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【第二部】勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました〜紅蓮の涙《クリムゾン・ティア》〜  作者: まりあんぬさま
妖精迷宮《フェアリー・ラビリンス》編

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ダンジョン最奥、竜人族現る

「……シア……リュシア……! リュシア……!」


 不安げに震える声が、意識の底を揺らした。

 重たい闇の中をゆっくりと浮かび上がるように、リュシアは瞼を開ける。


「……ん……」


 最初に目に飛び込んできたのは、涙目になりながら自分の顔を覗き込んでいるイリヤの姿だった。

 小さな肩を震わせ、今にも泣き出しそうな顔をしている。


「良かった……!」


 リュシアが目を開けた瞬間、イリヤはぱっと顔を明るくした。


「生き返った……!」


「死んじゃいないわよ……」


 リュシアは頭を押さえながら、半ば呆れたように言い返す。

 どうやら落下の衝撃で気を失っていたらしい。

 身体を起こすと、ずきりと頭の奥が痛んだ。

 視界がわずかに揺れ、こめかみの辺りがじんじんと熱を持っている。


「っ……」


 額へ手を当て、リュシアは小さく眉をしかめた。

 頭がくらくらする。

 だが、動けないほどではない。

 ゆっくりと呼吸を整えながら、リュシアは顔を上げた。


「ここは……?」


 まず頭上を見るとそこには、ぽっかりと開いた穴が見えていた。

 自分たちが落ちてきた場所だろう。

 だが、その高さは想像以上で、上から差し込む光すら見えないほど遠い。

 あそこから戻るのは、とても簡単にはいきそうにない。


 続いて周囲へと目を向ける。

 幸い、真っ暗ではなかった。

 イリヤが、ピカリ苔があちこちに撒かれており、淡い緑の光が辺りを照らしている。

 おかげで、十分に周囲を見渡せる程度の明るさは確保されていた。


「イリヤ、アンタこれ……」


「わ、私だって何もしてなかったわけじゃないわよ!」


 リュシアが言い切る前に、イリヤが胸を張る。

 だがその声はまだ少し震えていて、さっきまで本気で不安だったのだと分かった。


「……そう」


 リュシアは短く頷く。

 そして改めて、今いる空間を見渡した。

 そこで、はっきりと違和感に気づく。

 この階層――いや、この場所だけは、これまでのダンジョンとはまるで造りが違っていた。


 上の階では、壁は自然の岩肌が剥き出しで、木の根や苔が絡みつくような、どこか“生きた森”に近い雰囲気だった。

 だが、ここは違う。

 壁面は滑らかで、無骨ながらも整然としている。

 まるで人の手で切り出し、積み上げ、作られた建造物の内部のようだった。

 石の継ぎ目すら均一で、自然洞窟特有の荒々しさがほとんどない。


「……どういう事? ここだけ、妙に人工的じゃない」

 リュシアは思わず呟く。

 その声に、イリヤも辺りをきょろきょろと見回した。


「ほんとだわ……」


 さっきまでリュシアが起きるかどうかで頭がいっぱいだったのか、今になって初めて気づいたように目を丸くする。


「上とは全然違う……」


 足元の床もまた、しっかりと均された石造りだ。


 リュシアはその不自然なほど整えられた場所に、背筋に薄い寒気を覚えた。

 ただ落ちた先が下の階層、というだけではない。

 

「バニッシュたちは……」


 リュシアがぽつりと呟く。

 上で穴が閉じた以上、すぐには追ってこられないだろう。

 つまり今、自分たちだけで動くしかない。

 イリヤも、その事実を理解したのか、唇をきゅっと結ぶ。


「……大丈夫よね」


 不安を押し隠すように言う。


「私たちのこと、追いかけてくるわよね?」


「当たり前でしょ」


 リュシアは即答した。

 

「だから、それまでにこっちも状況を把握するわよ」


 そう言って、ゆっくりと立ち上がる。

 まだ少し痛む頭を押さえながらリュシアは先に進もうとする。

 

「歩ける?」


「ええ、大丈夫よ」


 心配そうな声でリュシアを見るイリヤに、心配かけまいとリュシアは微笑む。

 

 リュシアは一度だけ深呼吸をし、改めて前を見た。

 ピカリ苔の淡い光に照らされて、奥へと続く通路が一本、静かに伸びている。

 そこは上の階層のような迷宮めいた入り組んだ道ではなく、一本の道としてまっすぐに見えた。

 

