第74話 学園祭前日は、なんか眠れない
学園祭まで、あと一日。
放課後。
校内は最後の準備に追われていた。
「そこ、もう少し右!」
「展示パネル運んで!」
「配線気を付けてー!」
あちこちから声が飛ぶ。
普段は静かな校舎も、今日はまるで別の場所みたいだった。
「実行委員長!」
ユイ先輩が階段を駆け下りてくる。
「最終確認である!」
「まだ仕事あるんですか?」
「まだ山ほどある!」
「ですよね」
もう驚かない。
実行委員長になってから、驚くことには慣れた。
◇
まず向かったのは体育館。
武闘会会場は、ほぼ完成していた。
中央にはリング。
周囲を囲む観客席。
大型モニター。
実況席。
「本当に大会ですね」
ひよりが感心したように見回す。
「ここで戦うんですね……」
少しだけ緊張した声だった。
「緊張してる?」
「はい」
素直に頷く。
「でも、それ以上に楽しみです」
そう言って笑った。
以前なら、不安ばかり口にしていただろう。
少しずつ、自信がついてきた証拠だった。
◇
「よう!」
りくが手を振りながらやって来る。
すっかり足も治ったらしい。
「準備できてるか?」
「俺は実況だけどな」
「最後に試合あるだろ?」
「それが問題なんだよ」
まだ納得していない。
「まあまあ」
りくは笑う。
「お前なら何とかなるって」
「根拠がない」
「今まで全部何とかしてきただろ」
「それは……」
否定しづらい。
◇
展示エリアでは、天音が最後の確認をしていた。
「あっ、ナギさん!」
大きく手を振る。
「見てください!」
展示パネルが並んでいる。
配信の歴史。
コメント欄。
切り抜き。
思った以上に立派だった。
「……本当に展示するんだ」
「もちろんです」
天音は満足そうに頷く。
「皆さんにも見ていただきたいので」
「恥ずかしいんだけど」
「それも含めて歴史です」
最古参リスナーらしい答えだった。
◇
『マスター』
ナナが隣へ来る。
『全体の準備状況を確認しました』
「どうだった?」
『学園祭全体、完成度九十八パーセントです』
「あと二パーセントは?」
『ユイさんが走り回っています』
見る。
遠くでユイ先輩が段ボールを抱えて全力疾走していた。
「あれか」
『あれです』
思わず笑ってしまう。
◇
夕方。
全体ミーティングが始まった。
「みんな!」
ユイ先輩がステージへ立つ。
「長い準備、お疲れさまである!」
拍手が起きる。
「いよいよ明日!」
「深界原学園学園祭、本番である!」
さらに大きな拍手。
「飲食!」
「展示!」
「武闘会!」
「全部成功させるぞー!」
「おーっ!」
体育館中に声が響いた。
その熱気に、思わず笑ってしまう。
◇
解散後。
体育館を出ると、空はもう夕焼けだった。
「終わりましたね」
ひよりが隣を歩く。
「いや」
「始まるんだ」
「あ……」
そうか。
準備が終わっただけだ。
本番は明日。
「先輩」
「ん?」
「明日、頑張ります」
「俺も頑張るよ」
「はい!」
ひよりは笑顔で走っていった。
◇
昇降口。
靴を履き替えていると、シオンがやって来た。
「凪くん」
「シオン」
「明日、よろしくね」
「こちらこそ」
シオンは小さく微笑む。
「いい学園祭にしましょう」
「はい」
その笑顔には、いつもの余裕があった。
でも。
どこか静かな闘志も感じる。
きっと彼女も、武闘会を楽しみにしているのだろう。
◇
帰り道。
ナナが俺の隣を歩く。
『マスター』
「ん?」
『明日は忙しくなります』
「そうだな」
『実況』
『実行委員』
『エキシビションマッチ』
『全部あります』
「考えたくなくなってきた」
『ですが』
ナナが小さく微笑む。
『ナナがいます』
「……そうだった」
『はい』
「ありがとう」
『三十三回目です』
「また更新か」
『もちろんです』
そう言って、ナナは俺の右手を見た。
右手に刻まれた紋章。
一瞬だけ、淡く光った気がした。
『……』
「ナナ?」
『いえ』
ナナは静かに首を振る。
『気のせいなら、いいのですが』
その表情だけが、少しだけ曇っていた。
学園祭まで、あと一日。
誰もが明日を楽しみにしていた。
――その裏で、何かが静かに動き始めていることを。
まだ誰も知らなかった。
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