第54話 なんかまた自作自演扱いされてるんだけど
配信を終えて、家に帰った。
ダンジョンから戻ったあとの部屋は、いつも通り静かだった。
靴を脱いで、リュックを置く。
採取してきた《蒼苔石》の袋を机の上に出すと、端末からナナの声がした。
『マスター。採取物の状態確認を推奨します』
「あとでいいだろ」
『湿度管理が不十分な場合、品質が低下します』
「素材より俺の休憩を優先してほしい」
『マスターの休憩は最優先事項です。ですが、採取物の品質低下も損失です』
「優先事項、多くない?」
『マスター関連項目はすべて高優先度です』
「便利な言葉だな」
俺はため息をつきながら、袋を開けた。
青みがかった苔石が、机の上にころころと並ぶ。
ダンジョンの中では地味に見える素材だけど、部屋の明かりの下で見ると意外ときれいだ。
『状態良好です』
「よかったな」
『はい。マスターの採取技術は安定しています』
「褒めるところ、そこ?」
『褒める箇所は多数あります。順番に提示しますか』
「しなくていい」
『残念です』
残念がるな。
俺は着替えを済ませ、冷蔵庫から麦茶を出した。
コップに注いで一口飲む。
その間にも、端末には通知がぽつぽつ届いていた。
「なんか通知多いな」
『本日の配信切り抜きが投稿されています』
「早くない?」
『切り抜き職人個体の作業速度は非常に高いです』
「個体呼びやめてやれ」
画面を見ると、見覚えのある場面が並んでいた。
【底辺探索者、歩いているだけでゴブリンを処理】
【武器を抜かずにスパイクバットを完封】
【ナギさんの“普通”が普通じゃない件】
「タイトルが大げさ」
『内容は事実です』
「歩いてるだけではない」
『マスター基準では、そうかもしれません』
「含みのある言い方」
コメント欄も伸びていた。
ただ、反応はきれいに二つに分かれている。
【またAI動画だろ】
【前も自作自演って話だったじゃん】
【ライブっぽく加工してるだけでは?】
【ナナとかいうAIが演出してるんでしょ】
【底辺探索者がこんな動きできるわけない】
「まあ、こうなるよな」
これまでの騒動を収めるために、エイトは俺の活躍をかなりぼかした。
というか、世間的にはこういう扱いになっている。
大豆島凪は、AI動画を使って自分を強く見せていた。
要するに、自作自演。
あの時は、それで助かった。
でも今は、その火消しがそのまま返ってきている。
『マスターを虚偽の自作自演個体として扱う発言を確認。不快です』
「俺は気にしてないけどな。むしろ、自作自演と思ってもらえたほうが、ナナたちと静かに暮らせるし」
『はい』
ナナの声が、いつもより少し低い。
俺は麦茶をもう一口飲みながら、画面をスクロールした。
すると、見慣れた名前が並んでいた。
【あまねこ:これはライブで見てました。加工ではないと思います】
【しろまる:ナギさんは前からこういう動きします】
【クラゲ:初見には信じにくいかもだけど、古参は知ってる】
【アルト:疑ってたけど、最近の配信見て考え変わりました】
【ねむ太:寝落ちできないくらい本物】
【切り抜き職人:素材は切り抜きましたが映像加工はしてません】
「……ありがたいな」
『はい。古参視聴者個体群は、マスターへの信頼度が高いです』
「個体群」
『訂正します。古参の皆さまは、マスターへの信頼度が高いです』
「よろしい」
なんだか少しだけ、胸の奥が温かくなった。
全員に信じてもらえるわけじゃない。
それは分かっている。
ネットの反応なんて、だいたい半分くらいは疑いから入るものだ。
でも、ちゃんと見てくれている人もいる。
俺の配信が底辺だった頃から見てくれている人たちが、俺のことを覚えてくれている。
それだけで、少し救われる。
『マスター。現在、表情が緩みました』
「そういうの言わなくていい」
『嬉しいのですか』
「まあ、少し」
『記録します』
「それはしていい」
『はい。大事な記録です』
ナナの声が少し柔らかくなった。
その時、エイトが画面の端からぴょこんと現れた。
『はいはーい! エイトちゃんも見てましたよ! 古参のみなさん、なかなかやりますね!』
「お前は何目線なんだ」
『火消し担当目線です!』
「その火消しのせいで疑われてるんだけど」
『それは否定できません!』
「元気に認めるな」
『でも、あの時は必要でした。協会本部の件を表に出すよりは、マスターの信用を一時的に燃やす方が被害が少なかったので』
「燃やしたって言うな」
『ちょっと焦がしました!』
「もっと悪い」
エイトは悪びれない。
いや、悪びれてはいるのかもしれない。
ただ、表現が軽いだけで。
『でもですね、マスター』
「何?」
『古参が信じてくれているのは大きいです。全部を疑われているわけじゃありません』
エイトにしては、少し真面目な声だった。
『今はまだ、“どうせ自作自演”と“いや本物だ”が混ざっている状態です。つまり、話題としては生きています』
「生きてるのか」
『はい。燃えてはいません。くすぶっています』
