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【第二部】勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました〜紅蓮の涙《クリムゾン・ティア》〜  作者: まりあんぬさま
境界都市美姫選定戦編

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笑顔のための準備

 境界都市クラウゼリアに春の催し物を開く――そう決まってから、バニッシュの動きは早かった。


 どうせやるなら、街の活気を生み、住人たちが笑い合い、親睦を深められる催しにする。そのためには、まず拠点の中心にいる面々の意見をしっかり聞く必要があった。


 そんなわけで、この日、拠点内の会議室には、いつもの主要メンバーたちが顔を揃えていた。


 バニッシュ、リュシア、、セレスティナ、グラド、ザイロ、メイラ、ライラ、フォル、ツヅラ、フィリア、ミュレア、タナトス、黒牙、そして――いつも会議をすっぽかして、気づけば花畑で昼寝をしているか、どこかで子どもたちと遊んでいるかのどちらかである彼女が、今日はきちんと席についている。

 その理由は、セラの前に置かれた皿の上には、メイラ特製の焼き菓子や果実のタルト、小さな蜂蜜クッキーが並んでいたからである。


「今回は、ちゃんと来たよ!」


 胸を張るセラ。

 だがその手はすでに二枚目のクッキーへ伸びていた。

 セラを参加させるために、メイラにお菓子を用意するように頼んでいたのだ。

 お菓子をエサに参加させるのもどうかと思ったが、目の前で美味しそうにお菓子を頬張る姿を見ると、「まあ、いいか」と思うバニッシュだった。


 ちなみに、そのセラの向かい側ではフォルもすでにおやつに夢中だった。

 小さな手で焼き菓子を持ち、口いっぱいに頬張りながら幸せそうに目を輝かせている。


「おいしい!」


「おいしいねぇ、フォル」


「うん!」


 そんな二人を横目に見つつ、バニッシュは一つ咳払いをした。


「……よし」


 その声で、卓を囲んでいた面々の視線が自然と彼へ集まる。

 バニッシュは全員の顔を見渡してから、卓上の企画書に手を置いた。


「それじゃあ、春の催し物としての企画会議を始める」


 静かに告げられたその一言で、会議室の空気が少し引き締まった。


「まず最初に言っておくが、今回の企画は、もともと女性の人気投票として上がってきたものだ」


 その言葉に、何人かの視線が資料の表紙へ向かう。


「ただし、俺たちの目的は、あくまで街の活気作りと、住人たちの親睦を図ることだ。誰かを無理やり順位づけして騒ぐためのものじゃない。そこは絶対に履き違えないようにしたい。つまり、みんなで楽しくできるように考えていこうってことだ。祭りとして、誰も嫌な思いをせず、街全体が明るくなれる形に整える。そのための会議だと思ってくれ」


