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【第二部】勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました〜紅蓮の涙《クリムゾン・ティア》〜  作者: まりあんぬさま
妖精迷宮《フェアリー・ラビリンス》編

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ダンジョン・ギミック

 紅蓮と紺碧の華が咲き乱れた後、広間にはしばし何も見えなかった。

 爆炎が焼き、爆氷が砕き、その余波で巻き上がった煙と霜が視界を覆い尽くしていたのだ。


 やがて――ゆっくりと、爆煙が晴れていく。

 その向こうに見えたのは、もはや巨兵とは呼べぬほど傷ついた樹骸巨兵(トレント・レヴナント)の姿だった。

 全身のあちこちが焦げ付き、別の箇所は白く凍りついている。

 木と岩の複合した身体は、熱と冷気の激突に耐えきれず、内部からひび割れていた。


 ギギギ……バキバキ……


 不気味な音を立てながら、その巨体がゆっくりと傾いていく。

 まず片膝が折れた。

 次に胴が沈み、最後には全身が崩れるようにして地に伏した。

 ドォン……と、重たい音が広間に響く。


「……っ」


 バニッシュは、加速陣オーバー・ドライブ・ブーストを解いた。

 白銀の光が静かに消えていく。

 黒牙もまた、身体に纏っていた闇を解き放つように息を吐き、魔纏憑鬼を解除した。

 全員が肩で息をしている。


「はぁ……」


「はぁ……はぁ……」


 リュシアも、セレスティナも、黒牙も、誰もが限界近くまで力を振り絞った後の、重たい呼吸を繰り返していた。

 それでも、動かなくなった樹骸巨兵(トレント・レヴナント)を見上げるその瞳には、確かな達成感が宿っている。


「やっ……」


 リュシアが、勝利の声を上げようとした――その時。


「やったーーー!!」


 それよりも早く、イリヤがリュシアの胸元から勢いよく飛び出した。

 ぴょんっと空中に飛び上がり、くるくると回りながら歓喜の声をあげる。


「ホントすごいわ! こんな化物を倒しちゃうなんて!」


 興奮そのもの、といった様子で飛び回るイリヤ。

 その姿に、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。


「はは……」


 バニッシュは苦笑する。


「その分、消耗したけどな」


「そうですね……」


 セレスティナも同意し、額の汗を拭った。

 

「でもでも!」


 イリヤは、ぱたぱたと羽を動かしながら言う。


「コイツは絶対このダンジョンのボスよ!」


 倒れ伏した巨兵を指差し、胸を張る。


「コイツを倒したんだから、もう攻略したも同然じゃない!」


「そうね……」


 リュシアが、ようやく息を整えながら肩を落とす。


「こんな奴と、そう何度も戦いたくないわ」


「じゃあ!」


 イリヤは、くるりと振り返り、広間の向こうに見える階段を指差す。


「きっとあの下が、迷宮核(ダンジョン・コア)のある場所じゃない!?」


 そのまま、飛び出すように前へ進む。


「さっさと行きましょう!」


「あ! ちょっと待ちなさいよ!」


 リュシアが慌てて後を追う。

 先ほどまで死闘を繰り広げていたとは思えない勢いだった。

 そんな二人の後ろ姿を見て、バニッシュたちはやれやれと笑う。

 セレスティナも苦笑し、黒牙も少しだけ肩の力を抜いていた。

 バニッシュたちも、その後を追うように歩き出す。


 リュシアとイリヤが階段の手前まで来た瞬間――ガシャンッ!!


