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【第二部】勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました〜紅蓮の涙《クリムゾン・ティア》〜  作者: まりあんぬさま
妖精迷宮《フェアリー・ラビリンス》編

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チョコっとした温かな時間

 船が出航してから、早くも一日が経過していた。


 最初こそ歓声を上げていたリュシアや黒牙たちも、その単調な景色にはすぐに慣れてしまっていた。


「暇~……」


 ぐでっとベッドに寝転がりながら、リュシアが気の抜けた声を漏らす。

 その隣では、イリヤも同じようにふわふわと空中に寝そべるような体勢で、だらしなく手足を投げ出していた。


「ひま~……」


 駄々をこねる子供のような姿を見て、バニッシュは椅子に腰掛けたまま、苦笑を浮かべる。


「外の景色でも見て来たら――」


「もう見飽きたわよ! 海ばっかりでつまらない!」


 言い終わる前に、リュシアが即座に遮る。


(そりゃ、海の上だからな……)


 バニッシュは心の中で思うも口には出さず、乾いた笑いをする。

「はは……」


「せめてご飯だけでも美味しかったらよかったのに……」


 リュシアはため息をつく。

 その言葉に、セレスティナも小さく頷いた。


「そうですね……メイラさんの料理が恋しいです……」


 既に遥か昔のことのように、遠い目をしている。


 この船の食事は、決して豪華とは言えなかった。

 というより――生きるための燃料、と言った方が近い。

 船員たちは交代で持ち場につき、常に海の変化に目を光らせている。

 いつ嵐が来るかも、魔物が現れるかも分からない状況だからこそ、食事は美味しさよりも効率が優先される。


 パンは水分を奪われたようにボソボソで固く、スープは保存のためか塩気が強く、舌に残る。

 空腹は満たされるが、満足とは程遠い。


 そんな食事を思い出し、バニッシュも思わず苦笑する。

 一方で、黒牙も壁にもたれかかるようにして座り込んでいた。

 いつもなら目を輝かせて何かに興味を示すはずの彼が、今はただぼんやりと床を見つめている。

 その様子を見て、バニッシュは軽く息を吐いた。


「あと少しの辛抱だ。我慢しよう」


 なるべく明るく言う。


「「「はぁ~……」」」


 三人のため息が、狭い船室に重なる。

 その空気に、バニッシュは思わず天井を仰いだ。


 ただ何もしないというのは、時にこれほどまでに人を疲れさせるのかと、改めて思い知らされる。


 どんよりとした空気が船室を満たしていた時、軽い調子の声とともに扉が開き、ひょこりとリーが顔を出した。


「おやおや~なんだか、みんな元気がないにゃ~」


 部屋の様子を一目見て、にこにこと笑う。

 場の空気とはまるで噛み合っていない、その妙な明るさのリーをリュシアは半眼で睨みつける。


「……なんでアンタはそんなに元気なのよ……?」


 呆れと疲れが混ざった声でリュシアは言う。

 だがリーは、気にした様子もなく肩をすくめる。


「そりゃ~こんなに楽しい船旅、楽しまなきゃ損にゃ」


 あっけらかんとした言葉に、リュシアのこめかみがピクッと引きつる。


「楽しいって……ただじっとしてるだけなのに、何が楽しいのよ」


 ぐいっと体を起こし、リーを指さす。

 だがリーは、まるでその反応すら楽しんでいるかのように、にやりと笑った。


「何言ってるにゃ~新しい発見の数々、美味しいご飯――最高だにゃ~」


 指を一本立てる。


「新しい発見……?」


 黒牙がぱちぱちと瞬きをする。

 その言葉に、ほんの少し興味を引かれた様子だ。

 一方、セレスティナは小首を傾げる。


「美味しい……ご飯ですか……?」


 控えめながらも、はっきりと疑問の色が浮かんでいた。

