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【第二部】勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました〜紅蓮の涙《クリムゾン・ティア》〜  作者: まりあんぬさま
妖精迷宮《フェアリー・ラビリンス》編

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蒼海への旅路

 桟橋を渡り、バニッシュたちは交易船へと乗り込んだ。

 甲板の上では、まだ船員たちが慌ただしく動き回っている。

 積荷を固定する者、帆の点検をする者、出航の準備はまだ続いていた。

 その中で、ひときわ気楽そうな声が響く。


「いや~~助かったにゃ~」


 さっきまで港で絶望していた男が、すでにすっかり上機嫌でヘラヘラと笑っていた。

 肩に背負った荷物を甲板の隅に置き、辺りをきょろきょろ見回している。


「本当に助かったにゃ~」


 そう言ってバニッシュに向かって手を合わせる。


「困っているのを見過ごせないからな」


 バニッシュは苦笑しながら肩をすくめた。

 すると、リュシアが腕を組みながら男の前に立つ。


「ところでアンタ、何者なのよ?」


 疑わしそうにじっと見る。

 リーは「おっと」と言いながら姿勢を正す。


「これは失礼したにゃ」


 軽く衣服の裾を整え、両手を胸の前で重ねる。

 そして中華風の礼をとった。


「俺は旅の占い師、リー=フェイロンっていうにゃ」


 丁寧なお辞儀、その動きはどこか軽やかだった。


「へー」


 バニッシュが顎に手を当てる。


「変わった名前だな」


「そうだにゃ」


 リーは鼻眼鏡をくいっと押し上げる。


「俺の住んでた村は辺境だったから、よく言われるにゃ」


 どこか誇らしげに言う。

 だが、リュシアの視線は変わらない。


「占い師?」


 腰に手を当て、じとっとリーを見る。


「なんか怪しいわね」


 リーの肩がびくっと震えた。


「そ、そんなことないにゃ……! 結構当たるって評判なんだにゃ……!」


 慌てて手を振る。


「ホントにぃ~?」


 リュシアはまだ疑いの目を向けている。

 リーは冷や汗をかきながら後ずさった。


「本当だにゃ!」


「まあまあ」


 そこへバニッシュが割って入る。


「怪しいんだって仕方ない」


 軽く笑いながら言った。


「せっかく同じ船なんだ。仲良くしよう」


 その言葉にリーはぱっと顔を明るくする。


「そ、そうにゃ! 仲良くしようにゃ~!」


 大きく頷き、勢いよく乗っかった。

 その様子を見て、セレスティナが小さく口元を押さえる。

 黒牙もくすっと笑った。

 こうして、ミラリナへ向かう船の上で――バニッシュたちの奇妙な旅の仲間が、また一人増えたのだった。


「それじゃあ――出航するぞォーーー!!」


 ガバルの野太い声が、港に響き渡った。

 同時に、船の周囲が一気に慌ただしくなる。

 タラップが外され、甲板の上では乗組員たちが次々と持ち場へと散っていく。

 帆が張られ、ロープが引かれ、巨大な船体が軋むようにわずかに揺れた。


 ――ドォン……ッ!


