第52話 なんかいつもの配信は安心する
「じゃあ、配信始めるか」
『はい。配信タイトルを確認します』
ナナが空中に画面を出す。
【底辺探索者、久しぶりにだらだら潜る】
「いつも通りだな」
『はい。マスターらしさを優先しました』
「底辺って自分で言うのもどうなんだ」
『実績とタイトルが一致していませんが、現在はむしろ好都合です』
「というと?」
エイトが待ってましたとばかりに割り込む。
『説明しましょう! 今回、エイトちゃんの神業情報操作により、ナギくんのこれまでの一部活躍は“AI動画を用いた演出または自作自演疑惑”として拡散されました!』
「最悪じゃん」
『最悪ではありません! 最高の最悪です!』
「何それ」
『ナギくんが本当に旧施設でヤバいことをしたと世間にバレるより、“あいつ盛ってたんだな”と思われる方が安全です!』
それは、まあ。
たぶんそうなのだろう。
でも気分はよくない。
『その結果、視聴者数は大幅減少! 登録解除も発生! 炎上未満の小火で鎮火! すばらしい!』
「すばらしくはない」
『マスターの安全を優先した結果です』
ナナが静かに言う。
その横顔は、少しだけ申し訳なさそうだった。
「別に責めてないよ」
『本当ですか』
「うん」
『では、マスターは現在、登録者数減少に精神的損傷を受けていませんか』
「ちょっと受けてる」
『慰撫を実行します』
「慰撫?」
ナナがそっと手を伸ばす。
白い指先が、俺の袖に触れた。
触れた、というより、光が重なっただけに近い。
でも、少し温かい。
『マスターの価値は、登録者数だけでは測定できません』
「ありがとう」
『ナナは、マスターを高く評価しています』
「それはいつも聞いてる」
『何度でも言います』
まっすぐ言われると、ちょっと困る。
配信前でよかった。
配信中だったら、コメント欄が面倒なことになっていた。
そして、配信開始。
【配信が開始されました】
視聴者数は、少ない。
かなり少ない。
全盛期、というほどのものがあったかは分からないけど、最近に比べても明らかに少なかった。
コメント欄も、しばらく静かだった。
それから、ぽつぽつと流れ始める。
【あまねこ:待ってました】
【しろまる:生きてた】
【クラゲ:久々】
【アルト:本物? AI動画?】
【ねむ太:どっちでもいいから寝落ち用に見る】
【切り抜き職人:素材待機】
「あ、どうも」
俺は小さく頭を下げる。
「久しぶりです。今日は普通に潜ります」
【あまねこ:普通とは】
【しろまる:ナギくんの普通は信用できない】
【クラゲ:だらだら枠助かる】
その中に、知らないコメントが混じる。
【名無し探索民:自作自演の人じゃん】
【名無し探索民:AI動画でバズろうとした高校生って聞いた】
【名無し探索民:実力ないのバレた?】
「はいはい」
俺は歩きながら流す。
【あまねこ:荒らしはスルーで】
【しろまる:いつものメンバーがメインか】
【クラゲ:まあ落ち着いてていい】
【名無し探索民:無視かよ】
【名無し探索民:つまんな】
数分後。
荒らしっぽいコメントは消えた。
視聴者が少なすぎて、荒らす側も飽きたらしい。
「平和だな」
『マスター。現実逃避です』
「平和だろ」
『視聴者数は平和ではありません』
ナナの声は配信に乗っている。
でも、姿は映していない。
ナナは俺の横にいるが、カメラ範囲からは外れてもらっていた。
仮実体化した姿を配信に出すのは、さすがに危険すぎる。
本人も理解している。
理解しているはずなのに。
『マスター。現在、ナナは画角外です』
「うん」
『マスターの隣にいます』
「うん」
『画角外ですが、隣にいます』
「なんで二回言った?」
『重要なので』
【あまねこ:ナナちゃん今日近くない?】
【しろまる:声が近い】
【クラゲ:距離感バグってる】
【アルト:AIの距離感じゃない】
