第44話 なんか危険対象は、俺だけじゃないらしい
警報が鳴り響く。
赤く染まった検査室の中で、俺の右手だけが青白く光っていた。
【適応反応 確認】
【継承候補 再認証】
【第二対象 同期開始】
モニターに、見覚えのない文字が並んでいる。
「第二対象?」
『マスター。右手を検査機器から離してください』
「離したいんだけど」
俺は右腕に力を入れた。
だが、動かない。
手のひらを置いた台から、青白い光の線が伸びている。
まるで機械の方が、俺を掴んでいるみたいだった。
「固定機能なんて聞いてないぞ」
「こちらも起動させていません!」
職員が慌てて操作盤を叩く。
「検査装置が制御を受け付けません!」
「それ、かなりまずくないですか?」
「かなりまずいです!」
「正直だな!」
『マスターへ接続している回線を解析します』
ナナの声が、一段低くなる。
『……この設備は、協会が製造したものではありません』
「え?」
『外装と制御系だけが人類製です。中核部分には旧施設由来の演算装置が使われています』
「やっぱり怪しいじゃん」
『先ほどから、そう言っています』
青白い線が、俺の腕を這う。
熱い。
痛いというより、皮膚の奥へ細い針を何本も入れられている感覚だ。
その時。
検査室の扉が、勢いよく開いた。
「ナギ!」
真っ先に飛び込んできたのは、りくだった。
その後ろから、ひより、天音、シオンが入ってくる。
「立ち入りは禁止です!」
「知るか!」
「りくさん、職員さんを投げないでください!」
「まだ投げてねぇ!」
「“まだ”って言いました!?」
騒がしい。
でも、少し安心した。
「先輩!」
ひよりが俺の方へ駆け寄り、途中で急に足を止めた。
瞳に淡い光が宿る。
《魔力視》。
「……すごい」
「何が見える?」
「先輩の右手から、建物全体に青白い線が広がってます」
「それ、俺が協会本部を乗っ取ってるみたいに聞こえるな」
『正確には、協会本部側がマスターへ接続しています』
「もっと嫌だな」
天音が俺を見て、なぜか少し視線を逸らした。
「ナギさん、検査着なんですね」
「今そこ?」
「い、いえ! 薄いなと思って!」
「検査着が?」
「検査着がです!」
天音が赤いフレームの眼鏡を押し上げる。
顔も赤い。
りくは遠慮なく俺を見た。
「意外と鍛えてるな」
「見なくていい」
「腹、ちゃんと割れてるじゃん」
「実況するな」
『サービス回の需要を確認しました!』
「エイトまで出てくるな!」
ひよりもちらっとこちらを見てから、慌てて顔を背けた。
「わ、私は魔力しか見てませんから!」
「誰も聞いてないけど」
「先に言いました!」
状況は最悪なのに、いつもの調子だった。
シオンだけが、扉の前で動かなかった。
胸元を押さえている。
白いコートの隙間から、青白い光が漏れていた。
「シオンさん?」
俺が呼ぶと、彼女はゆっくり顔を上げた。
「凪くん。その右手の光……いつから強くなったの?」
「検査が始まってからです」
「そう」
声は冷静だった。
けれど、呼吸がわずかに乱れている。
ひよりが、俺とシオンさんを交互に見る。
「繋がってます」
「何が?」
「先輩の右手と、シオンさんの胸元です」
室内が静かになった。
「同じ青白い流れが、二人の間を行き来しています。でも……」
ひよりが眉を寄せる。
「先輩の方は、身体の中から出ています」
「シオンさんは?」
「外から入り込んでます」
シオンさんの表情が、わずかに強張った。
『後輩個体の観測と一致します』
ナナが答える。
『マスターの適応反応は、元々体内に存在していたものです。しかしシオン個体の反応は異なります』
「誰かがシオンさんに何かしたってことか?」
『その可能性があります』
りくが職員を睨む。
「お前らか?」
「違います! 我々もこの反応は把握していません!」
「じゃあ誰だよ」
「それを調査するための検査です!」
「調査する前に壊れかけてんじゃねぇか!」
正論だった。
職員が言葉に詰まる。
シオンさんの胸元から、ぱきりと小さな音がした。
薄い氷が、白いコートの表面を這う。
「シオンさん!」
ひよりが駆け寄る。
「近づかないで」
「でも!」
「大丈夫よ」
『信用できません』
ナナが即座に否定した。
シオンさんが少しだけ苦笑する。
「あなた、本当に私を信用しないわね」
『マスターへ危険が及ぶ可能性がある個体は、すべて警戒対象です』
「じゃあ、今の私は警戒対象?」
『はい』
迷いのない返答だった。
シオンの笑みが消える。
