第66話 ポスターの俺がなんか別人な件
学園祭まで、あと八日。
昼休み。
俺は生徒会室へ呼び出されていた。
「実行委員長!」
扉を開けた瞬間、ユイ先輩が一枚の紙を高々と掲げた。
「ポスターが完成したぞ!」
「もうですか」
「見たまえ!」
その言い方だけで、嫌な予感がした。
◇
渡されたポスターを見た瞬間。
俺は固まった。
【探索者武闘会開催!】
大きな文字の下に、俺とシオンが背中合わせで立っている。
シオンは氷をまとい。
俺は拳を構え。
背景では雷まで落ちていた。
「誰ですか、このイケメン」
「君である!」
「違います」
即答した。
どう見ても俺ではない。
実物より目つきが鋭い。
肩幅も広い。
身長も高い。
「10センチくらい盛ってません?」
「細かいことは気にするな!」
「気になります。修正してください」
などと言っては見たものの
「却下である」
予想通りの返答だった。
無駄なあがきはやめよう。
◇
「私も見ます!」
ひよりが横から覗き込んだ。
「わあ!」
目を輝かせる。
「すごいです!」
「盛りすぎだろ」
「でも格好いいですよ?」
「絵だからな」
「現実の先輩も格好いいです」
真顔で言われた。
こういう時、ひよりは強い。
「……ありがとう」
「はい!」
嬉しそうに笑う。
その横で、天音はすでに端末を構えていた。
「配信用のサムネイルにも使えそうです」
「使わない」
「保存しました」
「早いな」
「念のためです」
「何の念だよ」
展示会の素材にされる未来しか見えない。
◇
『マスター』
ナナがポスターへ顔を近づける。
じっと見つめたあと、静かに言った。
『修正点があります』
「ある?」
『はい』
ナナが俺の顔とポスターを交互に見比べる。
『笑顔が三・二パーセント不足しています』
「そんな細かいの分かるのか」
『分かります』
即答だった。
『また、目元の柔らかさが正確ではありません』
「俺、そんなに柔らかい顔してる?」
『ナナと話している時は、平均より柔らかくなります』
「そうなの?」
『はい』
少しだけ得意そうだった。
『ナナなら、もっと正確に描けます』
「対抗しなくていいから」
『対抗ではありません』
ナナは首を横に振る。
『正確性の追求です』
「それ、だいたい対抗って言うんだぞ」
◇
『それでは!』
突然、エイトが割って入った。
嫌な予感しかしない。
『ナナちゃんの意見を反映した修正版を公開します!』
「やめろ」
ポスターがホログラムで書き換わる。
俺の背中に翼。
周囲には光の粒。
背景には巨大な月。
さらに、俺の後ろから巨大なナナが見守っている。
「誰だこれ!」
『マスターです!』
「違う!」
『かなり盛りました!』
「認めるな!」
【クラゲ:www】
【しろまる:ラスボス感】
【ねむ太:映画ポスター】
【古参A:ナナちゃんが守護神になってる】
「いつから配信してた?」
『さっきからです!』
「勝手に始めるな!」
最近、本当に誰も俺の許可を取らない。
◇
「これは駄目である」
珍しくユイ先輩が真面目な顔になった。
「普通のものに戻せ」
『はい……』
エイトがしょんぼりする。
元のポスターへ戻った。
こっちも十分盛られているが、さっきよりは百倍ましだ。
「では、このまま校内に貼るぞ!」
「本当にこれで?」
「もちろんである!」
「俺の確認は?」
「今、確認したではないか!」
「了承はしてません」
「細かいことは気にするな!」
またそれだった。
◇
その時。
コンコン。
生徒会室の扉がノックされた。
「失礼するわ」
入ってきたのは、鑪璃艶だった。
長い黒髪。
柔らかな笑み。
今日も隙のない立ち姿だ。
「準備は順調みたいね」
穏やかな声。
それなのに、部屋の空気がわずかに張り詰める。
シオンが静かに立ち上がった。
「何かご用ですか?」
「武闘会の確認よ」
璃艶は笑顔のまま答える。
