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【第二部】勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました〜紅蓮の涙《クリムゾン・ティア》〜  作者: まりあんぬさま
妖精迷宮《フェアリー・ラビリンス》編

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15/19

港で拾った珍客

 ダンジョンが生成されたという、妖精族の住まう樹海。

 そこへ向かうためには、まず南方の港町ミラリナへ行かなければならない。

 そしてミラリナへ渡るためには、タナトスが手配してくれたミスト・コネクションの交易船に乗る必要があった。


 その船が停泊しているのは――ミスティリア。

 つまり、バニッシュたちは一度ミスティリアへ移動しなければならない。


 移動手段として用意されたのは、セレスティナの転移魔法陣――ではなく、クラウゼリアの広場の一角に設置された、大型の魔導装置。


 クラウゼリアとミスティリアを繋ぐために新たに設置された――転移魔法装置だった。


 装置は円形の石台の上に構築され、台座には幾重にも重なる魔法陣が刻まれ、その周囲には魔力を制御するための魔導柱が立てられていた。


 この装置は、以前グラドがセレスティナの転移魔法陣を独自に解析し作り出したものを基にしている。


 もっとも――その時に試運転をした時は、散々な結果だった。


 転移先の座標がわずかにずれ、バニッシュはリュシアとセレスティナが浸かる温泉の女湯に飛ばされてしまったからだ。

 バニッシュはグラドと一緒に正座をさせられ、リュシアとセレスティナに散々叱られ、装置はお蔵入りとなった。


 だが今回は違う。

 その反省を踏まえ、装置は一から作り直された。

 セレスティナが術式の調整を担当し、さらにミスティリアの技術でもある魔導刻印を組み込むことで、魔力の流れを安定させたのだ。


 結果として完成したのが、この転移魔法装置だった。


 もっとも――万能な装置というわけではない。

 使用には大量の魔力が必要であり、事前に魔力を充填しておかなければならない。

 さらに一度起動するとしばらく再使用ができないため、使用回数にも制限がある。


 そのため、この装置は普段から頻繁に使われているわけではなかった。

 あくまで必要な時のみ使われる存在だ。


 広場には見送りの仲間たちが集まっている。

 装置の上に立つのは――バニッシュ、リュシア、セレスティナ、黒牙、そして妖精のイリヤ。

 さらに今回、交易船への案内役としてタナトスもミスティリアまで同行することになった。


 それぞれが荷物を背負い、転移装置の中央へと集まる。

 周囲では、仲間たちが静かに見守っていた。


「準備はいいですか?」


 セレスティナが魔導柱の調整をしながら言う。

 装置の魔法陣が、うっすらと光を帯び始める。


「ああ」


 バニッシュは仲間たちを見回した。

 リュシアは腕を組みながら余裕の笑みを浮かべている。

 黒牙は少し緊張した様子で背負った剣の位置を直した。

 イリヤは興味深そうに魔法陣を覗き込んでいる。

 そしてタナトスはいつもの落ち着いた表情のままだ。


「じゃあ、起動します」


 セレスティナが魔力を流し込むと、装置に刻まれた魔導刻印が一斉に光を放った。

 魔法陣が輝きを増し、空間が微かに歪む。

 光が柱のように立ち上がり、装置の中心を包み込む。

 見送りの仲間たちの姿が、光の向こうで揺れた。


 そして――バニッシュたちの姿は、光の中へと溶けるように消えていった。

 こうして彼らは、クラウゼリアを後にし――ミスティリアへと転移したのだった。




 転移の光が消えていくと、バニッシュたちはミスティリアの転移広場に立っていた。


 足元に刻まれた魔法陣の光がゆっくりと収まり、周囲の景色がはっきりと視界に戻る。


 クラウゼリアよりも人の気配が多く、海の都市特有のざわめきが広がっている。


「久しぶりね」


 リュシアが軽く伸びをしながら周囲を見渡す。

 セレスティナは転移装置の状態を確認し、魔力の余波がないことを確かめてから静かに頷いた。


「問題ありません」


 タナトスはその様子を見届けると、穏やかな声で言った。


「では、港へ向かいましょう」


 こうしてバニッシュたちは、タナトスの案内のもとミスティリアの港へと向かった。

 ミスティリア特有の水路を使った道を回遊船に乗り抜け、街を南へ進むと、ミスティリアの港が見えてくる。


 そこには、想像以上の光景が広がっていた。

 巨大な交易船、細長い商船、漁船のような小型船、大小さまざまな船が港に並び、帆柱が林のように立ち並んでいる。

 港では絶えず人が動き回っていた。

 木箱を担ぐ作業員、船から荷を下ろす者、商人たちが声を張り上げ、荷の確認をしている。

 怒号と掛け声、波の音、木箱のぶつかる音で港全体が一つの巨大な市場のように動いていた。


 そんな喧騒の中を、タナトスは迷いなく歩いていく。

 

