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【第二部】勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました〜紅蓮の涙《クリムゾン・ティア》〜  作者: まりあんぬさま
妖精迷宮《フェアリー・ラビリンス》編

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新たな可能性

 リュシアの連絡を受け、バニッシュの館に皆が集まっていた。

 かつては数人が集まるだけで手狭に感じていた部屋も、今では様変わりしている。


 広い会議室の中央には、大きな机が据えられ、周囲を囲むように椅子が並んでいた。


 席に着いているのは、長であるバニッシュ、街の相談・解決を努めるリュシア、バニッシュの秘書としてセレスティナ、大工房を仕切るグラド、建築・飲食組合からそれぞれの代表としてザイロ、メイラ。

 母のメイラに付き添うようにフォル、今回の相談者兼医療施設に従事するライラ。

 そして、獣盟官ツヅラと樹守官フィリア。


 いずれも、拠点の発展の中心となってきた者たちだ。


「……セラにも声かけてただけど、またあの子……忘れてるわね」


 一つ空いた席を見て、リュシアが小さく溜め息をついた。


「まあ、仕方ないさ」


 バニッシュは肩をすくめ、柔らかく微笑む。


「とりあえず、会議を進めよう」


 その一言で、場の空気が引き締まった。


「そんで? 今回は、何があったんや?」


 真っ先に口を開いたのはツヅラだった。


「ああ」


 バニッシュは頷き、話し始める。


「今回、ライラから相談を受けてな。どうやら、医薬品が不足し始めている。ここも規模が大きくなって、人が増えた。暮らしや環境も、確実に変わってきている」


 バニッシュはゆっくりと言葉を重ねる。


「だが、それ以上に――まだ、発展途上だ。足りないものも多い。医薬品に限らず、他にも不足している物や、気になっていることはないか」


 一人ひとりの顔を見渡しながら、続ける。


「それに対して、俺たちはどう対処していくべきか。今日は、その意見を皆から聞きたい」


 会議室に、短い沈黙が落ちた。


「なるほどな」


 グラドが腕を組み、鼻を鳴らした。


「とりあえず――大工房(こっち)は、特に不足してるもんはねぇな」


 設備、道具、素材、そのどれもが、現状では問題ないという自信の表れだ。


「そうか、ありがとう」


 バニッシュは素直に頷き、次に視線を移す。


「ザイロの方は、どうだ?」


 ザイロは一言も発さず、だがはっきりとした仕草で頷いた。

 問題なし――それだけで十分だった。


 バニッシュも、その意図を正確に受け取り、軽く頷き返す。


「食料に関しては、今のところ不足は出ていないようにしているが……」


 今度は、メイラへと視線を向けた。


「足りない物や、気になっていることはあるか?」


「そうだねぇ……」


 メイラは少し考えるように間を置いてから、穏やかに口を開いた。


「食べ物そのものが足りない、ってことはないよ。今のところはね」


 だが――そこで、言葉を続けた。


「ただ、一つ……いいかい?」


 メイラは隣に座るフォルへ手を伸ばし、優しくその頭を撫でる。

 フォルはくすぐったそうに身をすくめながらも、どこか誇らしげだった。


「人も増えて、子供も増えてきたでしょう」


 会議室にいる大人たち全員へ向けた言葉。


「だからね……この子たちに、学びの場を設けてあげたいんだよ」


 それは切実で、そして未来を見据えた提案だった。


「学びの場……か」


 バニッシュは顎に手を当て、ゆっくりと息を吐いた。

 生き延びること、守ること、これまで優先してきたのは、そういった今の問題だった。


「私たちだって、いずれ年を取るでしょう? この先の未来を考えるならね、子供たちに正しい知識を持たせてあげないといけないんだよ」


 メイラは穏やかに続ける。

 それは、母として子供たちの未来を考え、クラウゼリアの未来を考えた言葉だった。


 クラウゼリアは、曲がりなりにも都市として発展している。

 ならば、この先の未来に向けての担い手を育てていかなければならないのだ。


