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【第二部】勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました〜紅蓮の涙《クリムゾン・ティア》〜  作者: まりあんぬさま
境界都市美姫選定戦編

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仲間の笑顔のために

 ダンジョンの一件が片付き、さらに妖精たちの居住区についても大まかな方針が固まった頃――拠点にはようやく、ひと息つけるだけの穏やかな空気が戻ってきていた。


 妖精族の長であるオルムは、住まう場所について大きな条件を求めなかった。


「ワシらは、泉の畔近くであればよい」


 その言葉を受け、バニッシュは拠点の中でも特に水気と緑に恵まれた一角、澄んだ泉のほとりを妖精たちの新たな居住区として定めた。


 そこは森の息吹が色濃く残る静かな場所だった。

 水面は陽光を受けてきらきらと輝き、風が吹けば木々がさざめく。妖精たちの住処としてはこれ以上ないほど相応しい環境であり、オルムたちもその景観を前に満足そうに何度も頷いていた。


「うむ……実によい。やはり妖精族にとって、自然との調和は欠かせぬ」


 バニッシュは居住区の区画を示した簡易地図を片手に、配置の最終確認を行っていた。


「家屋はこの周囲に分散配置。中央の動線は広めに取っておくか……」


 オルムがふぉっふぉっと喉を鳴らして笑う。


「よいよい。建物の位置はお主らに任せる。じゃが、泉の中心にはぜひとも、女神ルミナ=リュミエール様の像を建てたいのう」


「像?」


 バニッシュが顔を上げる。


「うむ。妖精族にとって、泉は清浄なる加護の象徴。そして女神ルミナ=リュミエール様は、古より統括の女神として、世界で崇められ、愛されてきた存在じゃ。ここに住まわせてもらう以上、感謝と祈りの形は必要じゃ」


 なるほど、とバニッシュは頷いた。

 妖精族にとって信仰や象徴は、ただの飾りではない。

 共同体として心を一つにする拠り所でもあるのだろう。


「まあ……それで皆が落ち着くなら、悪くないか」


 バニッシュがそう言うと、オルムたちは嬉しそうに顔を綻ばせた。


「では早速、台座の位置を――水面に映えるよう、少し高くしたいのう」


「花も添えたいわね!」


 すでに完全に“建立する流れ”になっているオルムとイリヤを見ながら、バニッシュは苦笑しつつも口を挟まなかった。  こうして新たな住人たちが拠点に馴染み、よりどころを見つけていくのは、悪い気分ではない。


