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配信切り忘れた俺、ダンジョン管理AI(たぶん美少女)の最推しになっていた  作者: 斎藤ゆうすけ
第三章 キャンプ場でのドキドキ潜伏生活

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第41話 なんか氷姫が、俺を迎えに来た

探索者協会本部から届いた通知を見た瞬間。


 俺たちの間に、キャンプ場の余韻は完全に消えた。


【氷鉋シオンのS級探索者資格一時停止に関する通達】


 端末の画面には、そんな文字が表示されている。


 氷鉋シオン。


 S級探索者。


 氷姫。


 俺にとっては、やたら距離が近くて、なんか色々と危ないお姉さん。


 けれど、同時に何度も助けられた相手でもある。


「シオンさんが……資格停止?」


 ひよりが小さく呟いた。


 さっきまでキャンプ道具を抱えていた手が、ぎゅっと胸元で固まっている。


 りくは眉を寄せた。


「なんでだよ。あの人、めちゃくちゃ強いだろ」


「強いから、止められる場合もあります」


 天音が赤いフレームの眼鏡を押し上げた。


 キャンプ帰りの大きめパーカーに、まだ少し草の匂いが残っている。


「S級探索者は、戦力であると同時に協会の管理対象でもありますから。協会の方針に反したとか、危険性があると判断されたら、資格停止はあり得ます」


「詳しいな、天音」


「推しの周辺情報は基本です!」


 そういうものなのだろうか……。


『最古参個体の推論にナナも同意します。この通知は通常の資格審査ではありません。大豆島凪に関する監察記録と連動しています』


「俺?」


『はい。マスターに関する情報が、協会内部で重要監察案件として扱われています』


「まあ、心当たりはあるけど」


『ありすぎます』


「言い方!」


『《Leviathan》、右手甲の紋章、旧施設との接続反応、ナナとの接触、配信事故、その他複数です』


「その他複数でまとめるな。怖いだろ」


『まとめなければ長くなります』


 そこへ、エイトのホログラムがふわっと浮かんだ。


 白とブルーのアウトドアパーカー姿のまま、なぜか手元に黒板のようなパネルを出している。


『はいはいはい、ここで状況整理のお時間です! シオンちゃん資格停止! ナギくん重要監察対象! 協会はピリピリ! ナナちゃんはガチギレ寸前! つまり!』


「つまり?」


『平穏な学校生活、終了のお知らせです!』


「そろいもそろって、言い方!」


『昔のネットではこう言います。詰んだ。いや、まだ詰んでないけど詰みかけ。詰み寸前。ほぼ詰み。半詰み』


「うるさいな」


 でも、エイトの言葉は間違っていない。


 キャンプ場で一週間隠れて、騒ぎは少し落ち着いた。


 少なくとも、校舎裏に戻ってきた時、マスコミも野次馬もいなかった。


 なのに。


 本当に厄介なところは、何一つ落ち着いていなかったらしい。


「……あの」


 ひよりが、おずおずと手を上げた。


「私、ちょっと思い出したんですけど」


「ん?」


「私、シオンさんのお手伝いで、協会公認のサポートスタッフをしてたんです」


「ああ、前に言ってたな」


「はい。言いました」


 ひよりは頷く。


 そして、首をかしげた。


「でも、もしかして……あれって、先輩の監視とか、そういうことだったんでしょうか?」


 空気が止まった。


 ひより本人だけが、きょとんとしている。


「お前、わかってなかったのか?」


「シオンさんのお手伝いだと思ってました!」


「元気に言うことじゃなくないか?」


「だ、だって本当にそう思ってたんです!」


 ひよりが慌てて両手を振る。


 責められて落ち込んでいる、という感じではない。


 むしろ、今になって書類の裏側を知って、素直に驚いている顔だった。


「協会の人からは、シオンさんの補助をしてくださいって言われて。私は、シオンさんの役に立てるなら嬉しいなって」


「ひよりらしいな」


「褒めてます?」


「たぶん」


「たぶんなんですか!?」


 ひよりがむっと頬を膨らませる。