「……確かに」


 バニッシュは静かに頷く。


「それも、今後の課題として考えていこう」


 今すぐ着手するべきか、体制を整えてからか――それは判断が必要だ。

 だが、後回しにしていい問題ではない。


 視線を巡らせる。


「ツヅラ、フィリアは何かあるか?」


「ウチはないで」


 ツヅラは扇で口元を隠しながら答えた。


「流通も回っとるし、特に困っとることはあらへん」


「私もだ」


 フィリアは眼鏡を押し上げながら淡々と告げる。


「現時点では、大きな懸念は見当たらない」


「分かった」


 バニッシュは頷き、次にリュシアへと目を向けた。


「リュシア。住人たちの相談事で、他に何か来ているか?」


「うーん……」


 リュシアは指先を顎に当て、少し考えるように視線を泳がせる。


「小さい相談事なら、いくつか来てるけど……ライラみたいに、街全体に関わる話は今のところないかな」


「そうか」


 バニッシュは短く頷いた。

 つまり、今この場で最も急ぐべき問題は――明白だ。


「子供たちの学び場については、もう少し状況を整理してからにしよう。まずは、医薬品だ」


 視線が自然とライラへと向く。


「不足している原因、必要量、確保の方法。そこからだな」


 会議の焦点が、はっきりと一つに定まった。


「現在のクラウゼリアの状況は、セレスティナが資料にまとめてくれた。まずは、それを見てくれ」


 バニッシュがそう告げると、隣に控えていたセレスティナが静かに立ち上がった。

 無駄のない所作で、まとめられた資料を一人ひとりに配っていく。

 今やセレスティナは、正式にバニッシュの秘書として動いている。

 書類整理、各種統計の取りまとめ、会議用資料の作成――バニッシュの手が回らない部分を、正確に、そして静かに補っていた。


「どうぞ」


 淡々と、だが丁寧に、全員の手に資料が渡り、会議室には紙をめくる音だけが響く。


「……季節の変わり目もあって、体調を崩す年寄りや子供が多いなぁ」


 ツヅラが扇の先を顎に当て、資料を眺めながら呟く。

 ページには、診療件数、年齢層、主な症状、薬剤使用量――細かい数字が並んでいた。


「それに加え、怪我人も増えているようだな」


 フィリアが静かに言う。

 眼鏡の奥の視線は、負傷原因の項目に向けられていた。


「ああ」


 バニッシュは頷く。


「身体の弱い老人や子供は、どうしても体調を崩しやすい」


 食生活や住環境が整ってきたとはいえ、まだ盤石ではない。


「それに――街の発展に伴って、怪我人も増えた」


 建設作業、開墾、鍛冶、交易準備、活気が生まれる裏側で、事故の数も確実に増えている。


「つまり」


 バニッシュは資料の一点を指先で示す。


「需要が増えているのに、供給と人手が追いついていない」


 問題の輪郭が、数字として可視化され、会議室の空気が、僅かに重みを帯びる。


「……医学に精通している者がいれば、ライラの手伝いも出来るんだが」


 バニッシュは資料から顔を上げ、皆を見渡した。


「獣人やエルフの中に、そういう人材はいないか?」


 問いかけに、ツヅラが扇で口元を隠しながら肩をすくめる。


「そやなぁ……ウチのとこにはおらへんな」


「私の方にもいないな。ミスティリアから移住してきた者の中には? あちらは人口も多い。可能性はあるだろう」


 フィリアが続ける

 だが、バニッシュは小さく首を横に振った。


「街の発展を優先したからな。最初に移住してきてもらったのは、鍛冶や建築、農耕といった技術職が中心だ」


 クラウゼリアの基盤を築くための選択だった。


「今で四分の一ほどの移住は終えているが……ここで移住の順番を変えるわけにもいかない」


 軽く頭をかく。

 列に並ぶ者たちにも生活がある。

 公平性を崩せば、必ず歪みが生じる。


「ってなると――今いる面子で、何とかしなきゃならねーわけか」


 グラドが腕を組み唸る。


「魔の森の中に、薬草とか生えてないの?」


 リュシアがふと思いついたように言う。


「魔紅果の実みたいに、珍しくて良いものがあるかも」


「確かに、探せばあるんだろう」


 バニッシュは否定しない。


「だが――問題は知識だ」


