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【第二部】勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました〜紅蓮の涙《クリムゾン・ティア》〜  作者: まりあんぬさま
妖精迷宮《フェアリー・ラビリンス》編

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巨兵を穿つ四人の連携

 樹骸巨兵(トレント・レヴナント)は、焼き払われた片腕を失った衝撃で大きく体勢を崩した。

 その巨体がぐらりと傾くが、倒れはしない。

 むしろ怒り狂ったように、残った片腕を乱暴に振り回した。


 ブォンッ――!


 空気を引き裂く唸りとともに、その巨腕が岩壁へ叩きつけられる。


 ズガガガガ……ッ!!


 凄まじい音を立てて壁面が抉れ、砕けた岩の破片が豪雨のようにバニッシュたちの頭上へと降り注いだ。


「っ!」


 バニッシュは即座に身を翻し、飛来する破片を避ける。

 セレスティナも軽やかに後方へ跳び、黒牙も剣を構えたまま身を低くして難を逃れる。


 だが――リュシアだけは、先ほどの爆炎魔法で大量の魔力を使い切り、肩で荒く息をしていたのだ。

 全身が熱を持ち、視界もわずかに揺れている。


「くっ……!」


 リュシアは歯を食いしばりながら、落ちてくる岩の破片を睨みつけた。

 視界の前に、黒い影が割り込んだ。


「――はぁああ!!」


 バニッシュが迷いなく踏み込み、腰の剣を抜き放つ。

 鋼が空気を裂く音が響いた次の瞬間――リュシアへ直撃するはずだった大きな岩塊が、真っ二つに裂けた。


 斬撃の軌跡は一筋の光のように鋭く、断たれた岩片が左右へ弾け飛ぶ。


 ガンッと砕けた破片が地面を転がった。


「……!」


 リュシアは目を見開く。


「アンタ……今の、どうやったの!?」


 バニッシュ自身もまた、驚いたように剣を見下ろしていた。


「いや……何もやっていないんだが……」


 振り返るその顔には、本心からの困惑が浮かんでいる。


「……まさか」


 バニッシュの脳裏に、グラドの顔が浮かぶ。

 出立の朝、グラドが『間に合わせだが、無いよりはマシだ』と、ぶっきらぼうに渡してきた一振り。


 バニッシュは思わず剣を見つめ、苦笑と驚きの入り混じった声を漏らす。


「……間に合わせってレベルじゃないぞ……」


 剣の刃は、ピカリ苔の淡い光を受けて静かに輝いている。

 そこには、岩を切ったというのに欠け一つない。


(これなら、いける!)


 バニッシュは確かな手応えを感じていた。

 岩をも切り裂くことが出来るのなら、樹骸巨兵(トレント・レヴナント)も切り裂くことが出来るはずだと、バニッシュは剣を握り直した。

 

 グォォォォォオオオオッ!!


 怒りに満ちた咆哮とともに、樹骸巨兵(トレント・レヴナント)が残った片腕を振り上げる。

 狙いは――バニッシュとリュシア。

 

 ――ドゴォォォンッ!!


「っ!」


 バニッシュは迷わずリュシアの肩を抱き、強引に横へ飛ぶ。

 地面が砕け、衝撃が空間を震わせる。

 その余波を背中で感じながら、二人は転がるようにして着地した。


「……っはぁ、はぁ……」


 リュシアの呼吸はまだ荒い。

 だが、バニッシュの腕に支えられながらも、すぐに自分で立ち上がった。


「ありがと……って、言ってる場合じゃないわね」


「ああ」


 バニッシュも即座に体勢を整える。

 そこへ、セレスティナと黒牙が駆け寄ってきた。


「バニッシュ、リュシア!」


「大丈夫!?」


「大丈夫だ」


 短く応じながらも、視線は常に巨兵から外さない。

 その巨体は、再び腕を振り上げるために動いている。


「どうしますか? このままでは……」


 セレスティナが息を整えながら問う。

 バニッシュは一瞬だけ、仲間たちへ視線を向ける。


「リュシア、セレスティナ。お前たちは、あいつを倒すために魔力を集中させてくれ」


「はあ!? その間、アイツはどうするのよ!?」


 その問いに、バニッシュは迷わず答えた。


「その間は――俺と黒牙で引きつける」


 剣を軽く構え直す。

 その言葉に、黒牙が顔を上げる。


「いけるな、黒牙」


 バニッシュが視線を向ける。


「……うん!」


 黒牙は、力強く頷く。

 その瞳には、決意が宿っていた。

 