 その反応がいつも通りすぎて、少しだけ肩の力が抜けた。


 ナナは沈黙していた。


 だが、その沈黙が少し重い。


『後輩個体には、《魔力視マナサイト》を保有しています』


「ああ、ひよりのはかなり高レベルだ」


『はい。通常の探索者が感知できない魔力の流れ、異常反応、接続痕跡を観測できます』


「あ、はい……」


 ひよりが自分の目元に指を当てる。


「私、魔力の流れを見るのは得意なんです。戦うのはあんまり得意じゃないですけど」


「それで協会にサポートスタッフとして使われてたわけか」


『可能性は高いです』


 ナナの声がさらに低くなる。


『協会は、マスターの異常反応を観測するために、後輩個体をS級個体の補助につけていた可能性があります』


「えっ」


 ひよりが目を丸くする。


「私、そんな大事な係だったんですか?」


「そこに驚くのか」


「だって、書類とか難しくて……シオンさんのお手伝いって聞いていたので……」


 ひよりは困ったように笑った。


「でも、今はわかります」


 その声だけは、少し真面目だった。


「先輩が危ない人かどうかを見るって意味なら、私は言えます」


 ひよりが俺を見る。


「先輩は、危ないことに巻き込まれる人です。でも、危ない人じゃないです」


 妙な言い方だった。


 でも、不思議と納得できた。


「ありがとう、ひより」


「い、いえ!」


 ひよりの頬が赤くなる。


 そのまま、ぱっと視線を逸らした。


「べ、別に照れてません!」


「何も言ってないけど」


「言われる前に言いました!」


『先制防御ですね』


「エイトさん、実況しないでください!」


 ひよりがさらに赤くなった。


 りくが横からにやっと笑う。


「ひより、わかりやすいな」


「りくさんまで!」


「いや、かわいいぞ」


「かわっ……!」


 ひよりが言葉を詰まらせる。


 こういう時のりくは、悪意なく直球なので強い。


 黒いタンクトップの上に薄手のパーカーを羽織ったまま、りくは肩を回した。


 キャンプ帰りのせいか、健康的な褐色の肌に少し汗が浮いている。


「で、どうすんだよナギ。こっちから行くのか?」


「行くしかないだろ」


『推奨しません』


 即座にナナが言った。


『現在、協会本部はマスターにとって安全な場所ではありません』


「でも、シオンさんの資格停止が俺絡みなら、放っておけない」


『放置を推奨します』


「ナナ」


『推奨します』


 声は静かだった。


 だが、いつもの過保護とは少し違う。


 本気で危険だと判断している声だった。


『協会は、マスターを保護対象として扱うとは限りません。観測対象、管理対象、危険対象……いずれの扱いも想定されます』


「まあ、そうだろうな」


『マスター』


「でも、シオンさんのことが気になる。どうしてもS級資格がなぜ停止になったのか……俺のせいだとしたら……」


『マスターは、自分の危険性を軽視しすぎです』


「自覚はしてる」


『していません』


「してるって」


『している人間は、今のように軽い声を出しません』


 その言葉に、天音がぴくりと反応した。


「……ナナさん、わかりますか」


『何がですか』


「ナギさん、本当に危ない時ほど、声が軽くなるんです」


「天音?」


 天音は、俺を見ていた。


 赤いフレームの奥の目が、妙に真剣だった。


「登録者三人の頃から見てます。ナギさん、まずい時ほど『まあ大丈夫』みたいな声を出すんです」


「昔のことまで覚えすぎだろ」


「覚えてます。最古参なので」


 天音は胸の前で拳を握る。


「だから、今の先輩はあんまり大丈夫じゃないです」


「ひよりまで?」


「はい。なんとなくですけど」


「なんとなくで包囲するな」


『包囲ではありません。保護です』


「もっと怖い」


 その時だった。


 俺の端末が、また震えた。


 画面を開く。


 協会本部からの新しい通知だった。


【大豆島凪殿】


【旧施設および《Deep Archive Core : Leviathan》関連事案について、重要聴取を実施する】


【本日中に探索者協会本部へ出頭されたし】