 その言葉に、数人が静かに頷く。


 セレスティナはほっとしたように表情を和らげ、リュシアも資料から目を上げてバニッシュを見た。

 ツヅラは目を細めて小さく頷き、フィリアは柔らかな笑みを浮かべる。

 ザイロは短く息を吐き、グラドは「ふん」と鼻を鳴らしながらも否定はしなかった。


 会議卓の上には、事前に修正された企画資料が並んでいた。

 開催趣旨、目的、候補者への配慮、当日の進行案、住人参加型の出し物案などが整理されている。


 その資料へ、皆がそれぞれ視線を落とす。


「……なんや、ウチの名前もあるんやな」


 資料をぱらりとめくりながら、ツヅラが面白そうに目を細めた。

 その手にはいつもの扇。口元を半ば隠しながら、候補者一覧に並んだ名前を眺めている。


 会議卓の上に配られた資料には、今回の催しにおける候補者一覧が記されていた。

 あくまで原案段階ではあるが、住人たちの間で名前の挙がった女性たちを中心に、何名かがすでにリストアップされている。


 バニッシュは資料を手にしたまま頷いた。


「ああ。話題に上がった女性を、とりあえずリストに入れておいた。まだ仮の一覧だからな。他にも参加したい女性がいるなら追加しようと思ってる」


「ほう、そうなんか」


 ツヅラはふっと口元を緩める。

 そして、その視線が隣の方へと滑った。


「アンタの名前もあるで、堅物」


 からかうような声音とともに向けられた先には、フィリアがいた。

 ツヅラの視線を受けたフィリアは、手元の資料に一度目を落とし、それから静かに鼻を鳴らす。


「……確かに、リストには入っているようだな」


 その声音はどこまでも落ち着いていた。

 だが、わずかに眉間に寄った皺が、内心の複雑さを物語っている。


「だが、私はこういうものには興味がない。棄権させてもらう」


 きっぱりと言い切るフィリア。

 いかにも彼女らしい反応だった。


 だが、その返答を聞いたツヅラは、むしろ待ってましたとでも言いたげに目を細めた。


「なんや、自信がないんか?」


 扇の向こうで、にやりと笑う。

 その声音は柔らかいが、明らかに挑発だった。


 フィリアの眉がぴくりと動く。


「ふん。そんな挑発には乗らない。私はあくまで、興味が――」


「そうやなぁ~」


 言い終える前に、ツヅラがわざとらしく言葉を被せた。


「アンタみたいなチンチクリンじゃ、自信なんかないわなぁ~。こういうんにはなぁ、大人の色気っちゅうもんがないとあかんからな~」


 瞬間、フィリアのこめかみに、ビキッと分かりやすい青筋が走った。

 会議室の空気がぴりりと震える。

 バニッシュが「あっ」と思った時には、もう遅かった。


「……いいじゃないか」


 フィリアが、にこりともせず笑った。

 完全に怒りを押し殺した顔だった。


「そこまで言うのなら、私と貴様――どちらが人気か、勝負してやる!」


 ばしん、と資料を机に置く音が響く。

 ツヅラの目が愉快そうに細められる。


「よう言うたな」


 扇をぱちんと閉じ、ツヅラもまた身を乗り出す。


「ほんなら勝負したるわ!」


 二人の視線が真正面からぶつかる。

 ばちばちばちっ――と、火花が散らし緊張が、その場を走った。


「お、おい、落ち着けお前ら……」


 バニッシュが額を押さえながら止めに入ろうとするが、二人の耳には入っていない。

 フィリアは静かな怒気を纏い、ツヅラは余裕たっぷりの笑みを浮かべる。


 大人の色気だの、ちんちくりんだの、普段なら絶対に口にしないような子どもっぽい煽り合いで火がつくあたり、どう考えても相性が悪い。


「お……始まったな」


 グラドは、面白がり半分といった顔で腕を組んでいる。


「ツヅラさんもフィリアさんも、変なところで負けず嫌いなんだから……」


 セレスティナが小さくため息をつく。

 そんな中――別の意味で固まっていた者がいた。


「え!? 私の名前も入ってる!?」


 資料を見つめたまま、ライラが目を丸くしていた。

 そこには確かに、彼女の名も記されている。


 リュシア。

 セレスティナ。

 フィリア。

 そして、その中に――ライラ。


 周囲には誰が見ても美人、美少女と分かる面々が並んでいる。

 そんな中に、自分の名前が何食わぬ顔で混ざっていることに、ライラは本気で驚いているようだった。


「な、なんで私が……!?」


 耳まで赤くしながら、ライラは慌てて資料とバニッシュを交互に見る。

