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配信切り忘れた俺、ダンジョン管理AI(たぶん美少女)の最推しになっていた  作者: 斎藤ゆうすけ
第三章 キャンプ場でのドキドキ潜伏生活

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第55話 なんか勝手に退院祝いが配信されていた

 りくが退院した。


 といっても、右脚はまだ完全には治っていない。


 固定具は外れたけれど、しばらく激しい運動は禁止。


 ダンジョン探索も、もちろん禁止。


 本人は不満そうだった。


「もう歩けるんだけどな」


「歩けるのと戦えるのは別です」


 ひよりが、ファミレスの席でぴしゃりと言った。


「りくさんは、しばらく絶対に無茶しちゃ駄目です」


「わかってるって」


「本当ですか?」


「本当だって」


『信用できません』


 ナナが俺の隣で淡々と言った。


 白銀の髪を揺らし、淡く青白い瞳でりくを見る。


 今日は仮実体化している。


 ファミレスの一番奥、周囲から見えにくい席を選び、エイトが軽く認識阻害をかけているらしい。


 とはいえ、俺からは普通に見える。


 普通に、という言い方が合っているかは微妙だけど。


 白い光で編まれたワンピース。


 少し透けた輪郭。


 足元に揺れる光の粒子。


 ファミレスのオレンジ色の照明の中でも、ナナだけ少し別の世界みたいに見えた。


「ナナまで言うか」


『りく個体は、負傷状態でも戦闘行動を選択する可能性は高いです』


「個体って呼ぶなって」


『では、りくさんは、負傷状態でも戦闘行動を選択する可能性が高いです』


「言い直しても内容がきつい」


 りくは笑って、フライドポテトを一本つまんだ。


「でもさ、オレの奥義でみんなが助かったのは事実だろ?」


「それはそうですけど……」


 ひよりが不満げに同意する。


「なら、今日は退院祝いだ。説教は半分で頼む」


「半分は受けるんですね」


 天音が赤いフレームの眼鏡を押し上げながら言った。


 今日は視聴者ではなく、同じ席にいる。


「茂菅さん、何飲んでるの?」


「メロンソーダです」


「意外だな」


「意外ですか?」


「もっとコーヒーとか飲みそう」


「今日はお祝いなので」


 天音は、少し照れたようにグラスを両手で持った。


「それに、ナギさんと同じものにしました」


「え?」


 俺の前にも、メロンソーダがある。


 適当に選んだだけだった。


『天音個体のアピールを確認しました』


「ナナさん!?」


 天音の顔が一気に赤くなる。


『訂正します。天音さんのアピールを確認しました』


「訂正してもアピールとか、そういうこと言わないでください!」


 ひよりが、ちらっと俺を見る。


「じゃ、じゃあ私もメロンソーダにすればよかったです」


「飲みたいもの飲めばいいだろ」


「そういう問題じゃないんです!」


 ひよりは、なぜか真剣な顔でオレンジジュースを見つめている。


 りくがにやにやしながら言った。


「ひより、今から変えてくれば?」


「変えません! オレンジジュースも好きなので!」


「じゃあ、オレンジジュースでアピールだな」


「どうやってですか!?」


 シオンが、そのやり取りを見て、静かに笑っていた。


 S級に復帰したばかりの氷鉋シオン。


 いつもなら凛とした空気をまとっている人なのに、今日は少し柔らかい。


 ファミレスの照明。


 テーブルに並ぶ料理。


 騒がしい会話。


 そういうものを、少し眩しそうに見ている。


「シオンさん、どうしました?」


「いいえ」


 シオンさんは小さく首を振った。


「こういう場所で、こういうふうに食事をするのは、少し久しぶりだと思って」


「シオンさん、ファミレス来ないんですか?」


「あまり来ないわね。任務の合間に一人で食べることはあるけれど、こうしてみんなで、というのは」


 そこで、言葉が少し止まった。


 寂しそう、というほどではない。


 でも、楽しそうなのに、どこか遠くを見ている。


 たぶん、シオンさんにも色々ある。


 両親のこと。


 姉のこと。


 協会のこと。


 S級という立場。


 その全部を、棚上げすることは簡単ではないのだろう。


 だけど、シオンはすぐに微笑んだ。


「だから、今日は楽しいわ」


 ひよりが、ぱっと顔を明るくする。


「じゃあ、また来ましょう!」


「ええ」


「絶対ですよ?」


「ええ。約束するわ」


『約束を記録しました』


 ナナが言った。


「ナナさんは、そんなことも記録するんですか?」


『大事な予定なので』


「ふふ。ありがとう、ナナさん」


 シオンが笑うと、ナナは少しだけ頷いた。


『シオン個体の笑顔を確認。状態は安定しています』


「ナナさん、そういうところはまだAIね」


『ナナはナナです』


「そうだったわね」


 シオンは、楽しそうだった。


 その顔を見て、少し安心する。


 りくがハンバーグを大きめに切りながら、俺の皿を見た。


「ナギ、それだけで足りるのか?」


「足りるけど」


「もっと食えよ。探索者だろ」


「今日は探索してない」


「関係ない。食える時に食う」


 りくは自分の皿からポテトを数本、俺の皿に乗せた。


「はい、退院祝いのおすそ分け」


「退院した側が渡すのか」


「いいだろ」


『りくさんのアピールを確認しました』


「ナナ!」


「アピールじゃねぇよ! いや、ちょっとはそうかもだけど!」


 りくまで顔を赤くする。


 ひよりが負けじと、サラダの小皿を俺の方へ押した。