「手配した船はこちらになります」


 そう言って示された先を見た瞬間、バニッシュたちは思わず言葉を失った。

 目の前に停泊しているのは――巨大な交易船だった。

 三本の大きな帆柱、分厚い船体、荷物を運び込むための桟橋が何本も架けられている。


 その規模は、バニッシュたちが想像していたものを遥かに超えていた。


「……これに乗るのか?」


 バニッシュは船を見上げながら呟く。

 思わず首が後ろに反るほど大きい。

 タナトスは当然のように頷いた。


「こちらが交易路の途中でミラリナへ寄港いたします。船室もいくつか空いているようでしたので、こちらを手配いたしました」


 さすがミスト・コネクションといった感じで、交易船の規模も桁違いだった。


「では、一度、船長に挨拶しておきましょう」


 タナトスは周囲を見回す。

 やがて、ある人物に目が止まった。


 甲板の近くで、作業員たちに指示を出している男だ。

 積荷を運ぶ者たちに手を振り、時には怒鳴り声を上げている。


「……あちらですね」


 タナトスはそう言うと、その人物の方へ歩き出した。

 バニッシュたちも、その後ろを追う。


 港の喧騒の中を進み、タナトスは甲板近くで作業員たちに指示を出している男の前で足を止めた。


「ガバル船長」


 タナトスが声をかけると、大きな声で何か指示を出していた男が振り返った。

 いかにも海の男といった風貌の人物だった。

 日焼けした肌に、肩幅の広いがっしりとした体格。

 そして何より目を引くのは、胸元まで伸びる立派な顎髭だ。

 その姿は、交易船の船長というより――むしろ海賊船の船長といった方がしっくりくる。


「んお? なんだ、タナトスじゃねーか」


 片手を腰に当てながら、にやりと笑う。


「何の用だ? 酒の差し入れか?」


 ガハハハッと腹の底から響く笑い声。

 港の喧騒に負けないほど大きな声だった。

 タナトスはその冗談を軽く受け流すように、淡々と頭を下げる。


「お忙しいところ失礼いたします。先日お伝えしていた方たちを、お連れいたしました」


「んあ? ああ、あのミラリナまで同乗したいってやつか」


 ガバルは顎髭を撫でながら思い出すように唸り、ぽんと手を叩くと、視線がタナトスの後ろに立っているバニッシュたちへ向いた。

 バニッシュは一歩前へ出る。


「バニッシュ=クラウゼンだ。よろしく頼む」


 そう言って右手を差し出す。


「んおお! 俺はこの船の船長をやってるガバルってんだ」


 ガバルは豪快に笑いながらその手を掴んだ。

 ごつい手が、バニッシュの手をがっしりと握る。


「よろしくな!」


 そのまま顔を近づけ、まじまじとバニッシュの顔を見る。

 

「……なんだか頼りなさそうなおっさんだな」


 ガハハハッと大声で笑い出した。

 周りで荷物を運んでいた船員たちもつられて笑う。

 バニッシュは苦笑いすると後ろからリュシアに小突かれた。


「何笑ってるのよ」


 バニッシュは軽く咳払いをして続ける。


「それとこっちは仲間のリュシア、セレスティナ、黒牙だ」


 順番に紹介していく。

 リュシアは腕を組みながら軽く顎を上げる。

 セレスティナは丁寧に会釈をした。

 黒牙は少し緊張した様子で頭を下げる。


 ガバルは三人を見回し、にやりと笑った。


「んほぉ! こいつはべっぴんさんが二人もいるじゃねーか!」


 顎髭を撫でながら、リュシアとセレスティナを見て豪快に笑う。

 そして視線が黒牙へ向いた。

「それに、まだ小さいが――こっちの奴はいい目してやがる」


 黒牙の瞳をじっと見る。

 海の男特有の勘なのかもしれない。

 ガバルは最後に腕を組み、豪快に笑った。


「よし! 歓迎してやるぜ、クラウゼン一行!」


 巨大な交易船の甲板に、その笑い声が響いた。


 ガバルは腕を組みながら、目の前のバニッシュたちを見回した。


「まあ、客船ほど立派じゃねーが、船室はちゃんとキレイにしてある」


 親指で船の方を示す。


「好きに使ってくれ」


 巨大な船体の側面には、いくつもの船窓が並んでいる。

 交易船ではあるが、長距離航海のために船室もしっかり整えられているらしい。


「助かる」


 バニッシュは頷く。

 そしてふと、海へと視線を向けた。

 水平線の向こうには、これから向かう南方の海が広がっている。


「ミラリナまではどれくらいで着くんだ?」


 そう問いかけると、ガバルは「んう~ん」と唸った。

 顎髭を撫でながら海の様子を眺める。

 波の流れ、風の向き、空の色、長年海を見てきた目で海の状態を見定める。


「そうだな。順調にいけば――二日ってところだな」


「二日か……」


 バニッシュは顎に手を当てる。

 思っていたより早いが、海の旅は天候や潮の流れに左右されるものだ。

 その様子を見て、ガバルは豪快に笑った。


「なーに心配すんなって! ミスティリア一の名船長の俺が、ちゃんと届けてやるからよ!」



 バンッとバニッシュの背中を叩く。

 その衝撃でバニッシュは前につんのめった。


「ぐほっ……! ……頼んだ」


 むせながら苦笑いする。

 その様子を見て、リュシアが呆れた顔をする。

 セレスティナと黒牙は小さく笑っていた。

 