 リュシアの方へ向き、落ち着いて説明する。


「薬草は、扱いを間違えれば毒になる。調合一つでな。安易に使うわけにはいかない」


 魔の森は宝庫だ。

 だが同時に、危険の巣でもある。


 未知の薬草を使うということは、知識なき挑戦。

 それはもはや、医療ではなく博打になる。

 会議室は再び静まり返る。


 う~ん……と重なるように漏れた悩み声が、会議室の空気をわずかに重くした。

 誰もが分かっている。

 問題は明白だが、簡単に解決できる類のものではない。


「ま、これだけ考えても良い案が出ねぇならよ。ミスティリアからの人材を調整するしかねぇんじゃねーか?」


 グラドは鼻を鳴らし、バニッシュに視線を向ける。


「……そうだな」


 バニッシュは顎を押さえながら頷く。


「その方向で調整するしかないか」


「しかし、直ぐにとは参りません」


 静かに、セレスティナが言葉を挟む。


「移住計画は段階的に進められてます。順番の変更には時間と交渉が必要です」


 冷静で、的確な指摘をする。


「仕方がない」


 バニッシュは小さく息を吐き、決断を下す。


「時間はかかるが、調整していこう。それまでは――俺が薬の調合をして、ライラを手伝う」


 その言葉に、食い下がるようにリュシアが声を上げる。

「そんな……! それじゃ、アンタの負担が増えるだけじゃない!」


「皆、それぞれの仕事で手が回らないだろ? だったら、長である俺が頑張るさ」


 バニッシュは苦笑する。

 軽く言ったように聞こえるが、その実、重い責任を引き受ける言葉だった。


「……大丈夫なんですか?」


 今度はセレスティナが、心配そうにバニッシュを見る。

 秘書として、彼の抱えている業務量を誰よりも把握しているからこその不安だ。


「ああ、何とかなるさ」


 その笑みは、強がりにも見えるし、本心にも見える。

 だが――それでも誰かが背負わなければならないのなら、バニッシュは、迷わず背負う。


 ミスティリアからの人材を調整する――その方針だけを決め、会議はひとまず幕を閉じた。

 椅子を引く音が重なり、それぞれが自分の持ち場へと戻っていく。


 グラドは大股で工房へ、ザイロは組合の方へ、メイラはフォルを連れて並んで住宅区の方へ、ライラは薬の調合の為に医療施設に向かう。


 ツヅラとフィリアも何やら話し合いながら廊下を曲がっていった。


 やがて会議室に残ったのは、バニッシュ、リュシア、そして資料を丁寧にまとめているセレスティナの三人だけになる。


 最後の一枚を整え、セレスティナが抱え直す。

 三人は並んで廊下を歩き出した。


「……さて、ミスティリアの移住調整をするとなると、ミュレアたちと話をしないとな」


 歩きながら、バニッシュが言う。


「いつ帰ってくるの?」


 隣でリュシアが問いかける。


「いや~……」


 バニッシュは頭の後ろを掻き、気まずそうに笑った。


「いつ帰って来るか、聞いてなかったんだよな」


「何やってんのよ」


 リュシアの呆れた溜め息が落ちる。

 長として堂々としている時と、こういう抜けたところがある時との落差が激しい。


「確か、1週間ほどこちらを空けると聞いてましたよ」


 落ち着いた声で補足したのはセレスティナだった。


「……そ、そうなのか?」


 バニッシュは思わず足を止めかける。


「ええ。出立の前に確認しておりましたので」


 そう言って、彼女は柔らかく微笑んだ。

 秘書としての有能さが、さりげなく光る。


「流石ね!」


 リュシアが感心したように頷き、それからジト目でバニッシュを見る。


「アンタもしっかりしなさいよ」


 軽く脇腹を肘でつつく。


「あははは……」


 バニッシュは誤魔化すように笑うしかなかった。

 長として背負う重責もあれば、こうして仲間に叱られる立場でもある。

 廊下の窓から差し込む夕方の光が、三人の影を長く伸ばしていた。

 問題は山積みだ。

 だが――こうして並んで歩く仲間がいる限り、きっと何とかなる。

 そんな小さな確信が、春の空気の中に静かに溶けていた。


「とりあえず、移住してくる住人を再度洗い出さないとな」


 現状を変えるには、まず情報を整理する必要がある。