 リュシアに至っては、完全に呆れた様子だった。


「アンタ……不思議な味覚してるのね」


 半ば諦めたように言う。


「そうかにゃ?」


 本気で不思議そうに首を傾げるその様子に、バニッシュは思わず小さく吹き出しそうになるのをこらえた。


「それじゃ~」


 リーが、にやりと意味深に笑う。


「退屈している君たちに~良いものをあげるにゃ~」


 そう言って、ひらりと袖を揺らし、どこからともなく、小さな何かを取り出した。


「ほいにゃ」


 ぱっと掌を開く。


 バニッシュたちは、自然とその手元を覗き込んだ。

 そこにあったのは――小さな包み紙にくるまれた、粒のようなものが五つ。


「何よこれ?」


 リュシアが怪訝そうに眉をひそめる。


「いいから食べてみるにゃ~」


 リーは軽く手を振る。

 バニッシュたちは顔を見合わせ、少しの躊躇いはしたが、リーに勧められるまま、バニッシュが一つ手に取った。

 それに続き、リュシア、セレスティナ、黒牙、そしてイリヤもそれぞれ一粒ずつ取る。


 包み紙を開くと、中から現れたのは――小さな茶色の粒。


「ホントに食べられるの?」


 リュシアが疑わしそうにそれを見つめる。


「大丈夫にゃ~ものは試しに食べてみるにゃ~!」


 その言葉に背中を押されるように――バニッシュたちは、同時にそれを口へ運んだ。


 ――次の瞬間、口の中で、すっと溶け、なめらかに、まるで雪のようにほどけていき――濃厚な甘みが、一気に広がった。


「ん~~!!」


 リュシアが目を見開く。


「なにこれ……!」


 セレスティナも、思わず両手を口元に当てる。


「とても……甘くて……美味しい……!」


 イリヤは羽をばたつかせながら歓声を上げる。


「本当にすごく美味しいよ!」


 黒牙は目を輝かせていた。


「これは……本当に美味いな」


 バニッシュも、素直に驚きを口にする。

 ただ甘いだけではない。

 深みのある味わいが、ゆっくりと口の中に残る。

 

「「何なのよこれ!?」」


 リュシアとイリヤが同時にリーへ詰め寄る。

 完全に先ほどまでの退屈は吹き飛んでいた。

 リーはそんな二人を見て、満足げに頷く。


「これはチョコってやつだにゃ~」


 得意げに言い放つ。


「チョコ……」


 セレスティナが小さく呟く。


「確か、西方の高級なお菓子……ですよね?」


 記憶を辿るように言葉を紡ぐその様子に、リーは満足げに頷いた。


「そうだにゃ~」


 それを聞いたリュシアが、じとっとした視線を向ける。


「なんでアンタがそんなの持ってるのよ!?」


 リーは肩をすくめて笑う。


「ちょっと知り合いに貰ったんだにゃ~」


「それよりも! もっとないの!?」


 イリヤが勢いよくリーに詰め寄る。

 リュシアも横からぐいっと顔を近づける

 二人とも期待に満ちた瞳で、リーの顔を見る。

 

「そうよ!あれだけじゃ足りないわ!」


 二人の圧に、リーはたじろぐ。


「いやいや~……アレだけたにゃ~」


「なんだぁ……」


「えぇ~……」


 リュシアとイリヤは同時に肩を落とした。

 先ほどまでの輝きが嘘のようにしょんぼりとする様子に、バニッシュは思わず小さく吹き出す。


「いや、でも美味しかったよ。ありがとう、リーさん」


 その言葉に、リーはにっと笑い軽く手を振る。


「いやいや~少しはお役に立てて良かったにゃ~」


 どこか照れくさそうな様子だった。

 

 その後――リュシア、セレスティナ、黒牙、イリヤの四人は、チョコの話題で盛り上がり続ける。

 その声は弾み、どこか楽しげで、退屈に沈んでいた時間が、嘘のように消えていた。

 バニッシュは、その光景を静かに眺める。


 揺れる船室の中で――小さな甘味がもたらした温かなひとときが、静かに流れていた。

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