お騒がせ妖精イリヤ
ダンジョン攻略に向かうメンバーも決まり、会議室の空気はすっかり出発ムードに包まれていた。
――明日には準備を整えて出立だと、誰もがそう思っていた。
だが、その計画は、思いもよらぬところでつまずくことになる。
「ところで、妖精族の住む樹海って、どこにあるのよ?」
リュシアが顎に指をあて、ふと口を開いた。
その一言で、室内の空気がぴたりと止まる。
「……そうだな」
バニッシュも腕を組み、顎に手を当てる。
「イリヤ、どの辺にあるんだ?」
視線を向けられたイリヤは、ふふんと胸を張った。
「えーとね、あっちね!」
ビシッと、自信満々に勢いよく指を伸ばす。
「ずーっと、あっちの方にあるわ!」
何とも言えない微妙な空気が流れる。
リュシアは深いため息をしながら、額に手をあてる。
「あのねぇ! それじゃ分かんないでしょ!」
「そんなこと言われても! あっちとしか言えないわよ!」
イリヤも負けじとリュシアの目の前まで顔を近づける。
「せめてもうちょっと具体的な場所を教えなさいよ!」
またもや、二人は火花が散り始める。
バニッシュはやれやれと頭をかき、席から立ち上がった。
「まあ、落ち着け」
テーブルの上に、一枚の紙を広げる。
「地図だと、どの辺か分かるか?」
イリヤは身を乗り出し、紙を覗き込み、じっと見つめる。
「……何よこれ?」
「何って、地図に決まってるでしょ」
リュシアは呆れた顔になる。
「地図……?」
イリヤは首を傾げる。
まるで聞いたこともない単語のように。
「そんな物、知らないわ!」
「知らないって……じゃあどうやって向かうのよ!?」
「こんな物なくても、自分の住む場所くらい分かるわよ!」
イリヤはふんと胸を張り得意げにいう。
どうやらイリヤの話によると、妖精族は本能や体感によって自分たちの生まれた地へと戻ることができるらしい。
いわば――渡り鳥のような帰巣本能だ。
風の流れ、森の匂い、木々に宿る魔力、そういったものを感覚で捉え、自然と帰るべき場所へ導かれるのだという。
「なるほどな……だが、大まかでも場所が分からないと準備も出来ないぞ」
正確な座標がないとセレスティナの転移魔法は使えない。
そうなると、移動にも時間がかかるため、ある程度の場所や距離がわからないと移動にかかる時間や荷物の量を決められない。
持っていける荷物にも限界はあるため、あまりにも長距離の移動となると、途中の街や村などで調達することも視野に入れなければならない。
「ていうか、アンタどうやってこっちまで来たのよ?」
リュシアが腕を組んだままイリヤを見る。
するとイリヤは、ふふんと胸を張った。
「私たちの住む樹海の近くに、でっかい街があってね。そこから出てた船に乗り込んで来たわ!」
「……海を渡って来たのか」
バニッシュは思わず眉を上げる。
「ん……? 船に乗ったって……お金はどうしたんだ?」
ふと、疑問が浮かぶ。
イリヤの体は小さい、とても貨幣を持ち歩けるようには見えない。
「お金……? 何よそれ?」
イリヤは首を傾げる。
バニッシュとリュシアは同時に目を瞬かせた。
「近くにあった木箱に入ってたら乗れたわよ」
イリヤの言葉に、室内が――静まり返る。
「つまり、密航して来たってことか……」
さすがのグラドも腕を組んだまま、唖然とした顔でぽつりと言う。
「なかなかおもろいことするなぁ」
ツヅラが扇で口元を隠し、くすくすと笑う。
「何よ? ダメだったの?」
イリヤは不思議そうに首を傾げた。
「ダメに決まってるでしょ!!」
リュシアのツッコミが会議室に響いた。
「しかし、樹海の近くの大きな街、だけじゃ場所の特定は難しいな」
バニッシュは頭をかいた。
地図を見下ろしながら腕を組む。
「せめて、イリヤが船に乗った街だけでも特定できればな……」
地図を指でなぞりながら、バニッシュがうーんと唸る。
イリヤの話だけでは特定するのは難しい。
