第39話 キャンプの終わり際はなんか名残惜しい
隠れ家キャンプ場で過ごし始めて、一週間が経った。
その間、俺たちは思っていた以上に普通のキャンプ生活を送っていた。
朝は川の音で起きる。
昼は飯を作ったり、森を歩いたり、りくに付き合わされて山道をトレッキングしたりした。
夜は焚き火を囲んで、どうでもいい話をする。
ダンジョンの中で。
人工の空の下で。
たまに小型モンスターが出る場所で。
普通、という言葉が合っているのかは分からない。
でも、少なくとも俺たちは、それなりに穏やかな一週間を過ごしていた。
もちろん、その裏で何もなかったわけではない。
『現在、世間の主流意見は“ナギの配信はAI生成フェイク動画だった説”へ移行中です』
朝食後。
エイトが、空中にニュースサイトやSNSの反応をいくつも表示しながら言った。
「そんな説、誰が流したんだよ」
『エイトちゃんです!』
「堂々と言うな」
『だって、その方が都合いいじゃないですか。旧施設とか《Leviathan》とか、適応済み個体とか、世界の秘密とか、全部本物ですって言うより、“AIで作ったフェイク動画でした”の方がみんな安心するんですよ』
「嫌な安心だな」
『人類は、理解できない真実より、わかりやすい嘘を好みます』
エイトが急にそれっぽいことを言う。
「たまにまともなこと言うな」
『照れますね』
「褒めてない」
その横で、天音が赤フレーム眼鏡を押さえながら震えていた。
「ナギさんの配信は本物です! 全部本物なんです! なのに……なのに、AIフェイク扱い……!」
「いや、今回はその方が助かるだろ」
「理屈ではわかっています。でも、最古参としては複雑です!」
『マスターの安全確保が最優先です』
ナナの声が静かに入る。
『マスターに関する報道量は、この一週間で大幅に減少しました。マスコミの主要な関心事は現在、有名探索者の二股交際疑惑へ移行しています』
「何それ」
『S級一歩手前の男性探索者が、同じパーティー内の女性二名と同時に交際していた可能性が浮上しています』
「情報が生々しいな」
『人類は世界の秘密より恋愛スキャンダルが好きなのです』
エイトがうんうんと頷いた。
「嫌な納得感がある」
「二股はよくないです!」
ひよりが真面目な顔で言う。
「そうだな」
「ちゃんと一人の人を大事にしないと……」
言いながら、なぜかちらっとこっちを見る。
「何で俺を見る」
「い、いえっ、一般論です!」
りくも腕を組んで頷いた。
「ナギはそのへん大丈夫だよな?」
「何が」
「いや、なんか、周りに女の子多いし……」
「お前らが勝手に集まってるんだろ」
「勝手って言うな!」
りくが頬を膨らませる。
天音もすぐに身を乗り出した。
「私は自分の意思で現地参戦しています!」
「だから怖いんだよ」
『マスターの周辺における恋愛的密度は高値を維持しています』
「ナナまでやめろ」
『事実です』
朝から騒がしい。
でも、この騒がしさも今日で終わりらしい。
◇
『マスター』
ナナの声が、少しだけ改まった。
『マスコミの熱は十分に低下しました。一般報道、まとめサイト、動画配信者の関心も低下傾向です』
「つまり?」
『本日中に帰還可能です』
その言葉に、少しだけ場が静かになった。
帰れる。
もともと、ここは隠れるための場所だった。
いつまでもいる場所ではない。
それはわかっている。
わかっているのに、なんとなく空気が変わった。
「……帰るのか」
りくがつぶやいた。
「まあ、学校もあるしな」
「そうだけどさ」
りくは川の方を見る。
「次は、もっと普通に遊びに来ようぜ。逃げるためじゃなくてさ」
「ここ、ダンジョンだけどな」
「もう慣れたって言っただろ」
りくは笑った。
少しだけ寂しそうだった。
「先輩」
ひよりが、片付けた食器を抱えながら言う。
「私も、また来たいです」
「気に入ったのか?」
「はい。怖いこともありましたけど……楽しかったです」
ひよりは小さく笑った。
「川遊びも、花火も、みんなでご飯を食べたことも。全部、楽しかったです」
「そうだな」
「次は、もっとちゃんと料理を準備してきますね」
「十分うまかったけどな」
「っ……ありがとうございます」
ひよりは嬉しそうに俯いた。
