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【第二部】勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました〜紅蓮の涙《クリムゾン・ティア》〜  作者: まりあんぬさま
妖精迷宮《フェアリー・ラビリンス》編

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30/33

負けない、その果てに――

 リュシアは荒い呼吸のまま、ゆっくりと腰へ手を伸ばした。

 指先が触れたのは、小さなガラス瓶――エメラルド色に輝く液体。

 オルムから受け取った完全回復薬。


「……っ」


 栓を引き抜き、そのまま一気に――飲み干す。

 喉を通った瞬間、全身に熱が駆け巡った。

 まるで内側から光が爆ぜるような感覚に、砕けた骨が、軋みながら繋がっていく。

 尽きかけていた魔力が、奔流となって満ちていく。


「はぁ……っ!」


 リュシアは腕で口元を拭った。

 ゆっくりと、右腕を握り込む。


「かっ!」


 竜人族が喉の奥で笑った。


「これだけの力の差を見せつけられて――まだ立ち上がるか」


 楽しげな声で、それはまるで、強い玩具を見つけた子供のように。


「当たり前でしょ」


 リュシアは口角を上げる。

 その笑みは、どこか挑発的で――そして、わずかに無理をしている。


「私は、アンタなんかに負けない」


 その瞳は、折れていなかった。


「かっ!言うじゃねぇか」


 竜人族の目が細まる。

 リュシアは、すでに次の魔力を練り上げていた。


「――煉獄爆炎衝インフェルノ・バースト!!」


 再び、紅蓮の爆炎が解き放たれる。

 轟音と共に、炎が竜人族を呑み込む。

 視界が、真紅に染まる。

 

「――今よ! イリヤ!! 行きなさい!!」


 リュシアの叫びが、爆炎の中に響いた。


「っ……!」


 イリヤは一瞬だけ振り返る。

 涙で滲む視界の中、リュシアの背中が見えた。

 イリヤは歯を食いしばり、羽ばたき、一直線に落ちてきた穴へと向かって飛び出す。


「無駄だってんだろ!!」


 爆炎の中から、竜人族の声が響いた。

 空気を吸い込み、その胸が大きく膨らむ。

 

「――ぶぅぅぅううっ!!」


 吐き出された息は、圧縮された衝撃の奔流のように爆風が、爆炎を打ち消した。

 紅蓮の炎が、吹き散らされる。

 

「ぐっ……!」


 リュシアは咄嗟に腕を顔の前に構え、爆風に耐える。

 足が床を削り、後ろへ押し戻される。


「かっ! あの小さい奴は逃げたのか?」


「追わせはしないわよ」


 リュシアは顔を上げ、睨みつける。


「追ったりはしねぇよ。俺は弱い奴には興味がねぇからな」


 竜人族は肩をすくめる。


「さて……」


 竜人族は、ゆっくりと首を鳴らした。

 ゴキリ、と鈍い音が響く。


「邪魔者もいなくなったし……さっきの回復薬で傷も治ったんだろ?」


 視線が、リュシアへと固定される。

 その問いに、リュシアは何も答えない。

 ただ、魔力を静かに巡らせる。

 

「そろそろ――本格的に、おっ始めようか」


 竜人族が、初めて“構えた”。

 足を開き、重心を落とす。

 両腕が、無駄のない位置に収まる。

 

 圧が、段違いに重くなる。

 リュシアの背筋に、冷たいものが走る。

 それでもリュシアは、笑った。


「……望むところよ」


 紅蓮の魔力が、再びその身に灯る。


「――煉獄爆華陣インフェルノ・ブルーム!!」


 リュシアの詠唱と同時に、竜人族の足元へ巨大な魔法陣が展開される。

 

 幾重にも重なった術式が回転し、地面から炎が噴き上がる。

 巨大な紅蓮の華が、竜人族を中心にして開花する。

 花弁のように広がる炎が、包み込み、焼き尽くす。

 リュシアの誇る最強級魔法の一つ。

 

竜震脚(りゅうしんきゃく)!」


 竜人族は、深く腰を落とした。

 

 ドォンッ!!


