第1話
周りを見渡せば、並び立つ木々。緑豊かな自然に囲まれたその一角は、少しだけ拓けている。草花が足元に咲き、それを揺らすのは穏やかな春風。
心地いい風に身を委ねながら、切り株に腰かけた一人の青年は空を見上げる。
木々の合間から覗く、澄み渡った青空。そこを悠然と舞う鳥。
のんびりとした空気が漂い、居心地がいい。
「鳥かぁ……いいなぁ……」
ぼんやりと遠い目をし、想いを馳せる。
自由に飛び立てる翼。それがあれば、どんなにいいだろうか。
もし、それがあったのなら――。
「死になさい!」
「死んでくださいっ!」
こんな地獄のような激突から抜け出せるのに。
激しい金属の激突音。逸らしていた視線をそちらに向けると、そこには二人の少女が殺気丸出しで刃をぶつけ合わせていた。
風切り音と共に氷の刃と、白銀の刃が目の前でぶつかり合い、氷の破片が幻想的に光を散らす。そのきらめきの中でで、一人の少女が猛々しく叫んだ。
「いい加減、身を引きなさい! レオンの相棒になるのは、あたしよッ!」
ショートヘアの金髪をなびかせ、吊り目で相手を睨みつける少女。白銀の鎧に身を包み、剣を舞わす様は戦乙女。その剣技は冴え渡り、動きに無駄はない。
行き交う氷の刃を身のこなしで躱し、剣で打ち砕いていく。
彼女の名は、シュリ・ユグドラ。レオンが知る限り、最強の剣士だ。
「貴女のような単細胞にレオンさんは似合いません。レオンさんの相棒は私です」
シュリに相対するのは、同じく金髪の少女。その怜悧な顔つきは冷え切ったように無表情。だが、知的な目つきには激しい殺気を漲らせている。
彼女は剣士の間合いを避けるべく後ろに下がりながら、長いツインテールをふわりと躍らせ、くるりとバトンのように杖を回す。
杖の先端の宝玉が淡い光をこぼす。それが残像となり、幾重もの円を為す。気づけば、それは一つの大きな魔法陣を構築している。
「絶氷よ、鋭利な刃となって敵を穿て」
澄んだ詠唱と共に、彼女はシュリを一瞥し、魔術の引き金を引く。
「――アイス・ランサー!」
直後、中空の魔法陣から氷の刃が無数に出現した。瞬く間の魔術に、シュリは舌打ちをこぼしながら刃を構える。そこへ雨あられの如く、氷の刃が降り注いだ。
詠唱速度はもちろんのこと、一つの魔法陣からとは思えないほどの出力。まさしく天才魔術師といえる実力だ。彼女の名は、カグヤ・ユグドラ。
シュリとカグヤ、両者とも屈指の実力者であり、魔物を狩った数は百以上。
そして、同じ金髪、同じ蜂蜜色の瞳、似通った顔の輪郭、同じ名字――。
つまり、二人は姉妹であり、これは激しい姉妹喧嘩なのだ。
(いや……姉妹喧嘩というには少々……レベルが違う、というか……)
次々と四方から矢のように放たれる氷の刃は、どれも殺意が込められている。研ぎ澄まされたカグヤの刃がシュリを狙って連射される。
だが、シュリは傷一つ負わない。洗練された足捌きと共に、的確な剣技が氷を砕き続ける。一見すると、舞い踊っているようにしか見えないくらいだ。
どちらもあまりに卓越した能力。それを遺憾なく無駄遣いし続けている。
シュリは息を切らさずに刃を構え、カグヤも無表情で杖を持ち直す。
両者とも実力が拮抗――どちらかともなく、苦々しそうに舌打ちがこぼれる。
「体力ないくせに、魔力だけはアホみたいにあるわね」
「そちらこそ、剣だけは巧みですね。剣だけは。頭は残念なのに」
お互いの言葉がお互いを刺激。ぴしり、と再び空気が凍り付き――。
直後、二人の攻防が再開する。激しい衝突音に思わず、レオンは顔をしかめる。
(けど、これは……お互いしか、見えていないかな?)
そう思って、こっそりレオンはその場から離れようとすると――。
氷刃と短剣が、足元に突き立った。
「レオン、動かないで――すぐに決着をつけてあげるから」
「レオンさん、阿呆なんですか。動いたら死にますよ」
振り返ったシュリとカグヤからそっくりの眼差しを向けられ、レオンは思わず観念して手を挙げる。それを見て二人は戦いを再開した。
(さすがに、どちらも超一流の冒険者――気配の探知は、優秀だな……)
レオンの諦観を余所に、二人のぶつかり合いは激しさを増していく。
シュリの刃は加速し、カグヤの氷は数を増やす。本当は魔獣を討伐するために磨かれた技術を、二人は相手を黙らせるために全力で行使している。
その応酬から目を逸らすように、レオンは上空に視線を向けて、ため息をついた。
洗練された剣技のシュリと、圧倒的な魔力のカグヤ。二人とも最強の域におり、おまけに美少女といっても差し支えないくらいの美人さんだ。
そんな美少女姉妹が、レオンを取り合って相争っている。
きっと誰もが羨む状況だろう――すぐ傍で、殺人級の攻撃を応酬していなければ。
「なんでこうなるんだかなぁ――」
全ての発端は、一か月前のことだった――。




