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【第二部】勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました〜紅蓮の涙《クリムゾン・ティア》〜  作者: まりあんぬさま
妖精迷宮《フェアリー・ラビリンス》編

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18/19

嵐の夜――幽霊船《ゴーストシップ》

 その夜――海は、牙を剥いていた。


 バニッシュたちの乗る交易船は、突如として襲いかかった大しけの只中にあった。


 ――ドォンッ!!


 巨大な波が船体へと叩きつけられる。

 船が大きく傾き、床が斜めに滑るように揺れた。

 船室の中では、吊るされたランタンが激しく揺れ、ガチャガチャと不安げな音を立て、火は今にも消えそうに揺らめき、室内の影が歪んで踊っていた。


 まともに立っていることなどできない状態で、バニッシュは柱に腕を絡め、踏ん張る。


「……すごい嵐だな」


 その声は、揺れる船と波音にかき消されそうになる。


「ホントだにゃ~!」


 そんな状況でも、リーはどこか楽しげに声を上げていた。

 壁に背中を預け、嵐の揺れなど気にしないという余裕すらある。


「ああ……まさかこんな嵐に当たるとはな……」


 バニッシュは苦く笑いながら、視線を横へ向ける。


「黒牙、大丈夫か?」


 その問いかけに、黒牙は必死にベッドの柱にしがみつきながら顔を上げた。


「だ、大丈夫……!」


 ドン、ドン!


 扉が叩かれ、バニッシュは踏ん張りながら、どうにか扉へと手を伸ばす。

 揺れに逆らいながら扉を開ける。


「すみません……!」


 セレスティナが、必死に体勢を保ちながら立っていた。

 その肩には――ぐったりと項垂れたリュシアの姿。


「うぅ……気持ち悪い~……」

 

 顔色は悪く、完全に力が抜けている。


「リュシアが……船酔いしたみたいで……」


 セレスティナは揺れに耐えながら、必死に言葉を繋ぐ。

 船は再び大きく揺れる。


 ――ドォンッ!!


 横殴りの衝撃に、全員の体がぐらりと傾いた。


「っ……!」


 バニッシュはとっさに手を伸ばし、セレスティナとリュシアの体を支える。


「とにかく、中に入れ!」


 力強く言い放ち二人を部屋の中に入れた。


「大丈夫か?」


 激しく揺れる船内で、バニッシュはどうにか踏ん張りながら、セレスティナとリュシアをベッドへと座らせた。

 リュシアはぐったりと背を預け、青ざめた顔で息を吐く。


「大丈夫じゃないわよ……何よこの嵐……」


 言葉の最後が、波に呑まれるように揺れる。

 外では、絶え間なく波が船体を叩きつけていた。


「海の天候は急変するからな……しかし……こうも酷いとは――」


 ――ドォンッ!!


「どわっ!?」


 大きな揺れに足を取られ、バニッシュの体がぐらりと傾いた。

 なんとか手をつき、体勢を立て直す。

 

「ホントだらしないわね~」


 イリヤが宙をふわふわと漂いながら、腰に手を当てて言う。

 

