拒絶されし来訪者たち
幻想的な光景に包まれた妖精族の住処。
その中心へと足を踏み入れたバニッシュたちは、まだどこか現実感を持てずにいた。
「ちょっと!」
ひらりと飛び上がり、一直線に向かった先には、小さな池のほとり、水面には淡く光る花が咲き、その上にちょこんと腰を下ろし、楽しげに会話をしている二人の妖精がいた。
イリヤはその花の近くまで飛び、腕を組みながら声をかける。
「長老はどこにいるか知らない?」
突然の問いかけに、二人の妖精はきょとんとした表情を浮かべる。
「あら、イリヤ。アナタどこに行ってたのよ? ずっと姿見せなかったじゃない」
片方の妖精がニヤニヤと笑いながら問いかける。
まるで問題児が何をしでかしたのか、興味を持ちからかう様だった。
「どこだっていいでしょ! それより、長老はどこ?」
イリヤはふんっと鼻を鳴らす。
「長老なら家に――」
もう一人の妖精が答えようとした時だった。
ふと、その視線がイリヤの後方へと向く。
そして――ぴたり、と動きを止めた。
まるでお化けでも見たかのように、目を見開く。
「……え」
震える声でバニッシュ達を見て、ガタガタと震え始める。
「きゃああああぁぁぁ!!」
甲高い悲鳴が、森に響き渡る。
「他種族よぉぉぉ!!」
二人の妖精は慌てて飛び上がり、羽をばたつかせながら逃げ出す。
その声は、瞬く間に周囲へと広がった。
――ざわりと空気が揺れ、先ほどまで優雅に飛んでいた妖精たちが、一斉にこちらへと視線を向ける。
そして――周りの妖精もバニッシュ達に気づき、次々と悲鳴が上げる。
「きゃあああぁ!!」
「うわあああぁ!!」
「逃げてぇぇ!!」
小さな身体が、光の粒のように散っていく。
「あ……!この人たちは……!」
イリヤが慌てて声を上げるが、妖精たちは振り返ることもなく、次々と姿を消していく。
木々の隙間へ、家の中へ、岩陰へと隠れる。
ほんの一瞬で、あれほど賑やかだった空間は静まり返った。
「もーーーっ!! ちょっとくらい話聞きなさいよ!!」
イリヤが空中で足をばたつかせ、ぷんすかと怒りを露わにするその姿に、バニッシュたちは顔を見合わせた。
「ちょっと」
リュシアが腰に手を当て、じとっとした目でイリヤを見上げた。
「アンタ、事情を説明して私たちをここまで連れて来たんじゃないの?」
「そ、それは……! も、もちろんよ!」
勢いよく言い返すが――その目はわずかに泳いでいた。
バニッシュは小さくため息をつく。
どうやらイリヤは、他の妖精たちに何も告げず、単独で外へ飛び出していたらしい。
つまり――バニッシュたちは、完全に“侵入者”ということになる。
「――クォラッ!! イリヤァ!!」
森の奥から、しわがれた怒鳴り声が響き、イリヤの身体がびくりと跳ね上がる。
「うっ……」
イタズラが見つかった子供の様に、ぎこちなく振り返る。
バニッシュたちも、その声の方へと視線を向けた。
そこにいたのは、一人の老人の妖精。
他の妖精たちと比べても、どこか風格が違う。
その目は――白い眉毛に覆われ、ほとんど見えない。
口元もまた、豊かな白髭に隠れている。
頭には、先端の曲がったとんがり帽子。
「お主……! 突然いなくなったと思ったら――他種族なんぞを招き入れおって!! 何を考えておるんじゃ!?」
老人の妖精は手にした杖を振り回しながら、怒鳴り声をあげた。
白い眉と髭でその表情は読み取ることは出来ないが、その顔が怒りで紅潮していることだけは、はっきりと伝わってきた。
「な、何よ!」
イリヤは負けじと前に出るて、小さな身体を精一杯大きく見せるように、胸を張る。
「ここが大変な事態だから、こうやって助けを連れて来たんでしょ!」
その言葉に、老人の妖精の杖がぴたりと止まる。
「……助け、じゃと? そんなもん、いらんわ!!」
怒号が炸裂する。
ビリビリと空気が震え、周囲の葉がざわめく。
「そもそもこれは――ワシらの問題じゃ!! 他種族なんぞの助けなどいらんわ!」
「何言ってんのよ!! 急に出来たダンジョンに、どうしようもなかったくせに!!」
イリヤも一歩も引かず、むしろ怒りを露わにして、さらに言い返す。
「ええい!! 黙れ!! 黙れ!!」
イリヤの言葉を振り払うように杖振り回す。
ふーっ、ふーっと互いの息がかかるほどの距離で、イリヤと老人の妖精は睨み合っていた。
小さな身体同士の対峙だというのに、その空気はまるで戦場のように張り詰めている。
周囲の木々すら、その緊張に押し黙っているかのようだった。
「……あー……ちょっといいか?」
バニッシュは慎重に声をかけた。
「何よ!?」
「何じゃ!?」
その瞬間、二人が同時に勢いよく振り向く。
その剣幕に、バニッシュは一瞬だけ言葉を詰まらせた。
だが、すぐに一つ咳払いをして、気を取り直す。
「……俺たちは、イリヤの依頼でダンジョン攻略に来た。その報酬の代わりに、この子から薬学の知識を学んだ」
ちらりとイリヤへ視線を向ける。
そして、再び老人の妖精へと向き直る。
「だから――出来れば、妖精族の助けになりたいんだ」
「ふん!」
老人の妖精は鼻を鳴らす。
「余計なお世話じゃ! お前たちなんぞの助けなぞ、いらんわ!!」
「ふん!頑固ジジイ」
イリヤが腕を組み、そっぽを向く。
