表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第二部】勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました〜紅蓮の涙《クリムゾン・ティア》〜  作者: まりあんぬさま
妖精迷宮《フェアリー・ラビリンス》編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/33

紅蓮の覚悟、ただ一人の足止め

「……なんだぁ? テメーは?」


 低く、抑えた声。

 だが――その一言が発せられた瞬間、空気が震えた。

 ビリビリと、肌を刺すような圧力。

 ただ声を出しただけだというのに、その場の空間そのものが押し潰されるかのような重圧が広がる。

 イリヤが小さく息を呑む。


「……っ」


 リュシアは歯を食いしばった。

 この程度で怯むわけにはいかない。

 リュシアは一歩踏み込み、その圧に抗うように睨み返す。


「アンタこそ何者なの? まさか……アンタが、それを使って妖精たちの地にダンジョンを作ったの?」


 問いと同時に、リュシアの視線が背後の迷宮核(ダンジョン・コア)へと一瞬向けられる。

 竜人族もまた、その視線を追うように――ちらりと紅い結晶を見上げた。


 そして、くっと口元を歪める。


「……もし、そうだったらどうする気だよ?」


 その声音は、明らかに試している。

 挑発、あるいは――値踏みでもしているかのように、笑いながらリュシアを見下ろす。

 リュシアは一切迷わなかった。


「だったら――アンタを倒すだけよ!」


 魔力が練り上がる。

 紅蓮の気配が、空気を焼くように揺らぐ。


 その言葉に、一瞬の静寂。


「くっ……かはははは!!」


 竜人族は、腹の底から笑い声を上げた。


「俺を倒す? お前がか?」


 その目が細められる。

 嘲りではない、むしろ――期待に近い何か。


「何よ!」


 イリヤがリュシアの胸元から顔を出し、叫ぶ。


「リュシアの魔法でアンタなんか消し炭なんだから!」


 だが、その声はどこか震えていた。

 強がりだと、自分でも分かっているのだろう。


「くっくくく……」


 竜人族は肩を揺らす。


「いいぜ、丁度、暇してた所だ」


 ゆっくりと、構えるでもなく、ただ一歩前に出る。


「相手してやるよ」


 ギンッ――!

 

 竜人族の眼光が、鋭く光った。

 まるで刃のように、その視線がリュシアを射抜く。


「っ……!」


 ゾワッ――と、背筋が粟立つ。

 リュシアの全身を、得体の知れない悪寒が駆け抜けた。

 今まで感じたことのない感覚。

 力の差――それを、身体が本能的に理解してしまったかのような圧倒的な“格”の違い。

 呼吸が、わずかに乱れる。


(……舐めんじゃないわよ!)


 リュシアは唇を噛み、魔力をさらに練り上げる。

 

「ひゃっ!」


 一方でイリヤは、小さく悲鳴を上げると、すっぽりとリュシアの胸元へと頭を引っ込めた。

 

 この場に立つだけで分かる。

 目の前の存在は――“ただの敵”ではない。

 竜人族は、ゆっくりと首を傾ける。

 まるで獲物を前にした獣のように。

 その口元に、獰猛な笑みが浮かぶ。


「おら、かかって来てみな」


 竜人族は、構えもない、魔力の練り上げもない、ズボンのポケットに手を突っ込んだまま、無造作に立っているだけ。

 ――それなのに。


(隙が……ない)


 リュシアは歯を食いしばった。

 頬を、一筋の冷や汗が伝う。

 

「くっ……!」


 リュシアはその恐怖を振り払うように、さらに魔力を練り上げた。

 紅蓮の魔力が、彼女の周囲で荒れ狂う。

 熱が、空気を歪める。


「――煉獄爆炎衝インフェルノ・バースト!!」


 叫びと同時に、両手を突き出す。

 瞬間、紅蓮の業火が奔流となって解き放たれた。

 燃え盛る炎が、一直線に竜人族を呑み込む。

 広間の空気が一瞬で灼き尽くされ、視界が真紅に染まる。


 その一撃は、これまで幾多の敵を消し炭にしてきたリュシアの主力魔法だった。


「やった……! ザマァ見なさいよ!」


 イリヤが思わず顔を出し、拳を突き上げる。


 勝利を確信した、その瞬間――燃え盛る炎が、ぐにゃりと歪む。

 まるで何かに“巻き込まれた”かのように、炎の流れが一点へと収束し始めた。


 リュシアの瞳が見開かれる。


 炎が巻き渦を描き、そして――バァンッ!!