【同行担当:氷鉋シオン】


 最後の一文で、全員が黙った。


「同行担当……シオンさん」


 ひよりが小さく呟く。


『やはり、そう来ましたか』


 ナナの声は冷たかった。


『協会はシオン個体をマスターの元へ向かわせています』


「任意同行ってやつか」


『拒否した場合、別の手段へ移行する可能性があります』


「別の手段って?」


『武力行使です』


 空気が重くなる。


 りくが、拳を握った。


「だったら、こっちも戦う準備しとけばいい」


「単純だな」


「でも必要だろ?」


「まあな」


 りくは単純だ。


 でも、こういう時、その単純さがありがたい。


「先輩」


 ひよりが俺の袖をそっと掴んだ。


「私も行きます」


「危ないぞ」


「わかってます。でも、シオンさんの魔力がどうなっているか、私なら見られるかもしれません」


 ひよりの瞳に、淡い光が宿る。


 魔力視。


 マナサイト。


 普段の柔らかい雰囲気とは違う、静かな集中がそこにあった。


「それに」


 ひよりは少しだけ不安そうに笑った。


「シオンさんのこと、放っておけません」


「……そっか」


 その言葉に、俺は頷くしかなかった。


 天音も、すっと手を上げる。


「私も行きます」


「天音は戦えないだろ」


「戦えません」


「即答」


「でも、見てきたものはあります。ナギさんの配信も、戦い方も、言葉も、ずっと見てきました。役に立てるかは分かりませんけど、置いていかれるのは嫌です」


 天音の声は震えていなかった。


 最古参リスナー。


 ただ見ているだけだった女の子。


 そのはずなのに、いつの間にか現場にいて、こうして隣に立とうとしている。


 りくが笑った。


「じゃあ決まりだな。みんなで行こうぜ」


『軽いですねえ。でも嫌いじゃありません! 古の言葉で言うなら、パーティ編成完了ってやつです!』


「それ古いか?」


『雰囲気です!』


 エイトが明るく笑う。


 その明るさに、少しだけ救われる。


 だが、ナナだけは沈黙していた。


「ナナ」


『……マスターが行くと言うなら、ナナは止めきれません』


「悪い」


『謝罪ではなく、約束を要求します』


「約束?」


『無茶をしないでください』


「内容が難しいな」


『難しくありません』


「努力する」


『不十分です』


「善処する」


『さらに不十分です』


「じゃあ、戻ってくる」


 ナナが、少しだけ黙った。


「必ず戻ってくる。シオンさんも連れて」


『……記録しました』


 その声は、ほんの少しだけ揺れていた。


『マスターの発言を、最優先約束として記録しました』


 その時。


 校舎裏の空気が、急に冷えた。


 季節外れの冷気。


 足元の草に、白い霜が降りる。


 ひよりがはっと顔を上げた。


「来ます」


「何が」


「すごく綺麗で、すごく冷たい魔力です」


 風が吹いた。


 白いコートの裾が揺れる。


 校舎の影から、一人の女性が歩いてきた。


 長い暗青色の髪。


 黒い服。


 白いコート。


 胸元には、青い結晶のような飾り。


 その姿を見た瞬間、ひよりが声を上げる。


「シオンさん!」


 氷鉋シオンは、足を止めた。


 いつものように微笑んでいる。


 けれど、その笑みはどこか硬かった。


「久しぶりね、凪くん」


「そんなに久しぶりでもないですけど」


「そうね」


 シオンは小さく笑った。


 その手には、氷でできた細剣があった。


 《氷葬細剣 フリーレン・ローズ》。


 以前よりも、ずっと冷たい光を放っている。


 りくが一歩前に出る。


 ひよりが息を呑む。


 天音が小さく「本物の氷姫……」と呟く。


 エイトが珍しく黙った。


 ナナの声だけが、低く響く。


『シオン個体。マスターへ敵対する意思はありますか』


 シオンは、ナナの問いにすぐ答えなかった。


 代わりに、俺を見た。


「凪くん」


「はい」


「協会本部まで、一緒に来てもらえるかしら」


「拒否したら?」


 聞きたくなかった。


 でも、聞かなければならなかった。


 シオンの瞳が、わずかに揺れる。