「アンタは飛んでるからいいだろうけど……うぷっ」


 リュシアが言い返そうと顔を上げた瞬間――こみ上げる吐き気に、慌てて口を押さえる。

 その様子を見て、イリヤは小さくため息をついた。


「はぁ~……しょうがないわね!」


 くるりと向きを変え、そのままバニッシュの荷物へと飛び込む。

 ごそごそ、ごそごそ――中を漁る音が響く。


「お、おい……何してる……」


 バニッシュが声をかけるが、返事はない。


「これね!」


 イリヤが小袋を引っ張り出して飛び出してくる。

 その中から取り出したのは、小さな緑色の丸薬だった。

 彼女はそのまま、リュシアの顔の前まで飛んでいく。


「ほら!口を開けなさい!」


「な、何よ……」


 リュシアがぐったりとしたまま顔を上げた――その瞬間。


「はいっ!」


 ぽいっと、丸薬が口の中へ放り込まれる。


「ちょっ――!?」


 突然のことに目を見開くリュシアは、反射的に飲み込んでしまう。

 口を押さえながら、ぶるぶると体を震わせた。


「にっがぁーーーい!!」


 船室に響き渡る絶叫。


「ちょっとアンタ! いきなり何すんのよ!!」


 涙目でイリヤに詰め寄る。

 だがイリヤは、まったく気にした様子もなく腕を組んだ。


「どう? まだ気持ち悪い?」


「え……?」


 リュシアは一瞬きょとんとする。

 そして、自分の体の違和感に気づいた。


「あれ……? そういえば……」


 さっきまであれほどひどかった吐き気が――嘘のように引いている。

 自分の手で胸元を押さえ、確かめるように呟く。

 さっきまでの不快感が、確かに軽くなっていた。


「酔い止めの薬かにゃ?」


 リーが興味深そうに覗き込む。


「そうよ!」


 イリヤは胸を張るように腕を組み、ふんと鼻を鳴らした。


「アンタたちの街で調合を教えた時に、ついでに作っておいたのよ!」


 そう言って、びしっとバニッシュを指差す。

 バニッシュは一瞬きょとんとした後、すぐに小さく頷いた。


「そうだったのか……すまない」


 素直に頭を下げる。

 その横で、リュシアもゆっくりと顔を上げる。

 先ほどまでの青ざめた表情は、かなり和らいでいた。


「……ありがとう」


 少しだけ照れくさそうに、だが確かに礼を口にする。

 イリヤは一瞬だけぴくりと反応し、照れ隠しするように慌てて顔を背ける。


「ふ、ふん!」

 

 だが、そのやり取りの最中にも再び船体が大きく揺れる。

 壁に打ち付けられるような衝撃が走り、ランタンの光が大きく揺らめいた。

 嵐は、まったく収まる気配を見せない。

 むしろ、さらに激しさを増しているようにすら感じられる。

 バニッシュは表情を引き締めた。


「……ちょっと外の様子を見てくる」


 そう言って、柱から手を離し、踏ん張りながら扉へと向かう。


「じゃあ、私も――!」


 リュシアが立ち上がろうとする。

 だが、その前にバニッシュが手を上げて制した。


「いや、薬で良くなったとはいえ、無理するな」


 リュシアは一瞬言葉を失い、そして小さく唇を噛む。


「……わかったわよ」


 しぶしぶといった様子で、再びベッドへ腰を下ろした。

 バニッシュはそれを確認すると、視線をリーへと向ける。


「リーさん、少しみんなのことを頼む」


 リーはその視線を受け、軽く手を振る。


「了解にゃ~」


 どこか気の抜けた調子だがその声には、不思議と安心感があった。

 バニッシュは一度だけ頷くと、荒れ狂う海へと続く扉へ、足を踏み出した。


 バニッシュが甲板へと足を踏み出した瞬間――叩きつけるような暴風と豪雨が、容赦なく全身を打ち据えた。


 ――バシャァァッ!!