「せ、先輩。野菜も食べてください」


「ひより?」


「栄養バランス、大事ですから」


『ひよりさんのアピールを確認しました』


「ナナさん、全部言わなくていいです!」


 天音が小さく手を上げる。


「あ、あの、ナギさん」


「何?」


「その……デザート、半分食べますか?」


 天音の前には、チョコパフェがある。


「いいの?」


「はい。少し多いので」


『天音さんのアピールを再確認しました』


「ナナちゃん!」


 テーブルが一気に騒がしくなる。


 俺はどうしたらいいか分からず、シオンを見る。


 シオンは楽しそうに頬杖をついていた。


「凪くん、人気者ね」


「他人事みたいに言わないでください」


「他人事ではないけれど、今日は見守る側に回るわ」


「助けてはくれないんですね」


「こういう時は、自分で何とかするものよ」


 無理だ。


 ダンジョンより難しい。


 すると、ナナがそっと俺の袖を引いた。


『マスター』


「何?」


『ナナもアピールを実行します』


「しなくていい」


『します』


 ナナは真顔で、俺の前に小さな皿を置いた。


 そこには、フォークで一口分に切られたパンケーキが乗っている。


『マスター。あーんを推奨します』


 空気が止まった。


「……ナナ?」


『マスターの糖分補給に適切です』


「絶対それだけじゃないだろ」


『ナナの隣接アピールも含まれています』


「言い切った」


 ひよりが硬直し、天音が眼鏡を押さえ、りくが「おお……」と声を漏らす。


 シオンは口元に手を当てて笑っている。


「ナナさん、強いわね」


『はい。ナナは強いです』


「その強いじゃないと思う」


 俺はパンケーキを見る。


 ナナを見る。


 全員が見ている。


「……自分で食べる」


『却下します』


「却下されるのか」


『マスターは、ナナのアピールを受け取るべきです』


「べきって何」


『べきです』


 逃げ場がない。


 俺は諦めて、ナナの差し出したフォークからパンケーキを食べた。


 甘い。


 というか、周囲の視線が痛い。


『摂取を確認しました』


「確認しなくていい」


『ナナのアピール成功を記録します』


「記録するな」


『します』


 その時。


 テーブルの端に置いていた端末から、ぽこん、と軽い通知音が鳴った。


 続けて、画面に文字が流れる。


【しろまる:今の何】


【クラゲ:ファミレス?】


【ねむ太:寝落ち配信かと思ったら修羅場だった】


【切り抜き職人:素材】


 俺はゆっくり端末を見る。


 エイトが、にこにこ笑っていた。


『はいはーい! サプライズ配信でーす!』


「エイト?」


『りくちゃん退院祝い、身内限定のゆる配信! のつもりだったんですが、設定を間違えて普通に公開になってました!』


「おい」


『てへっ』


「てへ、じゃない!」


 天音が真っ赤になってスマホを確認する。


【しろまる:あまねこ現地参戦?】


【クラゲ:情報量多い】


【アルト:ナナちゃん今いた?】


【名無し探索民:美少女いた?】


【切り抜き職人:素材が多すぎる】


 ナナが静かにエイトを見る。


『エイト』


『はい』


『説明を要求します』


『いやー、ファミレス日常回も需要あるかなって』


『配信を停止してください』


『もう止めました!』


 エイトが両手を上げる。


 画面に【配信終了】の文字が出た。


 遅い。


 何もかも遅い。


 りくが腹を抱えて笑い出した。


「ははっ、やばいなこれ!」


「笑いごとじゃないです!」


 ひよりが真っ赤な顔で叫ぶ。


「私、サラダ押しつけてました!」


「俺はポテトあげたな」


「私はパフェを……」


 天音が机に顔を伏せる。


「終わりました……最古参として終わりました……」


「いや、たぶん終わってない」


 シオンだけが、くすくす笑っていた。


「楽しそうでいいじゃない」


「シオンさん、余裕ですね」


「私は見守っていただけだから」


 そう言いながらも、シオンの表情は本当に楽しそうだった。


 少し寂しそうで。


 でも、それ以上に嬉しそうで。


 ナナは俺の隣で、真剣な顔をしていた。


『マスター』


「何?」


『ナナのあーん映像が公開された可能性があります』


「そこ?」


『重要です』


「重要なのか」


『はい』


 ナナは、ほんの少しだけ俺を見る。


『マスターは嫌でしたか』


「……嫌ではないけど」


『記録しました』


「するな」


『します』


 りくは笑っている。


 ひよりは慌てている。


 天音は顔を伏せたまま小さく震えている。


 シオンは優しく見守っている。


 ナナは、俺の隣で少しだけ誇らしそうにしている。


 そしてエイトは、反省している顔をしながら、たぶんまったく反省していない。


 退院祝いの食事会。


 配信事故つき。


 平穏とは言いがたい。


 でも。


 協会本部であれだけ大変なことがあったあとに、こうしてみんなで騒いでいる。


 それは、たぶん悪くない。


「……次から、エイトの配信権限は制限する」


『えー!』


『賛成します』


「ナナは即答だな」


『当然です』


 俺はため息をつきながら、残ったメロンソーダを飲んだ。


 甘くて、少し炭酸が抜けていた。


 それでも。


 今日の味としては、悪くなかった。

お読みいただきありがとうございます。


本作はカクヨムでも連載中です。


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