第16話
「ゴウル鉱山道の、大規模な魔物の出没、ですか。確かに公開依頼で出ていますよ?」
いつものギルドの窓口――依頼探しのついでに、レオンはそのことについて訊ねると、ユキは少しだけきょとんとした表情で首を傾げる。
「……そんなに、大規模な話になっていたんですね」
「ええ、魔物の増加は実は数か月前から。当初は、自然発生だと思われていたのですが、どうにも様子がおかしくて。その調査報告も公開されています。読んでみますか?」
「あ、もしよければ」
「分かりました――よいしょ、と」
彼女はカウンターから一冊の分厚いバインダーを取り出す。慣れた手つきでそれをぱらぱらとめくっていき、挟まっていた一冊のファイルを抜き取る。
「こちらですね。それは一般公開されているものです」
「ありがとうございます。どれどれ、と」
それはB級冒険者のパーティーが探索した調査結果のようだった。
できるだけ細かく、どこで何にいつ遭遇したか、一覧となって分かるようになっていた。
「出没種別は、シャドウウルフ、ポイズンフェネック、コボルト、オーク、ライト・ベア――かなりばらばらですね。出没箇所も、鉱山道一帯で偏りがなし……ですか」
「ついでに言うと、出没頻度も魔境並みです」
「それは、おかしい話ですね……」
魔境は呼んで字のごとく、魔物の領域である。ケルドの森の深奥を抜けた先にある山脈からそう呼ばれ、グランド・ベアなどの大型魔獣がごろごろ現れる。
(そんな状況なら、流通も滞るわけだ……)
報告書に軽く目を通し、なるほど、とレオンは一つ頷く。
「これでは原因を突き止めようがないですね」
「ええ、ですので漠然とした依頼で銘打っています」
ユキは掲示板の方を指差す。その真上の『重要』項目に、紙が貼り出されている。
『依頼:ゴウル鉱山道、魔獣出没の調査』
「まあ、あれはダメ元の貼り出しです。一応、王都の方から本業の調査部隊を依頼しています。いずれにせよ、レオンさんにはオススメできない依頼です」
「はっきり言いますね……いや、実際、そうだと思いますけど」
「はい、では別の依頼を探しますか――といっても、今回は是非ともお願いしたい依頼が」
ずい、と身を乗り出すユキに、ぐい、と思わず身を引くレオン。
「――どうしたんですか?」
「いや、だって、前回オススメされた依頼……」
「あ、あれは――その、すみません、ギルドマスターが何としてもこの依頼を受けさせろ、って圧力をかけてきて」
申し訳なさそうにユキは眉尻をへにゃりと下げる。その仕草にとても責める気になれず、レオンはため息をついて少し苦笑いを浮かべた。
「話は聞きました。まぁ、そちらも立場があるのは承知しています」
「……ありがとうございます。A級冒険者はこういう我がままを言うから困ったところです。ウチのギルドマスターも割と長いものに巻かれろ主義でして」
「らしいですね。その評判は冒険者の間でも聞きます」
「とはいえ、これは言い訳ですね――本当に申し訳ございません」
「謝らなくていいですよ。ユキさんの人の好さは、知っていますから」
「ふふ、ありがとうございます。レオンさんも大概、お人好しだと思いますけど。トラブルに巻き込まれるのを承知で、シュリと一緒に行動するのですから」
「――どうにか、ならないんですかねぇ、あの姉妹」
「どうにかなれば、苦労しませんよ」
はぁ、と二人揃ってため息をこぼす。お人好しはいつだって、気苦労が絶えない。
だが、ユキは顔を上げると咳払いして、すぐに思考を切り換えて告げる。
「ともあれ、愚痴はここまでにして――お仕事に話をしましょうか」
「はい。そのオススメの依頼というのは?」
「実は、今回はレオンさんを指名した依頼なんです」
「へぇ」
冒険者が受ける依頼の中には、一般依頼と指名依頼がある。
一般依頼は、不特定多数の冒険者が受けることができるのに対し、指名依頼は依頼人が誰を選ぶかを指定することができる。
剣士、魔術師といった職種で指名することもできるし、個人を名指しで指名もできる。シュリが前回、銃撃士を指名したのもこの制度だ。
