第73話 なんか学園祭前は落ち着かない
学園祭まで、あと二日。
放課後。
校内の雰囲気は、完全に学園祭一色になっていた。
「そっち、もう少し右!」
「看板持ってきて!」
「誰かガムテープ知らない!?」
廊下を歩くだけで、あちこちから声が飛んでくる。
教室の前には段ボール。
天井には飾り付け。
普段なら怒られそうな場所にまで、派手なポスターが貼られている。
「学園祭って、こんなに大変だったっけ……」
『マスター』
隣を歩くナナが答える。
『マスターは実行委員長です』
「そうだった」
忘れたい事実を思い出した。
◇
「大豆島君!」
廊下の向こうからユイ先輩が走ってきた。
両手いっぱいに資料を抱えている。
「ちょうどよかったのである!」
「嫌な予感しかしない」
「仕事である!」
「やっぱり」
資料を半分渡される。
「飲食エリアの最終確認! 展示エリアの電源確認! 武闘会の観客席確認!」
「多いですよ」
「実行委員長だからな!」
「ユイ先輩は?」
「生徒会長としてもっと忙しいのである!」
そう言われると何も言えない。
「では頼んだ!」
走り去っていく。
「元気だな……」
『ユイさんの活動量は、本日だけで一般的な生徒の約三倍です』
「そんなことまで分かるの?」
『はい』
何に使うデータなんだろう。
◇
最初に向かったのは飲食エリア。
「先輩!」
ひよりが屋台の前から手を振る。
頭には三角巾。
エプロン姿だった。
「どうですか?」
「何が?」
「これです!」
くるりと回る。
エプロンの裾が揺れた。
「似合ってる」
「……!」
ひよりの顔が一気に赤くなる。
「ありがとうございます!」
分かりやすい。
『ひよりさんの心拍数上昇を確認しました』
「ナナさん!?」
『事実です』
「言わなくていいです!」
ひよりが慌てている。
屋台の看板を見る。
【ひよりの欲張り屋台】
「……全部やることにしたの?」
「はい!」
ホットドッグ。
フライドポテト。
チョコバナナ。
最初に迷っていた三つが全部書いてある。
「絞れなかったので、全部やります!」
「大丈夫?」
「みんな手伝ってくれるので!」
楽しそうだからいいか。
◇
次は展示エリア。
「ナギさん!」
天音が大きなパネルを抱えていた。
「ちょうどよかったです」
「何してるの?」
「展示の最終確認です」
見る。
【大豆島凪・配信活動の軌跡】
「まだやるのか……」
「もちろんです」
天音は真顔だった。
初期配信。
ダンジョン探索。
ナナとの出会い。
大量のコメントをまとめたパネル。
そして――。
【伝説の切り抜きコーナー】
「これ必要?」
「絶対必要です」
「絶対?」
「絶対です」
最古参の圧が強い。
『ナナも必要だと判断します』
「ナナまで?」
『マスターの記録は重要です』
「恥ずかしいんだけど」
「それがいいんです」
「何が?」
天音は答えず、眼鏡を押し上げた。
◇
最後は体育館。
武闘会の会場は、ほぼ完成していた。
リング。
実況席。
大型モニター。
観客席。
数日前とは比べものにならない。
「すごいな」
『はい』
ナナも体育館を見渡す。
『二日前と比較して、完成度は大幅に上昇しています』
「いよいよって感じだな」
『マスター』
「ん?」
『楽しみですか?』
少し考える。
「まあ、楽しみかな」
面倒なことも多かった。
実行委員長にされて。
解説まで任されて。
最後にはエキシビションマッチまで決まった。
それでも。
ひよりは楽しそうだった。
天音も楽しそうだった。
りくは武闘会に燃えている。
シオンも、少しだけ楽しみにしているように見えた。
「みんな楽しそうだからな」
『……』
ナナが俺を見る。
「どうした?」
『ナナも楽しそうですか?』
「え?」
『ナナも、みんなに含まれていますか?』
珍しい質問だった。
「当たり前だろ」
即答する。
「ナナも一緒だよ」
青白い瞳が、わずかに大きくなる。
『……はい』
ナナが俺の隣へ少しだけ近づく。
『ありがとうございます』
「今度は俺が数える?」
『不要です』
「即答だな」
『ですが』
ナナは髪に触れる。
俺が買った、青い花の髪飾り。
『今の言葉は永久保存します』
「また保存するのか」
『重要です』
そう言って。
ナナは少しだけ笑った。
◇
「凪君」
声を掛けられる。
振り返る。
体育館の入口にシオンが立っていた。
「シオン」
「準備は順調?」
「たぶん」
「たぶんなのね」
シオンが小さく笑う。
そして完成したリングへ視線を向けた。
「いよいよね」
「緊張してます?」
「少し」
意外だった。
「シオンでも?」
「するわよ」
シオンは静かに答える。
「たくさんの人の前で戦うんだもの」
その視線が、トーナメント表へ移る。
左のブロック。
氷鉋シオン。
そして反対側。
探索者協会推薦の招待選手。
鑪璃艶。
「璃艶のこと、気になります?」
少しだけ間があった。
「ええ」
「やっぱり強い?」
シオンはすぐには答えなかった。
リングを見つめたまま、静かに言う。
「もし戦うことになったら」
「うん」
「全力でいくわ」
それだけだった。
でも。
シオンがそんな言い方をする相手だ。
弱いはずがない。
『マスター』
ナナの声が聞こえる。
『やはり警戒を推奨します』
「分かってる」
学園祭まで、あと二日。
楽しみな気持ちと。
ほんの少しの嫌な予感。
その二つが混ざりながら。
学園祭本番は、すぐそこまで近づいていた。
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