 横殴りの雨が視界を奪い、息をするのも困難なほどの風が吹き荒れる。

 足を踏み出しただけで体が流されそうになる中、バニッシュは必死に甲板の縄を掴んだ。


 その先では、巨大な波が船体へと叩きつけられ、そのまま甲板へと乗り上げていた。

 海水が一気に流れ込み、足元をさらう。

 船員たちはその中で、転倒しないように体を低くしながら走り回っている。


「ロープを締めろォ!!」


「帆を下げろ!急げェ!!」


 怒号と命令が飛び交い、嵐の音に負けじと響き渡る。


「舵を切れ!流されるぞバカどもがァ!!」


 ガバルのひときわ大きな声。

 雨に濡れた髭を揺らしながら、甲板の中央で怒鳴り散らしている。


「ガバル!!」


 バニッシュは必死に声を張り上げ、風に逆らいながら近づいていく。


「んおう!?」


 ガバルが振り返る。


「テメー何しに来た!?」


 その目は険しく、怒りというより焦りが滲んでいた。


「俺も何か手伝えることはないか……!?」


 バニッシュは踏ん張りながら叫ぶ。


「バカヤロー!! 素人に手伝えることなんか――」


「船長ーーー!!」


 ガバルの言葉を遮るように甲高い叫びが、嵐を突き抜ける。

 マストの上で見張り役の船員が、必死にしがみつきながら声を張り上げていた。


「チィッ! 何だ!?」


 ガバルは舌打ちし、顔を上げる。

 雨がその顔を打ちつける。


「前方より――船が……こっちに向かってきます!!」


 見張り役の声が、風に煽られながらも届く。


「船だとぉ!? 何でこの航路に……!?」


 この嵐の中で、まともに航行できる船など限られている。

 それが、あえてこちらに向かってくるということは――ただの遭難ではない。

 バニッシュもまた、視線を前方へ向ける。

 だが、激しい雨と波に阻まれ、はっきりとその姿を捉えることはできない。

 ただ――確かに何かが、嵐の向こうから近づいてきていた。


「とにかく合図を送れ!!」


 ガバルの怒号が、嵐の中を切り裂いた。


「こんな状態でぶつかったら沈むぞォ!!」


 その一声に、見張り役の船員が即座に反応する。


「は、はい!!」


 マストにしがみついたまま、ランタンを高く掲げ――カチッ、カチッ、と規則的に明滅させる。

 光が、闇と豪雨を切り裂くように瞬く。

 ――だが、嵐の向こうから迫る影に、変化はない。

 進路も、速度も、そのままで、まるでこちらの存在など認識していないかのように。


「ダメです!! 船長!! 反応がありません!!」


 見張り役の声が焦りを帯びる。


「なんだとぉー!? どこの(バカヤロー)だ!!」


 すぐさま腰に差していた望遠鏡を引き抜き、乱暴に構える。

 激しい雨の中、片目を細めて覗き込む。


「……な……ありゃ……」


 ガバルの声が、かすかに震えた。


「何だ!? どうしたんだ!?」


 バニッシュが叫ぶ。

 ガバルは望遠鏡から目を離さないまま、歯を食いしばる。

 その顔からは、先ほどまでの豪胆さが消えていた。


「クソったれ……!!」


 吐き捨てるように言う。

 そして、震える声で告げた。


「ありゃ……幽霊船(ゴーストシップ)だ!!」


 その言葉が――嵐よりも冷たいものとなって、甲板に広がった。


「幽霊船……?」


 バニッシュの喉が、ごくりと鳴る。

 ガバルは歯を剥き出しにしながら、荒れる海の向こうを睨みつけた。


「ああ……海の亡者共の船だ! 海で死んだ連中の悪霊が……仲間に引き入れようと、海を彷徨ってやがるのさ……!!」


 その言葉に、バニッシュは息を呑む。

 視線を前方へと向ける。

 夜の嵐、叩きつける雨と、視界を遮る飛沫、その奥に――確かに影があった。


 荒波をものともせず、まるで水面の上を滑るように、こちらへ、まっすぐに向かってくる。


(……なんだ、あれは……)


 波に煽られることもなく、ただ淡々と距離を詰めてくる。


「避けることは出来ないのか!?」


 バニッシュが叫ぶ。


「んなこたぁわかってらぁ!!」


 ガバルが怒鳴り返す。

 そして即座に指示を飛ばした。


「おい!野郎共! 十時の方角に舵を切れ!!」


「了解!!」


 舵を握る船員たちが、必死に力を込める。

 

「ダメです!! 舵がききません!!」


「なにィ!?」


 ガバルの顔が歪む。

 波に煽られたのではない。

 まるで、何かに引き寄せられているかのように――船が進路を奪われている。


「クソォ!! 大砲を準備しろ!! ぶつかる前に沈めてやる!!」


「無理です!! この嵐で火薬が全部やられました!!」


「なにぃぃ!!」


 ガバルの怒声が、嵐をも震わせる。

 歯を食いしばり、手にしていた望遠鏡を今にも握り潰さんばかりの力で握り締める。


「ぐぐ……ッ!!」


 だが、どれだけ怒鳴ろうと、状況は変わらない。

 そして、幽霊船は、確実に近づいてくる。

 その影は、次第に輪郭を持ち始めていた。

 崩れた帆、朽ちた船体、それでもなお沈まず、動き続ける異形の船。

 まるで、死そのものが形を持ったかのように。

 バニッシュは拳を握りしめる。


(手が……ないのか……?)


