ダンジョン・ギミック
紅蓮と紺碧の華が咲き乱れた後、広間にはしばし何も見えなかった。
爆炎が焼き、爆氷が砕き、その余波で巻き上がった煙と霜が視界を覆い尽くしていたのだ。
やがて――ゆっくりと、爆煙が晴れていく。
その向こうに見えたのは、もはや巨兵とは呼べぬほど傷ついた樹骸巨兵の姿だった。
全身のあちこちが焦げ付き、別の箇所は白く凍りついている。
木と岩の複合した身体は、熱と冷気の激突に耐えきれず、内部からひび割れていた。
ギギギ……バキバキ……
不気味な音を立てながら、その巨体がゆっくりと傾いていく。
まず片膝が折れた。
次に胴が沈み、最後には全身が崩れるようにして地に伏した。
ドォン……と、重たい音が広間に響く。
「……っ」
バニッシュは、加速陣を解いた。
白銀の光が静かに消えていく。
黒牙もまた、身体に纏っていた闇を解き放つように息を吐き、魔纏憑鬼を解除した。
全員が肩で息をしている。
「はぁ……」
「はぁ……はぁ……」
リュシアも、セレスティナも、黒牙も、誰もが限界近くまで力を振り絞った後の、重たい呼吸を繰り返していた。
それでも、動かなくなった樹骸巨兵を見上げるその瞳には、確かな達成感が宿っている。
「やっ……」
リュシアが、勝利の声を上げようとした――その時。
「やったーーー!!」
それよりも早く、イリヤがリュシアの胸元から勢いよく飛び出した。
ぴょんっと空中に飛び上がり、くるくると回りながら歓喜の声をあげる。
「ホントすごいわ! こんな化物を倒しちゃうなんて!」
興奮そのもの、といった様子で飛び回るイリヤ。
その姿に、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。
「はは……」
バニッシュは苦笑する。
「その分、消耗したけどな」
「そうですね……」
セレスティナも同意し、額の汗を拭った。
「でもでも!」
イリヤは、ぱたぱたと羽を動かしながら言う。
「コイツは絶対このダンジョンのボスよ!」
倒れ伏した巨兵を指差し、胸を張る。
「コイツを倒したんだから、もう攻略したも同然じゃない!」
「そうね……」
リュシアが、ようやく息を整えながら肩を落とす。
「こんな奴と、そう何度も戦いたくないわ」
「じゃあ!」
イリヤは、くるりと振り返り、広間の向こうに見える階段を指差す。
「きっとあの下が、迷宮核のある場所じゃない!?」
そのまま、飛び出すように前へ進む。
「さっさと行きましょう!」
「あ! ちょっと待ちなさいよ!」
リュシアが慌てて後を追う。
先ほどまで死闘を繰り広げていたとは思えない勢いだった。
そんな二人の後ろ姿を見て、バニッシュたちはやれやれと笑う。
セレスティナも苦笑し、黒牙も少しだけ肩の力を抜いていた。
バニッシュたちも、その後を追うように歩き出す。
リュシアとイリヤが階段の手前まで来た瞬間――ガシャンッ!!
リュシアの足元で、突然大きな音が響いた。
「え――!?」
床が、割れる。
いや――最初から仕掛けられていた穴が、今この瞬間に口を開いたのだ。
リュシアと、そのすぐ傍を飛んでいたイリヤの身体も吸い込まれるように、一気に沈む。
「リュシア!!」
「イリヤ!!」
突然のことにバニッシュとセレスティナは二人の名前を叫ぶが、それより早く、彼女たちの姿は暗い穴の中へと吸い込まれた。
バニッシュたちは反射的に駆け出す。
「くそっ!」
穴はまるで生き物の口が閉じるように、ガゴンッと鈍い音を立てて元の床へと戻ってしまった。
「え……」
黒牙が息を呑む。
さっきまで確かに空いていたはずの裂け目は、もうどこにもない。
床は何事もなかったかのように閉じられ、ただ冷たい石の面が広がっているだけだ。
「そんな……!」
セレスティナが青ざめた顔で立ち尽くす。
バニッシュはすぐに床へ膝をつき、手を当てた。
ただ一つ分かるのは――このダンジョンが、まだ終わっていなかったということだけだった。
樹骸巨兵を倒したことで全員の気が緩んでいたのだ。
その気の緩みに迷宮は、さらに深い牙を剥いた。
「これは……」
セレスティナが、青ざめた顔のままぽつりと呟く。
つい先ほどまで確かにあった穴は、もう跡形もない。
冷たい石床だけがそこにあり、まるで最初から何も起きていなかったかのようだった。
バニッシュは床に手を当てたまま、低く唸るように言う。
「おそらくは……ダンジョン・ギミックだ……!」
「ダンジョン・ギミック……?」
黒牙が不安げに聞き返す。
バニッシュは立ち上がりながら答えた。
「ダンジョンには、仕掛けや罠が生成されることがあるらしい……」
その声には、焦りが滲んでいた。
“らしい”という曖昧な知識しか持たないことが、今は歯がゆい。
「じ、じゃあ……二人は……」
黒牙の喉が震える。
リュシアとイリヤ、あの一瞬で穴へと呑み込まれた二人が、今どこにいるのか、どうなっているのか。
考えれば考えるほど、嫌な想像ばかりが膨らむ。
「わからん。とにかく、俺たちも下に向かおう!」
バニッシュは、すぐに2人を探そうとする
「だ、ダメだよ、おじさん!」
黒牙が慌てて叫ぶ。
「階段が塞がってる!」
「何!?」
バニッシュは弾かれたように振り返り、階段の方へ視線を向ける。
そこには、先ほどまで確かに見えていた下層への道があったはずだった。
しかし今、その入り口は――崩れ落ちた岩と瓦礫によって、完全に塞がれていた。
おそらくは先ほどの樹骸巨兵との戦闘によるものだろう。
巨兵の一撃と、広間そのものを揺るがす魔法の応酬により、階段が瓦礫で塞がれてしまったのだ。
「くそっ……!」
バニッシュは思わず唇を噛み締める。
胸の奥を嫌な冷たさで満たしていく。
「他に道はないのでしょうか?」
セレスティナが周囲を見回しながら尋ねる。
その声音は落ち着いているが、指先はわずかに強張っていた。
バニッシュは一度深く息を吸い、無理やり思考を切り替える。
「……とにかく、他の道を探そう!」
今は焦っても仕方がない。
ここで足を止めれば、それこそ二人を見捨てることになる。
「手分けして探すぞ。何か見つけたら、すぐに教えてくれ!」
「はい!」
「うん!」
セレスティナと黒牙が頷く。
三人はすぐに広間の周囲へ散った。
バニッシュは壁際へと向かい、手で岩肌を確かめながら進む。
階段へ向かう一本道しかない構造なら、あの落とし穴はあまりにも悪質すぎる。
ならば、必ず別の経路がある。
黒牙は反対側の壁沿いを走り、セレスティナは視線だけでなく魔力の流れも探るように、慎重に周囲を見渡していた。
焦る気持ちを抑えながら、それでも急いで探し続ける。
相反する二つの感情が、三人の胸を強く締めつける。
二人が今どこで何を見ているのかも分からないまま――バニッシュたちは必死に、下へ続く別の道を探し始めた。




