第17話
メゾン・レクイアにレオンが辿り着いてから、少し経った後。
彼は依頼人から説明を受け、『護衛対象』と共にバウマンの街を出発していた。
「……なるほど、依頼人と護衛対象は同一人物とは限らないわな。俺としたことが、そこに考えつかなかったのは迂闊だった」
レオンはしみじみとつぶやくと、後ろから涼しげな声が耳元で響き渡った。
「ふふ、すみません、レオンさん。騙すような真似をして」
「いや、気にしていないよ。さすがだと思っただけだよ。カグヤ」
彼女の名を呼びながら身を捩って後ろを見やる。そうするだけで、間近にあるカグヤの端正な顔つきが目に入った。
二人は今、馬上。一つの馬に乗り、いわゆるタンデムの状態で移動していた。
小気味よく鳴る馬蹄が響く中、彼女は少し申し訳なさそうに吐息をこぼす。
「ただ、結果的にレオンさんを騙すような形になったので。本当は、正規の手段で貴方を護衛に指名したかったのですが……あの姉に感づかれたくなかったので」
ある意味では、当然の備えだ。
依頼を管理するギルドの長、ギルドマスターはユキの言葉を借りるなら『長い物には巻かれろ主義』であるため、シュリにまたお願いされたら喋ってしまうかもしれない。
そうなれば、また姉妹喧嘩は必至だ。
「この前のお礼についても、姉の茶々でゆっくりお話しできませんでしたし、これを機会にいろいろと仲を深めて――もしよければ、今後も組んで動きたいと思っています」
「それはありがたいが……随分、買い被ってくれているな。俺のこと」
そう言いながら、頭の中でカグヤの情報を整理する。
カグヤ・ユグドラ。王立魔術学園を首席で卒業したことは本人の口から直接聞いている。話によれば、氷の魔術を最も得意としており、その手腕で冒険者として台頭。
彼女自身、ソロにこだわってはおらず、必要に応じて仲間を集うが、結局のところはソロで行動することが多いらしい。つまり、シュリと同じく、ソロでA級まで上り詰めた実力者。しかもエリートという看板もついている。
C級冒険者であるレオンとは正直、実力も肩書も釣り合わないように思える。
だが、そんなことはないとばかりに、背後でふるふると軽く首を振る気配が伝わる。
「卓越した射撃技術などは前回の共闘で見させていただきました。それに銃という飛び道具の持ち主でありながら、機敏に動き回れることも。そういった前衛、中衛をカバーできる人材は非常に貴重です」
「そうかね。他にもそれなりにはいると思うが――」
そう言いながら軽く首を傾げる。銃撃手という点にこだわらなければ、それだけの能力を持った冒険者はバウマンの街にいくらでもいる。
だが、彼女は尚も首を振り、はっきりとした言葉で続ける。
「そうだとしても、私はレオンさんがいいと思いました。臨機応変に対応できますし、あと、その――」
そこでやや口ごもり、躊躇いがちに小さく言葉が続けられる。
「紳士的、ですし」
「……え?」
「……レオンさん、優しかったじゃないですか。こんな小娘を丁寧に診療所まで運んでくれましたし。気を失っていても乱暴することはなかったですし」
馬蹄や風の音で消え入りそうなほど、小さな声。それをレオンは聞き取りながら、思わず目をぱちくりさせ――ふと、シュリの言葉を思い出す。
『あの子、箱入り娘みたいなところもあるし、人見知りだから――』
(その言葉が本当だとすれば――)
レオンは表情を引きつらせていると、背中に小さく頭が当たる感触と共に続く。
「――貴方となら、一緒に冒険したい、と思えたのです。他の人はなんだか怖くて、そうは思えなかったのですけど」
「そう、なのか……それは、光栄だが」
ぎこちなく言葉を返しながら、レオンは思わず空を仰いだ。
(助けられたことをきっかけに、俺に心を許しちゃったか――)