 嵐の中で、逃げ場のない状況が、じわじわと迫っていた。


「ガバル!俺がなんとかする!!」


 嵐の中、バニッシュの声が鋭く響いた。


「んおあ!?」


 ガバルが振り返る。


「何言ってやがる!お前一人で何が出来るってんだ!?」


「俺の結界で衝突を防ぐ! 上手くすれば――あっちの軌道を逸らせるかもしれない!」


荒れ狂う風雨の中、一歩も引かずに言い放つ。


「な……!? そんなこと出来るのか!?」


 ガバルの目が見開かれる。


「わからない。だが……今はこれしかない!!」


 嵐の轟音の中でも、その言葉ははっきりと響いた。

 ガバルは歯をむき出しにし、ぐぐぐ……と唸る。

 

「……わかった……! お前に任せる!!」


 覚悟を決めた声だった。


「ああ……!」


 バニッシュは力強く頷く。

 そして――すぐさま、意識を集中させた。

 荒れ狂う嵐の中、足元を踏みしめ、両手を前に出す。


(船体の規模……衝突の角度……波の流れ……)


 脳内で、次々と計算が走る。

 この交易船は、魔の森で展開した結界ほどではないにしても、相当な大きさだ。

 さらに――嵐による加速、そして幽霊船の異常な進行、単なる防御では足りない。


 必要なのは反射、衝撃そのものを跳ね返す術式――鏡律封陣アーク・リフレクション・カージ


 バニッシュの足元から、淡く蒼白い光が広がり始める。

 術式が、空間に描かれていく。


「おい!!まだか!?」


 ガバルの焦りの混じった怒声が響く。

 視線の先では――幽霊船が、すでに見える距離まで迫っていた。

 夜の嵐の中でもはっきりと分かる、その異様な姿。

 ボロボロに朽ちた船体、裂けた帆、それでもなお沈まず、進み続ける亡者の船。


 ――ギィ……ギィ……


 不気味な軋みが、波音に混じって響く。


「……もうダメだ……!!」


 ガバルの声に、絶望が混じる。


「ガバル!! 衝撃に備えろ!!」


 バニッシュが叫んだ。

 それを合図にガバルが怒鳴る。


「野郎共!! 船体にしがみつけェ!!」


 船員たちが一斉にロープや柱にしがみつく。

 

「結界展開――鏡律封陣アーク・リフレクション・カージ!!」

 嵐の中、光が爆ぜる。

 船全体を包み込むように、透明な結界が展開された。

 まるで鏡のように、わずかに光を反射する壁。


 そして次の瞬間――ドオォォォンッ!!


 耳をつんざくような轟音が、嵐の中で炸裂した。

 巨大な交易船へと――さらに二回りは大きい幽霊船が、真正面から衝突する。

 衝撃が、空間そのものを揺らした。


「ぐっ……!!」


 バニッシュは歯を食いしばる。

 展開した結界越しに、圧し潰すような力が押し寄せる。

 ガバルも、船員たちも、それぞれロープや柱にしがみつき、海へ投げ出されまいと必死に耐えていた。


「……止まらねぇ……!?」


 ガバルの声に、焦りが混じる。

 幽霊船は、結界にぶつかりながらも――まるで押し潰すかのように、その進行を止めない。


 軋む音が、結界から響いた。

 ミシ……ミシミシ……と、目に見えない壁が悲鳴を上げる。


「っ……!」


 バニッシュの額に汗が滲む。


(反射しきれてない……!)


 いや、正確には――反射してもなお、押し返されている。

 異常な質量と、理不尽な力、それが、亡者の船には宿っていた。


「くそっ……!!」


 バニッシュはさらに魔力を注ぎ込む。

 結界の輝きが一段と強くなる。


「耐えろ……!!」


 ズガガガガ……ッ!!