「あ! バニッシュ~!」


 明るく弾んだ声が、泉の畔に響いた。

 振り向けば、陽だまりをそのまま形にしたような少女が、こちらへ駆け寄ってくるところだった。

 ふわりと揺れる髪、花が咲くような笑顔、その頭上には、神鳥パグがちょこんと器用に乗っている。


「何してるの~?」


 無邪気な様子で駆け寄ってきたのは、セラフィ=リュミエール――この拠点に住む、女神の一柱である。

 バニッシュは地図を軽く持ち上げて見せた。


「ああ、セラか。今、新しい住人の住む場所を選定してたんだ」


「ふ~ん?」


 セラは足を止めると、指を顎に当ててこてんと小首を傾げた。

 その仕草はどこまでも愛らしく、悪意というものを一欠片も感じさせない。


「おや。今度の住人は妖精族なのですね」


 頭の上から、落ち着いた声音が響く。

 神鳥パグが翼を軽く整えながら、ぱちりと目を瞬かせていた。


「ああ。色々あってな。ここに住むことになったんだ」


 バニッシュが頭をかきながら答えると、そのやり取りを見ていたオルムの顔色が、みるみるうちに変わっていった。


「お、お主……この方は……」


 震える声。  普段は老獪さすら感じさせる妖精族の長が、珍しく目を見開いて固まっている。


「もしや……!? いや、しかし、そんなはずが……!」


 その隣で、イリヤもまた目をぱちぱちと瞬かせ、セラをまじまじと見つめていた。

 妖精族は、他の種族とは違い、どちらかというと女神たちの存在と近いのだろう。

 目の前の存在が纏う空気が、ただ者ではないと本能で理解してしまったらしい。


 バニッシュはそんな二人の反応に気づき、ああ、と軽く頷いた。


「この娘はセラフィ=リュミエール。女神だ」


 一拍の静寂。


「め、女神様じゃとぉぉぉおおおおっ!?」


 オルムの絶叫が泉の周囲にこだました。

 鳥が一斉に飛び立ち、近くで花の世話をしていた住人たちまで何事かと振り返るほどの大音声だった。


「な、何で!? 何で女神様がこんな所にいるのよ!?」


 イリヤもまた、信じられないという顔でバニッシュに詰め寄る。

 妖精族にとって女神とは、高次元の存在だ。

 まさか街の中をふらふら歩き回り、散歩しているなどと考えられない。


「い、いや……」


 バニッシュは視線を逸らしながら、ぽりぽりと頬をかいた。


「空から降ってきたというか……落ちてきたというか……」


「そんなことあるわけないじゃろ!!」


「いや本当なんだって!」


 オルムの渾身のツッコミが飛ぶ。

 だが、実際にそうとしか言いようがないのだから仕方がない。

 イリヤはがくりと肩を落とし、オルムは額を押さえてふらついた。

 女神が地上にいることも衝撃だが、その説明が「空から落ちてきた」なのも、別の意味で衝撃である。

 一方、当のセラはというと、きょとんとした顔で周囲を見渡していた。

 本気で不思議そうにしながらも、泉の方へとててっと歩み寄った。

 そして水面を覗き込み、パシャパシャと手で泉の水に触れながら、きらきらと目を輝かせる。


「わあ……綺麗な泉~! ここ、すっごく気持ちいいね!」


 その瞬間、泉の水面が、ふわりと淡い光を帯びた。

 木漏れ日とは違う、どこか神聖で柔らかな輝き。

 周囲の花々が一斉に花弁を開き、草木が風もないのにざわめいた。

 妖精たちが息を呑む。


「……っ」


「ま、間違いない……」


「この神気……本物だわ……」


 オルムは震える手で胸元を押さえ、その場にひざまずいた。


「女神ルミナ=リュミエールの系譜に連なる御名……セラフィ=リュミエール様……! まさかこのような地で、実際にお目にかかれるとは……!」


 それを見て、イリヤも慌てて膝をつく。

 他の妖精たちも次々と頭を垂れ始め、つい先ほどまでの居住区選定の和やかな空気は、一瞬にして厳かなものへと変わっていた。


「う~ん? みんな、どうしたの?」


「頭をお上げなさい。セラ様は、ここを加護する女神ではございません。貴方方が崇める必要はないのです」


 セラは不思議そうに頭を傾げ、パグは静かな口調で言う。


「はっ……そのようなわけには……」


 オルムの頭を垂れたまま話す。

 もはや感激と混乱と畏敬が全部混ざっていた。

 

「バニッシュ、お前さん、女神様と普通に暮らしておるのか……?」


「まあ、うん……成り行きで」


「成り行きで済ませていい話ではないぞこれは……」


 オルムは本気で眩暈を起こしかけていた。


 そして、そんなこんながあった末――当初、泉の中心には女神ルミナ=リュミエールの像だけを建てる予定だった。   

 だが、実在する女神セラフィ=リュミエールが目の前に現れ、その神気を妖精たちがはっきりと感じ取ってしまった以上、話は変わる。


「これは……当然、セラフィ様のお姿も祀るべきでは?」


「むしろ祀らぬ理由がないのう!」


「ルミナ様とセラフィ様、両女神の加護をいただける聖泉……!」


「すごいわ……すごすぎるわ……!」


 妖精たちは興奮気味にざわめき合い、もはや誰一人として反対する者はいなかった。


 結果――泉の中心には、当初の予定通り女神ルミナ=リュミエールの像を、そして新たに、その傍らへ女神セラフィ=リュミエールの像も並び立つこととなった。


 清らかな泉の中央に、二柱の女神を象った像が立つ。

 光と恵みを象徴するその光景は、妖精たちにとって新たな信仰の拠り所となり、居住区そのものを守護する聖域のような意味を持つことになるだろう。

 

