第61話 学園祭準備は、なんかだいたい人手が足りない
鑪璃艶と遭遇した翌日。
俺は朝から生徒会室にいた。
「人手が足りん!」
上千歳ユイ先輩が机を叩いた。
朝一番から元気だった。
元気すぎた。
「学園祭実行委員長!」
「俺ですか」
「君である! 状況の改善についてだが……」
「嫌な予感しかしません」
「君がなんとかするんだ!」
「どうやって?」
「気合い!」
「帰ります」
「待て!」
肩を掴まれた。
逃げられなかった。
◇
生徒会室の中は思った以上に戦場だった。
段ボール。
資料。
ポスター。
企画書。
申請書。
予算書。
机の上に山積みになっている。
「こんなにあるんですか」
「ある!」
「学園祭って大変なんですね」
「毎年大変である!」
ユイ先輩は胸を張った。
自慢することじゃない。
たぶん。
「シオンも手伝ってくれ」
「私は生徒会じゃないのだけれど」
「幼馴染特権だ」
「そんな特権はないわ」
シオンがため息をつく。
だが帰る気はないらしい。
結局手伝っている。
昔からこうなのだろう。
◇
俺は企画一覧を見る。
【飲食エリア】
【探索者武闘会】
【コスプレ喫茶】
【大豆島凪展示会】
「最後のは中止ということで」
「却下である」
却下された。
「展示会は天音ちゃんがやるそうだ」
あいつ本気だ。
怖い。
黒歴史が発掘されそうだ。
◇
「そういえば」
俺は顔を上げる。
「シオンさん」
「なにかしら」
「ユイ先輩と幼馴染なんですよね」
「そうよ」
即答だった。
「小学校から一緒」
「へぇ」
「私は真面目だった」
「今も真面目でしょう」
「ユイは昔から騒がしかった」
「騒がしいとはなんだ!」
本人が抗議した。
「静かだった時期あるんですか?」
「ないわ」
シオンが少し笑う。
最近よく笑うようになった気がする。
協会本部の一件から少し肩の力が抜けたのかもしれない。
「シオンは昔から優秀だったのである」
ユイ先輩が言う。
「勉強もできる。運動もできる。探索者としても天才」
「褒めすぎよ」
「事実である」
ユイ先輩は頷く。
「だから今でも心配なのだ」
一瞬だけ。
空気が変わった。
シオンも気付いたらしい。
少しだけ視線を逸らした。
「……私は大丈夫よ」
「そうだといいのだがな……」
そのやり取りを見て。
なんとなく分かった。
この二人。
本当に長い付き合いなのだ。
◇
昼過ぎ。
生徒会室の扉が開いた。
「失礼します!」
ひよりだった。
その後ろから天音も入ってくる。
「お疲れ様です!」
「何しに来たんだ?」
「差し入れです!」
紙袋が掲げられる。
中身は肉まんだった。
「おお」
ユイ先輩が目を輝かせた。
「ひよりちゃんは良い子である!」
「ありがとうございます!」
ちょろい。
生徒会長がちょろい。
天音もファイルを取り出した。
「展示会のレイアウト案です」
「本気だな」
「本気です」
即答だった。
怖い。
非常に怖い。
「黒歴史コーナーは」
「あります」
「消せ」
「却下です」
なぜみんな却下するんだ。
◇
その時だった。
端末が震える。
メッセージ。
差出人は協会本部。
少しだけ空気が変わる。
「また面倒事ですか?」
ひよりが不安そうに言う。
「まだ分からない」
画面を開く。
短い文面だった。
【学園祭武闘会に関する追加連絡】
【妻科カオリ、鑪璃艶の来校日程が確定】
【詳細は後日通知】
それだけだった。
なのに。
なぜか目が止まる。
鑪璃艶。
昨日会ったばかりの名前。
「どうしたの?」
シオンが聞く。
俺は端末を見せた。
シオンの表情がわずかに曇る。
本当にわずかに。
普通なら気付かない程度。
でも俺は見た。
「やっぱり気になるんですか」
「……少しね」
珍しく歯切れが悪い。
その時。
『マスター』
ナナの声が響いた。
「どうした?」
『昨日と同じです』
「同じ?」
『嫌な予感がします』
またそれだった。
ナナは論理で動く。
予感なんて言葉は滅多に使わない。
だからこそ少し気になる。
「考えすぎじゃないか?」
『可能性はあります』
ナナは答える。
『ですが、警戒は継続します』
真面目な声だった。
◇
その後も学園祭準備は続いた。
ポスター作り。
会場配置。
企画確認。
予算調整。
やることは山ほどある。
「人手が足りん!」
ユイ先輩が再び叫ぶ。
「さっきも聞きました」
「足りないものは足りないのである!」
生徒会室に笑い声が広がる。
学園祭はまだ先だ。
でも。
少しずつ形になっている。
楽しいイベントになるはずだった。
たぶん。
きっと。
そうなるはずだ。
……鑪璃艶という名前が、少しだけ引っかかる以外は。
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