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【第二部】勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました〜紅蓮の涙《クリムゾン・ティア》〜  作者: まりあんぬさま
妖精迷宮《フェアリー・ラビリンス》編

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最強の一撃――深淵力封結界陣・解放《アビス・ドレイン・カージ・バースト》

 ラギウスが立ち去った後、バニッシュは急激に力が抜ける感覚に襲われた。

 ――ふっ、と張り詰めていた緊張の糸が、音もなく切れたようだった。


「……っ」


 バニッシュの膝が、崩れ落ち、ガクンと床に片膝をつく。

 全身の力が抜けていく。

 呼吸が荒く、胸の奥が焼けるように痛む。


(……終わった、のか……)


 ほんの一瞬、そう思った。

 だが――バニッシュは、歯を食いしばり、ふらつく身体を押し上げ、視線を巡らせる。


「黒牙……!」

 

 倒れたまま動かない黒牙に、バニッシュは足を引きずるようにして駆け寄った。


「大丈夫か? 黒牙!」


「……ん……」


 黒牙のまぶたが震え、ゆっくりと開く。


「……おじさん……?」


 焦点の合わない目が、バニッシュを捉える。


「よかった……」


 バニッシュは、ほっと息を吐いた。

 黒牙は、痛む身体を押さえながら起き上がる。


「ごめん……おじさん……僕……何も……できなくて……」


 悔しさと自責の念が、その言葉に滲んでいた。

 

「大丈夫だ。無事で良かった」


 バニッシュは、優しく微笑む。

  そして、手を差し伸べる。


「……うん」


 小さく頷き、握り返した。

 ぐっと力を込めて、引き上げられる。

 二人はそのまま、歩き出す。

 セレスティナと、リュシアの元に向かう。

 セレスティナは、崩れ落ちたリュシアをしっかりと抱き支えていた。

 

「リュシアは……?」


 バニッシュが、息を整えながら問う。

 セレスティナは、ゆっくりと頷いた。


「先ほど……エリクシルを飲ませましたので……大丈夫です」


「……そうか」


 バニッシュは、深く息を吐いた。

 張り詰めていたものが、わずかにほどける。

 胸の奥に溜まっていた不安が、少しだけ軽くなる。


 リュシアの呼吸が落ち着いてきたのを確認し、ようやく場にわずかな安堵が戻る。

 その空気を破るように、イリヤがぷくっと頬を膨らませた。


「それにしても、アイツ何なのよ!」


 小さな身体でぷんすかと腕を振り回す。


樹骸巨兵(トレント・レヴナント)なんかよりも、よっぽど化物じゃない!」


 先ほどの戦いを思い出したのか、肩を震わせながら声を上げる。

 だが、その表情には恐怖だけではなく――どこか悔しさも滲んでいた。


「ああ……」


 バニッシュは、ゆっくりと頷く。


「確か……英赫絆団(ブラッド・オース)とか言っていたな……」


「それって何なの?」


 黒牙が首を傾げる。


「……聞いたことがあります」


 静かに口を開いたのは、セレスティナだった。

 その一言に、全員の視線が彼女へと集まる。

 セレスティナは一度、記憶を辿るように瞳を伏せる。


「冒険者をしていた頃……当時所属していたパーティーの者たちが、よく話していました」


 そして、ゆっくりと顔を上げる。


「確か……冒険者ギルドが誇る、最強の四つのパーティー――その一つだったと思います」


 その場に、わずかな沈黙が落ちた。


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 イリヤが慌てて声を上げる。


「冒険者ギルドって味方なんじゃないの!? 何で襲ってきたのよ!?」


 最初にダンジョンの事を話した時、冒険者ギルドの事を聞かされていた為、イリヤは困惑したように問いかける。


「それは……分かりませんが……」


 セレスティナは、困ったように首を振る。


 バニッシュは、小さく息を吐いた。

 胸の奥に、わずかな違和感が残る。


(……あの男)


 ラギウス=ドラグニス――もし本当に冒険者ギルドに所属している者なら、何か目的があったはず。

 もし、目的が同じであれば話合えば、戦う必要はなかったかも知れない。

 だが――と色々と思考を巡らせる。


(……今は考えても仕方ないか)


 思考を振り払うように、軽く首を振る。

 そして、視線を前へと向けた。


「ここで考えていても仕方がない。とにかく、今は――迷宮核(ダンジョン・コア)を」


 広間の中央の巨大な台座の上に浮かぶ、紅い結晶。

 禍々しく脈打つそれを、見上げる。

 このすべての元凶。

 これを破壊、あるいは制圧するのが目的だった。


「そうね! これでダンジョンは攻略ね!」


 イリヤが小さな拳をぐっと握り、勢いよく腕を上げた。

 ――その時だった。


 グォォオオオオオオオッ!!


 地の底から響くような、雄叫び。

 広間全体が、びりびりと震える。


「――っ!?」


 全員の身体が、反射的に強張る。

 空気が、一瞬で張り詰めた。

 紅い迷宮核(ダンジョン・コア)が、ドクン、と大きく脈打つ。


「この声は……!」


 バニッシュの背筋に、冷たいものが走る。


「まさか……!」


 セレスティナの声が、わずかに震えた。


「ウソ!? ウソでしょ!? そんな……!!」


 イリヤは顔を青ざめさせ、小さな身体を強張らせる。


 次の瞬間――ミシ……ミシミシ……!