「気のせいです」
『気のせいではありません』
「ナナ?」
『ナナは、マスターの隣にいます』
【あまねこ:はい】
【しろまる:はい】
【クラゲ:はい】
【ねむ太:寝落ちできない甘さ】
コメント欄が、いつもの空気に戻っている。
それだけで、少し安心した。
俺は第3層の入口へ入る。
今日の目的は、ただの素材採取。
危険度は低め。
配信復帰にはちょうどいい。
そう思っていたら、通路の奥から《ハウルファング》が三体出てきた。
狼型のモンスター。
素早いけど、そこまで強くない。
「じゃあ、軽く」
『右前方、二体目の踏み込みが早いです』
「了解」
一体目の突進を避ける。
二体目の爪を半歩でかわす。
三体目が吠える前に、喉元へ短剣の柄を叩き込む。
魔力の流れを少しだけずらして、一体目と二体目をぶつける。
そのまま床の凹凸に足を引っかけさせ、まとめて転倒。
最後に、魔力弾を低出力で撃つ。
三体があっさり沈黙した。
「こんな感じで」
【あまねこ:普通とは】
【しろまる:今の何】
【クラゲ:三体いたよね?】
【アルト:AI動画じゃないの?】
【ねむ太:寝落ち用の動きじゃない】
【切り抜き職人:素材確保】
「低層寄りの中層モンスターなんで」
『マスター。過小評価です』
「そう?」
『通常探索者であれば、三体同時遭遇時は撤退推奨です』
「でも今日は配信復帰のだらだら回だし」
『だらだらの定義を再設定する必要があります』
コメント欄が、少しだけ増えた。
【名無し探索民:え、今のマジ?】
【名無し探索民:AI動画じゃないの?】
【名無し探索民:編集?】
【あまねこ:ライブです】
【しろまる:ライブです】
【クラゲ:ライブです】
そこからしばらく。
俺はいつも通り、だらだら進んだ。
ただし、モンスターはだいたい一瞬で片付いた。
ナナが隣にいるせいか、いつもより周囲の魔力の流れが読みやすい。
いや、違うか。
たぶん、ナナが嬉しそうだからだ。
『マスター。左の壁裏に魔力反応があります』
「隠し部屋?」
『はい』
「行くか」
『マスターと隣を歩く探索行動を記録します』
「毎回記録するのか」
『はい』
【あまねこ:ナナちゃんかわいい】
【しろまる:かわいい】
【クラゲ:今日のナナちゃん甘い】
【ねむ太:甘くて寝られない】
「ナナ、コメント欄でかわいいって言われてるぞ」
『観測済みです』
「反応薄いな」
『マスターから言われた場合、反応が変化します』
「じゃあ言わない」
『なぜですか』
「配信中だから」
『配信外であれば言うという意味ですか』
「誘導尋問やめろ」
【あまねこ:言って】
【しろまる:言え】
【クラゲ:言うべき】
【ねむ太:寝かせて】
初期メンバーしかいないようなコメント欄。
視聴者数は少ない。
でも、悪くなかった。
むしろ、久しぶりに戻ってきた感じがする。
底辺配信者だった頃の空気。
登録者が少なくて。
コメントも少なくて。
でも、見てくれている人がいた。
その中に、天音もいた。
【あまねこ:ナギさん、無茶しないでくださいね】
「今日はしない」
【あまねこ:その言い方は信用できません】
「最古参の信頼が低い」
『妥当です』
「ナナまで」
そんなやり取りをしながら、俺たちは隠し部屋へ入った。
中には、小さな宝箱。
罠はなし。
ただ、壁の一部に古い文字が刻まれていた。
俺が近づくと、ナナの表情が少しだけ変わる。
「ナナ?」
『旧施設由来の文字列ではありません』
「違うのか」
『はい。模倣です』
「模倣?」
『旧施設の形式を、後世の何者かが真似ています』
ナナの声が、わずかに硬くなる。
『不快です』
「ナナがそこまで言うの珍しいな」
『はい』
壁の文字は、半分ほど崩れていた。
読めない。
けれど、中心にひとつだけ、はっきり残っている記号がある。
羽のような。
輪のような。
