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配信切り忘れた俺、ダンジョン管理AI(たぶん美少女)の最推しになっていた  作者: 斎藤ゆうすけ
第三章 キャンプ場でのドキドキ潜伏生活

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第46話 氷姫は、壊れかけている

 俺の右手から伸びた青白い光は、床の一点を指していた。


 何もないように見える、白い床。


 けれど、ひよりは迷わずそこへ駆け寄った。


「ここです」


 《魔力視マナサイト》を発動した瞳が、淡く輝いている。


「床の下に、魔力の通り道があります。すごく古いですけど……まだ動いてます」


「隠し扉ってことか」


『おそらく』


 ナナの声が、いつも以上に硬い。


『ただし、現在の協会設備には開閉機構が接続されていません』


「じゃあ、開かないのか?」


『いいえ』


 短い沈黙のあと。


『ナナなら、開けられます』


 床に落ちていた青白い光が、一斉に強くなった。


 白い床へ、見たことのない文字列が浮かぶ。


 円を描くように光が走り、その中心から低い駆動音が響いた。


 床が左右へ開いていく。


「おお」


 りくが素直に声を上げる。


「ナナ、そんなことできたのか」


『旧施設の管理権限を一部使用しました』


「一部?」


『今は説明している時間がありません』


 ナナはそれ以上答えなかった。


 地下へ続く階段が現れる。


 照明はない。


 ただ、壁の奥を走る青白い線だけが、道を照らしていた。


『はいはい、秘密の地下通路を発見しました!』


 エイトが、いつもの明るい声で言う。


『怪しい施設の地下に、さらに怪しい施設! 役満ですね!』


「何の役だよ」


『"怪しい組織"という役です!』


「勝手に作るな」


 俺は階段へ足をかけた。


 その瞬間、冷たい風が下から吹き上がる。


「寒っ」


 今さら気づいた。


 俺はまだ、薄い検査着のままだった。


 腕も脚も、かなり心許ない。


 りくが俺を上から下まで見る。


「ナギ、その格好で行くのか?」


「着替えてる時間ないだろ」


「意外と似合ってるぞ」


「褒められてる感じがしない」


 天音は視線を泳がせながら、赤いフレームの眼鏡を押し上げた。


「だ、大丈夫です。見えてはいけないものは見えていません」


「何の確認だよ」


「確認は大事なので!」


 ひよりまで頬を赤くして、俺から顔を逸らす。


「私は見てません!」


「魔力視で見えてるんじゃないのか?」


「魔力しか見てません!」


『マスターの身体情報はナナがすべて把握しています』


「お前は張り合わなくていい」


 こんな時でも、少しだけいつもの空気になる。


 けれど。


 階段の奥から伝わってくる冷気は、どんどん強くなっていた。


 俺たちは地下へ降りた。


 階段を下りるたび、協会本部の白い壁が遠ざかっていく。


 代わりに現れたのは、金属とも石ともつかない黒い壁だった。


 そこに青白い線が、血管のように張り巡らされている。


「協会本部の下に、こんなものがあったんですね」


 天音が小さく呟く。


「配信に映った旧施設と、似てますね……」


『この区画は、ナナの保有する施設記録に存在しません』


「ナナも知らないのか?」


『はい』


 その返答に、背中が冷える。


 ナナが知らない旧施設。


 協会本部の地下。


 そして、シオンさんの両親。


 全部が偶然だとは思えなかった。


「ひより。シオンさんは?」


「もっと下です」


 ひよりは目を閉じるようにして、魔力の流れを追っている。


「でも……さっきより、シオンさんの魔力が広がってます」


「広がってる?」


「はい。この通路全部に」


 壁へ触れようとしたひよりの手を、りくが掴んだ。


「触るな。凍ってる」


 よく見ると、黒い壁の表面に薄い氷が張っていた。


 青白い線の上を、白い霜がゆっくりと広がっている。


 シオンさんの魔力が、施設そのものへ流れ込んでいる。


『同期率、四十三パーセント』


 ナナが告げる。


「また上がったのか」


『はい。上昇速度も加速しています』


『このまま行くと、あっという間に五十パーセント突破でーす!』


 エイトの声は明るい。


 けれど、その表情から笑みが消えていた。


「五十パーセントになったらどうなる?」


『わかりません!』


「元気に言うな」


『暗く言っても結果は変わらないので!』


 エイトが両手を腰に当てる。


『だから、今できることをやりましょう! ひよりちゃんは索敵! りくちゃんは前衛! 天音ちゃんは情報整理! ナギくんは無茶しない!』


「最後だけ雑じゃないか?」


『最重要項目です!』


『ナナも同意します』


「二対一は卑怯だろ」


「三対一です」


 天音が手を上げた。


「先輩は本当に危ない時ほど、すぐ前に出ますから」


「私も入れたら四対一です」


 ひよりも手を上げる。


「ナギ、オレも入るぞ」


「全員じゃん」


「多数決だな」


 りくが笑う。


 こういうところだけ仲がいい。


 通路の奥で、何かが砕ける音がした。


 ひよりが、はっと前を見る。


「近いです」


 俺たちは走った。


 曲がり角を二つ抜ける。


 その先に、大きな円形の扉があった。


 扉は半分ほど凍りつき、中央には深い亀裂が走っている。


 その前に、協会職員らしき男が二人倒れていた。


「生きてる」


 りくがしゃがみ込み、首元へ手を当てる。


「気を失ってるだけだ」


「シオンさんが?」


「違います」


 ひよりは首を振った。


「この人たちの周りに、シオンさんの攻撃の跡はありません。冷気に耐えられなかっただけだと思います」