今回は、レオン・ケンフォードをピンポイントで指名しているらしい。
「依頼主は、ミリアム・レクイアさん。不動産業を営んでいる方で、護衛の依頼となっています。行先は、アシュタル村」
「アシュタル村、というと――ああ、ケルドの森の先か」
レオンは振り返り、ギルドの壁に貼りだされた地図を見やる。
ケルドの森を抜けた先にあり、森の中の村だ。湧水が豊富であり、染め物などの産業が盛んとされる。ちなみに、ゴウル鉱山道からも近いので、魔獣の出没の危険もある。
ユキは軽く頷きながら、書類を取り出しつつ説明を加える。
「アシュタルに二日逗留予定。その間の護衛もお願いしたい、とのこと。もちろん、宿泊費は先方が持たれています」
「報酬も――割合、いい額です、けど……」
「どうか、されましたか?」
「いや、このレクイアさんとは面識がないのですよ」
「え、そうなんですか。すみません、てっきりお知り合いかと」
ユキが形のいい眉を寄せる。レオンはわずかに悩みながら書類を見る。
面識がないとしても、シュリやカグヤのような実績のある冒険者なら、わざわざ指名して依頼するのも分かる。だが、レオンはまだC級の冒険者。
なんとなく、不自然だ。ユキは書類をめくりながら首を傾げる。
「不安に思われるのでしたら、こちらで調べますが……でも、レクイアさんはとてもいい人ですよ? 下宿を経営されている方で、冒険者の方々もお世話になっています」
「そうなのですね……なら、受けましょうか」
「……よろしいのですか?」
「ええ、考えてみれば何故、自分に依頼したのか、直接訊ねればいいのですし」
どちらにしろ、護衛する以上、依頼人とは出会うのだ。そこで疑問を解決すればいい。それもそうですね、とユキは頷き、書類を差し出してくれる。
「万が一、何かあればご相談に乗りますので」
「ありがとうございます。では、行ってきます」
「はい、いってらっしゃい」
ユキの笑顔に見送られ、レオンはギルドの出入り口に向かう。そして、扉の近くで息を潜めるようにして外を窺った。
外の往来はいつも通り――だが、レオンの狩人の眼差しはそれを見逃さない。
(……いた)
遠くにちらりと見えたのは、短い金髪――シュリだ。喫茶店のテラス席でお茶を飲みながら、ちらちらとギルドの建物を窺っている。
どうやら、レオンのことを待っているようだが……。
(シュリがいるなら、カグヤもいるだろうし……)
ここで二人の喧嘩に巻き込まれたら、依頼人を待たせることになるかもしれない。ここは見つからずに行くべきだろう。
レオンは冷静にそう判断すると、ギルドの裏口の方に足を向けた。
◇
レオンが裏口から出ていく。その後ろ姿を見守っていたユキは首を傾げていた。
(レクイアさんとレオンさんは面識がない……か)
心の中を占めているのは、その疑問である。
受付嬢としての勘が、何となく変だと告げているのだ。
(そもそも、レクイアさんが街の外に出るのも珍しいですし)
依頼を受けたときには気にならなかった。何か用事があるのだろうな、という程度にしか考えなかったが、そこも不自然に思える。
レクイアは、冒険者の下宿を経営しているのだ。管理人が長く下宿を離れるのはよくないはずなのに――。
(……そういえば、レクイアさんの下宿には誰がいるんでしたっけ)
ふと思い立ち、カウンターの中の書類を取り出す。
ギルドは冒険者への依頼の仲介の他にも、下宿や移動手段の斡旋などもしている。その都合でギルドはこの街の下宿に誰が済んでいるか、全て把握しているのだ。
下宿リストからメゾン・レクイアを選び出し、そのリストを何気なく眺め。
思わず、うめき声をあげてしまった。
「……うわ……やり方があざとい」
なるほど、彼女の仕業だとすれば、全て合点がいく。だが、気づいたところでもうレオンを止めるには間に合わないだろう。
(……ご愁傷様です。レオンさん)
心の中で合掌しながら、ユキは再びそのリストに視線を落とす。
そこの一つには、見知り過ぎた名前がはっきりと刻まれている。
『カグヤ・ユグドラ』――と。




