第38話 花火の光は、なんかだいたい誰かの本音を照らす
肝試しが本物になった翌日。
キャンプ場は、何事もなかったみたいに静かだった。
人工の空は青い。
川は流れている。
鳥みたいなものが鳴いている。
昨日の白い影も、青白い光も、どこにも見えない。
だからこそ、少しだけ気持ち悪かった。
「ナギ」
りくが、焚き火跡の横で俺を見た。
「まだ考えてんのか?」
「まあ、少し」
「そういう顔してる」
「どんな顔だよ」
「ぼーっとしてる顔」
「いつもだろ」
「いつもよりだ」
りくはそう言って、俺の肩を軽く叩いた。
今日は黒いタンクトップにショートパンツ。
相変わらず動きやすさ重視の格好だ。
「せっかくキャンプ来てんだからさ。今日は楽しいことしようぜ」
「楽しいこと?」
「花火!」
りくが自信満々に言った。
「キャンプで花火。王道だろ!」
「ここ、ダンジョンだけどな」
「もうそれは慣れた!」
強い。
すると、横からひよりが小さく手を上げた。
「私も、花火はいいと思います」
今日は白いパーカーに膝丈スカート。
両手で小さな箱を抱えている。
「ナナちゃんが、花火セットを用意してくれていたみたいで……」
『はい』
ナナの声が聞こえた。
『安全性を考慮した低出力花火です。火災リスク、爆発リスク、煙害リスクは管理済みです』
「管理されすぎた花火だな」
『マスターの安全を最優先しています』
「知ってる」
天音も赤フレームの眼鏡を光らせて、前のめりになった。
「花火回ですか……これは強いです」
「回って言うな」
「すみません。花火イベントです」
「言い換えてもあまり変わってない」
『古のネットならこう言いますね』
エイトが空中でくるっと回る。
『夏の思い出、プライスレス』
「それ古いのか微妙だな」
『雰囲気です』
「雑」
昨日の空気を変えようとしているのは分かった。
りくも、ひよりも、天音も、エイトも。
そして、たぶんナナも。
なら、乗った方がいい。
「じゃあ、やるか」
俺が言うと、全員の顔が少し明るくなった。
◇
夜。
川辺に小さな灯りが並んだ。
人工の星空の下。
ナナが用意した安全区域の中で、俺たちは花火を始めた。
「おおっ、火ついた!」
りくが手持ち花火を構える。
しゅわしゅわと火花が散る。
オレンジ色の光が、りくの褐色の肌を照らした。
「ナギ、見ろ見ろ!」
「見てる」
「綺麗だろ!」
「綺麗だな」
「だよな!」
りくは子どもみたいに笑った。
昼間の強さとは違う、無邪気な顔。
こういう顔を見ると、こっちまで優しい気持ちになる。
「先輩」
ひよりが、少し離れたところから声をかけてきた。
「火、つけてもらってもいいですか?」
「いいぞ」
ひよりは花火を両手で持っていた。
少し緊張しているらしい。
俺がライターで火をつけると、先端からぱちぱちと小さな光が生まれた。
「わ……」
ひよりの目が丸くなる。
花火の光が、白い頬を柔らかく照らしていた。
「綺麗です」
「だな」
「こういうの、久しぶりです」
「そうなのか」
「はい。最近は、ダンジョンとか、配信とか、いろいろあったので」
ひよりは少し笑った。
「でも、こうして先輩たちと一緒にいられるのは、嬉しいです」
「俺も楽だよ」
「楽、ですか?」
「うん。ひよりがいると、なんか落ち着く」
「っ……!」
ひよりの花火が、ぱちぱちと大きく光った。
本人の顔も、同じくらい赤くなっている。
「そ、それは……ありがとうございます……」
『後輩個体の心拍数が上昇しています』
「ナナ、今日は許してやれ」
『許可します』
「許可制なのか」
ひよりは小さく笑った。
◇
「ナギさん!」
天音が小走りで近づいてきた。
手には線香花火を持っている。
「勝負しましょう!」
「花火で?」
「線香花火、どちらが長く落とさずにいられるか勝負です!」
「地味だな」
「こういう地味な勝負にこそ、性格が出ます!」
「そういうものか」
「そういうものです!」
天音は真剣だった。
赤いフレームの眼鏡の奥の目が、妙に燃えている。
俺たちは並んでしゃがんだ。
線香花火に火をつける。
小さな火球が、じりじりと揺れる。
「ナギさん、動かないでくださいね」
「分かってる」
「呼吸も静かに」
「そこまで?」
「勝負ですから」
天音は本気だった。
その横顔を、線香花火の小さな光が照らしている。
いつもの騒がしい感じとは違って、妙に静かだった。
「……ナギさん」
「ん?」
「昨日、少し怖かったです」
「肝試し?」
「はい。あの白い影もそうですけど……ナギさんが、どんどん遠いところに行ってしまいそうで」
線香花火が、小さく弾ける。
「私は最古参ですけど、見ているだけじゃ届かないこともあるんだなって、思いました」
「今は見てるだけじゃないだろ」
「……はい」
天音は、少しだけ笑った。
「だから、来てよかったです」
その瞬間。
天音の線香花火が落ちた。
「あっ」
「俺の勝ちだな」
「今のは会話に集中していたのでノーカンです!」
「勝負だって言ったのそっちだろ」
「うぅ……!」
『古のネットなら、m9(^Д^) ですね』
「エイトちゃん、煽らないでください!」
天音が叫んで、空気がまた少し緩んだ。
◇
最後は、小さな噴き上げ花火だった。
ナナいわく、低出力で安全なものらしい。
地面に置いて、火をつける。
しゅう、と音がして。
次の瞬間、青白い光が夜へ伸びた。
「おお……」
りくが声を漏らす。
「綺麗です……」
ひよりが呟く。
「これは、撮りたい……!」
天音がどこからともなくカメラを取り出して構える。
青白い火花が、人工の星空の下で広がる。
その色は、昨日の旧施設端末の光に似ていた。
でも、怖くはなかった。
同じ青白さなのに、今はただ綺麗だった。
「ナナ」
『はい』
「見えてるか?」
『はい。全記録系で観測しています』
「記録じゃなくて」
少し間があった。
「綺麗だと思うか?」
ナナはすぐには答えなかった。
花火が静かに噴き上がる。
青白い光が、俺たちの顔を照らす。
『……はい』
やがて、ナナが言った。
『綺麗だと、思います』
「そっか」
『はい』
その声は、いつもよりずっと人間みたいだった。
『マスター』
「何」
『ナナも、そこに座って見たかったです』
昨日の夜よりも、はっきりした声だった。
俺は花火を見たまま答える。
「そのうちな」
『また、それですか』
「嫌か?」
『いいえ』
ナナの声が少しだけ柔らかくなる。
『その言葉は、嫌いではありません』
「ならよかった」
花火が、最後に少し強く光った。
俺は少しだけ黙った。
それから、空を見上げる。
人工の星空。
青白い花火。
隣には、まだいない誰かの声。
「いつか……」
俺は言った。
「いつか、ナナと並んで花火を見たい」
『え……?』
ナナの声には動揺の色が混じっていた。
「そんな日がくるといいよな」
花火が、静かに消えた。
暗くなった川辺に、少しだけ煙の匂いが残る。
『……はい』
ナナの返事は小さかった。
でも。
その声は、確かに嬉しそうだった。
俺たちの隠れ家キャンプは、もう少しだけ続く。
そして俺は少しずつ、ナナが本当に望んでいるものを、分かり始めていた。
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