 出航の合図である銅鑼が、重く低い音を響かせる。

 その音は、これから始まる航海を告げるように、海と空へと広がっていった。

 バニッシュは船縁へと歩み寄る。

 そして、岸壁に残る人物へ向けて声を張り上げた。


「タナトス! じゃあ、留守の間頼んだ!」


 港に立つタナトスは、相変わらず背筋を伸ばしたまま静かに佇んでいた。

 そのまま軽く頭を下げる。

 言葉はなくとも、確かな意思が伝わる仕草だった。


 バニッシュはそれを見届け、ゆっくりと視線を海へ戻す。

 船は、ゆるやかに動き出していた。

 岸が、少しずつ遠ざかっていく。

 ミスティリアの街並みが、やがて小さく、そして輪郭を失っていく。

 目指すは――南の交易都市、ミラリナ。

 未知の地、妖精族の樹海へと繋がる最初の一歩だ。


「すごい……! 海ってこんなに広いのね……!」


 リュシアが身を乗り出すように海を見つめる。

 きらきらと瞳を輝かせ、子供のように声を上げた。


 その隣では、セレスティナが風に揺れる髪を押さえながら微笑んでいる。


「とても綺麗ですね……」


 その瞳には確かな高揚が宿っていた。


「うわぁ……! こんなの初めてだ……!」


 黒牙もまた、柵に手をかけて身を乗り出す。

 波が砕け、白い飛沫が陽光を受けてきらめく。

 果てしなく続く青空と海の境界が溶け合うような水平線。

 その全てが、彼らの目には新鮮に映っていた。


 バニッシュは、そんな仲間たちの様子を横目に見ながら、小さく息を吐く。

 そして、ゆっくりと顔を上げた。

 視線の先にあるのは――ただ広がる水平線。

 その向こうには、これから始まる旅、妖精族との出会い、未知のダンジョンという新たな脅威。


 それは、クラウゼリアの未来を左右する選択になるかも知れない。

 不安がないわけではない。

 だが、それ以上に――胸の奥には、確かな期待があった。

 バニッシュは、わずかに口元を緩める。


「よし! じゃあお前らの部屋に案内するか!」


 甲板で進路、海の状態、船員への指示を一通り確認したガバルが、どかどかと足音を鳴らしながら近づいてきた。


「こっちだ」


 そう言うと、振り返ることもなく先頭に立って歩き出す。

 バニッシュたちはその後を追い、船内へと足を踏み入れた。


 外の開放的な空気とは打って変わって、船内は木の匂いとわずかな油の匂いが混ざり合い、どこか閉ざされた空間の圧迫感があった。

 狭い通路を進むたび、船体がきしむ音が足元から伝わってくる。


「ここだ」


 案内されたのは、並んだ二つの船室だった。

 扉を開けると、中は質素そのもので、二段ベッドが一つ、簡素な机と椅子がひとつずつ、窓も小さく、まさに寝るためだけの部屋といった造りだった。


「急遽一人増えたからな、一つは三人で使ってくれ」


 ガバルが腕を組みながら言う。


「なら――俺と黒牙、それとリーさんの三人で使おう」


 バニッシュは振り返り、仲間たちを見渡す。


「隣はリュシアとセレスティナが使ってくれ」


「わかったわ」


 リュシアは軽く頷く。


「セレス、よろしくね」


「はい」


 セレスティナは柔らかく微笑み、軽く頭を下げた。

 一方、リーはきょろきょろと部屋の中を見回している。


「おお~、なかなか趣があるにゃ……」


 妙に感心した様子だった。

 黒牙はすでにベッドに手を触れ、その感触を確かめている。


「毛布は後で持ってこさせる。メシの時間は厳守だ。時間になったら船員が呼びにくる。あと、客船ってわけじゃねぇからな。ウロウロされても困るが……」


 ちらりと全員を見回す。


「ずっと部屋に閉じこもってろってのもつまらねぇだろうし、甲板に出るくらいなら許可する。ただし、船員の仕事の邪魔はするなよ」


「ああ、わかった」


 バニッシュは頷いた。


「色々とありがとう」


「なーに、気にすんな。じゃあ、せめー所だが、ゆっくりしてな」


 そして、ガハハハッ! と豪快に笑いながら、踵を返して去っていった。


 船室に入ると、バニッシュは肩から荷物を下ろし、ゆっくりと息を吐いた。

 狭い空間に、かすかに軋む船体の音が響いている。

 外の喧騒とは切り離された、どこか落ち着くような静けさだった。


「さて……ベッドだが……」


 バニッシュは二段ベッドを見上げ、少し考える。


「黒牙とリーさんで使ってくれ」


「え? でも……」


 黒牙が目を丸くする。

 遠慮がちに言いかけたところで、リーが慌てて手を振った。


「いやいや~!」


 ぶんぶんと首を横に振る。


「一緒に乗っけてもらったのに、ベッドまで使うのは申し訳ないにゃ~」


 どこか本気で遠慮している様子だった。

 だがバニッシュは、肩をすくめて笑う。

「なに、大丈夫さ。俺は床で寝るのは慣れてるからな」


 カイル達と旅をしていた時は、野営でよく外で寝ていた。

 実際、毛布さえあればどこでも寝られるし、何より外で寝るよりも快適だ。


「だったら僕が……」


 黒牙が一歩前に出る。

 だが、バニッシュは首を横に振った。


「いや、お前はまだ子供だ。ちゃんとベッドで身体を休めろ」


 そう言って、優しく微笑む。

 黒牙は一瞬だけ言葉を失い――小さく頷いた。


「……う、うん」

 

