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配信切り忘れた俺、ダンジョン管理AI(たぶん美少女)の最推しになっていた  作者: 斎藤ゆうすけ
第三章 キャンプ場でのドキドキ潜伏生活

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第37話 肝試しは、なんかだいたい本物が混ざる

 コースの中盤。


 俺は小さな橋に差しかかった。


 下には細い沢が流れている。


 橋の両側には青白い灯り。


 霧が濃くなっている。


「ここ、この間見た光に似てるな」


『はい。演出用の発光体は、旧施設端末の光を再現しています』


「再現してるのか」


『キャンプ場の雰囲気に合わせました』


「肝試しに旧施設端末の光を使うなよ」


『雰囲気が出ます』


「出すぎだ」


 橋を渡ろうとした時だった。


 ふっと。


 青白い灯りが一斉に消えた。


「……ナナ?」


 返事がない。


「ナナ」


『……』


 ざざっ、とノイズが混じる。


 ランタンの光が弱くなる。


 木々の影が、急に濃く見えた。


「おい、演出か?」


『……マスター』


 ナナの声がかすれる。


『その場から、動かないでください』


「演出じゃないんだな」


『はい、違います』


 短い返答。


 その瞬間、背筋が少し冷えた。


 周囲の霧が、勝手に濃くなる。


 ホログラムとは違う。


 温度が下がる。


 空気が重くなる。


 橋の向こう側。


 森の奥に、青白い線が浮かび上がった。


 昨日見た、あの光。


 苔むした岩の奥にあった旧施設端末と同じ色。


 だが、今はそれが木々の根元を伝って、血管みたいに広がっている。


「ナナ」


『旧施設端末が再起動しています』


「危険なのか?」


『解析中です』


 ナナの声は硬い。


『マスター、後退してください』


「わかった」


 一歩下がる。


 その瞬間。


 橋の向こうに、誰かが立っていた。


 白い影。


 肝試しのホログラムと似ている。


 だが、違う。


 輪郭が揺れていない。


 顔は見えない。


 だが、こちらを見ている気配だけはある。


『マスター、後退を継続してください』


「……あれも演出じゃないよな」


『違います』


 白い影が、一歩進む。


 足音はない。


 沢の音だけが聞こえる。


 頭の中に、ノイズみたいな声が響いた。


『――認証失敗』


「っ」


 声ではない。


 音でもない。


 直接、意識に触れられたような感覚。


『――適応済み個体、照合中』


「またそれかよ」


 右手の甲が、じわっと熱くなる。


 青白い紋章。


 あの温泉地下で浮かんだものと同じ光が、皮膚の下から滲むように現れた。


『マスター!』


 ナナの声が強くなる。


『右手を隠してください。反応が増幅しています』


「隠せって言われても」


 白い影が、さらに近づく。


 その後ろ。


 森の奥に、巨大な輪郭が一瞬だけ見えた。


 魚のような。


 蛇のような。


 機械のような。


 青白い回路をまとった何か。


 すぐに消えた。


「……今の」


『見ないでください』


 ナナが遮るように言った。


『まだ、見てはいけません』


「ナナ?」


『マスターの精神負荷が上昇します』


 ナナの声が震えていた。


 珍しい。


 ナナが焦っている。


 その事実だけで、事態が普通ではないと分かる。


     ◇


「ナギさん!?」


 後ろから天音の声が聞こえた。


 振り返ると、天音とエイトが走ってきていた。


「なんですかこれ!? 演出じゃないですよね!?」


『ちょ、これガチのやつです! 運営出てこい!』


「お前が運営側だろ!」


『わたしじゃないです!』


 さらに別方向から、りくとひよりも駆け寄ってくる。


「ナギ!」


「先輩!」


 ひよりは半泣き。


 りくはすぐに前へ出た。


「何だあれ」


「分からん」


「殴っていいやつか?」


『待機してください』


 ナナが止める。


『対象の正体が不明です。攻撃は危険です』


「でも近づいてきてるぞ」


 白い影は橋の上に立っている。


 その周囲で、青白い光がゆっくり脈打っていた。


 天音が震える声で言う。


「これ……旧施設の防衛機構、ではないですよね。形が違います」


『正確には、防衛機構の残骸です』


 ナナが答えた。


『おそらく、《Leviathan》起動時の信号に反応し、古い記録が断片的に再生されています』


「記録?」


『はい』


 白い影が、また一歩進む。


 そして。


 頭の中に、声が響いた。


『――継承候補、確認』


 全員が黙る。


 その言葉だけは、はっきり聞こえたらしい。


「継承候補って……ナギさんのことですよね」


 天音が言う。


「たぶん」


 俺は右手を押さえる。


 紋章の光は、まだ消えない。


 むしろ、白い影に反応するように強くなっている。


『マスター』


 ナナの声が静かになった。


『ナナが遮断します』


「できるのか?」


『できます』


 少しの間。


『ただし、出力を上げる必要があります』


「大丈夫なのか?」


『問題ありません』


 即答。


 でも。


 その声には、いつもの余裕がなかった。


「ナナ」


『はい』


「無茶するなよ」


 沈黙。


