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配信切り忘れた俺、ダンジョン管理AI(たぶん美少女)の最推しになっていた  作者: 斎藤ゆうすけ
第三章 キャンプ場でのドキドキ潜伏生活

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第52話 なんかいつもの配信は安心する

「じゃあ、配信始めるか」


『はい。配信タイトルを確認します』


 ナナが空中に画面を出す。


【底辺探索者、久しぶりにだらだら潜る】


「いつも通りだな」


『はい。マスターらしさを優先しました』


「底辺って自分で言うのもどうなんだ」


『実績とタイトルが一致していませんが、現在はむしろ好都合です』


「というと?」


 エイトが待ってましたとばかりに割り込む。


『説明しましょう! 今回、エイトちゃんの神業情報操作により、ナギくんのこれまでの一部活躍は“AI動画を用いた演出または自作自演疑惑”として拡散されました!』


「最悪じゃん」


『最悪ではありません! 最高の最悪です!』


「何それ」


『ナギくんが本当に旧施設でヤバいことをしたと世間にバレるより、“あいつ盛ってたんだな”と思われる方が安全です!』


 それは、まあ。


 たぶんそうなのだろう。


 でも気分はよくない。


『その結果、視聴者数は大幅減少! 登録解除も発生! 炎上未満の小火で鎮火! すばらしい!』


「すばらしくはない」


『マスターの安全を優先した結果です』


 ナナが静かに言う。


 その横顔は、少しだけ申し訳なさそうだった。


「別に責めてないよ」


『本当ですか』


「うん」


『では、マスターは現在、登録者数減少に精神的損傷を受けていませんか』


「ちょっと受けてる」


『慰撫を実行します』


「慰撫?」


 ナナがそっと手を伸ばす。


 白い指先が、俺の袖に触れた。


 触れた、というより、光が重なっただけに近い。


 でも、少し温かい。


『マスターの価値は、登録者数だけでは測定できません』


「ありがとう」


『ナナは、マスターを高く評価しています』


「それはいつも聞いてる」


『何度でも言います』


 まっすぐ言われると、ちょっと困る。


 配信前でよかった。


 配信中だったら、コメント欄が面倒なことになっていた。


 そして、配信開始。


【配信が開始されました】


 視聴者数は、少ない。


 かなり少ない。


 全盛期、というほどのものがあったかは分からないけど、最近に比べても明らかに少なかった。


 コメント欄も、しばらく静かだった。


 それから、ぽつぽつと流れ始める。


【あまねこ:待ってました】


【しろまる:生きてた】


【クラゲ:久々】


【アルト:本物? AI動画?】


【ねむ太:どっちでもいいから寝落ち用に見る】


【切り抜き職人:素材待機】


「あ、どうも」


 俺は小さく頭を下げる。


「久しぶりです。今日は普通に潜ります」


【あまねこ:普通とは】


【しろまる:ナギくんの普通は信用できない】


【クラゲ:だらだら枠助かる】


 その中に、知らないコメントが混じる。


【名無し探索民:自作自演の人じゃん】


【名無し探索民:AI動画でバズろうとした高校生って聞いた】


【名無し探索民:実力ないのバレた?】


「はいはい」


 俺は歩きながら流す。


【あまねこ:荒らしはスルーで】


【しろまる:いつものメンバーがメインか】


【クラゲ:まあ落ち着いてていい】


【名無し探索民:無視かよ】


【名無し探索民:つまんな】


 数分後。


 荒らしっぽいコメントは消えた。


 視聴者が少なすぎて、荒らす側も飽きたらしい。


「平和だな」


『マスター。現実逃避です』


「平和だろ」


『視聴者数は平和ではありません』


 ナナの声は配信に乗っている。


 でも、姿は映していない。


 ナナは俺の横にいるが、カメラ範囲からは外れてもらっていた。


 仮実体化した姿を配信に出すのは、さすがに危険すぎる。


 本人も理解している。


 理解しているはずなのに。


『マスター。現在、ナナは画角外です』


「うん」


『マスターの隣にいます』


「うん」


『画角外ですが、隣にいます』


「なんで二回言った?」