 バニッシュは少し気まずそうに頬をかいた。


「……それは、ドルガの熱い推薦で決まったんだ」


「な……!?」


 ぴしりと固まるライラ。

 その瞬間、その顔が一気に真っ赤になった。


「も、も~……ドルガさんったら~……!」


 両手で頬を押さえ、恥ずかしそうに身をよじる。

 そんな娘の反応を見て、メイラがからからと楽しそうに笑った。


「あっはっは、いいじゃないかい、ライラ。出てみなさいよ」


「も~、お母さんまで……!」


 ライラが恨めしそうに母を見るが、メイラはどこ吹く風である。


「だって、せっかく推薦してくれたんだろう? それにアンタ、ちゃんと綺麗なんだから自信持ちな」


「そ、そういう問題じゃなくて……!」


 しどろもどろになるライラ。

 だがその横で、フォルがきらきらした目で顔を上げた。


「おねえちゃん、出るの!?」


「……っ」


 弟のまっすぐすぎる一言に、ライラは完全に言葉を失う。

 耳まで真っ赤にしたまま、「うぅ……」と小さく呻いて机に突っ伏しそうになる。


 ザイロはそんな娘を見て、口数少なくもどこか誇らしげに目を細めていた。

 何も言わないあたりが、いかにも彼らしい。


 一方で、先ほどから火花を散らしていたツヅラとフィリアは、まだ終わっていない。


「後で泣いても知らへんで?」


「それはこっちの台詞だ」


「ほう?」


「ふん」


 視線だけで斬り合っている。


「リュシアの名前もありますよ」


 資料に目を落としていたセレスティナが、隣に座るリュシアへ向けてふわりと微笑んだ。


 その言葉に、リュシアはびくりと肩を揺らす。

 手元の一覧には、確かに自分の名前があった。


 リュシア。


 その文字を見つめたまま、彼女はわずかに唇を引き結ぶ。


「う、うん……だけど、私は……」


 言いかけて、リュシアは顔を伏せた。

 指先が、資料の端をきゅっと掴む。


 皆の前では平気な顔をしていても、まだ心のどこかに沈んだものが残っている。

 だが、その空気を重くさせまいとするように、ぱっと明るい声が割って入った。


「リュシアも一緒に参加だよ~!」


 振り向けば、ライラがにこにこと笑いながらこちらへ身を乗り出してきていた。

 そのまま自然な動作で、リュシアの肩にぽんと手を置く。


「私だって恥ずかしいんだから」


「でも、私は……」


 なおも戸惑うリュシアに、ライラはむしろ逃がさないとばかりにぐっと顔を近づけた。


「ダ~メ」


 そして、いたずらっぽく笑う。


「三人で一緒に出よう」


 その言葉に、リュシアが目を瞬かせる。


「三人……?」


「そうですよ」


 今度はセレスティナも、穏やかな声で続けた。


「三人で出ましょう!」


 その声には、押しつけがましさではなく、ただ“当たり前のように一緒にいる”という温かさがある。


 リュシアは二人の顔を交互に見た。

 ライラは明るく笑っていて、セレスティナは優しく微笑んでいる。

 その表情を見て、リュシアは気づく。


 ――二人は、自分を元気づけようとしてくれているのだ、と。


 無理に励ますわけでもなく、露骨に気を遣わせるわけでもなく、ただ自然に、いつもの輪の中へ引っ張り戻そうとしてくれている。

 その優しさが、胸にじんわりと染みた。

 胸の奥に溜まっていた冷たいものが、少しずつほどけていく。

 リュシアは小さく息を吸い、そしてゆっくりと顔を上げた。


「……そうね」


 その唇に、いつもの勝ち気な笑みが少しずつ戻っていく。


「一緒に参加しましょう!」


 言い切った瞬間、表情がぱっと明るくなった。

 まだ完全に吹っ切れたわけではないのかもしれない。

 それでも、その顔にはさっきまでの翳りとは違う、生き生きとした光が宿っていた。


「よしっ!」


 ライラが嬉しそうに声を弾ませる。


「決まりだね!」


「はい、決まりです」


 セレスティナも嬉しそうに頷いた。

 三人が並んで笑うその光景は、どこか春の日差しのように柔らかかった。


 それを少し離れた席から見ていたバニッシュは、ふっと目を細める。

 会議室ではまだツヅラとフィリアが火花を散らし、セラとフォルはおやつに夢中で、他の面々もそれぞれ好き勝手な反応を見せている。

 騒がしくて、まとまりがあるのかないのかも怪しい空間だ。


 だが――その賑やかさの中で、確かにリュシアは少しだけ元気を取り戻していた。

