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【第二部】勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました〜紅蓮の涙《クリムゾン・ティア》〜  作者: まりあんぬさま
境界都市美姫選定戦編

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敗北を抱いたまま

 バニッシュ達はリュシアが目覚めるの待っていた。

 相当なダメージを受けていたらしく、エリクシルを飲ませても回復に時間がかかっていた。


 そして、リュシアはゆっくりと、意識が浮上する。


「……ここは……?」


 かすれた声で呟き、ぼやけた視界が鮮明になっていく。

 

「リュシア……!」


 心配そうに覗き込む顔が、いくつも重なった。

 セレスティナ、バニッシュ、黒牙、そして――イリヤ。

 その顔を認識した瞬間、リュシアの瞳が大きく見開かれる。


「……っ! アイツは……!?」


 反射的に身体を起こす。

 

「うっ……」


 ぐらりと視界が揺れる。

 頭に重たい鈍痛が走り、思わずこめかみを押さえる。


「無理をしないでください」


 セレスティナがそっと支える。


「大丈夫です……終わりました」


「終わった……?」


 リュシアは、ゆっくりと顔を上げる。

 その視界に飛び込んできたのは――赤黒く、異形に変質した森。

 かつての生命の息吹など、一切感じられない。  ただ、脈打つ肉塊のようなものが大地を覆い尽くしている。


「これって……」


 言葉が、続かない。

 理解はしているが――認めたくない現実。

 バニッシュが、静かに口を開く。


「ダンジョン攻略は失敗した。暴走によって……森が侵食されたんだ」


 リュシアの肩が、びくりと震えた。


「……私が、アイツに……負けたから……」


 視線が落ちる。

 拳を、ぎゅっと握りしめる。


「違います!」


 鋭く、セレスティナの声が響いた。


「リュシアの責任ではありません!」

 

「そうよ!」


 イリヤも、すぐに続く。


「それに、アナタは……私を必死に守ってくれたじゃない!」


 その言葉に、リュシアの瞳がわずかに揺れる。

 

「……それでも」


 納得できない。

 唇を噛み締める。

 自分がもっと強ければ、あの竜人族に勝てていれば――守れたはずだと。


「リュシア」


 その時、バニッシュが静かに呼びかけた。

 リュシアの前に歩み寄り――片膝をつく。


「確かに、俺たちは失敗した。妖精族の住処――リーヴェラを守れなかった」


 その言葉に、リュシアの拳がさらに強く握られる。

 

「それでも、彼らの命は、救えた」


 その一言に、リュシアの視線がわずかに上がる。


「失敗したことを、“仕方ない”とは言わない。悔しいし、足りなかったとも思う。それでも、これを糧に、前に進むんだ」


 多くの失敗と悔しさを経験し、それでも、誰かを救いたいと前に進み続ける。

 それが――バニッシュの在り方だった。

 リュシアは、何も言わない。

 ただ、唇を噛み締めたまま。

 その言葉を、胸の奥で反芻する。

 悔しさは消えない、自分の弱さも、認めざるを得ない。


 それでも――ゆっくりと小さくこくりと黙って、頷いた。




 転移の光が収まった瞬間――バニッシュたちは、無事にクラウゼリアへと帰還していた。

 セレスティナは、限界まで酷使した魔力をすべて使い切っていたため、一度エリクシルで回復し、そこから改めて転移魔法陣を展開したのだ。

 そのおかげで――妖精族たちも、誰一人欠けることなく、この地へと辿り着くことができた。

 

 妖精たちは、クラウゼリアの景色を目にした瞬間。


「わぁ……!」


「なにこれ! すごいすごい!」


「見て見て! こんな建物見たことない!」


 それまで不安げにしていた妖精たちが、一斉に散った。

 あちこちへと飛び回り、興味津々といった様子で街を見て回っている。

 建物の屋根、鍛冶場の煙、行き交う人々や異種族たち。

 すべてが――彼らにとって未知で、刺激的だった。

 不安よりも、好奇心が勝る。

 それが妖精族という存在だった。


「これ! 少しは落ち着かんか!」


 オルムが、杖を振り上げて怒鳴る。

 だが――誰一人として、聞いていない。

 小さな光が、ふわふわと四方へ散っていくばかりだ。


「はは……」


 バニッシュが、思わず笑みをこぼす。


「これから一緒に暮らす場所だ。好きに見てくれ」


 その言葉に、オルムはむむっと口をつぐんだ。


「じゃあ、俺はツヅラたちに戻ったことを伝えてくるよ」


 バニッシュが振り返る。


「お前たちはどうする?」


 その問いに、まず手を上げたのは黒牙だった。


「僕はミュレアの所に行くよ」


 残していったミュレアに少しでも早く会って、安心させてあげようという想いがあるのだろう。


「わかった」


 バニッシュは頷いた。

 

