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配信切り忘れた俺、ダンジョン管理AI(たぶん美少女)の最推しになっていた  作者: 斎藤ゆうすけ
第三章 キャンプ場でのドキドキ潜伏生活

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第51話 なんか事故ということにされたらしい

協会本部地下で起きた一連の騒動は、表向きには「旧設備の誤作動による事故」として処理された。


 旧施設。


 俺の右手の紋章。


 シオンさんの暴走。


 ナナの仮実体化。


 そのあたりは、全部なかったことになった。


 いや、なかったことにはなっていない。


 関係者の間では、たぶん一生忘れられない。


 ただ、世間には出なかった。


『正確には、エイトちゃんの超絶情報操作と、協会主流派の隠蔽努力が奇跡のハーモニーを奏でました!』


 エイトが胸を張る。


 いつも通り、赤髪ボブのホログラムが空中に浮かんでいた。


「胸を張ることか?」


『張るところです! ナギくんたちが全国ニュースになる未来を防ぎました!』


『評価は可能です。ただし、手段は褒められません』


 ナナが淡々と言う。


 その声は、俺のすぐ横から聞こえた。


 横。


 そう。


 俺の横だ。


 端末の画面でもなく。


 イヤホンの中でもなく。


 ほんの少し透けた白銀の髪の少女が、俺の隣に座っている。


 白い光で編まれたワンピースのような服。


 淡く青白く光る瞳。


 輪郭はまだ不安定で、髪の先や裾がときどき光の粒になって揺れる。


 完全な実体化ではない。


 長時間は維持できない。


 物理干渉も限定的。


 本人によると、そういうことらしい。


 でも、そこにいる。


 俺の隣に。


『マスター』


「何?」


『ナナの仮実体化を見て、またぼんやりしています』


「してない」


『していました』


「してないって」


『照れ反応を確認。記録します』


「記録するな」


『します』


 いつものナナだった。


 ただ、距離が近い。


 物理的に近い。


 それが、かなり厄介だった。


 ◇


 協会本部の件から数日後。


 俺たちは一度、協会主流派の探索者管理官と会うことになった。


 名前は、妻科カオリ。


 探索者協会本部・探索者管理局所属。


 主流派の人間で、今回の事件後処理の責任者。


 年齢は三十代前半くらい。


 黒髪を後ろでひとつにまとめ、細い眼鏡をかけた、きっちりした雰囲気の女性だった。


 いかにも事務方という見た目なのに、部屋に入ってきた瞬間、空気が少しだけ重くなった。


 たぶん、この人もかなり強い。


 探索者としてではなく、人を管理する側として。


「今回の件は、旧設備の誤作動事故として処理されます」


 妻科管理官は、淡々と告げた。


 協会本部の応接室。


 俺、ナナ、エイト、シオンさん、ひより、天音、そして奥義の使用により満身創痍のりく。


 その場にいる全員が、事故ではないことを知っている。


 でも、妻科管理官はまばたきひとつせずに続けた。


「事故の被害拡大を防いだ功労者は、氷鉋シオン。これにより、氷鉋さんのS級資格停止は解除。即日復帰となります」


「私が、ですか」


 シオンさんがわずかに眉を寄せる。


「私はむしろ、暴走しかけた側ですが」


「世間に出る記録では、そうなりません」


 妻科管理官は即答した。


「氷鉋さんに接触したのは協会内部における過激派です。彼らの台頭を許した責任は、こちらにあります。その事実を公表すれば、探索者協会そのものへの信頼が揺らぎます」


「だから隠すんですか」


 俺が言うと、妻科管理官は俺を見る。


「はい」


 あっさり認めた。


「正直ですね」


「嘘をついても、あなた方には意味がありませんから」


 妻科管理官は、机の上に資料を置いた。


「こちらから提示する条件は三つです」


 一つ。


 今回の協会本部地下区画に関する情報を、外部へ口外しないこと。


 二つ。


 旧施設中核、ならびに協会内部の過激派について、独自に世間へ発信しないこと。


 三つ。


 大豆島凪、氷鉋シオン、および関係者は、当面、協会の事情聴取に協力すること。


「それ、俺たち側のメリットは?」


 りくが椅子に浅く座ったまま聞く。


 右脚は固定具でがっちり固められている。


 本人は平気そうにしているけど、たぶん普通に痛い。


「氷鉋さんのS級資格復帰」


 妻科管理官が言う。


「大豆島凪さんへの過度な干渉の停止」


 そこで、ナナの瞳が少しだけ細くなる。


『“過度”の定義を要求します』


「任意同行の強制、無断検査、旧施設由来設備への接続、監察補助者を利用した間接監視。これらを含みます」


『記録しました』


「さらに、穂保ひよりさんへの監察補助責任の不問。りくさんへの治療費負担。茂菅天音さんへの情報秘匿義務に関する保護措置」