 その様子に気づいたバニッシュの口元にも、自然とやわらかな笑みが浮かぶ。


 誰かが誰かの背を押して、その優しさがまた別の誰かを笑顔にする。

 そんな何気ないやり取りが、傷ついた心を少しずつ癒やしていく。


「みゅ、ミュレアも……リストに入ってるね」


 少しぎこちない声でそう言ったのは、ミュレアの隣に座っていた黒牙だった。


 会議卓の端、他があれこれ騒がしく言い合っている中で、そこだけは妙に静かな空気が流れている。

 黒牙は手元の資料を見下ろしたまま、ちらりと横目でミュレアの名前を確認していた。


 候補者一覧の中には、確かに彼女の名も記されている。


 ミュレア。


 その文字を見つめながら、黒牙は何とも言えない気持ちになっていた。

 驚きもある、納得もある、そして、少しだけ胸の奥がざわつくような、落ち着かない感覚もあった。


「そうね」


 対するミュレアは、いつもの無表情のまま短く答えた。


 感情の起伏をあまり表に出さない彼女は、資料に目を落としたまま淡々と候補者一覧を眺めている。

 まるで自分の名前がそこにあることなど、大したことではないと言わんばかりの落ち着きだった。


 その横顔は相変わらず整っていて、静かな存在感がある。

 だからこそ、名前が挙がること自体は不思議ではない。


 黒牙は喉の奥で小さく言葉を詰まらせた。

 何かを言おうとして、けれど上手く形にならない。

 すると、そんな彼の様子を感じ取ったのか、ミュレアがふいに顔を上げた。


「黒牙は……」


 無表情のまま、こてんと小さく首を傾げる。


「私が参加するの、嫌?」


「え?」


 あまりにも真っ直ぐに聞かれて、黒牙は間の抜けた声を漏らした。


 ミュレアの瞳は、いつも通り静かだった。

 だが、その質問は妙に核心を突いていた。


 嫌か、嫌じゃないか。


 そんなふうに問われてしまえば、誤魔化しようがない。


「そ、それは……」


 黒牙の喉がごくりと鳴る。

 耳までじわじわ熱くなっていくのが、自分でも分かった。

 嫌かと聞かれれば、正直――少し、嫌だった。


 自分だけが知っていたいような気持ち。

 自分だけが見ていたいような気持ち。

 そんな、どうしようもなく子どもっぽい独占欲が胸のどこかにあるのを、黒牙は否定できなかった。


 だが同時に――ミュレアが皆に認められることを、嬉しく思う自分も確かにいた。


「……ちょっと、嫌だけど」


 ぼそりと、正直な本音が漏れる。

 黒牙は顔を真っ赤にしながら、慌てて言葉を続ける。


「で、でも……その……ミュレアが、みんなに認められるのは……誇らしい、かな」


 視線をあちこち泳がせ、どうにか言葉を探す。

 不器用で、格好もつかない。

 それでも、嘘だけはつきたくなかった。


 ようやく絞り出したその一言は、黒牙らしい不器用な本音だった。


 言い切った瞬間、耳まで真っ赤になる。

 もうそれ以上何も言えず、黒牙は資料に視線を落とした。

 そんな彼を、ミュレアはしばらくじっと見ていた。


「そう」


 短く返す声は、いつも通り静かだった。

 そしてミュレアは、何事もなかったかのように再び視線を資料へと戻す。


 表情は相変わらず、氷のように整った無表情のままだ。


 けれど――その口元だけが、ほんのわずかに緩んでいた。

 ほんの少し、注意して見なければ見逃してしまいそうなほど、かすかな変化だった。

 だが、確かにそこには笑みがあった。


 黒牙とミュレアの間には、誰にも気づかれないほど小さくて、けれど確かな温度を持ったやり取りが交わされていた。


 こうして、少々――いや、かなり賑やかすぎる出だしとなった会議だったが、そこはさすがにクラウゼリアの中心を担う面々である。


 いざ「開催する」と決まってからは、話は驚くほど早くまとまっていった。


 誰が何を担当するのか。

 どこまでを催しとして整え、どこから先を線引きするのか。

 住人たちが安心して楽しめる形にするには、何が必要か。


 最初こそ雑談めいた空気もあったが、バニッシュが要点を一つずつ整理し始めると、会議は自然と“祭りの準備”らしい顔つきへと変わっていく。


「まず、開催告知だな」


 バニッシュが資料を見ながら口を開く。


「候補者一覧に載っている者だけでなく、他にも参加したい女性がいるなら受け付ける形にしたい。最初から決まった顔ぶれだけでやるより、その方が街全体の催しとして開かれてる感じが出る」