天音はすでにメモ帳を開いていた。
「次回来る時は、持ち物リストを作ります。テント設営手順、調理器具、虫対策、非常食、予備の眼鏡、防水カメラ、ナギさん観察ノート……」
「最後いらない」
「いります!」
「防水カメラも怪しい」
「思い出を残すためです!」
『ナナはこのダンジョンの盗撮防止機能を強化します』
「ナナちゃん!?」
エイトが空中でくるっと回る。
『次回、隠れ家キャンプ第二弾! 乞うご期待!』
「配信しないからな」
『もちろんです。心のサムネです』
「天音みたいなこと言うな」
「心のサムネは大事です!」
「同調するな」
騒がしい。
最後まで騒がしい。
でも、それでよかった。
◇
撤収は、思ったより早く終わった。
テントを畳む。
荷物をまとめる。
焚き火の跡を片付ける。
川辺に忘れ物がないか確認する。
最初に来た時より、みんな手際がよくなっていた。
一週間もいれば、少しは慣れるらしい。
『マスター』
「ん?」
帰還用の転移地点の前で、ナナが声をかけてきた。
『この場所は、マスターの療養と保護を目的として再稼働しました』
「うん」
『結果として、マスターは一定の休息を得ました』
「そうだな」
『観測上、マスターが笑う頻度も増加しています』
「そうなのか」
『はい』
少し間があった。
『マスターが楽しそうでした』
その声は、いつもの報告口調に近い。
でも、少しだけ違った。
ナナ自身が、それを大事にしているみたいに聞こえた。
「楽しかったよ」
俺は言った。
「ここに来てよかった」
『……そうですか』
短い返事。
でも、声が少し柔らかい。
『それなら、この場所を用意した意味がありました』
「ああ」
『マスター』
「何?」
『また、ここへ来てくれますか』
その問いは、少しだけ不安そうだった。
俺は振り返る。
人工の空。
森。
川。
焚き火跡。
花火をした川辺。
肝試しで歩いた森の奥。
楽しいだけじゃなかった。
怖いこともあった。
面倒な伏線も増えた。
それでも。
「来るよ」
俺は答えた。
「次は、隠れるためじゃなくてな」
少しだけ沈黙。
『……はい』
ナナの声が、嬉しそうに揺れた。
『予約として記録しました』
「記録好きだな」
『重要情報です』
「そうか」
『はい』
俺は少し笑った。
「じゃあ、帰るか」
『はい。帰還転移を開始します』
◇
一週間ぶりに、現実へ戻った。
場所は、県立深界原高等学校の敷地内。
人目につきにくい校舎裏だった。
夕方の空。
本物の風。
遠くから聞こえる車の音。
人工のキャンプ場とは違う、現実の匂いがした。
「戻ってきたな」
りくが伸びをする。
「なんか、変な感じです」
ひよりが小さく言う。
「一週間だけなのに、すごく久しぶりみたいです」
「わかります」
天音が頷いた。
「そして校門前にマスコミがいません!」
「それが普通なんだよ」
『マスコミ、野次馬、迷惑配信者の反応は確認されません』
ナナが言う。
『少なくとも、表面上の騒動は沈静化しています』
「表面上、か」
『はい』
その言い方が少し気になった。
だが、深く聞く前に。
俺の端末が震えた。
「……ん?」
画面を見る。
差出人は、探索者協会本部。
件名には、こう書かれていた。
【氷鉋シオンのS級探索者資格一時停止に関する通達】
「……シオン?」
嫌な予感がした。
S級探索者資格の一時停止。
あの氷姫に、そんな言葉が結びつくとは思えなかった。
ひよりが不安そうに俺を見る。
「シオンさんに、何かあったんでしょうか」
りくの表情も少し変わる。
「協会本部からって、普通じゃないよな」
天音が赤いフレームの眼鏡を押さえた。
「資格一時停止……かなり重い言葉です」
ナナの声が、少しだけ低くなる。
『マスター。これは、無視できません』
「だよな」
隠れ家キャンプは終わった。
マスコミの騒ぎも、ひとまず遠ざかった。
でも、日常が戻ってきたわけじゃない。
俺たちはまた、別の面倒ごとへ引き戻されようとしていた。
お読みいただきありがとうございます。
本作はカクヨムでも連載中です。
小説家になろう版は、しばらく1日2話ずつ投稿していく予定です。
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