「セレスティナ、頼めるか?」


「はい、わかりました」


 セレスティナは抱えていた資料を整え直しながら、すでに頭の中で段取りを組み立てている様子だ。


「移住予定者の職種、技能、医療知識の有無を再確認します。必要であれば、優先順位の再調整案も作成します」


「助かる」


 バニッシュは短く礼を言う。


「俺は少し、調合の方をやろう。少しでも薬品の在庫を確保したいからな」


「私はどうすればいい?」


 隣でリュシアが一歩前に出る。

 手伝う気満々、といった表情で、目をきらきらと輝かせていた。


「私も何かやるわ」


「そうだな……」


 バニッシュは顎に手を当て、少し考える。

 リュシアに任せられること、リュシアだからこそ出来ること、その答えを探していた、ちょうどその時だった。


「あ! バニッシュ~!」


 元気いっぱいの声が、廊下に響く。

 三人が振り向くと――こちらへ駆け寄ってくるセラの姿があった。

 頭の上にはちょこんとパグが乗っている。


「アンタ、会議すっぽかしてどこ行ってたのよ?」


 リュシアは腰に手を当て、盛大に呆れた視線を向ける。


「会議~?」


 セラは顎に指を当て、きょとんとした顔で首を傾げた。


「そんなの、あったっけ?」


「あったわよ。てか、ちゃんと連絡したでしょ!」


「え~と……」


 セラは慌てるでもなく、懐から可愛らしい小さな手帳を取り出した。

 ぱらり、とページをめくる。


「う~ん……」


 首を傾げながら真剣に覗き込み。


「そんな予定、ないね~」


 ――一瞬の静寂、その時、セラの頭の上にちょこんと乗っていたパグが、ぴょこんと身を乗り出し、同じく手帳を覗き込む。


「セラ様。その手帳には……何も書いておりませんよ」


 真っ白なページを見つめながら、どこか呆れた調子で告げる。


「え~?」


 セラは改めて手帳を覗き込み、さらに首を傾げる。


「あれ~?」


 本気で不思議そうだ。

 そのあまりに純粋な反応に、リュシアは深く、深く息を吐いた。


「……はぁ」


 肩ががくりと落ちる。

 パグも同様に、頭をカクンと落とす。

 廊下に漂っていた緊張感は、完全に霧散する。

 バニッシュは思わず吹き出しかけるのを堪えながら、頭を掻いた。


「……次からは、ちゃんと書いとけよ?」


「はーい!」


 元気な返事だけは満点だった。


「しかし……」


 セラの頭の上にちょこんと乗ったまま、パグが小首を傾げる。


「ずいぶん急な会議でしたが、何かあったのですか?」


 その声音は、先ほどまでの呆れとは打って変わって落ち着いている。


「ああ、クラウゼリアの住人が増えたことで、医薬品が足りなくなってな。それで、皆の意見を聞こうと思ったんだ」


 リュシアが腕を組んで続ける。


「でも、この街には医学に精通してる人がいないでしょ? だから、ミスティリアの移住者の調整をしようって話になったのよ」


「ふむ……それは、何とも気の長い計画ですね」


「だが、現状これしか手がない」


 バニッシュは肩をすくめる。


「その間は俺が調合の手伝いをする」


「ふむ……」


 パグは一瞬考え込むように目を細め、それからぽつりと呟いた。


「妖精族がいれば良いのですけどね」


 その一言に、三人の動きが止まる。


「どういうことですか?」


 真っ先に問い返したのはセレスティナだった。


「彼らは好奇心が旺盛ですからね」


 パグは淡々と説明する。


「森に生える薬草や珍しい植物にやたらと詳しいのですよ。小柄ゆえに森の奥深くまで入り込めますし、調合も得意です」


「……」


 バニッシュとリュシア、そしてセレスティナが、ゆっくりと互いの顔を見合わせる。


 森、薬草、調合に長けた種族。

 そして――魔の森の中心に築いた、この街。

 

「それだ!」


 三人の声が、見事に重なった。

 静まりかけていた廊下に、希望の光が差し込む。

 気の長い計画だけではない。

 今ある場所から、道を探せるかもしれない。

 思わぬところから転がり込んだ可能性に、バニッシュの口元がゆっくりと吊り上がった。

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