 それでも彼女は、氷姫の顔で答えた。


「無理にでも連れて行くわ」


 冷たい風が、俺たちの間を吹き抜けた。


 シオンは敵ではない。


 そう思いたい。


 けれど今、彼女は確かに俺の前に立っている。


 協会の命令書を背負って。


 氷の刃を手にして。


 まるで、俺の行く先を塞ぐように。


「……そっか」


 俺は息を吐いた。


「じゃあ、行きましょう」


 シオンの瞳が、ほんの少しだけ見開かれる。


「抵抗しないの?」


「シオンさんに逆らう方が、いろいろな意味で面倒なことになりそうなんで」


「あなたらしいわね」


 シオンはそう言って、少しだけ寂しそうに笑った。


 ひよりが小さく震える声で言う。


「シオンさん……」


 シオンは、ひよりを見た。


 その目だけは、少しだけ優しかった。


「ひよりちゃん。あなたは、ここに残って」


「嫌です」


 即答だった。


 シオンが目を瞬かせる。


「私は、シオンさんのお手伝いです」


「もう、その必要はないわ」


「あります」


 ひよりは、俺の袖を握ったまま言った。


「だって、シオンさんの魔力、少し変です」


 その一言で、シオンの表情が止まった。


 ひよりの瞳に、淡い光が揺れている。


「いつものシオンさんの魔力じゃありません。綺麗ですけど、すごく冷たくて……奥の方に、青白い別の流れが混ざってます」


 シオンは何も言わない。


 ただ、細剣を握る指先に、白い霜が増えた。


 ナナの声が、さらに硬くなる。


『旧施設信号の混入を確認する必要があります』


『はいはい、状況悪化のお知らせです』


 エイトが、無理やり明るい声を出した。


『でも大丈夫! こっちはナギくん、ナナちゃん、ひよりちゃん、りくちゃん、天音ちゃん、ついでにエイトちゃんがいます! 人数的には勝ってます!』


「ついでなのか、お前」


『エイトちゃんは謙虚なので!』


 その軽口に、少しだけ空気が戻る。


 けれど、シオンの周囲の冷気は消えない。


 俺は彼女を見る。


「シオンさん」


「何かしら」


「俺は行きます。でも、そっちが俺を危険だって決めつけるなら、ちゃんと反論します」


「ええ」


「あと、シオンさんが危ないなら、そっちも助けます」


 シオンは、少しだけ困った顔をした。


「本当に、あなたは」


「なんですか」


「危険な人ね」


「それ、協会と同じこと言ってますよ」


「違うわ」


 シオンは静かに首を振る。


「あなたは、自分が傷つくことを危険だと思っていない」


 その言葉に、誰も笑わなかった。


 ナナも。


 ひよりも。


 りくも。


 天音も。


 みんな、俺を見ている。


「……まあ」


 俺は頭をかいた。


「今回は、気をつけます」


『信用できません』


「ナナ?」


『信用できません』


「二回言うな」


 シオンが、ほんの少しだけ笑った。


 それは、いつものシオンに少しだけ近い笑みだった。


「行きましょう、凪くん」


 白いコートが揺れる。


 氷の細剣が、青白く光る。


 その背中を見ながら、俺は思う。


 これは、協会へ行くだけの話ではない。


 シオンの中で何かが起きている。


 ナナが隠している秘密。


 右手に浮かぶ紋章。


 全部が、少しずつ同じ場所へ向かっている。


 たぶん、逃げても意味はない。


 なら。


 こっちから行くしかない。


 俺は右手を握った。


 まだ、そこには何も浮かんでいない。


 けれど、皮膚の奥で、何かが小さく脈打っている気がした。


 シオンが協会の命令で俺の前に立つなら。


 俺は、俺の意思でその前に立つ。


 彼女を敵にしないために。


 彼女を、助けるために。

お読みいただきありがとうございます。


本作はカクヨムでも連載中です。

小説家になろう版は、しばらく1日2話ずつ投稿していく予定です。


続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。

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