「そうですね」


 セレスティナが頷く。


「掲示板や張り紙を使えば、住人の皆さんにも広く伝わると思います」


「うん。せっかくなら明るくて見やすいものにしたいわね」


 リュシアもすでに気持ちを切り替えたのか、資料を見ながら前向きな声を返した。

 少し前よりも表情が柔らかくなっているのを見て、バニッシュは内心ほっとしつつ話を進める。


「よし。じゃあ、ビラや張り紙の作成はリュシアとセレスティナに頼みたい」


「わかりました」


「任せて!」


 二人は顔を見合わせ、同時に頷いた。

 並んだその姿はすでに、共同作業に向けた息の合い方を感じさせる。

 文字の整え方や文面の調整はセレスティナが得意だろうし、目を引く見せ方や勢いのある言葉選びはリュシアに向いている。

 なかなか良い組み合わせだった。


「次に、会場設営だ」


 バニッシュの視線が、会議卓の向こうへと向く。


「ステージ、観覧場所、屋台の配置、通路の確保……その辺りは全部まとめて建築組合に頼みたい。ザイロ、いけるか?」


 名を呼ばれたザイロは、相変わらず多くを語らない。

 だが、その大きな身体をわずかに動かし、黙って一つ頷いた。

 言葉少なでも、この場にいる誰もが知っている。

 こういう時のザイロは、頼んだ以上のものをきっちり形にしてくる男だと。


「屋台の骨組みも、崩れんように組んでやらんとな」


 グラドが横から渋い声で言う。


「人が集まるなら導線も大事だ。混みすぎて転倒でもあれば祭りどころじゃねぇ」


「その辺も含めて配置を考える」


 ザイロの短い返答に、バニッシュは「頼む」とだけ返した。


「屋台での出店希望については……」


 そこで今度は、ミュレアへと話が向く。


 ミスト・コネクションの支部は、もともと物流や情報、人の出入りの調整に長けている。

 出店希望者の取りまとめや、誰が何を売るかの調整は、まさに得意分野だろう。


「その辺は支部で取りまとめるのが早いな。ミュレア、できるか?」


「できる」


 ミュレアは無表情のまま即答した。


「出店内容が偏らないように整理しておきます。食べ物、雑貨、遊戯系……ある程度分類して、場所の希望も聞いておきましょう」


 ミュレアの後ろに控えるように立っていたタナトスが静かに答える。


「助かる」


 バニッシュは頷く。


「景品に関しては、グラドの工房に頼みたい」


 その問いには、今度はグラドが鼻を鳴らした。


「おう、任せとけ!」


 腕を組んだまま、いかにも当然だと言わんばかりの顔をしている。


「安っぽいもんじゃ締まらねぇ。祭りの記念にもなるようなもんを作ってやる。優勝者用だけじゃなく、参加賞みたいなもんも考えとくか」


「おお、それはありがたい」


 バニッシュが頷くと、グラドはにっと笑った。

 ぶっきらぼうだが、こういう時の頼もしさは群を抜いている。


「ルールや禁則事項については、ちゃんと整備しておきたい」


 バニッシュはそこで視線をフィリアへ向けた。


「公平性も必要だし、変な揉め事の火種は最初から潰しておきたい。参加者への無礼や迷惑行為も防がないといけないからな。そこはフィリアにまとめてもらえるか?」


 フィリアは資料を閉じ、すっと背筋を正した。


「任せろ」