「わぁ~お姉様と一緒に像が出来るなんて、嬉しいな~」


 当のセラ本人は、嬉しそうに頬を緩めながらそんなことを言っていた。


「ですから……セラ様はここを加護する女神では……」


 パグは何とも言えない顔で頭を抱えていたが、セラの喜ぶ顔を見て、「まあ、セラ様がいいのであれば、良しとしましょう」とため息をついた。





 そんなわけで――現在、バニッシュ=クラウゼンは執務室に籠もり、山のように積まれた書類との格闘に勤しんでいた。

 窓の外では、昼下がりの柔らかな光が拠点を照らしている。

 遠くからは住人たちの話し声や、工房から響く金槌の音、子どもたちの笑い声まで微かに聞こえてくる。外は穏やかで、平和そのものだ。


「……次」


 机に向かったまま、バニッシュは短く呟く。

 手元の書類に目を通し、必要な箇所へ確認印を入れ、仕分けし、次々と書類を片付けていく。

 海人族の移住に関する調整書類、沿岸部候補地の地質確認報告、物資搬入経路の再整理案、農地拡張に伴う木材消費の見積もり、住人たちからの要請書、工房区画からの設備増設願い。


 バニッシュは一つ、また一つと書類を片付けていくたび、机の山は少しずつ低くなっていく。

 バニッシュは傍らに置いてあったカップを手に取った。

 まだほんのり温かい茶を一口含み、喉を潤す。張り詰めていた肩から、わずかに力が抜けた。

 そして、そのまま次の書類へと目を移した――その瞬間、表紙に踊る文字が、視界に飛び込んでくる。


『クラウゼリア春季親睦催事企画書――境界都市美姫選定戦 開催案――』


「――ぶふっ!! げほっ、げほっ……!! な、なんだこれは……!?」


 口から茶を噴き、咳き込みながら、バニッシュは慌てて書類を持ち直す。

 目の錯覚かと思って二度見したが、何度見ても書いてある文字は変わらない。

 

「だ、大丈夫ですか?」


 背後から慌てた声がかかる。

 振り返れば、棚に書類を整理していたセレスティナが、心配そうにこちらへ駆け寄ってきていた。長い耳をぴんと立て、端正な顔に不安の色を浮かべている。


「どうしたんですか? そんなにむせて……」


 セレスティナはすぐにバニッシュのそばへ寄り、その背にそっと手を添えた。

 白く細い指が、一定のリズムでとんとんと背中をさする。


 セレスティナもまた、バニッシュの手元にある書類の表題を目にした瞬間、ぱちりと目を見開いた。


「……これは」


 いつも冷静な彼女にしては珍しく、わずかに言葉が止まる。

 机の上に広げられていたのは、どう考えてもまともな執務書類の顔をしていない一枚だった。


『クラウゼリア春季親睦催事企画書――境界都市美姫選定戦 開催案――』


 バニッシュはまだ少しむせた喉を押さえながら、何とも言えない顔で次のページをめくった。

 そしてそこに記された文面を見て、さらに眉間の皺を深くする。


 ページの冒頭には、やけに整った文体で、もっともらしい開催趣旨が並んでいた。


 “境界都市クラウゼリアにおける多種族共生の親睦促進、住民間の一体感醸成、ならびに日頃より都市運営・発展に寄与する女性陣への感謝と敬意を可視化する催しとして――”