「私は妖精たちに街の案内をします」


 セレスティナが、柔らかく微笑む。


「リュシアもどうですか?」


 そっと視線をリュシアに向ける。

 

「私は……」


 リュシアは、わずかに言葉を詰まらせた。


「……少し疲れたから、先に休む」


 その声は、どこか沈んでいた。

 目を伏せたまま、ゆっくりと歩き出す。

 その背中には――まだ拭いきれない“敗北”の影が、重く残っていた。


「リュシア……」


 セレスティナが、心配そうにその背を見つめる。

 呼び止めようか、一瞬迷う。


「今は、そっとしておこう」


 バニッシュが、静かに言った。

 セレスティナの肩に、そっと手を置く。


「……はい」


 小さく頷く。

 リュシアの背中は、遠ざかっていく。

 その歩みは遅く、どこか重い。


 それを見届けてから、バニッシュは息を吐いた。


「さて……」


 視線を街へと向ける。

 新たに加わった妖精たち。

 そして、傷つきながらも帰ってきた仲間たち。

 クラウゼリアは、また一つ――大きく変わろうとしていた。




 バニッシュは自分の屋敷に戻り、静かに執務室の扉を押し開け、中へと入った。


 中ではすでに、二人の姿があった。

 執務机の前に腰掛け、淡々と書類に筆を走らせているツヅラ。

 そして、その傍らで帳簿や書類を整え、棚へと戻しているフィリア。

 

「なんや、戻ったんか」


 バニッシュが入って来たことに気づき、ツヅラが顔を上げ筆を止める。

 妖艶な笑みを浮かべ、扇で口元を隠しながら、じっとこちらを見つめてくる。


「ああ、二人とも、留守の間すまない」


「ええよ、別に」


 ツヅラは肩をすくめる。


「それで、どうだったのだ?」


 フィリアは無駄な言葉は挟まず、核心だけを問う。

 すでに紅茶の準備を終え、静かにカップを差し出していた。


「……ありがとう」


 バニッシュはそれを受け取り、執務机の椅子に腰を下ろす。

 ツヅラとフィリアは、応接ソファへと移動した。

 

 バニッシュは、ひと口――紅茶を含んだ。

 温かな香りが、わずかに張り詰めていた心をほどく。


 そして――静かに、語り始めた。

 

 妖精族の住処――リーヴェラにできたダンジョンでの事、出現していた魔物や魔獣、そして、最奥にて出会った英赫絆団(ブラッド・オース)のラギウスという竜人族、攻略に失敗し、迷宮侵食《ダンジョン・イロージョン》の暴走によって、すべてを飲み込んだ、あの異形の光景。

 最後に――住処を失った妖精たちを、このクラウゼリアへと連れてきたこと。

 

「……なるほどなぁ」


 話を聞き終えたツヅラが、ゆっくりと息を吐く。


「それで妖精らを連れて来たんか」


 扇の向こうで、目が細められる。


「となると、移住対応、住居確保、生活基盤の再調整が必要だな」

 

 フィリアは現実的な課題を並べていく。

 眼鏡を軽く押し上げ、その瞳にはすでに計画が浮かび始めていた。


「ああ。だが、彼らの住む家に関しては……小さなものでいい。だから、それほど大きな影響はないだろう」


「ふむ……確かに、物理的な資源消費は軽微だな」


 フィリアは顎に手を当てる。


 ふと、バニッシュの視線が落ちる。

 カップの中の紅茶を見つめたまま、動かなくなる。


 バニッシュの沈んだ様子に、ツヅラは扇をそっと下ろした。


「なんや……何かあったんか?」


 その声音は、先ほどまでの軽さを残しつつも、どこか柔らかい。

 