そもそも妖精族の住む樹海がどこにあるのかわからないのに、その近くの大きな街という情報だけでは曖昧すぎる。
「ふむ……」
バニッシュの隣で、タナトスが静かに思考を巡らせていた。
「その侵入していた木箱ですが、何か入っていましたか?」
「え? そうねぇ……」
腕を組み、思い出すように目を閉じて考え込む。
やがて、ぱっと顔を上げた。
「確か! ものっすごく柔らかい布が入ってたわ! おかげで、着くまでぐっすり眠れたの!」
その寝心地を思い出すように、うっとりと目を細める。
リュシアが思わず呟く。
「……密航のくせに快適そうね」
バニッシュは苦笑する。
「柔らかい布、か」
だが、タナトスの表情は変わらず続けて質問をする。
「他に何か、感じたものはありませんか?」
「他? うーん……」
イリヤは再び考え込む。
「あ! そういえば!」
ぱんっと手を叩き、ぱたぱたと空中で羽を動かす。
「果物のすっごくいい香りがしたわ!」
「果物?」
バニッシュが眉を上げる。
「ええ! 甘くて、すっごくいい匂いだった!」
イリヤは力強く頷く。
タナトスは顎に手を当てる。
「柔らかい布……果物の香り……」
呟きながらタナトスは思考を巡らせ、やがて、タナトスの口元が、ゆっくりと吊り上がった。
「なるほど。そういうことですか」
バニッシュが顔を上げる。
「心当たりがあるのか?」
「ええ、見当はつきました」
タナトスは軽く頷いた。
そして、ニヤリと口角を上げる。
その言葉に、室内の視線が一斉に集まる。
タナトスは地図の前に立ったまま、静かに語り始めた。
「おそらく――彼女が乗った船というのは交易船だったのでしょう。話を聞く限り、乗り継いだ様子はありません。つまり、一度の航海で王都方面へ向かった船」
指先で地図をなぞる。
「そして、侵入していた木箱。中に入っていたのは、非常に柔らかい布、そして、果物の香り、この条件を満たす交易品は、そう多くありません」
タナトスは目を細める。
まるで探偵が真実を解き明かす瞬間のように、皆の視線を一斉に集めて語る。
「その布は、おそらく――ポムラムから作られる高級シルクでしょう」
「ポムラム?」
黒牙が小さく呟く。
ミュレアが補足するように口を開く。
「南方の方で飼育されている羊。主食を果物のみにすることで、その羊毛から作られる糸は非常に滑らかで、ほのかに果物の香りを含むシルクになる」
「つまり、そのシルクを取り扱い、王都と交易している港町となると――ここしかありません」
タナトスは、謎解きの最後の一手のように、地図の一点を指差した。
室内の視線が集まる。
バニッシュが地図を覗き込み、呟いた。
「なるほど……南の――ミラリナか」
南方最大級の港町。
南の交易の要衝として知られる都市だ。
「なら、まずはミラリナへ向かう船の手配をして――」
バニッシュは、すぐに行動に移そうと顔を上げる。
「大丈夫」
その言葉を遮るように、ミュレアが静かに言った。
そして、ゆっくりとタナトスへ視線を向ける。
タナトスは軽く頭を下げる。
「承知しました」
そして、バニッシュへ向き直る。
「我がミスティリアでも、ミラリナとの交易を行っております」
「本当か?」
バニッシュが目を上げる。
「ええ、ちょうど数日内に出航する船があります。その船に同乗できるよう、こちらで手配しておきましょう」
その言葉に、バニッシュの表情が明るくなる。
「それは助かる。すまないが頼んだ」
バニッシュは頭を下げる。
タナトスは首を横に振る。
「お気になさらず、我々が貴方に持ち込んだ件です」
視線の先には、イリヤがいる。
「これくらいは協力いたします」
こうして、最初の目的地はミラリナへと決まった。
そこから始まる、妖精族の樹海への旅路。
未知のダンジョン――この旅の行く末は、まだわからない。
しかし、これは新たな運命と縁を紡ぐ始まりであることを、バニッシュはまだ知らない。