 踵が大地を打つ。

 衝撃が、地を奔り、石床が放射状に砕け、遅れて衝撃波が爆ぜる。

 その余波で、紅蓮の華は引き裂かれ、吹き飛ばされた。


「――っ!」


 リュシアの魔法が、崩壊する。

 だが、リュシアはすでに、次の魔法を完成させていた。


煉獄爆炎弾インフェルノ・バレット!!」


 極限まで圧縮された魔力は、太陽を思わせる巨大な炎の弾丸が、轟音とともに放たれる。

 直撃すれば、広範囲を焼き尽くす殲滅級の一撃。

 

竜閃手(りゅうせんしゅ)


 竜人族の腕が、振るわれた。

 手刀によるその一閃は鋭利な刃のように空間を断ち――


 ズバァッ!!


 火球は、十字に裂かれ四散した炎が、無秩序に爆ぜる。


「……くっ!」


 リュシアの息が詰まる。

 竜人族が地を蹴り、高速で一気に距離を詰めてくる。

 その圧に対し、リュシアは即座に符を叩きつけた。


「――転移!」


 セレスティナから貰っていた転移符。

 光が弾け、リュシアの姿がかき消える。

 次の瞬間、数メートル後方へと転移する。


「――爆炎翔衝エクスプロード・インフェルノ!!」


 間髪入れず、追撃を放つ。

 紅蓮の奔流が再び一直線に放たれる。

 

 だが――竜鱗回受。

 再び、爆炎はねじ曲げられ、弾き飛ばされる。


「はぁ……っ、はぁ……っ……」


 リュシアは肩で息をする。

 大魔法の連発による魔力の消耗は激しい。

 だが、その瞳はまだ死んでいない。

 竜人族は楽しげに笑う。


「かっ! 大技の連発とはやるじゃねぇか!」


 肩を鳴らしながら、言葉を続ける。


「なかなかの魔力だ。あの《《ババア》》よりやるんじゃねぇのか!?」


 嘲るようでいて、どこか本気で感心している声音。

 

「だが、バカの一つ覚えのような攻撃じゃ、俺は倒せねぇぜ!」


「はぁ……はぁ……」


 リュシアは呼吸を整えながらニヤリと、笑った。


「バカは……そっちよ」


「……何?」


 竜人族の目が細まる。

 その瞬間――気配に気づき竜人族は、ゆっくりと視線を巡らせた。

 

「……こいつは」


 広間の空間を埋め尽くすように――無数の小さな火球がいつの間にか、漂っていた。


「これなら……流石に防ぎきれないでしょ!! ――煉獄火球陣インフェルノ・サークル!!」


 リュシアが、ぐっと手を握ると同時に――空間を埋め尽くしていた火球が、一斉に動いた。

 四方八方、縦横無尽に不規則な軌道で、竜人族へと殺到する。


 竜人族は、静かに息を吐いた。

 そして、両足を踏みしめ、武術の型ををとる。

 全身が、一つの武へと収束する。


「かはぁ……」


 深く、息を吸い。

 そして、迫り来る火球を、竜人族は一つ残らず叩き落としていく。

 まるで舞うように、流れるように、無数の火球を一つ残らず落とし切る。


「う……ウソでしょ……」


 リュシアは、目を見開いたまま呟いた。

 無数の火球による全方位攻撃――そのすべてを叩き落とされた。

 リュシアはただ唖然とする。

 その視線の先で、竜人族の動きが変わった。

 まるで時間が引き延ばされたかのように、スローモーションのような動作。


「……何……?」


 リュシアが眉をひそめた、その瞬間、目の前にいた。

 緩急をつけてた動きにより、リュシアは反応すらできなかった。

 