「何じゃと!?」
老人の妖精が即座に振り返る。
だがイリヤは、つーんとしたまま顔を背けていた。
まるで挑発するかのように、再び険悪な空気が漂いかけた。
「――とにかく!」
二人の間に割って入るように、バニッシュが声を張る。
「俺たちに協力させてくれ」
誠意を示すように、バニッシュは視線を逸らさず、老人の妖精を見据える。
「……」
老人の妖精は、じろりとバニッシュを睨む。
「……お主、人間じゃろ?」
その声は、先ほどまでの怒号とは違い、冷えた響きを帯びていた。
「……ああ」
バニッシュは頷く。
「人間は――平然と嘘をつく、信用なんぞできん」
老人の妖精の声が、さらに低くなる。
ただの偏見ではない。
妖精族は希少で、多くの妖精達が捕まり闇の市場で売られていた。
過去に何度も裏切られ、積み重ねられた“不信”が、そこにはあった。
「嘘じゃないわよ!」
張り詰めた空気を切り裂くように、リュシアが一歩前へと踏み出した。
「私たちはダンジョン攻略に来たの!」
その瞳は真っ直ぐだった。
その言葉に――老人の妖精の視線が、ゆっくりとバニッシュからリュシアへと移る。
「……ほう」
白い眉に隠されたその眼差しが、リュシアを値踏みするように見据える。
「お主……魔族じゃな? それも……高位の……」
リュシアの左右で色の違う瞳――赤と琥珀。
そして、その身体から滲む魔力から老人の妖精はリュシアが魔族であると感じとる。
「何故、魔族がこんな所におる?」
「……っ」
リュシアは一瞬、言葉を詰まらせる。
「彼女は、俺たちの仲間だ」
バニッシュが、静かに口を開いた。
そのまま、リュシアの肩に手を置く。
リュシアは一瞬だけ目を見開き――何も言わず、ただその手を受け入れた。
「ふん、魔族には……心を操る者もおるという」
老人の妖精が鼻を鳴らす。
じろりと、再びバニッシュを睨む。
「お主も操られて――」
「そんなこと、しません」
その言葉を、静かにはっきりと断ち切った声があった。
セレスティナだった。
穏やかな表情のまま、しかしその瞳には確固たる意思が宿っている。
「リュシアは、そのようなことをする人ではありません」
そう言って、リュシアの隣へと並ぶ。
「……お主、エルフか」
老人の妖精の視線が、ゆっくりとセレスティナへと向けられる。
「はい」
セレスティナは、迷いなく頷いた。
その瞳はまっすぐで、逸らすことはない。
「お主らエルフも……外界とさほど交流する種族ではなかろう」
その言葉の奥には――ならば何故だという、静かな疑問が確かに含まれていた。
セレスティナは、その問いを受け止めるように、ゆっくりと目を閉じる。
胸の奥で言葉を選び、思考を整える。
「確かに、私たちエルフも、他の種族と協力し合うことはしませんでした。それが掟であり……誇りだったからです」
その声音には、過去への確かな自覚があった。
「だから――」
ゆっくりと目を開く。
「他の種族と分かり合えることも、協力することも出来ないのだと思っていました。……でも」
セレスティナは視線を動かす。
バニッシュとリュシアへ、その瞳が、柔らかく細められる。
「そうじゃないと、知りました。私たちは――共に手を取り合い、協力していけるんだと。今は、それを……心から実感しています」
冒険者として過ごしていた時は、仲間すら信用できず、心を閉ざしていた。
しかし、バニッシュ達に出会い、少しずつ変わり、心から信頼できるようになったのだ。
「……ふん」
老人の妖精は、短く鼻を鳴らす。
だが、その反応は先ほどまでとは違う。
完全な拒絶ではなく、どこか思案の色を帯びていた。
「僕も!」
黒牙が、思い切るように声を上げる。
「この人たちと一緒になって……色んな事を知って……!」
言葉を探しながら、それでも懸命に伝えようとする。
「もっと……色んな人たちの助けになりたいって、思ったんだ!」
老人の妖精は、ゆっくりと黒牙へ視線を向けた。
鬼人族――本来ならば、その強靭な肉体と圧倒的な力によって、他種族を見下し、力でねじ伏せる存在。
粗暴で、荒くれ、定住することなく放浪する。
そんな種族――少なくとも、老人の妖精の知る限りでは。
だが、目の前にいる少年は違った。
まだ幼いがその瞳は、真っ直ぐで、濁りがない。
誰かを助けたいという意思が、疑いようもなく宿っている。
「……」
老人の妖精は、何も言わず。
ゆっくりと視線を巡らせた。
バニッシュ、リュシア、セレスティナ、黒牙――人間、魔族、エルフ、鬼人族。
本来ならば、決して交わることのない存在たち。
だが今、この場に、妖精族を助けるために揃っている。
その事実を、静かに見つめる。
やがて――くるりと背を向けた。
「ちょっと!どこ行くのよ!?」
イリヤが慌てて声を上げる。
すると、老人の妖精は振り返ることなく言った。
「……お主が招き入れなければ、ここに来ることすら叶わぬのじゃ、しかし――来てしまったのなら、仕方がない。茶の一杯くらいは、出してやる」
それだけ言い残し、森の奥へと飛んでいく。
「……!」
イリヤがぱっと顔を明るくして、バニッシュたちと顔を見合わせた。
まだ、完全に信用されたわけではないが、それでも少しだけ受け入れられたのだと感じた。