「なら、まだ誰も傷つけてないんだな」


『現在は』


 ナナの言葉が重い。


 円形の扉の向こうから、青白い光が漏れている。


 俺が右手を近づけると、紋章が強く輝いた。


 扉が反応する。


 古い文字列が浮かび上がった。


【第一対象 接近】


【第二対象 外部適応処理中】


【同期率 四十八パーセント】


「もう四十八……」


 天音の声が震える。


 ひよりが胸元を押さえた。


「シオンさん、苦しんでます」


「開けるぞ」


『待ってください、マスター』


「待てない」


『内部の魔力密度が危険域です』


「シオンさんはその中にいる」


『だからこそです』


「ナナ」


『マスターが入れば、同期がさらに加速する可能性があります』


「じゃあ、ここで見てろって言うのか?」


 ナナは答えなかった。


 俺は右手を扉へ押し当てた。


 青白い光が広がる。


 凍りついた扉が、重い音を立てて開いた。


 冷気が爆発する。


「うわっ!」


 天音の身体が後ろへ飛ばされそうになる。


 りくが片腕で天音を抱き止めた。


「大丈夫か?」


「だ、大丈夫です! 近いです! あと腕が硬いです!」


「何の感想だ?」


「筋肉です!」


「今言うことか?」


 俺たちは部屋の中を見る。


 そこは巨大な円形空間だった。


 天井は見えないほど高い。


 中央には、青白い光を放つ柱。


 壁沿いには、古い端末がいくつも並んでいる。


 そして。


 その中心に、シオンさんがいた。


 白いコートは、ところどころ凍りついている。


 長い暗青色の髪が、冷気に揺れていた。


 右手には《氷葬細剣 フリーレン・ローズ》。


 刀身から伸びた青白い光が、中央の柱へ繋がっている。


 足元には、無数の氷の薔薇。


 綺麗だった。


 綺麗すぎて。


 怖かった。


「シオンさん!」


 ひよりが叫ぶ。


 シオンさんの肩が、わずかに動いた。


「……来ないで」


 小さな声だった。


 いつもの余裕はない。


 呼吸が荒い。


 頬には白い霜が浮かび、胸元の紋章が明滅している。


「凪くん……ひよりちゃんを、連れて帰って」


「嫌です!」


 ひよりが即答する。


「シオンさんも一緒に帰ります!」


「無理よ」


「無理じゃありません!」


「私はもう、自分の力を制御できない」


 剣を握る指が震える。


 青白い光が、一段強くなった。


【同期率 五十二パーセント】


 ついに、半分を超えた。


『危険です!』


 ナナの声が響く。


『全員、シオン個体から距離を取ってください!』


「凪くん」


 シオンさんが俺を見る。


 青い瞳の奥に、知らない光が混ざっている。


「あなたが近づくと、これが喜ぶの」


「これ?」


「私の中にいる、何かが」


 シオンさんは苦しそうに胸元を押さえた。


「両親の記憶を見せられた」


「記憶?」


「本物かどうか、わからない。でも……あの声を聞いたら、止められなくなった」


「誰に見せられたんですか」


「わからない」


 シオンさんの瞳から、涙が一滴落ちた。


 それは頬を伝う前に、凍りついた。


「姉さんも、知っていたのかもしれない」


「シオンさんのお姉さんが……?」


「私だけが、何も知らなかった」


 氷の薔薇が、一斉に咲く。


 部屋全体が震えた。


 ひよりが両目を見開く。


「違います!」


「何が?」


「シオンさんの中にいるものは、シオンさんの悲しい気持ちを利用しているんです!」


 《魔力視》の光が強くなる。


「胸元から伸びてる青白い流れが、感情が大きくなるたびに太くなってます!」


『感情負荷を利用した外部適応処理』


 ナナが続ける。


『シオン個体の意思ではなく、旧施設側が強制的に適応を進めています』


「止められるのか?」


『接続元を切断できれば』


「接続元は?」


『シオン個体本人です』


「じゃあ、シオンさんに近づくしかない」


『マスター!』


 俺は一歩前へ出た。


 シオンさんが、苦しそうに顔を歪める。


「来ないで、凪くん」


「でも」


「お願い」


 細剣の切っ先が、ゆっくりと持ち上がる。


 俺へ向けられる。


「今の私は、あなたを助けたいのか……」


 剣を持つ手が震える。


「あなたを斬りたいのかも、わからない」


「シオンさんは俺を斬りませんよ」


「どうしてそう言い切れるの」


「そういう人だから」


「……あなたは」


 シオンさんが、泣きそうな顔で笑った。


「本当に、危険な人ね」


 次の瞬間。


 《氷葬細剣 フリーレン・ローズ》が振るわれた。


 白い斬撃が、床を裂いて飛んでくる。


「ナギ!」


 りくが俺の身体を横から突き飛ばした。


 斬撃が背後の壁へ直撃する。


 轟音。


 分厚い壁が、一瞬で凍りつき、粉々に砕けた。


「……今の、シオンさんが?」


「違います!」


 ひよりが叫ぶ。


「シオンさんは直前で軌道を逸らしました!」


 シオンさんは、剣を握ったまま俯いている。


 その肩が震えていた。


「もう、止められない」


 氷の魔力が、全身から噴き上がる。


 白いコートが大きく翻った。


 足元から広がる氷が、円形空間を覆っていく。


「来ないで、凪くん」


 シオンさんが顔を上げる。


 その瞳は、青白く輝いていた。


「次は、止められないわ」

お読みいただきありがとうございます。


本作はカクヨムでも連載中です。

小説家になろう版は、しばらく1日2話ずつ投稿していく予定です。


続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。

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