「それでは船長、お願いいたします」


 そう言ってタナトスは、軽く頭を下げた。


「おう、任せとけ」


 ガバルは片手を上げて答える。

 こうしてバニッシュたちは桟橋を渡り、船へと乗り込もうとした。

 その時だった、遠くから慌てた叫び声が響く。


「ま、待ってにゃ~~~!!」


 全員の足が止まり声の方に視線を向ける。


「俺もその船に乗るにゃ~~!!」


 港の向こうから、こちらへ向かって全力で走ってくる男がいた。

 桟橋の向こうから駆けてきた男は、船の前まで辿り着くと、その場で膝に手をついて大きく息を吐いた。


「いや~……間に合ったにゃ……!」


 肩で息をしながら顔を上げる。

 その姿は、どこか風変わりだった。

 中華風の衣装に身を包み、肩には旅人らしく荷物を背負っている。

 細く糸のように閉じた目に、鼻の上にはちょこんと乗った小さな鼻眼鏡。

 そして何より――全体的に、妙に猫っぽい男だった。

 男は荷物を肩から下ろすと、懐から一枚の紙を取り出した。


「はい、コレ、乗船のチケットにゃ」


 差し出されたそれを、タナトスが受け取り、内容を確認する。

 そして――ゆっくりと目を細めた。


「失礼ですが、貴方は何か勘違いをしておられるようですね」


「はにゃ? 何のことだにゃ?」


 男は首を傾げる。

 タナトスは淡々と説明する。


「こちらはミスト・コネクションが管理する交易船です。客船ではございません」


「そ、そんなはずないにゃ!」


 男は慌てて声を上げた。

 そしてバニッシュたちを指差す。


「あの人達だって乗ってるにゃ!」


 タナトスは静かに首を横に振った。


「彼らは、こちらの配慮で同乗する方々です」


 そう言いながら、手に持っていたチケットを男へ向ける。


「それに、こちらのチケットの船は、一時間前に出航しておりますよ」


 チケットの一部を指で示し言い放った。


「そ……そんなバカにゃ……!」



 男はそれを受け取り、まじまじと見つめる。

 チケットを両手で持ったまま、ぷるぷると震え出した。

 どうやら――本当に時間を間違えていたらしい。


「そんにゃ~~!!」


 港に、情けない叫び声が響いた。


「これじゃ完全に遅れてしまうにゃ~~~!!」


 男は両手で頭を抱え、その場でしゃがみ込む。

 細い目からは涙を流し、鼻眼鏡はずり落ちかけている。

 チケットを握りしめたまま、ぷるぷると肩を震わせていた。

 そんな男を見て、バニッシュは少し困ったように頭をかいた。


「おーい! アンタ、どこまで行くつもりなんだ?」


 バニッシュが声をかけると男が顔を上げた。


「はにゃ?」


 涙目のまま情けない顔で答える。


「み、南の都市……ミラリナまでにゃ」


 バニッシュは視線をタナトスに向ける。


「タナトス、この人も一緒に乗せてやれないか?」


 タナトスは一瞬だけ目を細めた。


「しかし、それは……」


 そバニッシュは、もう一人に視線を向けた。


「ガバル、アンタにもお願いしたい」


「んお?」


 ガバルは顎髭を撫でながら男を見る。

 そして、男の荷物や格好をざっと観察した。


「まあ、行き先は同じみたいだしな。一人増えても、俺は一向に構わんぞ!」


 ガハハハッと豪快に笑った。

 バニッシュは再びタナトスを見る。


「頼む」


 真っ直ぐな視線に、タナトスは静かに息を吐いた。

 

「……仕方ありませんね」


 やれやれ、と言いたげな表情で諦めたように言った。

 

「ホントかにゃ!?」


 男の顔が一気に明るくなる。

 そして勢いよく立ち上がった。


「ありがとうにゃ~~!!」


 バニッシュへ向かって、ぶんぶんと大げさに手を振る。

 その様子を見て、リュシアが小声で呟いた。


「……なんか騒がしい奴を拾ったわね」


 バニッシュは苦笑する。

 こうして、予定外の乗客を一人加え――ミラリナ行きの航海が始まろうとしていた。

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