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七 終幕


【前回のあらすじ】

紗英の変化に気づいた秘書・凛は、社用車の走行記録を密かに調べ始める。同じころ佐伯は、犯人像を「高い知性と社会的地位、満たされないプライドを持つ人物」と絞り込み、容疑者名簿の中に、経済誌の表紙で笑う紗英の顔を見つける。包囲網は静かに狭まっていく。

その夜、紗英は郊外の部屋で、灯をお風呂に入れていた。いつもと変わらない夜のはずだった。灯は湯船の中で、小さな両手で水面を叩き、声を上げて笑っていた。紗英もまた、珍しく声を出して笑っていた。

だが、入浴を終え、灯をタオルで包んだとき、紗英のスマートフォンに、見覚えのない番号から着信があった。彼女の個人情報に詳しい、懇意にしている情報提供者からだった。

「紗英さん、妙な動きがあります。特捜本部の照会リストに、御社の名前が」

電話は、そこで切れた。

紗英は窓辺に歩み寄った。カーテンの隙間から、遠くの通りに、赤い光が明滅しているのが見えた。パトカーの回転灯。一台ではなかった。複数の光が、通りの端からゆっくりと、こちらへ向かって近づいてくる。

驚かなかった。理性はずっと知っていた。いつか、この日が来ることを。ただ、それが今夜であることを、心が受け入れるのに数秒かかった。

腕の中で、灯は湯上がりの温かさのまま、うとうとと眠りかけていた。

想像してしまった。捕まった自分を。明日の報道を。「哀れな誘拐犯」。「男に捨てられた女の成れの果て」。経済誌の表紙で笑っていた女が、手錠をかけられて連行される写真。世間が、あの笑顔を嘲る声。完璧だったものが、音を立てて泥にまみれていく、その光景が、ありありと目に浮かんだ。

そして、何より耐えられなかったのは、灯が別の女の腕に渡される光景だった。

灯は、きっと泣くだろう。見知らぬ職員に抱かれて、泣き叫ぶだろう。そして、時間が経てば、いつかその誰かにも笑いかけるようになるだろう。私に見せたのと、同じ顔で。

――この子が私を選んだ証明が、私のものでなくなる。

その考えが浮かんだ瞬間、紗英の中で、何かが決定的に切り替わった。

階段を上がる複数の足音が聞こえた。誰かが扉越しに、彼女の名前を呼んだ。佐伯の声だった。会ったこともないのに、なぜかそれが佐伯だと、紗英にはわかった気がした。

紗英は灯を抱き直し、その額に、そっと唇を当てた。

「あなたは、私の子よ。最後まで」

ドアが破られた。光が雪崩れ込んだ。

そのとき、部屋の中で何が起きたのかは、踏み込んだ者たちだけが知っている。ただ、一つだけ確かなのは、それまでかすかな泣き声と水音に満ちていた夜が、不意に、完全な静寂に沈んだということだった。

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