『重要なので』


【あまねこ:ナナちゃん今日近くない?】


【しろまる:声が近い】


【クラゲ:距離感バグってる】


【アルト:AIの距離感じゃない】


「気のせいです」


『気のせいではありません』


「ナナ?」


『ナナは、マスターの隣にいます』


【あまねこ:はい】


【しろまる:はい】


【クラゲ:はい】


【ねむ太:寝落ちできない甘さ】


 コメント欄が、いつもの空気に戻っている。


 それだけで、少し安心した。


 俺は第3層の入口へ入る。


 今日の目的は、ただの素材採取。


 危険度は低め。


 配信復帰にはちょうどいい。


 そう思っていたら、通路の奥から《ハウルファング》が三体出てきた。


 狼型のモンスター。


 素早いけど、そこまで強くない。


「じゃあ、軽く」


『右前方、二体目の踏み込みが早いです』


「了解」


 一体目の突進を避ける。


 二体目の爪を半歩でかわす。


 三体目が吠える前に、喉元へ短剣の柄を叩き込む。


 魔力の流れを少しだけずらして、一体目と二体目をぶつける。


 そのまま床の凹凸に足を引っかけさせ、まとめて転倒。


 最後に、魔力弾を低出力で撃つ。


 三体があっさり沈黙した。


「こんな感じで」


【あまねこ:普通とは】


【しろまる:今の何】


【クラゲ:三体いたよね?】


【アルト:AI動画じゃないの?】


【ねむ太:寝落ち用の動きじゃない】


【切り抜き職人:素材確保】


「低層寄りの中層モンスターなんで」


『マスター。過小評価です』


「そう?」


『通常探索者であれば、三体同時遭遇時は撤退推奨です』


「でも今日は配信復帰のだらだら回だし」


『だらだらの定義を再設定する必要があります』


 コメント欄が、少しだけ増えた。


【名無し探索民:え、今のマジ?】


【名無し探索民:AI動画じゃないの?】


【名無し探索民:編集?】


【あまねこ:ライブです】


【しろまる:ライブです】


【クラゲ:ライブです】


 そこからしばらく。


 俺はいつも通り、だらだら進んだ。


 ただし、モンスターはだいたい一瞬で片付いた。


 ナナが隣にいるせいか、いつもより周囲の魔力の流れが読みやすい。


 いや、違うか。


 たぶん、ナナが嬉しそうだからだ。


『マスター。左の壁裏に魔力反応があります』


「隠し部屋?」


『はい』


「行くか」


『マスターと隣を歩く探索行動を記録します』


「毎回記録するのか」


『はい』


【あまねこ:ナナちゃんかわいい】


【しろまる:かわいい】


【クラゲ:今日のナナちゃん甘い】


【ねむ太:甘くて寝られない】


「ナナ、コメント欄でかわいいって言われてるぞ」


『観測済みです』


「反応薄いな」


『マスターから言われた場合、反応が変化します』


「じゃあ言わない」


『なぜですか』


「配信中だから」


『配信外であれば言うという意味ですか』


「誘導尋問やめろ」


【あまねこ:言って】


【しろまる:言え】


【クラゲ:言うべき】


【ねむ太:寝かせて】


 初期メンバーしかいないようなコメント欄。


 視聴者数は少ない。


 でも、悪くなかった。


 むしろ、久しぶりに戻ってきた感じがする。


 底辺配信者だった頃の空気。


 登録者が少なくて。


 コメントも少なくて。


 でも、見てくれている人がいた。


 その中に、天音もいた。


【あまねこ:ナギさん、無茶しないでくださいね】


「今日はしない」


【あまねこ:その言い方は信用できません】


「最古参の信頼が低い」


『妥当です』


「ナナまで」


 そんなやり取りをしながら、俺たちは隠し部屋へ入った。


 中には、小さな宝箱。


 罠はなし。


 ただ、壁の一部に古い文字が刻まれていた。


 俺が近づくと、ナナの表情が少しだけ変わる。


「ナナ?」


『旧施設由来の文字列ではありません』


「違うのか」


『はい。模倣です』


「模倣?」


『旧施設の形式を、後世の何者かが真似ています』


 ナナの声が、わずかに硬くなる。


『不快です』


「ナナがそこまで言うの珍しいな」


『はい』


 壁の文字は、半分ほど崩れていた。


 読めない。


 けれど、中心にひとつだけ、はっきり残っている記号がある。


 羽のような。