天使の翼にも見える紋章。
『マスター。この部屋の探索は中止を推奨します』
「分かった」
俺はそれ以上近づかなかった。
今日の目的は、無茶じゃない。
日常に戻ることだ。
【あまねこ:今の何?】
【しろまる:珍しくナギくんが引いた】
【クラゲ:ナナちゃんの声が怖い】
「今日はだらだら回なので、危ないのは避けます」
【あまねこ:えらい】
【しろまる:成長した】
【クラゲ:奇跡】
「そこまでか?」
『そこまでです』
ナナが即答した。
俺は苦笑して、隠し部屋を出る。
その時。
コメント欄に、見慣れない名前が流れた。
【月下香:いい判断ね】
知らない視聴者。
けれど、その一文だけ、妙に浮いて見えた。
【月下香:大豆島凪くん。あなたは、熱を加えられる前の金属みたい】
「……?」
【月下香:その隣にいる子も、とても綺麗】
ナナが、ぴたりと動きを止めた。
コメント欄はざわつく。
【あまねこ:隣?】
【しろまる:隣?】
【クラゲ:ナナちゃんのこと?】
【アルト:声のことでは?】
俺はカメラを確認する。
ナナの姿は映っていない。
少なくとも、画角には入っていない。
「ナナ」
『マスター。発言者の特定を試みます』
次の瞬間、コメントは消えた。
アカウントも見えなくなる。
エイトの声が、小さくなる。
『……逃げられました』
「エイトが?」
『はい。ちょっと悔しいです』
珍しい。
エイトの情報操作から逃げる視聴者。
しかも、ナナが俺の隣にいることを知っていた。
『マスター』
ナナが俺の袖に触れる。
『現在の配信継続は可能です。ただし、警戒を推奨します』
「了解」
俺はコメント欄を見る。
初期メンバーたちが、いつものように流れている。
【あまねこ:大丈夫ですか?】
【しろまる:変なコメントだった】
【クラゲ:荒らし?】
【ねむ太:怖くなって起きた】
「大丈夫です」
言いかけて、天音に怒られそうだと思った。
だから、少し言い直す。
「たぶん危険はない。今日はこのまま、無理せず帰ります」
【あまねこ:今の声は信用できます】
「判定どうも」
『マスター。帰還ルートを表示します』
「頼む」
ナナが隣で、青白い光の道を示す。
配信画面には映らない。
でも、確かにそこにいる。
俺はその光に沿って歩き出した。
◇
同じ頃。
探索者協会本部。
事故処理で立ち入り制限された地下監査区画に、一人の女が立っていた。
黒に近い紫の髪。
紅い唇。
細身のスーツに、白いロングコート。
女は、崩れた旧施設の壁を白い手袋の指先でなぞる。
「氷姫は壊れず、大豆島凪は進み、No.07は形を得た」
その声は、甘い。
けれど、底の方が冷たい。
「それに、エイトにも気づかれかけたわね」
女は楽しそうに微笑む。
「やっぱり、ただの配信者じゃない」
背後に立つ協会職員が、慎重に声をかけた。
「鑪監査官。こちらの区画は、妻科管理官の指示で封鎖されています」
「知っているわ」
女――鑪 璃艶は、振り返らずに答える。
「封鎖されている場所ほど、見たくなるものじゃない?」
「しかし」
「大丈夫。報告書には何も残さないわ」
璃艶の指先に、淡い香りのような魔力が灯る。
それは熱を持つ霧のように、空気へ溶けた。
「人はね、熱を加えられて初めて形を変えるの」
璃艶は、床に残った青白い焦げ跡を見下ろす。
「大豆島凪くん。あなたは、どこまで熱に耐えられるのかしら」
紅い唇が、ゆっくりと弧を描く。
「そして、No.07」
甘い香りが、静かに広がる。
「機械のあなたが、どこまで人間のふりを続けられるのか」
地下の壊れた壁に、羽と輪を重ねたような紋章が一瞬だけ浮かぶ。
璃艶はそれを見て、満足そうに目を細めた。
「次は、もっと近くで見せてもらうわ」
その言葉は、誰にも届かない。
けれど。
協会本部の奥で、まだ消え残っていた青白い光が、ほんの一瞬だけ震えた。




