュリだったが、その武人の目は狼を貫いた物をすでに確認していた。
(銃弾……?)
銃を扱う者がどこからか援護してくれているらしい。姿の見えない襲撃者に、魔獣に動揺が走り――。
その隙を逃すほど、シュリは甘くない。
爪先に力を込める。脇流しに構えた刃が跳ね上がるように弧を描いた。
足を止めたシャドウウルフの首筋を捉える。引き裂いた刃は瞬時に翻り、横から飛び掛かってきた魔獣の胸をしたたかに貫く。その間にも援護の銃声が、絶えず響き渡る。
シュリに飛び掛かろうとした魔獣は、全て銃弾に貫かれ。
どこからかの銃撃を警戒した魔獣は、全て斬撃に裂かれる。
気づけば、シュリの周りには血まみれ――獣は、全て地に倒れ伏していた。
(……生き、残った……?)
周りに、殺気はもうない。それを確認すると――思わず、力が抜けた。
息を乱しながら、その場で膝をつく――そこに、駆け寄ってくる足音。
「大丈夫か?」
手を差し伸べられる。それを咄嗟に掴んで、シュリは顔を上げる。
そこに立っていたのは、一人の青年だった。線が細く、優しげな目鼻立ちをした男。片手にあるのは、魔導銃――助けてくれたのは、彼だろう。
冒険者らしくない、ひ弱な身体。だが、しっかりとシュリを助け起こしてくれる。
「あ、なたは……?」
疲労で回らない舌。それでも懸命に言葉を紡ぐ。青年は落ち着いた声で答える。
「レオン・ケンフォード――たまたま立ち寄ってね」
「そう、レオン……助けてくれて、ありがと、う……」
礼を言うのが、精一杯だった。安心したせいか、ふっと視界が滑り落ち――。
その場で崩れ倒れるようにして、意識を失った。
シュリが目を覚ましたのは、丸一日後だった。
病院の一室で目覚めた彼女は、一人の青年によって担ぎ込まれたことを告げられた。彼はそのままこの街を発ったということだ。
「レオン・ケンフォード……ね」
病室のベッド。シュリはそこで横になりながら、ぼんやりと考える。
思うのは、シャドウウルフとの戦い。あそこでシュリは、彼と共闘したことになる。
(考えてみると……彼、地味にすごいことをしていたのかも)
あのとき、疲弊したシュリはほとんど直感的に身体を動かしていた。
助けてくれる相手のことを気遣わず、ただ、魔獣を斬り払うことに集中していた。その中で、彼はシュリに流れ弾を当てることがなく、さらにシュリの動きやすいように死角の魔獣を排除していたことになる。
どれも、動いている魔獣の急所を撃ち貫く形で。
(……そんな、凄腕の銃撃士がいるの……?)
それを自覚した瞬間、シュリは思わずぶるり、と身震いする。
込み上げてくる武者震いを押さえ、視線を窓の外に向ける。そこに広がるのは、澄み渡る青空――彼はこの街を発ってしまったが、この空の下のどこかにいる。
会いたい。もう一度会って、礼を告げたい。
その思いが突き上げてくる。
「レオン・ケンフォード――」
小さく舌で転がすようにつぶやくと、とくん、とどこか優しく胸が高鳴る――どこか甘い気持ちに、気づかないふりをして。
必ず、会いに行こうと心に決めるシュリだった。
――彼女は夢にも思わなかった。
まさかこの数日後、別の少女が同じことを決意しようとは――。