 その顔には、少しだけ照れくさそうな表情が浮かんでいた。

 バニッシュはその様子を見て、ふっと息を吐く。


「それより、甲板に行って景色を見てきたらどうだ?」


「え?」


「船旅なんて、中々できるもんじゃないからな」


 黒牙の目が、ぱっと明るくなる。


「……うん! わかった!」


 元気よく頷いた。

 そして、そのまま駆け出すように部屋を飛び出していく。

 扉が閉まる音が、小さく響いた。

 その後ろ姿を見送りながら、バニッシュはわずかに口元を緩める。

 そして、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。


「いや~……色々と申し訳ないにゃ」


 リーが頭をかきながら苦笑する。

 だがバニッシュは、気にした様子もなく答える。


「気にするな、これも何かの縁だ」


 椅子の背にもたれ、天井を見上げる。


 わずかな静寂に身を預けていたその時だった。


 ――もこっと、不意に床に置いたバニッシュの荷物が不自然に揺れた。

 もこ、もこもこ……と、まるで中で何かが蠢いているかのように膨らむ。


「……ん?」


 バニッシュが怪訝そうに視線を向けた。


「狭ーーい!!」


 勢いよく荷物の口が開き、小さな影が飛び出した。

 ふわりと宙に浮かび上がり、羽をぱたぱたと動かしながら、イリヤが顔をしかめていた。


「あ……! イリヤ、まだ……」


 バニッシュが慌てて声をかける。

 だがイリヤは、ぷんすかと頬を膨らませたまま腕を組んだ。


「もう大丈夫でしょ! それに、こんな狭い所にいつまでも隠れてるなんてイヤよ!」


 そのままプンプンと怒った様子で宙を飛び回る。

 小さな羽ばたきに合わせて、部屋の空気がわずかに揺れた。


 本来であれば、妖精族など滅多に人前に姿を現さない存在だ。

 ましてや、船の中で見つかれば――余計な騒ぎになるのは目に見えている。

 だからこそ、ここまでは荷物の中に隠れてもらっていたのだが……どうやら限界だったらしい。


「へ~……妖精族とは珍しいにゃ」


 その様子を見ていたリーが感心したように呟く。


「ま、まあ……色々事情があってな……」


 バニッシュは苦笑しながら頭をかく。

 リーは軽く手をひらひらと振った。


「大丈夫にゃ~」


 気にした様子もなく笑う。


「そっちのことに詮索したりしないにゃ~」


 その言葉に、バニッシュはほっと小さく息を吐いた。


「ふん!」


 イリヤはそっぽを向いて、ぷいっと顔を背ける。

 そのまま、ふわりと窓の方へ飛んでいった。

 船室に一つだけ設けられた、小さな丸窓。

 そこから見えるのは、どこまでも広がる青い海。


「うわ~……!」


 イリヤの目が、きらきらと輝く。


「すごい! これが海なのね!」


 窓にぴたりと張り付くようにして、外を覗き込む。

 その様子は、まるで初めて世界を知る子供のようだった。

 バニッシュはその背中を見ながら、ふっと口元を緩める。


「そういえば……来る時は見れなかったのか?」


 イリヤは、少しだけ顔をこちらに向けて答える。


「そうね。ずっと木箱の中だったし」


 そう言って、またすぐに外へ視線を戻す。

 揺れる海、きらめく波、その一つ一つを、目に焼き付けるように。


 そして、船は進む。

 静かに、しかし確実に、新たな物語の幕開けを乗せて――広大な海原へと、踏み出していった。

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