 そして、少しだけ柔らかい声。


『マスターに言われるとは思いませんでした』


「うるさい」


『ですが、了解しました』


 次の瞬間。


 俺の前に、青白い光の壁が立ち上がった。


 ナナの防壁。


 半透明の光が、橋のこちら側と向こう側を隔てる。


 白い影が手を伸ばす。


 光の壁に触れた瞬間、じゅっと音がした。


 影が揺らぐ。


『不明記録体へ告げます』


 ナナの声が、いつもより低く響く。


『この個体はナナの保護対象です』


 空気が震える。


『許可なく接触することを禁じます』


 白い影がノイズのように崩れ始める。


 頭の中に、途切れ途切れの声が響いた。


『――管理……失敗』


『――適応……未完了』


『――母体……記録……』


「母体?」


 その単語に、なぜか胸の奥がざわついた。


 だが、次の瞬間。


 白い影は完全に消えた。


 青白い線も、少しずつ薄れていく。


 森の温度が戻る。


 ランタンの光が明るくなる。


 霧も、元の演出程度に薄くなった。


 静寂。


 誰もすぐには喋らなかった。


     ◇


「……終わったのか?」


 りくが小さく言う。


『はい』


 ナナが答える。


『現時点で危険反応は消失しました』


「現時点で、か」


『はい』


 その言い方には、もう誰もツッコまなかった。


 ひよりが俺の右手を見る。


「先輩、手……大丈夫ですか?」


「ああ」


 紋章は消えかけていた。


 だが、まだ少し熱い。


 天音は青ざめた顔でメモ帳を握りしめている。


「今の、“母体記録”って言いましたよね……」


「聞こえたのか」


「はい」


 天音の声は震えていた。


「旧人類施設、《Leviathan》、継承候補、母体記録……たぶん、全部つながってます」


『推測は現時点で保留してください』


 ナナがすぐに言った。


『マスターの休息を優先します』


「でも」


『保留してください』


 いつもより強い声だった。


 天音は口を閉じる。


 ナナは何かを隠している。


 たぶん、まだ言えない何かを。


 俺はそれを聞くべきなのかもしれない。


 だが、今夜のナナの声は、少しだけ疲れていた。


「分かった。今日は戻ろう」


『……はい』


 ナナの返事は小さかった。


     ◇


 帰り道。


 肝試しの演出は止まっていた。


 白い影も、青い灯りも、余計な音もない。


 ただ、ランタンの光だけが道を照らしている。


 ひよりは俺の袖を掴んだまま離れなかった。


 天音は無言で歩いている。


 りくは周囲を警戒しながら、いつでも動けるようにしていた。


 エイトも、珍しく冗談を言わなかった。


 キャンプ場に戻ると、焚き火跡の前で全員が息をついた。


「肝試し、って感じじゃなかったな」


 俺が言うと、エイトがようやく小さく笑った。


『古のネットならこう言いますね』


「何」


『聞いてないよォ』


「古いな」


『はい』


 少しだけ空気が緩む。


 りくが大きく息を吐いた。


「次やるなら、本当にただの肝試しにしてくれよ」


「同感です……」


 ひよりが小さく頷く。


「私、寿命が縮みました……」


「私もです……でも、ナギさんの新情報が……」


「天音、今日はとっとと寝ろ」


「はい……」


 素直だった。


 みんな、それぞれテントへ戻っていく。


 最後に、俺だけが少し立ち止まった。


「ナナ」


『はい』


「さっきは……助かった」


 少しの間。


『当然です』


「当然なのか」


『はい。ナナはマスターを守ります』


 その声は静かだった。


 でも、どこか遠い。


「ナナ」


『はい』


「何か隠してるよな」


 沈黙。


 長い沈黙だった。


『……はい』


 珍しく、ナナは否定しなかった。


『ですが、まだ言えません』


「そうか」


『怒りますか』


「怒らない」


『なぜですか』


「お前が俺を守るために黙ってるのは、なんとなくわかるから」


 また沈黙。


 今度は少し短かった。


『マスターは、ずるいです』


「何が」


『そういう言い方をされると、ナナは嬉しくなってしまいます』


「そうか」


『はい』


 人工の星空の下。


 ナナの声が、ほんの少しだけ震えた。


『でも、いつか話します』


「ああ」


『マスターが、ナナの隣に立ってくれるなら』


「逆じゃないのか」


『同じです』


 ナナは静かに言った。


『ナナは、マスターの隣に立ちたい。マスターにも、ナナの隣に立ってほしいです』


 それは、いつもの管理AIらしい言葉ではなかった。


 もっと不器用で、もっと個人的な願いだった。


「わかった」


『……はい』


 その返事は、少しだけ嬉しそうだった。


 肝試しは終わった。


 だが。


 森の奥で見た白い影と、頭に響いた言葉は消えない。


 継承候補。


 母体記録。


 そして、まだ言えないというナナの秘密。


 俺たちの隠れ家キャンプは、楽しいだけでは終わりそうになかった

お読みいただきありがとうございます。


本作はカクヨムでも連載中です。

小説家になろう版は、しばらく1日2話ずつ投稿していく予定です。


続きが気になる、面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。

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