「私もですか?」


 天音が驚いたように声を上げる。


「あなたは一般人に近い立場でありながら、今回の中核情報に触れました。保護対象です」


「保護……」


 天音は少しだけ困ったような顔をした。


「その、私、ただの最古参視聴者なんですが」


「その“ただの視聴者”の観察が、事態収束に寄与したと報告を受けています」


 天音の顔が赤くなる。


 エイトがすかさず親指を立てた。


『最古参ちゃん、大出世!』


「やめてください!」


 そんなやり取りの後。


 俺たちは取引を受けた。


 納得しているわけじゃない。


 でも、今ここで協会と正面からぶつかっても、いいことはない。


 シオンさんがS級に戻れる。


 ひよりが責任を問われない。


 俺への無茶な干渉が止まる。


 それだけでも、飲む価値はあった。


 応接室を出たあと、シオンさんがぽつりと言った。


「まさか、こんな形でS級に戻るとは思わなかったわ」


「おめでとうございます、でいいんですかね」


「微妙ね」


 シオンは苦笑する。


「でも、動ける立場に戻れたのは大きいわ。今のままだと、協会本部の事後処理にも関われないから」


「また無茶するつもりですか」


「あなたに言われたくはないわ」


『同意します』


「ナナまで」


 ひよりが、シオンの袖をぎゅっと掴んだ。


「シオンさん。事後処理に行くなら、私も行きます」


「ひよりちゃんは休んでいていいのよ」


「嫌です」


 即答だった。


「シオンさん、すぐ一人で抱え込むので」


「……信用がないわね」


「先輩よりはあります」


「そこで俺を見るな」


 りくが固定具つきの脚を軽く叩く。


「オレはしばらく療養だな。戦闘禁止って言われた」


「当然です」


 ひよりがすぐに言う。


「りくさんは絶対休んでください」


「わかってるって」


『筋肉個体の安静を推奨します』


「筋肉個体って呼ぶのやめろ」


 天音は、少し離れたところでスマホを握っていた。


「私は……配信に戻ります」


「戻るって、見る側だろ」


「はい。最古参視聴者ですから」


 天音は赤いフレームの眼鏡を押し上げる。


「ナギさんが変なことを言い出したら、コメントで止めます」


「配信越しでも判定されるのか」


「されます」


「怖いな、最古参」


 少しだけ、いつもの空気が戻ってきた。


 その時、妻科管理官が俺を呼び止めた。


「大豆島さん」


「はい」


「今回の件は、協会内部だけの問題ではない可能性があります」


「外にいるってことですか。黒幕が」


「断定はできません」


 妻科管理官は眼鏡の奥で、静かに目を細める。


「ですが、協会過激派の一部は、協会の思想だけで動いていたとは思えません」


「誰かに動かされてた?」


「その可能性を調べています」


「その人たち、協会の中にまだいるんですか」


 妻科管理官は、少しだけ沈黙した。


「いるでしょうね」


 その答えは、妙に重かった。


 ◇


 とはいえ。


 重い話ばかりしていても、仕方がない。


 人間、ずっと緊張していると疲れる。


 AIも疲れるのかは知らないけど、ナナはときどき俺の横で黙っている時間が増えた。


 本人いわく、


『仮実体化状態の維持には演算資源を使用します』


 らしい。


 簡単に言うと、疲れるということだと思う。


『マスター。訂正を要求します。ナナは疲労ではなく、処理負荷を受けています』


「似たようなものだろ」


『違います』


「じゃあ、今日の配信は休むか?」


『推奨しません』


「なんで」


『マスターの配信活動は、精神安定および日常復帰に有効です』


「俺の精神安定?」


『はい』


「ナナが見たいだけじゃなくて?」


 ナナは一秒ほど黙った。


『否定します』


「今の間は何?」


『処理遅延です』


「嘘下手だな」


『マスターに嘘をつく理由がありません』


「じゃあ今のは?」


『処理遅延です』


「押し切った」


 そんなわけで。


 俺は久しぶりに配信を再開することにした。


 りくは療養中。


 シオンさんとひよりは、協会から頼まれて本部の事後処理。


 天音はいつも通り視聴者側。


 エイトは裏方兼、情報操作担当。


 ナナは俺の横。


 いつもと似ている。


 でも、少しだけ違う。


 いや、かなり違う。


「じゃあ、配信始めるか」


『はい。マスターの配信復帰を支援します』


 ナナは俺の隣で、静かに頷いた。

お読みいただきありがとうございます。


本作はカクヨムでも連載中です。

小説家になろう版は、しばらく1日2話ずつ投稿していく予定です。


続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。

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