「……ああ」


 バニッシュは一瞬だけ視線を逸らし、言葉を選ぶように息を吐く。


「実は……リュシアがな……」


 一瞬、言い淀むが、隠すべきことではないと覚悟を決め、口を開いた。

 ダンジョン最深部での戦い。

 竜人族との圧倒的な力の差を前に、一人で挑み――敗れたこと。

 そして、それが原因で迷宮侵食《ダンジョン・イロージョン》が起きたのだと、リュシア自身が思い込んでいること。

 すべてを、包み隠さず語った。


「……今回、俺たちは死力を尽くした」


 拳が、机の上でわずかに強く握られる。


「その結果……失敗という形になってしまったが、それはリュシア一人の責任じゃないと話したんだが……」


 視線が、再び落ちる。

 彼女の沈んだ表情が、脳裏に焼きついて離れない。

 

「リュシアは魔族だ。そして、あの年齢にしては規格外の力を持っている……ゆえに、“負ける”という経験そのものが、初めてなのだろう」

 

 その言葉に、バニッシュの目がわずかに揺れる。


「せやなぁ」


 ツヅラが、ふっと息を吐く。

 扇をゆるりと揺らしながら、優しく微笑んだ。


「今はそっとしておくってのは、ええ判断やと思うで、あの娘は強い娘や、自分なりの答え、ちゃんと見つけるやろ」


 その言葉には、確かな信頼が込められていた。


「そうだな」


 フィリアも静かに頷く。


「今は……彼女を信じてやるのだ」


「……ああ」


 バニッシュは、小さく頷いた。

 胸の奥にあった重たいものが、少しだけ軽くなる。


「ありがとう」


 素直な言葉が、自然と口をついた。

 

「気にせんでええよ」


 ツヅラはくすりと笑い、肩をすくめる。

 フィリアも、特に何も言わず、ただ静かに紅茶を口にした。




 その夜――バニッシュの屋敷の一室は、静まり返っていた。

 灯りは落とされ、窓から差し込む月明かりだけが、淡く部屋を照らしている。


 ベッドの上でリュシアは、膝を抱えるようにして座っていた。

 背を丸め、肩を小さく震わせながら。

 ただ――じっと、自分の手を見つめている。


「……」


 細く、白い指。

 何も握っていないはずのその手に――確かに“何か”が残っている気がした。

 脳裏に蘇るのは、あのダンジョンでの戦い。

 竜人族との、圧倒的な差。

 全力で戦った。

 それでも――届かなかった。


「……っ」


 指先が、わずかに震える。

 思い出すのは敗北だけではない。


 それ以上に――あの瞬間、望んでしまったこと。

 体のの奥に眠るあの力、魔王モンプチから受け継いだ――崩壊と災厄の力。

 これまでも、暴走したことはあった。

 制御できず、溢れ出してしまった力。


 エルフェインでは――怒りによって。

 ルガンディアでは――ラグナによって引き出された。


 どれも、自分の意思ではなかった。


「……違う」


 かすれた声が、暗闇に溶ける。

 今回は違った。

 あの時、自分は――竜人族を倒すために、勝つために、自ら、その力に手を伸ばした。

 望んではいけないと分かっていたはずの力に。


「……っ」


 ぎゅっと、唇を噛み締める。

 鉄の味が、わずかに広がる。


 それでも――負けたくなかった、守りたかった、その想いが自分を、あの領域へと踏み込ませた。


「……私……」


 声にならない言葉。

 自分の弱さを、はっきりと自覚してしまったから。

 怖い、あの力が、そして――それを“望んでしまった自分”が。

 ゆっくりと、手を握りしめる。

 指先が白くなるほどに、強く。

 まるで――何かを押し込めるかのように。


「……」


 涙が、込み上げてくる。

 リュシアはそれを、必死に堪えた。

 ぎゅっと目を閉じる。

 そして――膝に顔を埋める。

 小さな身体が、かすかに震える。

 泣いてしまえば、楽になるかもしれない。

 だが――自分自身がそれを許せなかった。


 ただ静かに、夜は更けていく。

 少女は――その胸に抱えた葛藤と向き合いながら、一人、闇の中で耐え続けていた。

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