「今度の一撃は――ちっとばかりキツいぜ」


 竜人族は静かに低く告げる。


 そして、衝掌打がリュシアの腹部へ、正確無比に叩き込まれる。

 その衝撃はなく、一瞬、世界が止まったかのような気さえした。

 何も起きていないようにすら思えた、その刹那――ドォンッ!! と衝撃が遅れて爆ぜた。


「――がはっ……!!」


 身体の内側を衝撃が突き抜ける。

 まるで体内で爆発が起きたかのような痛み。

 内臓が軋み、骨が震え、血が逆流する。

 口から、大量の血が溢れ、ボタボタと床へ落ちる。

 

 そのまま、ゆっくりと倒れた。

 

 竜人族は、何事もなかったかのように構えを解いた。


竜活気(りゅうかっき)――俺達、竜人族の種族特性(レイスキル)だ」


 拳を軽く握り、解く。


「体内の“気”を放ち、相手の内部に衝撃を貫通させる。これをくらったら……」


 ちらりと、倒れたリュシアを見る。


「流石に立ち上がれねぇだろ」


「……ぐ……」


 リュシアは、わずかに身体を震わせた。

 だが、声を発することができず、呼吸すらまともにできない。

 

「……終わりだな」


 竜人族は、興味を失ったように背を向けた。


「さて……俺もやることをやって……」


 ぶつぶつと呟きながら、遠ざかっていく。

 その背中が――やけに遠く感じた。


(……ま、け……たく……ない……)


 リュシアの意識が、沈んでいく中で、願うように叫ぶ。

 

(力が……欲しい……)


 イリヤと約束をした。

 絶対に負けないと、そして、ダンジョンを何とかすると、リュシアは薄れゆく意識で思い返す。

 

(アイツに……勝てるだけの力が……欲しい……!)


 その為に願うように叫ぶ。


 意識の奥で、脳裏に焼き付いた光景が浮かぶ。


 ――暗闇の中、闇に溶けるような玉座に、肘掛けに肘を預け、頬杖をつく、魔王モンプチ。

 リュシアの父であり、世界の脅威となる存在。

 ゆっくりと顔を上げ、その口元がニヤリと歪む。

 

 リュシアは、手を伸ばした。

 それは、自身の中に眠る魔王から受け継ぎし、崩壊と災厄の力。

 これまで何度もその力を解放しては、破壊し、壊してきた。

 力は徐々に増し、制御できず、何よりいずれ力に呑み込まれ、大切な場所も人も何もかもを壊してしまうのではないかと、恐れていた力。

 その力に頼りたくない、頼ってはいけないだが――それでも、リュシアは手を伸ばしてしまう。


 勝つ為に、その手で闇を掴んだ。


 ズドオォンッ――!!


 爆発のような轟音が、広間全体を揺るがした。

 空気が震え、空間が軋む。

 その中心で――倒れていたはずのリュシアの身体から、異質な魔力が噴き出した。

 

 それは、紅蓮とも闇とも違う。

 濁り、淀み、しかし圧倒的な密度を持つ――崩壊と厄災の力。

 魔力は柱となり、天井へと突き抜ける。

 床が軋み、壁が震え、結晶の光さえ揺らぐ。

 広間が、悲鳴を上げているかのようだった。


 背を向けていた竜人族が、即座に振り返る。



「な、何だこりゃぁ……!」


 その目に映ったのは立ち上がる、リュシア、いや、溢れ出る魔力によって浮いている。

 

 そして何より――さっきとは、明らかに違う。

 竜人族の全身に、ビリビリと圧が伝わる。

 肌を刺すような威圧、骨の芯にまで届く、異様な魔力の密度。

 

 俯いていたリュシアの顔が、ゆっくりと上がる。

 赤と琥珀のはずのそれは――黒紫の光を帯びていた。


 キッ、と竜人族を睨みつけた、その瞬間――


 ドンッ!!


