第72話 なんか後輩が強くなっている
学園祭まで、あと三日。
武闘会を目前に控えた校内は、いつも以上の熱気に包まれていた。
廊下を歩けば、聞こえてくる話題は一つ。
「今年の優勝はシオン先輩かな」
「でも協会の招待選手もいるんだろ?」
「名前なんだっけ?」
「たしか……鑪?」
「強いの?」
「知らん」
そんな会話があちこちから聞こえてくる。
名前だけは広まっている。
でも、実力を知る者はほとんどいない。
「先輩」
ひよりが教室へやって来た。
「おはようございます」
「おはよう」
「今日の放課後、お時間ありますか?」
「特訓か?」
「はい!」
力強く頷く。
「あと三日しかありませんから」
その表情には、不安よりも闘志が見えた。
「もちろん付き合うよ」
「ありがとうございます!」
ぱっと笑う。
以前なら「迷惑じゃありませんか?」なんて遠慮していた。
少しずつ、前へ出られるようになってきたらしい。
◇
放課後。
訓練場には、武闘会へ向けた自主練習の生徒たちが集まっていた。
木刀を振る者。
魔力操作を確認する者。
互いに模擬戦を繰り返す者。
みんな本気だ。
「お願いします!」
ひよりが木剣を構える。
「いつでも」
俺も軽く構えた。
「行きます!」
一直線の踏み込み。
速くなっている。
以前より迷いがない。
剣筋も素直だ。
「でも」
俺は半歩だけ横へ動く。
ひよりの剣が空を切った。
「えっ?」
「焦るな」
「はい!」
振り向きざまに二撃目。
悪くない。
でもまだ力みがある。
軽く受け流し、距離を取る。
「試合は長い」
「最初から全部出し切ると、後半で苦しくなる」
「……はい」
「一呼吸置け」
ひよりは目を閉じ、小さく息を吸った。
そしてもう一度構える。
今度は動きが柔らかい。
「そう」
「その方がいい」
何度か打ち合ううちに、ひよりの動きは少しずつ安定していった。
◇
「さすがですね」
拍手が聞こえた。
振り向くと、妻科カオリさんが訓練場へ入ってきていた。
「協会の巡回ですか?」
「ええ」
笑顔で頷く。
「学園祭前だから、安全確認も兼ねてね」
ひよりも頭を下げる。
「お疲れさまです」
「頑張ってるわね」
カオリさんは優しく微笑んだ。
「武闘会、楽しみにしているわ」
「はい!」
ひよりは嬉しそうに返事をする。
◇
「マスター」
ナナが俺の隣へ現れる。
『解析完了です』
「何を?」
『ひよりさんの成長率です』
空中に小さなグラフが浮かぶ。
『キャンプ以降、戦闘効率は約二十三パーセント向上しています』
「そんなに?」
『はい』
ひより本人も驚いた顔をしている。
「本当ですか?」
『本当です』
「すごい……」
照れくさそうに笑う。
「でも」
ナナが続ける。
『まだ伸びます』
「え?」
『ひよりさんは試合になると緊張します』
「……します」
『それが一番の課題です』
図星だったらしい。
ひよりは苦笑した。
「そこまで分かるんですね」
『はい』
「ナナは優秀だからな」
『ありがとうございます』
ナナは俺を見上げる。
『三十三回目です』
「また増えた」
『更新しました』
「その機能、本当に便利なのか?」
『私には重要です』
真顔で答える。
思わず笑ってしまった。
◇
その頃。
校舎から少し離れた来賓用駐車場。
一台の黒い車が静かに停まる。
後部座席のドアが開いた。
長い黒髪の女性がゆっくりと降り立つ。
鑪璃艶。
彼女は体育館を見上げ、小さく目を細めた。
「あと三日」
その視線は、武闘会ではなく。
もっと別の何かを見据えているようだった。
静かな風だけが、その言葉を運んでいった。
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