「それも嫌だな」
『火力管理はエイトちゃんにお任せください!』
「不安しかない」
俺がそう言うと、ナナがすぐに割り込んだ。
『エイト。過剰な誘導は禁止です』
『分かってますよー。今回は自然発生分を観測するだけです』
『本当ですか』
『本当です! たぶん!』
『たぶんは不適切です』
「二人とも、配信後まで仕事するな」
俺は麦茶のコップを置いて、椅子にもたれた。
疲れが少しずつ出てくる。
派手な戦闘をしたつもりはないけれど、ダンジョンに潜ったあとはやっぱり身体が重い。
『マスター。疲労を確認しました』
「確認しなくていい」
『入浴と食事を推奨します』
「はいはい」
『本日の夕食は、温かいものが望ましいです』
「また温かいものか」
『ダンジョン探索後の身体には適切です』
「冷凍うどんでいい?」
『野菜と卵を追加してください』
「管理が細かい」
『マスターの健康管理はナナの重要任務です』
「希望じゃなかった?」
前に、ナナはそう言い直した。
任務じゃなくて、希望だと。
俺が言うと、ナナは少しだけ黙った。
『……重要な希望です』
「そっちの方がいいな」
『はい』
俺は立ち上がって、キッチンへ向かった。
冷凍うどんを出して、鍋に湯を沸かす。
冷蔵庫には卵と、少ししなびた小松菜があった。
『小松菜は可食範囲です』
「聞く前に判定するな」
『マスターが悩む時間を短縮しました』
「助かるけど」
鍋に小松菜を入れ、うどんを入れ、最後に卵を落とす。
ただのうどんだ。
それでも、ダンジョン帰りには妙にうまそうに見える。
テーブルに置いて、湯気を眺める。
『適切な夕食です』
「ナナのお墨付き」
『はい』
「エイトは?」
『エイトちゃん的には、七味を多めにすると映えます!』
「食事に映えはいらない」
『えー』
俺は七味を少しだけ振った。
食べる。
温かい。
身体の中に、ゆっくり戻ってくる感じがする。
その間も、端末にはコメントが流れていた。
【あまねこ:今日の配信、ナギさん楽しそうでした】
【しろまる:ナナちゃんの声も嬉しそうだった】
【クラゲ:画角外に誰かいる説、まだ推します】
【ねむ太:うどん食べて寝てください】
「ねむ太に生活を読まれてる」
『適切な助言です』
「古参、保護者みたいになってないか」
『マスターは保護対象として認識されやすい傾向があります』
「そんな傾向いらない」
でも、嫌ではなかった。
疑う人もいる。
信じてくれる人もいる。
騒がしいけど、全部が敵というわけじゃない。
そう思えただけで、今日は十分だった。
うどんを食べ終えた頃、スマホが震えた。
差出人は、氷鉋シオン。
【昨日の配信、見たわ】
俺は箸を置いた。
続けて、もう一通。
【ネットの反応も見た。気にしすぎないこと】
「……シオンさん、優しいな」
『氷鉋シオン個体は、マスターを気にかけています』
「個体」
『氷鉋シオンさんは、マスターを気にかけています』
「よろしい」
さらに通知が来る。
【近いうちに、少し話しましょう。急ぎではないから、今日は休んで】
急ぎではない。
その一文に、少しほっとした。
何か大きなことが始まるわけじゃない。
少なくとも、今日は。
俺は短く返信した。
【ありがとうございます。今日は休みます】
すぐに既読がついた。
【えらい】
「……子ども扱いされてないか?」
『適切な評価です』
「ナナまで」
『マスターは休む判断が苦手です』
「そんなことない」
『あります』
断言された。
俺はスマホを伏せて、椅子にもたれる。
窓の外はもう暗い。
配信のこと。
切り抜きのこと。
自作自演扱いのこと。
考えようと思えば、いくらでも考えられる。
でも今日は、もういい。
「ナナ」
『はい』
「明日は普通に学校行って、普通に配信休むかも」
『適切です』
「休むの、適切なんだ」
『はい。マスターには休息が必要です』
「じゃあ、そうする」
『記録しました』
「何でも記録するな」
『大事な予定なので』
ナナの声が、少しだけ嬉しそうだった。
俺は部屋の明かりを少し落とす。
端末の画面には、まだコメントが流れている。
疑う声もある。
信じてくれる声もある。
そのどちらも、今は遠くに置いておくことにした。
『マスター』
「何?」
『本日は、お疲れさまでした』
「うん。お疲れ」
『明日も、ナナはマスターの隣にいます』
「画面の中で?」
『はい』
少し間があって、ナナは続けた。
『必要なら、画角外でも』
「配信しないって言っただろ」
『では、日常の画角外で』
「何だよ、それ」
『マスターの隣という意味です』
俺は少し笑った。
「好きにしろ」
『はい』
ナナの声が、やわらかく響く。
『好きにします』
騒動は、まだ終わっていない。
たぶん、これからまた面倒なことも起きる。
でも今夜だけは。
温かいうどんと、少しうるさいAIたちと、信じてくれる古参たちのコメントで。
まあ、悪くない一日だった。
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