 見えない衝撃が、空間を叩いた。


「っ――!?」


 竜人族の身体が、わずかに沈む。

 空気そのものが押し潰されるような圧力。


 リュシアの腕が、ゆっくりと持ち上がり、その手のひらが、竜人族へと向けられた。

 次の瞬間――黒紫の炎が、解き放たれた。

 崩壊の力を孕んだ爆炎。


「竜鱗回受――!!」


 バキィンッ!!


「なっ!?」


 受け流すはずの衝撃が、逆に自分を弾き飛ばす。

 黒紫の爆炎は、そのまま直進した。


 ズガァァァァァッ!!


 床を抉り、石壁がまるで炭のように崩れ落ちる。

 存在そのものを崩壊させ壊していく。

 黒く焼け焦げるのではない。

 存在そのものが、崩れていく。

 

 竜人族は、弾かれた腕へと視線を落とした。

 ビリビリと――骨の奥にまで残る衝撃。

 それを確かめるように、ぐっと拳を握り込む。


「……くっくくく……」


 喉の奥で笑いが漏れる。


「はーははははっ!!」


 甲高い笑いが、広間に響き渡った。


「いいじゃねぇか!!」


 その顔は歓喜に歪んでいる。


「まさか、これだけの力を隠し持ってたとはな!」


 口角が吊り上がる。

 竜人族は、再び構えをとった。

 

「負けない……」


 リュシアは独り言のように呟き、黒紫の魔力が、さらに濃くなる。


「私は……負けない!!」


 両手を掲げ、そこへ溢れ出る崩壊と厄災の力が収束していく。

 紅蓮の魔力と、黒紫の力が混ざり合う。

 

「――崩滅爆炎翔衝カタストロフ・インフェルノ!!」


 放たれたそれは、もはや炎ではなかった。

 紅蓮の中に、黒紫が絡みつき、触れた空間そのものを崩壊させながら、奔流が一直線に突き進む。

 

「見せてやる!! ――竜人族の武術、その奥義の一つを!!」


 竜人族は体内に巡る竜活気を爆ぜさせる。

 そのすべてを圧縮し、右腕へと収束させる。

 凝縮された気が、熱を帯びた光となって腕を包む。

 

「天鱗武闘奥義――竜旋破衝(りゅうせんはしょう)!!」


 踏み込みと同時に床が砕け、放たれた拳から螺旋の衝撃が放出される。


 ――ドゴォォォォォンッ!!


 黒紫の奔流と、竜の螺旋がぶつかる。

 空間が悲鳴を上げる。

 互いに押し合い、削り合う。

 広間全体が揺れる。

 天井の結晶が砕け、光が乱れる。


「ぐ……ぐく……!」


 竜人族の足が、わずかに沈む。

 

「ずぅぇやあぁぁぁぁ!!」


 咆哮と共に、筋肉が膨れ上がる。

 竜活気が爆発的に増幅し、螺旋がさらに加速する。

 

 ――バキィィンッ!!

 

 黒紫の奔流が弾かれ、螺旋がそれを飲み込みながら突き進む。


「――っ!?」


 リュシアの瞳が見開かれる。

 螺旋の拳が、腹部へと叩き込まれた。


「――がっ……!!」


 身体がくの字に折れ、内部から衝撃が突き抜ける。

 そのまま壁へと吹き飛ばされ、叩きつけられるように激突する。


 ズガァァァァッ!!


 その衝撃で壁が螺旋状に抉られる。

 石が砕け、粉塵が舞う。

 その中心で――リュシアの身体が、崩れ落ちた。

 口から血が溢れ、白目がわずかに剥く。

 

 静寂が、広間を包む。

 竜人族は、ゆっくりと拳を下ろした。

 荒い息を一つ吐く。

 だが、その表情には――満足と、わずかな名残惜しさが浮かんでいた。

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