「参加者一覧を見せてもらおうと思って」
「協会には送ってあります」
「そう。なら大丈夫ね」
璃艶の視線が、俺へ向く。
「大豆島凪くん」
「はい」
「ポスター、素敵ね」
「本人よりかなり盛られてますけど」
「そうかしら」
璃艶は俺の顔をじっと見る。
「私は、実物の方が面白そうだと思うけれど」
「面白そう?」
「ええ」
何を意味しているのか分からない。
璃艶はシオンさんへ視線を移す。
「武闘会、楽しみにしているわ」
「……そうですか」
シオンさんの声は冷たかった。
璃艶は気にした様子もなく、軽く手を振る。
「では、また」
そのまま生徒会室を出ていった。
扉が閉まる。
しばらく誰も口を開かなかった。
◇
『マスター』
ナナの声が小さく響く。
「どうした?」
『警戒レベルが上昇しました』
「また?」
『はい』
ナナは扉を見つめていた。
『鑪璃艶の発言、視線、心拍数、呼吸に不自然な変化は確認できません』
「じゃあ、問題ないんじゃないか?」
『いいえ』
ナナは首を横に振る。
『不自然なほど自然です』
その言い方に、背中が少しだけ冷えた。
「シオンさんは?」
「……私も警戒しているわ」
「理由は?」
「まだ確証がない」
シオンはそれ以上話さなかった。
ユイ先輩が手を叩く。
「暗い顔をしても仕方がない!」
無理やり空気を変えるように声を上げた。
「まずはポスターを貼るぞ!」
「俺も?」
「実行委員長だから当然である!」
結局、逃げられなかった。
◇
放課後。
校内の掲示板へポスターを貼り終えた頃には、外は夕焼けに染まっていた。
ユイ先輩たちは別の準備へ向かい。
シオンも協会から呼び出され。
気づけば、俺とナナだけが廊下に残っていた。
「今日は助かったよ」
『当然です』
ナナは少しだけ胸を張る。
『ナナはマスターのサポートAIですから』
「それでも、ありがとう」
『……』
ナナが立ち止まった。
「どうした?」
『もう一度お願いします』
「何を?」
『ありがとう、を』
「……ありがとう」
『はい』
ナナは満足そうに微笑む。
『本日二十七回目です』
「そんなに言った覚えないぞ」
『独り言も含みます』
「独り言まで数えてるの?」
『はい』
「なんで?」
『マスターから感謝された回数は、ナナの大切な記録だからです』
何でも記録するAIらしいと言えば、らしい。
でも。
そんなことを嬉しそうに言うようになったのは、少し前までのナナとは違う。
歩き出そうとした時。
制服の袖が、くいっと引かれた。
「ん?」
ナナが俺の袖をつまんでいる。
『……』
「離さなくていいの?」
『問題ありません』
「いや、周りに見られるだろ」
『現在、この廊下に他の生徒はいません』
「そういう問題かな」
『問題ありません』
二回言った。
袖をつまむ力は弱い。
でも、離す気はないらしい。
俺たちはそのまま、並んで廊下を歩いた。
◇
『マスター』
「ん?」
『今日のポスターですが』
「ああ」
『ナナは、本物のマスターの方が好きです』
「……」
足が止まりそうになった。
『絵よりも、今ここにいるマスターの方が、ずっと格好いいです』
「そういうこと、さらっと言うな」
『事実です』
ナナは不思議そうに首を傾げる。
『褒めてはいけませんか?』
「いや。駄目じゃないけど」
『では、今後も継続します』
「ほどほどにしてくれ」
『検討します』
たぶん、やめる気はない。
夕焼けをごまかすように、俺は窓の外へ視線を向けた。
「……ありがとう」
『二十八回目です』
「また数えた」
『はい』
ナナは嬉しそうに笑う。
俺の袖をつまんだまま。
学園祭まで、あと八日。
不穏な気配は近づいている。
それでも今は。
この何でもない帰り道を、もう少しだけ歩いていたいと思った。
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