それでも、ひよりは彼女の袖を掴んだ。
「私は離れません」
「ひよりちゃん」
「シオンさんが大丈夫って言う時も、信用できないことあります」
「凪くんの影響かしら」
「先輩も信用できない時あります!」
「俺まで巻き込むな」
「二人とも、自分のことを大事にしないところが似てます!」
ひよりが珍しく強い声を出した。
シオンさんは、何も言い返せなかった。
その間にも、モニターの表示が更新される。
【第一対象:大豆島凪】
【適応率 測定不能】
【継承権限 照合継続】
【第二対象:氷鉋シオン】
【外部適応反応 増大】
【同期率 十八パーセント】
「同期率?」
天音が画面へ顔を近づける。
「十八パーセントって、どのくらい危険なんですか?」
『不明です』
「ナナさんにも分からないんですか?」
『この形式の適応処理は、ナナの記録にありません』
その一言で、背中が冷えた。
ナナが知らない。
旧施設に詳しいナナが。
「エイトは?」
『ただいま全力検索中でーす! 検索結果、該当なし! ソースは脳内ですら出ません! これはマジで初見案件ですね!』
明るく言っている。
けれど、エイトのホログラムにも細かなノイズが走っていた。
シオンさんの周囲の温度が下がる。
床に霜が広がり始める。
「シオンさん。剣から手を離してください」
俺は言った。
いつの間にか、シオンの右手が《氷葬細剣 フリーレン・ローズ》の柄を握っていた。
本人も気づいていなかったらしい。
「……どうして」
「たぶん、シオンさんの意思じゃない」
俺が立ち上がろうとすると、右手の光が強まった。
「っ!」
『マスター、動かないでください!』
青白い光が検査室を走る。
同時に、シオンさんの胸元の紋章が輝いた。
冷気が爆発する。
壁と床が、一瞬で白く凍りついた。
ひよりが息を呑む。
「同期率、上がってます!」
モニターの数字が跳ねる。
【同期率 二十四パーセント】
【第二対象 危険域へ移行】
「シオンさんは危険じゃない!」
気づけば、俺は叫んでいた。
職員たちがこちらを見る。
「これは、シオンさんの意思じゃない。外から何かを入れられてるんだろ」
「判断するのは我々です」
検査室の入口から、低い声がした。
数人の監査官が入ってくる。
「検査結果は明確だ。大豆島凪だけでなく、氷鉋シオンにも旧施設由来の異常反応が確認された」
「だからって」
「本日付で、氷鉋シオンを第二種危険監察対象へ変更する」
シオンさんの瞳が揺れた。
「……私を?」
「武装を解除し、隔離検査を受けてもらう」
りくが前へ出る。
「ふざけんな。シオンさんは何もしてねぇだろ」
「異常反応そのものが危険性を示している」
「そういうのを決めつけって言うんだよ!」
監査官は、りくを無視してシオンさんを見る。
「氷鉋シオン。命令に従え」
シオンさんはしばらく黙っていた。
ひよりは袖を掴んだまま離さない。
「嫌です」
ひよりが言った。
「ひよりちゃん」
「シオンさんを一人にしません」
「私から離れなさい。これは命令よ」
「今のシオンさんに命令されても、聞きません」
声は震えていた。
それでも、手は離さなかった。
シオンさんは、そんなひよりを見つめる。
そして、そっとその手を外した。
「大丈夫」
「だから、その大丈夫は信用できません!」
「それでも、ここでは従うしかないわ」
シオンは監査官の方を向いた。
「隔離検査を受けます」
「シオンさん!」
「ただし」
シオンの声が、冷たくなる。
「ひよりちゃんたちには手を出さないで」
監査官は短く頷いた。
「同行しろ」
シオンさんは歩き出す。
すれ違う瞬間。
彼女は俺にだけ聞こえる声で言った。
「凪くん。私に近づかないで」
「無理です」
「……即答なのね」
「シオンさんも、俺と同じくらい大丈夫じゃないんで」
彼女は少しだけ目を伏せた。
そのまま、監査官たちに囲まれて検査室を出ていく。
扉が閉まる直前。
最後尾の監査官が、シオンへ告げた。
「隔離検査の前に、君へ確認してもらう情報がある」
「何ですか」
「君の両親の死についてだ」
シオンの足が止まった。
扉が閉じる。
青白い紋章だけが、俺の右手に残っていた。
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本作はカクヨムでも連載中です。
小説家になろう版は、しばらく1日2話ずつ投稿していく予定です。
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