表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第二部】勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました〜紅蓮の涙《クリムゾン・ティア》〜  作者: まりあんぬさま
妖精迷宮《フェアリー・ラビリンス》編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/33

祖父の願い、孫の想い

「よし」


 バニッシュは、泉の中心にぽっかりと開いた闇を見据えたまま言った。


「ダンジョンのことは、俺たちに任せてくれ」


 その声は不思議と頼もしく聞こえる声だった。

 オルムは杖を握る手に力を込めたまま、バニッシュを睨む。


「……わかっておるのか? このダンジョンは未知じゃ。中がどうなっているのかも、どれほどの危険があるのかも分からぬ」


 その言葉には脅しではなく、誰も足を踏み入れていないダンジョンに潜ることは、どんな危険があるかも予測できない純粋な現実が込められていた。


「確かに、イリヤがお主らに知識を教えたかもしれぬ。じゃが――そんなことで、ワシら妖精族のために命を懸ける気か?」


 その問いに、バニッシュはすぐには答えなかった。

 一度だけ、泉を見た。

 歪められた女神像。

 その中心に穿たれた、不気味な穴。

 聖域を穢された者の悔しさが、この場の空気にまだ残っている。

 それを感じ取った上で――バニッシュは、ゆっくりとオルムへ向き直った。


「大丈夫だ。俺たちも、それなりに色んなことを乗り越えてきたんだ」


 その言葉は、自分たちが歩いてきた道のりをそのまま言葉にしただけだった。


「あと――」


 そこで、ふっと笑う。

 少しだけ照れくさそうに、頭をかいた。


「そんな“ものなんか”じゃないさ」


 オルムが、わずかに眉を動かす。


「イリヤが教えてくれた知識で、俺たちの街は助かっている」


 クラウゼリアでのことが脳裏をよぎる。

 不足していた医薬品。

 ライラが必死に支えようとしていた診療所。

 そして、妖精族の知識がもたらした可能性。


 バニッシュの声には、確かな実感があった。


「それに、種族なんて関係ない。困っている者たちがいるなら――俺は力になりたいのさ」


 気負いのない、けれどまっすぐで揺るがない言葉だった。

 その横顔を見て、リュシアがふっと笑う。


「そうね」


 肩をすくめるようにして言う。


「アンタのお節介は、今に始まったことじゃないし」


 呆れたような口ぶりなのに、その声音はどこか誇らしげだった。


「それが――」


 セレスティナもまた、やわらかく微笑む。


「バニッシュの良いところです」


 黒牙も、力強く頷く。


「うん!」


 オルムは、そんなバニッシュたちを見ていた。

 しばらく、何も言わずに。

 白い眉の奥に隠れて見えないその目が、何を映しているのかは分からない。

 けれど――その小さな身体が、ほんのわずかに震えたように見えた。


「……」


 オルムの胸の奥に、不意に過ぎるものがあった。

 遠い記憶で忘れたはずの景色。

 かつて、この妖精族の地を訪れた者たち、種族を越え、手を取り合い、理想を掲げた者たち。

 