 そこまで読み上げたところで、バニッシュは小さく息を吐いた。


「……建前だけは立派だな」


 ぼそりと呟き、書類を持つ手を少し下ろす。

 確かに、街にちょっとした催し物や娯楽があれば、住人たちの気晴らしになるし、活気にもつながるだろう。

 多種族が集まるこの拠点にとって、“皆で楽しめる行事”は決して無意味ではない。


「いや、確かに催しや娯楽があるのは悪くない。街の活気にも繋がるだろうしな……」


 バニッシュはそこで言葉を切り、書類の表紙へと視線を戻した。


「……だが、これは……」


 しかし、その隣で書類を覗き込んでいたセレスティナは、意外にもすぐには否定の言葉を口にしなかった。

 むしろ彼女は、企画書の内容をじっと見つめたまま、静かに何かを考え込んでいるようだった。

 

「バニッシュ」


「ん?」


「これ……やりましょう」


「……へ?」


 あまりにも予想外の言葉に、バニッシュはぽかんと目を瞬かせた。

 

「いや……しかし……」


 思わず言いよどむ。

 そんなバニッシュに対し、セレスティナは珍しくはっきりとした口調で言葉を重ねた。


「街の活気のために、こういうことは必要です。住人たちは、今ようやく少しずつ落ち着いてきました。新しく来た者たちも増えて、種族も立場もさまざまです。だからこそ、皆で同じ話題を共有して、笑い合えるような機会は……きっと意味があります」


 バニッシュは黙って彼女を見た。

 セレスティナは書類を見つめたまま、ふと声を弱めた。


「それに……」


 セレスティナは視線を落とした。


「リュシアが……まだ、元気がないみたいで」


 その言葉に、執務室の空気がわずかに変わる。

 バニッシュもまた、自然と視線を伏せた。

 脳裏に浮かぶのは、ここ最近のリュシアの様子だ。

 皆の前ではいつも通り気丈に振る舞っている。

 明るく笑い、頼られればしっかり応え、弱さを見せないようにしている。


 だが――ふとした瞬間に、見せるのだ。

 ほんの一瞬だけ、暗い表情を、誰もいない場所で、一人きりで考え込んでいる背中を。

 バニッシュは、それに気づいていた。

 気づいていながら、どう声をかければいいのか分からずにいた。


「何とか……元気づけてあげたいんです」


 セレスティナはそう言って、そっと唇を噛む。

 リュシアのことを本気で案じているのが、その一言だけで伝わってきた。


「こういう賑やかな催しがあれば、少しは気が紛れるかもしれません。皆が明るくしていれば、リュシアもきっと……無理にじゃなくても、少しずつ、笑えるようになるかもしれないから」


 バニッシュはしばらく何も言わず、机の上の企画書を見下ろし、それから隣に立つセレスティナを見上げる。

 彼女は真剣に考えた末の答えだろう。

 街のために、そして仲間のために、必要だと思っているのだ。

 その思いは、バニッシュにもよく分かった。


「……そうだな」


 小さく呟き、彼は書類を机の上に置いた。

 そして、ふっと力を抜くように笑う。


「わかった。大切な仲間のために、開催しよう」


 その言葉に、セレスティナの目が少しだけ大きくなった。


「それに、住人たちの息抜きにもなる。上手く整えれば、悪い催しじゃないはずだ」


「ありがとうございます!」


 ぱっと、セレスティナの顔に笑みが咲いた。

 それは執務中の静かな微笑みではなく、心からほっとしたような、柔らかな笑顔だった。

 その笑みに、バニッシュも自然と肩の力を抜く。


「ただし、やるからにはしっかりと準備するぞ。中途半端じゃ盛り上がらないからな!」


「はい!」


 バニッシュは改めて企画書を手に取り、ぱらりとページをめくった。


「さて……開催するにしても、まずは内容の修正だな。親睦会として成立する形にしないと」


「そうですね。まずは、候補者の選定からでしょうか?」


「そうだな。他薦、自薦どちらでも参加出来るようにしよう」


「景品とかも用意しましょうか?」


「ああ、そこら辺は、グラドの工房にでも頼もう」


 そんなやり取りを交わしながら、バニッシュはようやく目の前の企画書を本格的な催し物として、整え始めていた。


 それはきっと、街のためでもあり、仲間のためでもあり。


 そして何より――少しずつでも、傷ついた誰かがまた笑えるようになるための、小さなきっかけになるのかもしれなかった。

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