 内側から弾き飛ばされた。

 紅蓮の業火が四散し、広間の壁へと叩きつけられる。

 その中心に――竜人族は、立っていた。

 

「な……!?」


 リュシアは一歩、後ずさる。

 

「ど、どういう事……?」


 イリヤも再び胸元へ潜り込み、顔半分だけを出して震える声で呟く。


「まさか……結界……!?」


 リュシアの声にも動揺が混じる。

 

「かっ!」


 竜人族は鼻で笑った。


「魔法なんぞに頼ったりはしねぇよ」


 肩を軽く回しながら答える。


「――竜鱗回受(りゅうりんかいじゅ)


 その言葉とともに、彼の鱗がわずかに軋むような音を立てた。


「竜人族の使う武術の一つだ」


「武術……?」


 リュシアが呆然と呟く。


「そうだ。俺達、竜人族は硬い鱗と強靭な肉体を生まれ持つ、故に――」


 拳を軽く握る。

 筋肉が軋み、鱗が微かに鳴る。


「武器や魔法なんぞの洒落せぇもんじゃなく、己自身を極限まで鍛える」


 その言葉には、絶対的な自負が込められていた。


「つまり――この肉体そのものが、武器であり、鎧でもあるんだよ」


 ゆっくりと顔を上げ、リュシアを見下ろす。

 鋭い瞳が、獲物を捉える。


「ようは筋肉バカってことでしょ!」


 リュシアは吐き捨てるように言った。

 

「かっ」


 竜人族は、何も言い返さない。

 ただ鼻で笑っただけだった。

 その反応が、余計に癇に障る。


「武術だか何だか知らないけど――」


 リュシアの魔力が再び膨れ上がる。


「防ぐのにも限度ってものがあるでしょ!!」


 紅蓮の魔力が爆ぜる。

 空間が歪むほどの熱量。

 リュシアの中で渦巻く怒りと焦燥が、そのまま力へと変換される。


「――爆炎翔衝エクスプロード・インフェルノ!!」


 放たれた瞬間。

 爆炎は一直線に、まるで巨大な槍のように。

 紅蓮の光が空間を焼き裂きながら、竜人族へと突き進む。

 

 だが――竜人族は、動じなかった。

 向かってくる炎を見据えたまま、ゆっくりと足を踏み出す。

 そして、腕を振り、身体を捻り、尾がしならせ、全身を使って、回転する。

 まるで水流を受け流すかのように、爆炎の流れへと自ら飛び込み、巻き込み、絡め取る。

 そのまま、流れそのものを“操る”。

 炎が歪み、竜人族の動きに合わせてねじ曲がる。

 

「ただの筋肉じゃねぇ」


 低く、言い放つ。

 

 ドンッ!!

 爆炎が弾き飛ばされた。

 四散し、壁や床へと叩きつけられ、消える。


「なっ……!」


 リュシアの目が見開かれる。

 再び、通じない。

 いや、それどころか完全に“いなされた”。


「くっ……!」


 歯を食いしばり、再び魔力を練り上げようとする。

 だが――視界から、竜人族の姿が消えた。


「――え?」


 次の瞬間には――目の前に、いた。

 まるで空間を跳躍したかのように、竜人族はリュシアの目前に立っていた。

 

「研ぎ澄まし――鍛えてある」


「――っ!!」


 リュシアが反応するより早く拳が、放たれる。


 ――ドォンッ!!


 その一撃は空気を裂き、衝撃波を伴ってリュシアへと叩き込まれた。


「がっ……!!」


 身体が弾ける。

 後方へ、一直線に吹き飛ばされる。

 

 ズドォォンッ!!