 広間へと続く一本道、その通路の天井が悲鳴を上げるように軋み始めた。

 嫌な予感が、全員の胸を貫く。


「来るぞ……!」


 バニッシュが叫ぶ。


 ――ドガァァァンッ!!


 轟音とともに、天井が崩落した。

 石と土煙が弾け飛び、その中から“それ”が姿を現す。

 樹木と岩石が混ざり合った、巨大な異形――樹骸巨兵(トレント・レヴナント)


「まだ、動けたのか……!」


 バニッシュの声に、驚愕が滲む。


「まさか……僕たちを追って……!」


 黒牙が息を呑む。


「どんだけしつこいのよコイツ!!」


 イリヤが悲鳴混じりに叫ぶ。

 

 両腕は、リュシアとバニッシュたちの猛攻によって、焼き落とされ、斬り落とされ失われている。

 それでもなお――ズ……ズズ……と、巨大な体躯を引きずりながら、地を這うように前進してくる。

 まるで、執念だけで動いているかのように。

 その虚ろな眼窩の奥に、なお消えぬ敵意が灯っていた。


「……っ!」


 セレスティナは、ぎゅっとリュシアを抱きしめる。

 まだ意識を取り戻していない彼女を庇うように、一歩も動けない。


「くそ……!」


 バニッシュは歯を食いしばり、剣を構えた。

 だが、その腕はわずかに震えている。

 体力も、魔力も――先ほどの戦いでほとんど使い果たしていた。

 胸の奥に残る鈍い痛み。

 呼吸をするたびに、焼けるような感覚が走る。


「はぁ……っ……」


 黒牙もまた、剣を構える。

 だが、その足取りは重く、闇の揺らめきも先ほどのような鋭さはない。

 

 それでも、二人は前に立つ。


「……来るぞ」


 バニッシュが低く呟く。


 ズ……ズズ……!


 樹骸巨兵(トレント・レヴナント)は、ゆっくりと距離を詰めてくる。

 その巨体が動くたび、地面が震え、瓦礫が跳ねる。

 両腕を失ってなお、圧倒的な質量と威圧感。

 それが、容赦なく迫ってくる。


(……まずいな)


 バニッシュは、内心で舌打ちする。

 この状態で、あれを相手にするのは――あまりにも分が悪い。

 連戦による消耗で全員が限界に近い。

 ならば――とバニッシュは最後の賭けに出る。


 ズズン――と、地を抉るような振動。

 這い寄る樹骸巨兵(トレント・レヴナント)の巨体が、目前に迫る。


「……っ!」


 黒牙は歯を食いしばり、一歩前へ出ようとした。

 

「待て、黒牙」


 だが、バニッシュの強く制する声。

 

「で、でも……!」


 黒牙は振り返る。

 その瞳には焦りと悔しさが滲んでいる。

 

「大丈夫だ」


 バニッシュは、ゆっくりと前に出る。


「コイツは――俺がやる」


 その言葉は、静かだったが、決して揺るがない確信が込められていた。


「……っ!?」


 黒牙は何も言えず、拳を握りしめる。

 バニッシュは一度、深く息を吐いた。

 肺に残る痛み、軋む身体、限界は、とっくに越えている。


 バニッシュは、ゆっくりと手をかざす。

 かつて展開した結界、その真価を今この瞬間に解き放つ。


 ――深淵力封結界陣アビス・ドレイン・カージ


 相手の“力”を吸収する結界。

 吸い上げた力は、ただ消えるのではない。

 内に蓄えられ、圧縮され――やがて一つの“奔流”となる。


 そして、それは――バニッシュの中で渦巻く、膨大な力。


 以前、吸収したカイルの力、そして、さっきの戦闘で吸収したラギウスの力。


「……ふぅー……」


 もう一度、息を吐く。

 震える腕を、強引に押さえ込む。

 制御しなければ、自分ごと吹き飛ぶ。


(これが……最後の切り札だ)


 視線の先には、樹骸巨兵(トレント・レヴナント)が、目前に迫る。

 その巨体が、押し潰すかの如く覆いかぶさる。


「――深淵力封結界陣・解放アビス・ドレイン・カージ・バースト!!」


 瞬間――轟ッッ!!


 内に溜め込んでいた力が、解き放たれる。

 黒き深淵と、荒れ狂う竜気が混ざり合った、歪な輝き。

 圧縮された力の奔流が、一閃となって放たれる。

 空間が裂ける。

 地面が抉れる。

 空気が、悲鳴を上げる。

 一直線に――樹骸巨兵(トレント・レヴナント)へと、突き刺さる。


 ――ズドォォォォンッ!!


 光が巨体を呑み込み、その一閃は、容赦なく貫いた。

 分厚い樹皮も、岩の装甲も、すべてを無意味とするかのように。

 一直線に――樹骸巨兵(トレント・レヴナント)の胴体を、貫通した。

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