「で、ですが……! 本当に大丈夫なんですか……?」


 セレスティナが思わず声を上げる。

 相手はあの巨体、二人で引きつけるなど、あまりにも危険すぎる。

 だが、バニッシュは、その問いに振り返り、にっと笑った。


「……任せろ」


 自信でも虚勢でもない。

 “やる”と決めた者の、覚悟の響き。


「……!」


 リュシアとセレスティナはドキッと、鼓動が鳴り、頬が紅く染まる。

 その背中は、これまで何度も見てきたはずなのに。

 普段は頼りなく見えることもある男が、こういう時に限って見せる、誰よりも前に立つ時の顔。

 その姿に、二人は一瞬言葉を失う。

 だが次の瞬間には、それぞれが息を吸い込んだ。


「……わかったわ」


 リュシアが視線を巨兵へ戻す。


「まかせたわ!」


「頼りにしたいます」


 セレスティナも静かに魔力を練り上げる体勢をとる。

 

「よし――行くぞ、黒牙!」


 バニッシュが低く、しかし力強く言い放つ。


「出し惜しみはなしだ!」


「わかった!」


 黒牙の声が重なる。


「――加速陣オーバー・ドライブ・ブースト!!」


 バニッシュの足元に、複雑に組み上げられた魔法陣が展開された。

 幾何学的に重なり合う術式が、白銀の光を放つ。

 その光が一気に膨れ上がり、バニッシュの全身を包み込んだ。

 ――バニッシュの力が限界以上に解放される。


 視界の端で、世界が歪む。

 空気の流れが緩慢に見え、音が引き伸ばされる。

 まるで、時間そのものが引き延ばされたかのように――バニッシュの感覚だけが加速していく。


「――魔纏憑鬼(まてんひょうき)!!」


 黒牙もまた、叫びとともに力を解放する。

 鬼人族の種族特性(レイスキル)

 黒牙の身体に、闇が纏わりつくように、黒い魔力が、まるで生き物のように全身へ絡みつき、揺らめく。

 影が濃くなり、その輪郭は曖昧になり、存在そのものが溶け込むように歪んだ。


 バニッシュと黒牙、二人の力が、同時に臨界へと達する。


「私たちも負けてられないわよ!」


 その背後で、リュシアがセレスティナへ視線を送る。


「ええ!」


 セレスティナは迷いなく頷いた。

 二人は、同時に魔力を練り上げる。

 リュシアの周囲に、紅蓮の魔力が渦巻く。

 熱を帯びた空気が揺らぎ、炎の粒子が舞い上がる。

 対して、セレスティナの周囲には紺碧の光が集束する。

 澄み切った氷のような魔力が、静かに、だが確実に収束していく。


 グォォォォォオオオオオオッ!!


 樹骸巨兵(トレント・レヴナント)が、再び咆哮を轟かせた。

 怒りと憎悪に満ちたその声が、広間全体を震わせる。

 残された巨腕が、ゆっくりと持ち上がる。


  樹骸巨兵(トレント・レヴナント)が巨腕を大地へと叩きつけた。


 ――ドォンッ!!


 その衝撃とともに、地面が波打つ。

 次の瞬間、地中から無数の“根”が突き出した。

 鋭く尖った槍のような棘の根が次々と地面を裂きながら、バニッシュたちへと襲いかかる。


「来るぞ!」


 バニッシュは、その攻撃へ向かって踏み込み、地を蹴る。

 加速陣オーバー・ドライブ・ブーストにより強化された脚力が、爆発的な推進力を生む。


 突き出す根の軌道を読み切り、最短距離で切り込む。


 ギィンッ!!


 振り抜かれた剣が、迫る棘を断ち切る。


 一本、二本、三本――。


 まるで道を切り開くように、斬撃が連続する。

 粉砕された根が左右へ弾け飛び、バニッシュはそのまま一直線に巨兵へと迫る。


 その背後を――黒牙が、影のように追っていた。

 揺らめく闇を纏い、その存在は輪郭すら曖昧になる。

 バニッシュが切り開いた“道”を、無駄なく駆け抜ける。


 そして、振り下ろされた巨腕にトン、と上に乗ると、そのまま、一気に駆け上がる。

 木と岩の表面を滑るように、軽やかに、そして速く。

 肩のあたりで高く飛び上がる。


「やぁあああ!!」


 黒牙の剣が、閃く。


 ――ズバァッ!!


  樹骸巨兵(トレント・レヴナント)の片目へ、一閃が走った。

 岩の装甲と絡み合う木質の繊維が裂け、内部から緑の液体が噴き出す。


 グガァアアアアアアアッ!!


 巨兵が絶叫する。

 巨体が大きく揺らぎ、体勢を崩しかける。


 だが――それでも倒れず、すぐさま残された巨腕が動く。

 黒牙を叩き落とすために、凶悪な一撃を振り下ろそうとする。

 

「させるか!」


 バニッシュが踏み込む。

 低く潜り込み――剣を振り抜く。


 ――ザンッ!!