 リュシアの足元で、突然大きな音が響いた。


「え――!?」


 床が、割れる。

 いや――最初から仕掛けられていた穴が、今この瞬間に口を開いたのだ。

 リュシアと、そのすぐ傍を飛んでいたイリヤの身体も吸い込まれるように、一気に沈む。


「リュシア!!」


「イリヤ!!」


 突然のことにバニッシュとセレスティナは二人の名前を叫ぶが、それより早く、彼女たちの姿は暗い穴の中へと吸い込まれた。

 バニッシュたちは反射的に駆け出す。


「くそっ!」


 穴はまるで生き物の口が閉じるように、ガゴンッと鈍い音を立てて元の床へと戻ってしまった。


「え……」


 黒牙が息を呑む。

 さっきまで確かに空いていたはずの裂け目は、もうどこにもない。

 床は何事もなかったかのように閉じられ、ただ冷たい石の面が広がっているだけだ。


「そんな……!」


 セレスティナが青ざめた顔で立ち尽くす。

 バニッシュはすぐに床へ膝をつき、手を当てた。


 ただ一つ分かるのは――このダンジョンが、まだ終わっていなかったということだけだった。


 樹骸巨兵(トレント・レヴナント)を倒したことで全員の気が緩んでいたのだ。

 その気の緩みに迷宮は、さらに深い牙を剥いた。


「これは……」


 セレスティナが、青ざめた顔のままぽつりと呟く。

 つい先ほどまで確かにあった穴は、もう跡形もない。

 冷たい石床だけがそこにあり、まるで最初から何も起きていなかったかのようだった。

 バニッシュは床に手を当てたまま、低く唸るように言う。


「おそらくは……ダンジョン・ギミックだ……!」


「ダンジョン・ギミック……?」


 黒牙が不安げに聞き返す。

 バニッシュは立ち上がりながら答えた。


「ダンジョンには、仕掛けや罠が生成されることがあるらしい……」


 その声には、焦りが滲んでいた。

 “らしい”という曖昧な知識しか持たないことが、今は歯がゆい。


「じ、じゃあ……二人は……」


 黒牙の喉が震える。

 リュシアとイリヤ、あの一瞬で穴へと呑み込まれた二人が、今どこにいるのか、どうなっているのか。

 考えれば考えるほど、嫌な想像ばかりが膨らむ。


「わからん。とにかく、俺たちも下に向かおう!」


 バニッシュは、すぐに2人を探そうとする

 

「だ、ダメだよ、おじさん!」


 黒牙が慌てて叫ぶ。


「階段が塞がってる!」


「何!?」


 バニッシュは弾かれたように振り返り、階段の方へ視線を向ける。

 そこには、先ほどまで確かに見えていた下層への道があったはずだった。


 しかし今、その入り口は――崩れ落ちた岩と瓦礫によって、完全に塞がれていた。

 おそらくは先ほどの樹骸巨兵(トレント・レヴナント)との戦闘によるものだろう。

 巨兵の一撃と、広間そのものを揺るがす魔法の応酬により、階段が瓦礫で塞がれてしまったのだ。

 

「くそっ……!」


 バニッシュは思わず唇を噛み締める。

 胸の奥を嫌な冷たさで満たしていく。


「他に道はないのでしょうか?」


 セレスティナが周囲を見回しながら尋ねる。

 その声音は落ち着いているが、指先はわずかに強張っていた。

 バニッシュは一度深く息を吸い、無理やり思考を切り替える。


「……とにかく、他の道を探そう!」


 今は焦っても仕方がない。

 ここで足を止めれば、それこそ二人を見捨てることになる。


「手分けして探すぞ。何か見つけたら、すぐに教えてくれ!」


「はい!」


「うん!」


 セレスティナと黒牙が頷く。

 三人はすぐに広間の周囲へ散った。

 バニッシュは壁際へと向かい、手で岩肌を確かめながら進む。

 階段へ向かう一本道しかない構造なら、あの落とし穴はあまりにも悪質すぎる。

 ならば、必ず別の経路がある。

 

 黒牙は反対側の壁沿いを走り、セレスティナは視線だけでなく魔力の流れも探るように、慎重に周囲を見渡していた。


 焦る気持ちを抑えながら、それでも急いで探し続ける。

 相反する二つの感情が、三人の胸を強く締めつける。

 

 二人が今どこで何を見ているのかも分からないまま――バニッシュたちは必死に、下へ続く別の道を探し始めた。

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