確かに冒険者は怖い人も多く、中には下心丸出しで女冒険者に近づいてくる者もいる。そんな男たちを警戒し、人見知りしながらカグヤは活動してきたのだろう。
そんな中で現れたのがレオン。彼はたまたま紳士的な対応をした。
だからこそ、カグヤは一気に心を許してしまった、ということか。
(恐ろしきかな、箱入り娘――)
レオンだったから良かったものの、他の妙な男に引っかけられたらどうなっていたことか。世間知らずにも思え、少しカグヤのことが心配になってしまう。
そのレオンの沈黙を不安に思ったのか、ふとカグヤの声が弱々しく響く。
「……もしかして、迷惑、でしたかね?」
その消え入りそうな声に、レオンは思わず反射的に言葉を返していた。
「いや、そんなことは断じてない。少なくとも、カグヤの依頼を引き受けたことは後悔していないよ。むしろ、カグヤの実力を見れば、こちらから一緒に仕事したいくらいだよ」
「そう……ですか?」
「ああ、だからもっと気軽に誘ってくれればいい。ただ、姉妹喧嘩に巻き込まれるのは勘弁だが」
軽口を付け足すと、カグヤは小さく苦笑いをこぼす気配が伝わってきた。
「――レオンさんは、優しいですね。やはり思った通りです」
「人を傷つくところが見たくないだけだよ。甘えた人間だとは思う」
「そういうところが素敵だと思います。ぜひ、貴方をパートナーにできれば」
「それに関してはまだ答えられないな。互いの力量をまだ見極めていないだろう? それに互いのことも知れていない」
諭すようにレオンが言葉を続ければ、カグヤは言葉を詰まらせ、やがて吐息交じりに告げる。
「確かにそうですね。すみません、空回りしてしまいました」
「ん、折角の依頼だ。この間に互いのことを知ればいいだけだ」
「そうですね。そうしましょう」
素直に応じるカグヤ。その言葉に棘はなく、素直さを感じさせる。
(シュリ相手にはあんなにも当たりが強いのに――)
それを疑問に思うものの、まだ聞き出せる雰囲気ではない。代わりにレオンは視線を先に向けながら依頼のことに話題を向ける。
「それで、俺が引き受けたのはアシュタル村への護衛だけど、そこで何をするか聞いてもいいかな? 依頼主さん」
「もちろんです。その周辺の依頼をいくつか引き受けまして。薬草の採集、荷物の宅配、小型魔獣の毛皮狩り、あと――調査任務」
「調査任務? 何の?」
「最近、川の水が減ってきているので、その調査をしてほしい、と。解決した場合はそれに加えて追加報酬ですね。レオンさんにはその間、私を護衛していただければ」
「なるほど、そういうことか。了解した」
「頼りにしていますね。レオンさん」
カグヤの声は楽しそうであり、少し期待が滲んでいる。それに少し苦笑を返して告げる。
「最善を尽くすよ。だから、あまり期待し過ぎないでくれよ?」
「分かっています。私ももちろん、戦いますから」
でも、とカグヤは腰に回した手に力を籠め、悪戯っぽく言葉を続ける。
「給料分は仕事、してくださいね?」
「それはもちろんだ――改めてC級冒険者、レオン・ケンフォード。カグヤの護衛に従事する。よろしく頼む」
「はい、こちらこそ」
彼女の声は弾んでおり、親しみを感じさせる。それに笑みを浮かべながらふと思う。
(カグヤ、か――優秀だが、素直になれない一面もあるんだな)
姉のシュリは真っ直ぐに体当たりして来るような、アクティブな子だったが。
カグヤは素直になれず、不器用なところがあるようだ。だけど、回りくどい手段も思いつく賢さがある。つくづく、シュリとは性格が違うようだ。
そこまで考え、ふと目の前の気配に気づき、わずかに口角を吊り上げる。
(さて……なら、戦い方はどうかな?)
「……あ」
不意にカグヤが身を強張らせる。レオンは手綱を引きながら目の前に視線を注ぐ。そこから感じられるのは不自然な静けさ。
「――敵、だな」