 幽霊船の船体が、結界の表面を削るように擦れる。

 衝撃が横へと流れ始め、軌道が――わずかに、逸れる。

 巨大な船体が、きしみながら横へと流れていく。


「……やったか!?」


 ガバルが叫ぶ。


「まだです!!」


 見張り役の船員が声を張り上げた。


「旋回して、もう一度来ようとしています!!」


「クソォッ!! しつこい奴だ……!」


 ガバルが舌打ちする。

 幽霊船は、完全には離れていない。

 まるで意思を持つかのように、再びこちらへ向きを変えようとしていた。


「ガバル!!」


 バニッシュが叫ぶ。


「今のうちに、この海域を抜けよう!!」


「だが、舵が――!」


 その言葉を遮るように。


「俺の結界で、さっきよりはマシになったはずだ!!」


 バニッシュが言い切る。

 

「船長!!」


 舵を握っていた船員が叫んだ。


「舵がききます!!」


「……!」


 ガバルの目が見開かれ、にやりと獰猛に笑った。


「よし!! 野郎共ォ!! 全速で駆け抜けるぞォ!!」

 拳を振り上げ、嵐をも切り裂く声で叫ぶ。


「おおォォォ!!」


 船員たちの雄叫びが、甲板に響き渡った。

 

 嵐の只中での死闘のような時間は、やがて終わりを迎えた。

 ガバルと船員たちの必死の操船。

 そして、バニッシュが結界を反射から認識阻害へと切り替えたことで――幽霊船は、まるで獲物を見失ったかのように進路を乱し、そのまま嵐の闇の中へと消えていった。


 だが、それで終わりではなかった。

 再び現れるかもしれない――その恐怖が、船全体に張り付くように残り続けていた。

 誰もが気を抜けず、誰一人として、完全に安心することはできなかった。


 そのまま、長い夜が続く。

 嵐は徐々に勢いを弱めながらも、完全には収まらず、船員たちは一晩中持ち場を離れることなく警戒を続けた。


 そして――夜明け。

 東の空が、ゆっくりと白み始める。

 雲の隙間から、淡い光が差し込み――やがて、昇る朝日が顔を出した。

 

「朝だ……!」


 船員の一人が、思わず声を上げる。

 次第に、それは歓声へと変わっていった。


「やった……!」


「嵐を抜けたぞ!!」


 誰かが叫び、それに続くように声が広がる。

 さっきまでの地獄のような光景が嘘だったかのように――海は穏やかだった。

 風は柔らかく、波は静かに揺れている。

 陽の光が、冷え切った体をじんわりと温めていく。


 バニッシュは、その光景を見届けた瞬間、ふっと力が抜けた。

 展開していた結界を解き、同時に膝が崩れる。


「……っ」


 そのまま、ドサリと甲板に座り込んだ。

 全身から力が抜け、張り詰めていた緊張が、一気にほどけていく。


「ガハハハッ!!」


 豪快な笑い声が響かせ、ガバルが近づいてくる。


「やるじゃねーか!」


 バニッシュの背中を、ばん!と力強く叩いた。


「っ……!」


 衝撃に少し体が揺れるが、それでもバニッシュは苦笑を浮かべる。


「本当に良くやった。感謝するぜ」


 ガバルは歯を見せて笑う。


「……はは……」


 バニッシュは疲労の滲んだ笑みを浮かべる。


「一時はどうなるかと思ったよ……」


 その声は、かすかに掠れていた。


「ま、それも過ぎちまえばいい思い出だ」


 ガバルは肩をすくめる。

 そして、にやりと笑った。


「それに――見ろ」


 顎で前方を示す。

 バニッシュはゆっくりと顔を上げ、その指し示す先へ視線を向けた。

 そこには――穏やかな海の向こう、朝日に照らされて輝く港町の影があった。

 無数の船の帆、立ち並ぶ建物、そして、人の営みの気配。


「……あれが」


 バニッシュは小さく呟く。

 最初の目的地、南の交易都市――ミラリナ。

 嵐を越えた先に待っていた、新たな舞台だった。

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