 そして――それぞれの誇りを背負った英雄たち。

 その姿は、四英傑伝に記される伝説そのものだった。

 今、目の前にいるのは英雄ではない。

 少なくとも、まだ――だが、誰かのために手を差し伸べる、その在り方は、種族の違いを当然のように越えて立つ、その姿は、あまりにも似ていた。


「……ふん」


 オルムは、ようやく小さく鼻を鳴らした。

 だがその声音には、先ほどまでの刺々しさはなかった。


「大口を叩くのう」


 ぶっきらぼうな言い方。

 しかし、それはもはや拒絶ではない。


「ならば見せてみい」


 杖の先を、泉の中心へ向ける。


「あの穢れを祓えると、お主らが本気で言うのならな」


 その言葉に、バニッシュは口元を引き締めた。


「ああ、やってみせる」


 泉の上を、静かな風が吹き抜ける。

 光に満ちた妖精の聖域、その中心に穿たれた、黒い傷。

 そして、その前に立つバニッシュたち、それはまるで、昔語りの続きが今ふたたび始まろうとしているような光景だった。


「それじゃあ、早速ダンジョンに乗り込みましょう!」


 イリヤがぐいっと腕を上げ、高らかに宣言した。

 その勢いに、リュシアが眉をひそめる。


「ちょっと! アンタもついて来る気?」


「当たり前でしょ!」


 イリヤはふわりと飛び上がり、胸を張る。


「私だけこのまま黙って待ってるなんて出来ないんだから!」


 その声には、強い意地がこもっていた。


 自分たちの住処で起きた災厄だ。見ているだけではいられない――そういう感情が、はっきりと伝わってくる。

 だが、バニッシュはすぐに頷かなかった。


「しかし……いいのか?」


 静かにそう問い、視線をオルムへ向ける。

 オルムは深く息を吐くように鼻を鳴らした。


「ふん、言い出したら聞かん娘だ。足手まといだろうが、連れてってくれ」


「足手まといじゃないわよ!」


 即座にイリヤが噛みつく。


「せいぜい荷物の隅で大人しくしてるのよ」


 リュシアもすかさず言い返す。


「何ですって~!?」


「何よ!」


 二人の間に、またしても見えない火花が散る。


「まあまあ」


 バニッシュが苦笑しながら間に入り、二人を押さえる。


「今は喧嘩してる場合じゃないだろ」


 そう言われ、リュシアはふんっとそっぽを向き、イリヤも頬を膨らませたまま黙り込む。

 どうにかその場を収めたバニッシュは、小さく息を吐き、改めて泉の中央に開いた穴――ダンジョンの入口へと視線を向けた。


「じゃあ、行ってくる」


 そう言って一歩踏み出そうとした、その時だった。


「待つんじゃ」


 オルムの声が背後から飛ぶ。

 バニッシュたちが足を止め、振り返る。

 オルムは杖を突きつけ、ぶっきらぼうに言った。


「このまま送り出して、コロッと死なれても困るからな。ちょっと待っとれ」


 そう言い残し、オルムは家の方へと飛んでいく。

 

 やがて戻ってきたオルムの手には、小さな瓶が四つあった。

 どれも、掌に乗るほどの大きさ。

 中には、澄んだエメラルド色の液体が揺れている。


「それって……!」


 イリヤが目を見開く。

 驚きと、信じられないものを見たような反応だった。

 オルムはその視線を意にも介さず、淡々と告げる。


「エリクシルじゃ、飲めばどんな大病も怪我も治し、体力、魔力、気力ともに完全に回復する万能薬じゃ」


 静かに語られたその説明は、あまりにも常識外れだった。

 リュシアが思わず瓶を凝視する。

 セレスティナの瞳も、驚きにわずかに揺れていた。

 黒牙に至っては、息を呑んだまま声も出せない。


「いいの?」


 イリヤが、今度は信じられないという顔でオルムを見る。


「だってそれ、もうほとんど作ることが出来なくて、すごく貴重な物なのに……」


「ふん」


 オルムは顔を背けるように鼻を鳴らした。


「言ったじゃろ。コロッと死なれても困る、とな。それに――」


 その声音が、ほんの少しだけ柔らかくなる。


「孫の命も預けるしの」


「……おじいちゃん……」


 イリヤの瞳が、じわりと潤む。

 先ほどまであれほど口答えしていたのに、その一言だけで、年相応の少女の顔になっていた。

 バニッシュはそんな二人を見て、静かに微笑む。

 そして一歩前に出ると、オルムの差し出した小瓶を丁寧に受け取った。


「有り難く貰っていくよ」


 オルムはゆっくりと頷き、杖を握り直す。


「ダンジョンを……孫を頼んだぞ」


 その声には、長老としての命令だけではない。

 一人の祖父としての願いが、確かに込められていた。


「ああ、任せてくれ」


 バニッシュは力強く頷く。

 その言葉に、オルムはそれ以上何も言わなかった。

 ただ、じっと彼らを見送る。

 バニッシュはエリクシルを大切にしまい、仲間たちへ視線を向ける。

 リュシア、セレスティナ、黒牙、そしてイリヤ、それぞれが、小さく頷いた。


 聖域を穢す黒い穴を前に、バニッシュは一歩、足を踏み出す。

 ひやりとした空気が、ダンジョンの奥から吹き上がってくる。

 暗く、深く、底知れない気配、未知の迷宮、妖精族の聖域を侵す異物。

 その中に、何が待っているのかは分からない。


 こうしてバニッシュたちは、未知のダンジョンへと足を踏み入れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