 その声音はきっぱりとしていて、妙な貫禄がある。


「投票の公平性、観覧時の節度、出場者への接触制限、野次や中傷への対応、運営側の権限――必要な項目はすべて整理しておく」


「助かる」


 ツヅラが横からくすりと笑う。


「こういうとこだけは、ほんま頼りになるわぁ」


「“だけ”は余計だ」


「怒らんでもええやん」


 また火花が散りそうになる二人を、バニッシュは軽く手で制した。


「参加希望者の受付窓口については、ツヅラに頼みたい」


「ウチか」


 ツヅラは扇を口元に当てたまま、目だけで笑う。


「まあ、ええで。女同士の相談ごとやったら、こっちの方が話しやすい子もおるやろしな」


「ああ。参加で不安な奴もいるだろうから、その辺の空気も見てやってくれ」


「任しとき。きっちり綺麗に取りまとめたるわ」


 対人の間合いを測るうまさに関しては、ツヅラにかなう者は少ない。


「それから、当日の医療面だ」


 バニッシュの声が少しだけ真面目なものになる。


「祭りに怪我はつきものだ。会場設営中もそうだし、当日も人が集まれば何があるかわからない。ライラには医療品を揃えておいてほしい」


 名を呼ばれたライラは、さっきまでの照れた空気を少し引き締めるように姿勢を正した。


「うん、わかった」


 その瞳には、しっかりとした意志が宿っている。


「包帯、消毒薬、鎮痛用の薬草、応急処置に必要なものは一通りまとめておく。暑さや人混みで体調崩す人もいるかもしれないし、休憩用のスペースも考えておいた方がいいかも」


「その辺も含めて頼む」


「わかったわ」


 メイラが嬉しそうに娘を見る。

 ライラも、そんな母の視線に少し照れながら、それでも誇らしげに頷いた。


 こうして一つずつ、役割が定まっていく。


 告知とビラ作成はリュシアとセレスティナ。

 会場やステージ、屋台の設営はザイロ率いる建築組合。

 屋台出店者の希望取りまとめはミスト・コネクション支部、窓口はミュレア。

 景品制作はグラドの工房。

 ルールと禁則事項の整備はフィリア。

 参加希望女性の受付窓口はツヅラ。

 医療品と応急対応の備えはライラ。


 それぞれが自分の役割を把握し、どこで何を動かすべきかを頭に入れていく。


 バニッシュはそんな皆の様子を見渡し、静かに息を吐く。

 祭りは、少しずつ本当に形になっていく。


 リュシアはセレスティナと何やら張り紙の文面について相談し始め、ザイロはすでに頭の中で会場の骨組みを組み立てているように黙り込み、タナトスは出店枠の整理方法を考えているのか、資料の端に何かを書き込み始めた。

 グラドは景品案をぶつぶつ呟き、フィリアはすでに“禁止事項”の欄に何項目書けるかを思案している。

 ツヅラは「受付嬢は見栄えも大事やな」などと勝手なことを言い、ライラは必要な医療品の在庫を頭の中で数え始めていた。


 その様子を見ながら、バニッシュは思う。

 やるからには、きっと良いものにしたい。

 街が少しでも明るくなって、皆が笑って終われるような催しに、こうしてそれぞれが役割を手にし、開催に向けて動き出したその瞬間から、もうこの祭りはクラウゼリアの“春”の一部になり始めていた。

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