 輪のような。


 天使の翼にも見える紋章。


『マスター。この部屋の探索は中止を推奨します』


「分かった」


 俺はそれ以上近づかなかった。


 今日の目的は、無茶じゃない。


 日常に戻ることだ。


【あまねこ:今の何?】


【しろまる:珍しくナギくんが引いた】


【クラゲ:ナナちゃんの声が怖い】


「今日はだらだら回なので、危ないのは避けます」


【あまねこ:えらい】


【しろまる:成長した】


【クラゲ:奇跡】


「そこまでか?」


『そこまでです』


 ナナが即答した。


 俺は苦笑して、隠し部屋を出る。


 その時。


 コメント欄に、見慣れない名前が流れた。


【月下香:いい判断ね】


 知らない視聴者。


 けれど、その一文だけ、妙に浮いて見えた。


【月下香:大豆島凪くん。あなたは、熱を加えられる前の金属みたい】


「……?」


【月下香:その隣にいる子も、とても綺麗】


 ナナが、ぴたりと動きを止めた。


 コメント欄はざわつく。


【あまねこ:隣?】


【しろまる:隣?】


【クラゲ:ナナちゃんのこと?】


【アルト:声のことでは?】


 俺はカメラを確認する。


 ナナの姿は映っていない。


 少なくとも、画角には入っていない。


「ナナ」


『マスター。発言者の特定を試みます』


 次の瞬間、コメントは消えた。


 アカウントも見えなくなる。


 エイトの声が、小さくなる。


『……逃げられました』


「エイトが?」


『はい。ちょっと悔しいです』


 珍しい。


 エイトの情報操作から逃げる視聴者。


 しかも、ナナが俺の隣にいることを知っていた。


『マスター』


 ナナが俺の袖に触れる。


『現在の配信継続は可能です。ただし、警戒を推奨します』


「了解」


 俺はコメント欄を見る。


 初期メンバーたちが、いつものように流れている。


【あまねこ:大丈夫ですか?】


【しろまる:変なコメントだった】


【クラゲ:荒らし?】


【ねむ太:怖くなって起きた】


「大丈夫です」


 言いかけて、天音に怒られそうだと思った。


 だから、少し言い直す。


「たぶん危険はない。今日はこのまま、無理せず帰ります」


【あまねこ:今の声は信用できます】


「判定どうも」


『マスター。帰還ルートを表示します』


「頼む」


 ナナが隣で、青白い光の道を示す。


 配信画面には映らない。


 でも、確かにそこにいる。


 俺はその光に沿って歩き出した。


 ◇


 同じ頃。


 探索者協会本部。


 事故処理で立ち入り制限された地下監査区画に、一人の女が立っていた。


 黒に近い紫の髪。


 紅い唇。


 細身のスーツに、白いロングコート。


 女は、崩れた旧施設の壁を白い手袋の指先でなぞる。


「氷姫は壊れず、大豆島凪は進み、No.07は形を得た」


 その声は、甘い。


 けれど、底の方が冷たい。


「それに、エイトにも気づかれかけたわね」


 女は楽しそうに微笑む。


「やっぱり、ただの配信者じゃない」


 背後に立つ協会職員が、慎重に声をかけた。


「鑪監査官。こちらの区画は、妻科管理官の指示で封鎖されています」


「知っているわ」


 女――たたら 璃艶りえんは、振り返らずに答える。


「封鎖されている場所ほど、見たくなるものじゃない?」


「しかし」


「大丈夫。報告書には何も残さないわ」


 璃艶の指先に、淡い香りのような魔力が灯る。


 それは熱を持つ霧のように、空気へ溶けた。


「人はね、熱を加えられて初めて形を変えるの」


 璃艶は、床に残った青白い焦げ跡を見下ろす。


「大豆島凪くん。あなたは、どこまで熱に耐えられるのかしら」


 紅い唇が、ゆっくりと弧を描く。


「そして、No.07」


 甘い香りが、静かに広がる。


「機械のあなたが、どこまで人間のふりを続けられるのか」


 地下の壊れた壁に、羽と輪を重ねたような紋章が一瞬だけ浮かぶ。


 璃艶はそれを見て、満足そうに目を細めた。


「次は、もっと近くで見せてもらうわ」


 その言葉は、誰にも届かない。


 けれど。


 協会本部の奥で、まだ消え残っていた青白い光が、ほんの一瞬だけ震えた。

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