【番外編】ギルバートの横で 2 side:ハイネ
ヴァイオリンの音色と共に優雅な音楽が会場に響き渡る。アグニス陛下とオリヴィアのファーストダンスが始まった。
物語に出てくる王子様とお姫様のようだった。オリヴィアのドレスが花を咲かすように広がる。
オリヴィア、本当に綺麗だ。
そっと、僕の手にギルバートが触れてきた。
見上げるとギルバートは僕を見ていた。僕は微笑み、その指に自分の指を絡めてオリヴィアに視線を戻した。
拍手喝采が起き、アグニス陛下達のファーストダンスが終わった。
次の曲が始まると貴族達が番をそして、恋人を誘いダンスを始める。
「ハイネ、俺と踊ってくれますか?」
差し出された手はシャンデリアの明かりでシルバーの指輪が輝いていた。
「……はい」
そっと手を重ねると優しく引かれる。柔らかなギルバートの唇が僕の手の甲に触れる。
「魅せてやろう、ハイネ」
手を引かれ、僕達は曲に合わせて踊り始める。
ギルバートが触れる場所全て熱い。他の貴族を見るな、俺だけを見ろ、とその瞳で匂いで伝えてくる。
腰に回された手がぐっ、と引き寄せられ近くなる顔に僕は息を飲む。このままキスされるのではないか、と思うくらいの距離だった。
僕はギルバートのお陰で今、この場所で胸張って踊れている。
「イシュタルグの悪魔はもういないみたいね」
「あの二人、素敵ね」
聞こえてる?ギルバート。
僕は貴方に救われた。
「ギルバート、ありがとう」
ギルバートは僕のその言葉に微笑みで返してくれた。
曲が終わると僕達の周囲には貴族達からの次の踊りの誘いが殺到した。
僕は嫌だった。ギルバート以外と踊りたくなかった。
「ハイネ!」
オリヴィアの声がした。
「オリヴィア……様」
「やだ、オリヴィアって呼んで」
オリヴィアが僕の手に触れる。その顔は悲しそうだった。
「オリヴィア、綺麗だよ」
「ハイネもよ。ねえ、誘って」
僕はギルバートを見る。ギルバートは微笑んで頷いてくれた。
「僕と踊ってくれますか?」
オリヴィアに手を差し出す。
「もちろんよ」
オリヴィアはアグニス陛下の時の表情とはまた違った顔で僕に答えた。
「ハイネ、今幸せ?」
「オリヴィアは?」
僕はオリヴィアとゆっくり踊り始める。
「幸せよ。だって、素敵な旦那様と一緒だもの」
「僕も幸せだよ。こんな幸せが来ると思わなかった」
僕達は同じ境遇だった。それが今、二人で幸せを噛み締めあっている。
「やだ、ハイネ泣かないで」
「うるさいよ」
「私まで泣きそうになるじゃない」
ちゃんと踊れているだろうか。分からないけど、楽しかった。
「オリヴィア、おめでとう」
「遅くなっちゃったけど、ハイネもおめでとう」
僕はオリヴィアとダンスを終えて、ギルバートを探した。次の曲が始まる。
「……っ」
ギルバートは知らない女性と踊っていた。
その人は僕だけの人だ。誰にも触れて欲しくない。どうしよう。どうしたらいい。
落ち着け、ここは舞踏会だ。
「イシュタルグの悪魔だったら騒いでたな」
少し僕の声を低くした声が横から聞こえる。
声がした方向を見れば僕と同じオレンジの瞳を持った人が立っていた。
「……兄様」
「久しぶりだな、ハイネ。少し話さないか」
きっと会うとは思っていた。あんなことがあったが、イシュタルグ家は伯爵だ。それに新当主としての力量を見られるはずだ。
ギルバート、行ってくる。
僕は変わったんだ。
バルコニーで庭園を二人で眺める。
静寂な時間を風が埋めていく。
「……申し訳なかった」
最初に口を開いたのは兄様だった。
「私はお前が苦しいともがいてるのを知っていた。助けてやれなかった。心のどこかで、オメガは害だ、とずっと思っていた。本当に申し訳なかった」
兄様が僕に頭を下げている。
「私には最近、婚約した人がいるんだ。その人はオメガなんだ。アルファやベータにオメガ。確かにそういう区分はやっかいだが、好きになった人にそういうのは関係なかったんだって……気付かされた」
兄様は本当に申し訳なかった、と僕に頭を下げる。きっと兄様も父様達が言っていたから僕避けていたんだ。
父様達もその上の世代から受け継がれた嫌悪だ。誰も悪くない。結局そういう答えになる。
いつか、僕達みたいな人がいなくなるだろうか。
「父と母には、しっかり罪を償ってもらうつもりだ。もちろん、私も。今後、オメガの為の施設が出来ると聞いた。そこに資金援助等をしようと考えている。もちろん借金も返済はしていく」
真剣な眼差しだった。きっと、この話をしたのは自分への決意もあるのだろう。
「弟も同じようにオメガの人と幸せな家庭を築いているらしい。今は食堂を営んでいる、と言っていた」
「……みんな変わってきて、いるんですね」
「ああ、いつかお前が帰って来たくなるようなイシュタルグ家にしてみせるよ」
もう帰らないと決めた場所だった。本当に変わることができるなら、今後子供が生まれた時とか顔を見せに行ってもいいかもしれない。
「待ってます」
僕がそう言うと、兄様が両腕を小さく広げる。
「……抱きしめてもいいか?」
「はい、兄様」
兄様が優しく僕を抱擁する。
目頭が熱くなった。ずっと胸の奥にあった過去の悲しい、寂しい、といった負の感情が溢れ出て流れていく。
「ううっ……兄様っ」
ずっとこうやって家族に抱きしめてもらいたかった。
「ごめんな、本当にごめん」
僕はきっと、兄様を本当に受け入れられるまで時間はかかるかもしれない。だけど、この抱きしめてくれた体温と家族としての温もりは忘れない。
今後、イシュタルグ家が変わったらギルバートを連れて会いに行こう。
二人で抱き締め合いながら泣いたあと、中に戻るとギルバートと一緒に踊っていた女性がいた。
「……エリザ」
兄様はそう言って、女性を抱きしめるとギルバートに頭を深く下げて離れて行く。
「ちゃんと話できたか?」
「うん、ありがとう」
ギルバートは涙で濡れた僕の頬を撫でる。その優しい手に擦り寄ればギルバートは抱き寄せて頭を撫でてくれた。
「頑張ったな、ハイネ」
「……うん」
僕はイシュタルグ家が変われることを信じている。
だって、僕が変われたんだから。