 膝関節へと斬撃が叩き込まれた。

 岩と木の複合構造が裂け、巨体の支えが崩れる。


 ガクン、と 樹骸巨兵(トレント・レヴナント)が片膝をついた。

 バランスを失い、巨体が傾ぐ。

 黒牙はその隙に跳び退き、地面へと着地した。


 だが――巨兵は、なお止まらない。

 怒りに満ちた咆哮を上げながら、その口を大きく開いた。

 内部から、岩の棘が一斉に射出される。

 まるで散弾のように、無差別に空間を埋め尽くすほどの数が、バニッシュたちへと襲いかかる。


「――鏡律封陣アーク・リフレクション・カージ!!」


 バニッシュが即座に術式を展開する。

 半透明の結界が、彼の前方に展開された。


 ――ガガガガガガガッ!!


 岩の棘が結界へと突き刺さる。

 だが、その瞬間、衝撃がそのまま跳ね返る。

 弾かれた棘が、逆方向へと飛び返った。


 ズドドドドドッ!!


 自ら放った棘が、そのまま巨兵の身体へと突き刺さる。

 岩が砕け、木が裂ける。


 グォォ……ッ!?


  樹骸巨兵(トレント・レヴナント)が、明らかに怯んだ。

 その巨体が、一瞬止まる。


 その隙を黒牙は見逃さなずに踏み込む。

 黒牙は握る長剣に意識を集中させた。


 タナトスから託された一振り、その刃に刻まれた魔導刻印が、呼応するように淡く――いや、深く黒蒼に輝き始める。

 

 夜の底のような色、それは、黒牙の力と同調するための刻印。

 彼の内にある魔纏憑鬼(まてんひょうき)の力と、剣そのものが共鳴する。


 闇が揺らぎ、長剣の輪郭が、影のように曖昧になる。

 黒牙の身体を覆う闇と、刃に宿る魔力が一体化する。

 

「――影牙斬(シャドウ・ファング)!!」


 黒牙が踏み込む。

 狙いは――本体ではない。

 地面に落ちる、 樹骸巨兵(トレント・レヴナント)の影を、切り裂く。


 ――ズンッ。


 刃が影を裂いた、その瞬間、実体に斬撃が刻まれた。


 グガァアアアアアアッ!!


 巨兵の身体に、深い裂傷が走る。

 岩が砕け、木が裂け、緑の液体が飛び散る。

 影を斬ることで、実体に干渉する。

 それが、この技の本質。


 そして――その苦悶の咆哮が響いた瞬間。


「はぁぁぁああ!!」


 バニッシュが、高く跳び上がっていた。

 加速された身体が空間を裂く。

 振り上げられた剣が、白銀の軌跡を描く。


 ――ザァァァンッ!!


 追撃の一閃により残された巨腕が、根元から断ち切られた。


 ドォン、と重々しい音を立てて、切断された腕が地面へと落ちる。


 バニッシュは空中から叫ぶ。


「今だ!! リュシア! セレスティナ!!」


「ええ! こっちは準備万端よ!!」


 リュシアの瞳が燃える。

 その隣で、セレスティナも静かに息を整え、両手に魔力を集中させていた。

 二人は同時に、前へと手を翳す。

 極限まで練り上げられた魔力が、解き放たれる直前で膨れ上がる。


 その瞬間、バニッシュと黒牙は同時に後方へ跳躍した。

 そして――バニッシュの足元に、さらに新たな魔法陣が展開される。


「――魔力供給転送陣(マナ・ブースト)!!」


 光が奔り、バニッシュの魔力が、二人へと流れ込む。

 紅と蒼の異なる二つの力が、さらに増幅される。

 重なり合う光が、膨張する。

 

「――煉獄爆華陣インフェルノ・ブルーム!!」


 リュシアの叫びとともに、紅蓮の魔力が解き放たれた。

 爆ぜる炎は、ただ焼き尽くすためのものではない。

 リュシアの想いをすべてを宿した、灼熱の“花”。

 炎が咲く、巨大な紅蓮の華として。


「――爆烈氷華グレイシャル・ブルーム!!」


 重なるように、セレスティナの声が響く。

 紺碧の魔力が、空気を凍らせる。

 古代魔法によって紡がれたそれは、純粋な冷気ではない。

 凍結と破壊を同時に孕む、結晶の力。

 氷の華が咲く、鋭く静かに、しかし確実にすべてを砕く力として。


 炎と氷、本来ならば相反する二つの力。

 紅蓮と紺碧は反発することなく絡み合い、互いを高め合い、干渉し融合する。

 そして、一つの“現象”へと昇華する――巨大な一輪の華へと。


 燃えながら凍り、凍りながら爆ぜる。

 破壊と収束を同時に孕んだ、2人の力を合わせた最強の魔法。


 それが、樹骸巨兵(トレント・レヴナント)を――完全に飲み込んだ。

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