「……行くわよ、イリヤ」


「う、うん!」


 リュシアは頭の痛みを押さえながら、一歩を踏み出す。

 その足音が、硬い石壁に小さく反響した。

 上では、仲間たちがきっと自分たちを探している。

 ならば、自分たちも止まってはいられない。

 不穏な静けさに満ちたその階層で――リュシアとイリヤは、二人きりで奥へと進み始めた。


 リュシアとイリヤは、警戒を強めながら通路を進んでいった。

 先ほどまでいた階層とは、空気そのものが違う。

 重く、静かで、どこか息を潜めたような圧がある。

 足音が、やけに大きく響いた。

 硬質な石床に靴裏が触れるたび、乾いた反響が細く長く伸びていく。

 やがて、通路の先に淡い光が見え始める。

 ピカリ苔の緑光とは明らかに違う、もっと透き通った、冷たく神秘的な輝きだった。


「……何、あの光」


 イリヤが小さく呟く。

 リュシアは答えず、ただ歩調を緩めた。

 そして二人は、通路の先で再びひらけた空間へと足を踏み入れる。


「――っ」


 思わず、リュシアは息を呑んだ。

 そこは先ほどの樹骸巨兵(トレント・レヴナント)がいた戦闘用の広間とは、まるで意味合いが違う。


 天井一面に、大小さまざまな結晶がびっしりと群生している。

 それらが内側から淡い光を放ち、広間全体を昼のように明るく照らしていた。

 青白く、透き通るような輝き。

 それは人工の灯火ではなく、この場所そのものが発光しているような不思議な明るさだった。


 そして、その光に照らされた広間の中央には――巨大な台座があった。

 古代の祭壇を思わせるような、重厚で異様な存在感を放つ石造の台座。


 その上に、まるで宙へ浮かぶようにして、一つの巨大な結晶が存在していた。

 血のように濃く紅い、炎のように揺らぎ、内側に何か生きた脈動を抱えているかのような――巨大な紅いクリスタル。


 その表面には、脈打つように鈍い光が走っている。

 リュシアもイリヤも、一瞬だけ言葉を失った。

 あまりにも異質で、あまりにも美しかったからだ。

 このダンジョン全体の中心。

 すべての歪みと魔力が集約された、核のような、そう直感できるだけの威圧感が、その結晶にはあった。


「……もしかして……これが、迷宮核(ダンジョン・コア)……?」


 リュシアが、呟くように言う。

 妖精族の聖域を侵し、森を蝕み、魔物を生み出していた元凶――迷宮核(ダンジョン・コア)


「じゃあ! アレをどうにかしたらいいのね!」


 イリヤはそう言って、そのまま迷宮核へ向かって飛び出そうとする。


「待って!! イリヤ!」


 リュシアが咄嗟にイリヤを引き止める。


「え?」


 引き止められたイリヤが振り返る。


「な、何よ!?」


 リュシアは答えず、紅いクリスタルの台座周辺を睨みつけていた。

 その瞳は細められ、全身がわずかに強張っている。


「……誰かいる」


 低く、警戒を含んだ声。


「え? なに? なに……?」


 イリヤは戸惑いながら、リュシアの視線を追った。

 紅い迷宮核の輝きに照らされて、そこに立つ“人影”。

 静かに、ただ結晶を見上げている。


「何あれ!? まさか……敵……?」


 声を潜めながらも、イリヤの声にははっきりとした不安が滲んでいた。


「わからないわ」


 リュシアは短く答える。

 だが、その瞳は決して逸らさない。

 

「でも――ここでジッとしてても意味ないし、行くわよ」


「ちょ、ちょっと……待ってよ……!」


 イリヤは慌ててリュシアの胸元へと潜り込む。

 布の隙間から、ひょこっと顔だけを出し、外を覗くようにしてしがみついた。

 その様子に、普段の強気な態度はどこへやら、明らかな警戒と怯えが見える。

 リュシアはそんなイリヤを一瞥するが、何も言わずに歩を進める。


 足音が、広間に小さく響いた。

 その音すら、やけに大きく感じるほどの静寂。

 やがて、迷宮核の台座のすぐ近くまで来る。

 リュシアは、そこで足を止める。

 魔力を指先に集めたまま、低く声をかけた。


「……アンタ、誰? ここで何してるの?」


 その問いに応えるように――人影が、ゆっくりと振り返った。


「……!」


 イリヤが息を呑む。


 全身は、硬質な鱗に覆われている。

 光を受けて鈍く輝くその鱗は、まるで岩のような重厚さを持っていた。

 顔立ちはトカゲ――いや、ドラゴンのように、その眼差しには確かな知性が宿っている。

 

 ――竜人族。


 胴には、動きやすさを重視した簡素な装束――まるで武道家のような、胴着にも似た衣服を纏っている。

 その佇まいは静かだが、内側に秘めた力は明らかに異質だった。

 ただそこに立っているだけで、空気が重くなるような感覚。

 リュシアは無意識に、息を詰めていた。


(……強い)


 直感が告げる。

 目の前の存在は、これまで出会ってきた魔物とは明らかに格が違うことだけはわかった。

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