 石壁に叩きつけられ、衝撃が全身を貫く。

 肺の空気が強制的に吐き出される。


「かはっ……!」


 口から血が溢れた。

 骨が軋み、内臓が揺れ、視界が揺らぎ、そのまま壁際に崩れ落ちた。


「リュシア!!」


 イリヤが悲鳴のような声を上げ、胸元から飛び出した。

 小さな身体で必死に宙を舞い、壁際に崩れ落ちたリュシアの元へと駆け寄る。


 あの一撃の瞬間、リュシアが咄嗟に身体を捻り、イリヤを庇ったのだ。

 その代償は、あまりにも大きかった。


「っ……!」


 リュシアの右腕が、不自然な方向に曲がっている。

 骨が悲鳴を上げるように歪み、わずかに震えている。


「大……丈夫……よ……」


 それでもリュシアは、苦しげに言葉を絞り出す。

 左手で床を押し、なんとか身体を起こす。

 だが、その動き一つ一つに激痛が走るのか、顔は歪み、呼吸は荒い。


「でも……リュシア、腕が……!」


 イリヤは今にも泣き出しそうな顔で叫ぶ。

 リュシアは何も答えず、折れた腕を押さえながら必死に呼吸を整えた。


 リュシアはゆっくりと顔を上げる。

 視界の端で、竜人族がこちらを見下ろしているのが見えた。

 リュシアは唇を噛む。

 そして、小さくイリヤを呼んだ。


「……イリヤ」


「な、なに……?」


 イリヤが震える声で答える。

 

「アンタなら……私たちが落ちてきた穴に、のぼって行けるんじゃない……?」


「え……?」


 イリヤが一瞬きょとんとする。


「まあ……行けるとは思うけど……でも、どうして……?」


 その問いに、リュシアは短く息を吐いた。

 痛みで声が震える。

 

「いい……私の話を、よく聞いて……今から……アイツの気を、私が逸らす……」


 竜人族へと視線を向ける。

 

「アンタは、その間に……あの穴をのぼって……」


 一瞬、言葉が詰まるが、リュシアは歯を食いしばって続けた。


「バニッシュたちに、この事を伝えてちょうだい……」


「――っ!?」


 イリヤの瞳が大きく見開かれる。


「それって……! そしたら……リュシアは……!?」


「私は――……あの穴は、登れない。それに……」


 視線を竜人族へ戻す。

 静かに佇む、圧倒的な存在。


「アイツを抑える役が、必要なの……」


 イリヤの顔が、ぐしゃりと歪む。


「い、イヤよ!! リュシアを置いて行くなんて……!!」


 涙がこぼしながら小さな手で、リュシアの服を掴む。


「いいから行きなさい!!」


 リュシアが声を張り上げた。

 その一喝に、イリヤの身体がびくっと跳ねる。


「ここで二人ともやられるわけにはいかないでしょ!!」


 強い声でいうが、その奥には焦りと恐怖が混じっていた。


「でも……でも……!」


 イリヤは首を振る。

 涙が止まらない。

 それでもリュシアは、ふっと表情を緩めた。

 苦しさの中で、それでも優しく。


「……大丈夫。私は、絶対に負けないから……」


 その言葉に、どれほどの覚悟が込められているのか。

 イリヤには分かった。

 分かってしまった。

 だからこそ、胸が締めつけられる。


 リュシアはゆっくりと立ち上がる。

 左手だけで身体を支えながら。

 折れた右腕は力なく垂れ下がったまま、目の前の敵へと、向き直る。


「いい……? チャンスは、一度だけだから……」


 その背中は、小さくはなかった。

 傷つき、満身創痍でありながら――決して折れてはいない。

 イリヤは、唇を強く噛んだ。

 そして、涙を拭うこともせず、ぎゅっと拳を握りしめる。

 リュシアの覚悟に、応えるために、小さな妖精は――震える羽を、ゆっくりと広げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